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第873回。テッド・タナベさんのこと
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テッド・タナベさんのこと
6月15日はテッド・タナベさんの御命日。インディープロレスマニアにとっては衝撃的だったニュース。そして訃報。
三沢さんのすぐ後で、しかもお二人とも帰らぬ人となってしまったことで本当に毎年この時期は思い出すたびに胸が痛みます。
お二人ともまだまだこれからも活躍して頂きたかったことは衆目の一致を得るところでしょうし、誰もそれを信じて疑わなかったのですから。いつもどの団体のどこの会場でも、そこにいて当たり前だった人が急にいなくなってしまう。その空白は全く同じに埋めることなど出来ないまま月日だけが流れて行くことに慣れてしまうしかない。前回の三沢さんのときにも書きましたが、テッド・タナベさんのことも同じに思います。
私は90年代終盤にインディープロレスにドップリとハマり、レンタルビデオ店に置いてある映像は殆ど見ました。家から遠くのお店だろうが隣街だろうが自転車を飛ばし、母親の車に乗せてもらい、それでも飽き足らずなけなしの小遣いでビデオを買ったり、衛星放送に入っている知人に録画してもらい、あらゆる手段でとにかくこの餓えたる魂を鎮めんと貪るように吸収していきました。
すると、あることに気が付くのです。
どの団体のどのビデオにも、一人の男が必ずレフェリーを務めている。
背が小さくて丸々肥っていてカン高い声でチョコマカ動く、そのレフェリーの名は
テッド・タナベ
最初にその名を聞いたのはいつだったか。気が付けば私の中で、インディープロレスのレフェリーと言えばテッド・タナベさんと刷り込まれて行きました。それはマニア特有の「遡る楽しみ」を味わううえでも重要なファクターであり、ある時はふさふさの長髪だったりまたある時は悪党レスラーにブン殴られてノビてたり。またタイトルマッチから遺恨試合、さらには爆破マッチに人間焼き肉デスマッチと何でも裁く様々な姿が見られました。
私は、この不思議な男に惹きつけられるようにして著書「ルチャバカ日誌」も購入しました。みちのくでの日常、試合中の様子など色んなことが書いてあってとても面白い本でした。
テッド・タナベさん自身が熱烈なプロレスマニアで、そのプロレス愛ゆえにどの団体・選手・試合形式を問わず呼ばれれば駆けつける多忙ぶりからいつしか
多団体男
と呼ばれるようになりました。
時はまさにインディープロレス繚乱期。あまたのプロレス団体が出来ては消えてゆくその時代の真っただ中で、テッドさんのような何でも出来る人は非常に重宝されたのでしょう。そしてまたテッドさんがあの狂乱の時代を生き残っていくには、そうすることが最善だったのだと思います。しかし、そうした無理が結局はテッドさんの命を縮めることになってしまったのではないか、とも…。
四天王プロレスは極限の割り算、と書きましたが、多団体男の人生は究極の掛け算だったのかもしれません。あの選手とこの選手、あの団体とこの団体をエックスで結ぶとき。その方程式をくみ上げてまとめるのがレフェリーの役割でもあり、プロレス界で我田引水を試みる幾つもの水脈にテッド・タナベという頑丈な架け橋がかかっていた、と。
そしてその分かれ道は、テッド・タナベさんのホームグランドであるみちのくプロレスでも起こります。スペル・デルフィン選手と彼に追随する選手の大量離脱。
その前のザ・グレート・サスケ選手が青いマスクになったSASUKEとして繰り返す迷走と混乱には私も戸惑いつつ、しかしいつもの
「どうせなんとかなるだろう」
という良くも悪くも楽観的な物見遊山気分でそれを受け入れていました。SASUKEとして暴走を続けることに確かに不安はありましたが、まさかこんな結末が待っているなんて。
今の世の中でプロレスという四文字は予定調和の出来レースで大騒ぎすること、みたいな酷い言われようをするときもありますが、私はこの時の事件を見て
どこまで本当なんだ…?いや、嘘であってくれ…サスケとデルフィンが本当に仲間割れして袂を分かつなんて嫌だ…!
と心の底から思っていました。そしてそれを一番思っていたのは、騒動の間近にいたテッド・タナベさんだったのでしょう。すべてが終わった会場でサスケさんは
「本当にごめん…ごめん!」
と言いながらタナベさんに抱きついて泣いていました。会見中も二人をなだめるような、それでいてやり切れないような顔をしていたタナベさん。彼にしかわからないこと、タナベさんだから泣くことが出来たことがたくさんあったと思います。
あれを見てもまだ、プロレスをそんな言葉として使えるかどうか。
その後しばらくは断絶が続きましたが、遂にみちのくプロレスと、スペル・デルフィン選手が旗揚げした大阪プロレスが邂逅する時がやってきました。
が、その時のタナベさんは何と「反則を見逃させたら日本一」を自称する極悪レフェリーになっていたのです。世の中の巡り合わせとはこうも面白いのか、このタイミングでこの役回りはまさしくタナベさんだからできたことでしょう。
そうしてみちのくプロレスさんから移籍したタナベさんと、私のメキシコ時代の先輩のプロレスラー・松山勘十郎座長が出会います。
勘十郎さんに当時の話を伺ったこともあります。
私よりさらにマニアであり、そのままプロレスラーになった勘十郎さんと、そのさらに大先輩でレフェリー・スタッフとしてプロレスに関わり続けてきたタナベさんには共鳴するところも多かったのではないかなと思います。
プロレスは長い長い大河ドラマで、終わりなくいつまでも連綿と続いていくものです。そして退団や決別、引退をした選手であっても、再び登板することがあり得るという不思議な世界です。逆を言えば、プロレスというドラマに、二度と出演しないということはつまり、もうそこにその人がいない、ということなのです。
テッド・タナベさんのレフェリング、特にサスケさんがリングを走ってロープを飛び越えるときの
サスケーーーー!
という声は、今も忘れられません。
せっかくルチャバカ日誌を持参して、地元にやってきたみちのくプロレスを応援にいったのに、結局サインをお願いする勇気が出ずに、それっきりになってしまったことを今も悔やんでいます。
また来年も無事に6月15日を迎えられたら、今度はその日のことをもっと思い出して書いてみようと思います。テッド・タナベさん、プロレスは今日も面白いです。
明日もプロレスが大好きです。
6月15日はテッド・タナベさんの御命日。インディープロレスマニアにとっては衝撃的だったニュース。そして訃報。
三沢さんのすぐ後で、しかもお二人とも帰らぬ人となってしまったことで本当に毎年この時期は思い出すたびに胸が痛みます。
お二人ともまだまだこれからも活躍して頂きたかったことは衆目の一致を得るところでしょうし、誰もそれを信じて疑わなかったのですから。いつもどの団体のどこの会場でも、そこにいて当たり前だった人が急にいなくなってしまう。その空白は全く同じに埋めることなど出来ないまま月日だけが流れて行くことに慣れてしまうしかない。前回の三沢さんのときにも書きましたが、テッド・タナベさんのことも同じに思います。
私は90年代終盤にインディープロレスにドップリとハマり、レンタルビデオ店に置いてある映像は殆ど見ました。家から遠くのお店だろうが隣街だろうが自転車を飛ばし、母親の車に乗せてもらい、それでも飽き足らずなけなしの小遣いでビデオを買ったり、衛星放送に入っている知人に録画してもらい、あらゆる手段でとにかくこの餓えたる魂を鎮めんと貪るように吸収していきました。
すると、あることに気が付くのです。
どの団体のどのビデオにも、一人の男が必ずレフェリーを務めている。
背が小さくて丸々肥っていてカン高い声でチョコマカ動く、そのレフェリーの名は
テッド・タナベ
最初にその名を聞いたのはいつだったか。気が付けば私の中で、インディープロレスのレフェリーと言えばテッド・タナベさんと刷り込まれて行きました。それはマニア特有の「遡る楽しみ」を味わううえでも重要なファクターであり、ある時はふさふさの長髪だったりまたある時は悪党レスラーにブン殴られてノビてたり。またタイトルマッチから遺恨試合、さらには爆破マッチに人間焼き肉デスマッチと何でも裁く様々な姿が見られました。
私は、この不思議な男に惹きつけられるようにして著書「ルチャバカ日誌」も購入しました。みちのくでの日常、試合中の様子など色んなことが書いてあってとても面白い本でした。
テッド・タナベさん自身が熱烈なプロレスマニアで、そのプロレス愛ゆえにどの団体・選手・試合形式を問わず呼ばれれば駆けつける多忙ぶりからいつしか
多団体男
と呼ばれるようになりました。
時はまさにインディープロレス繚乱期。あまたのプロレス団体が出来ては消えてゆくその時代の真っただ中で、テッドさんのような何でも出来る人は非常に重宝されたのでしょう。そしてまたテッドさんがあの狂乱の時代を生き残っていくには、そうすることが最善だったのだと思います。しかし、そうした無理が結局はテッドさんの命を縮めることになってしまったのではないか、とも…。
四天王プロレスは極限の割り算、と書きましたが、多団体男の人生は究極の掛け算だったのかもしれません。あの選手とこの選手、あの団体とこの団体をエックスで結ぶとき。その方程式をくみ上げてまとめるのがレフェリーの役割でもあり、プロレス界で我田引水を試みる幾つもの水脈にテッド・タナベという頑丈な架け橋がかかっていた、と。
そしてその分かれ道は、テッド・タナベさんのホームグランドであるみちのくプロレスでも起こります。スペル・デルフィン選手と彼に追随する選手の大量離脱。
その前のザ・グレート・サスケ選手が青いマスクになったSASUKEとして繰り返す迷走と混乱には私も戸惑いつつ、しかしいつもの
「どうせなんとかなるだろう」
という良くも悪くも楽観的な物見遊山気分でそれを受け入れていました。SASUKEとして暴走を続けることに確かに不安はありましたが、まさかこんな結末が待っているなんて。
今の世の中でプロレスという四文字は予定調和の出来レースで大騒ぎすること、みたいな酷い言われようをするときもありますが、私はこの時の事件を見て
どこまで本当なんだ…?いや、嘘であってくれ…サスケとデルフィンが本当に仲間割れして袂を分かつなんて嫌だ…!
と心の底から思っていました。そしてそれを一番思っていたのは、騒動の間近にいたテッド・タナベさんだったのでしょう。すべてが終わった会場でサスケさんは
「本当にごめん…ごめん!」
と言いながらタナベさんに抱きついて泣いていました。会見中も二人をなだめるような、それでいてやり切れないような顔をしていたタナベさん。彼にしかわからないこと、タナベさんだから泣くことが出来たことがたくさんあったと思います。
あれを見てもまだ、プロレスをそんな言葉として使えるかどうか。
その後しばらくは断絶が続きましたが、遂にみちのくプロレスと、スペル・デルフィン選手が旗揚げした大阪プロレスが邂逅する時がやってきました。
が、その時のタナベさんは何と「反則を見逃させたら日本一」を自称する極悪レフェリーになっていたのです。世の中の巡り合わせとはこうも面白いのか、このタイミングでこの役回りはまさしくタナベさんだからできたことでしょう。
そうしてみちのくプロレスさんから移籍したタナベさんと、私のメキシコ時代の先輩のプロレスラー・松山勘十郎座長が出会います。
勘十郎さんに当時の話を伺ったこともあります。
私よりさらにマニアであり、そのままプロレスラーになった勘十郎さんと、そのさらに大先輩でレフェリー・スタッフとしてプロレスに関わり続けてきたタナベさんには共鳴するところも多かったのではないかなと思います。
プロレスは長い長い大河ドラマで、終わりなくいつまでも連綿と続いていくものです。そして退団や決別、引退をした選手であっても、再び登板することがあり得るという不思議な世界です。逆を言えば、プロレスというドラマに、二度と出演しないということはつまり、もうそこにその人がいない、ということなのです。
テッド・タナベさんのレフェリング、特にサスケさんがリングを走ってロープを飛び越えるときの
サスケーーーー!
という声は、今も忘れられません。
せっかくルチャバカ日誌を持参して、地元にやってきたみちのくプロレスを応援にいったのに、結局サインをお願いする勇気が出ずに、それっきりになってしまったことを今も悔やんでいます。
また来年も無事に6月15日を迎えられたら、今度はその日のことをもっと思い出して書いてみようと思います。テッド・タナベさん、プロレスは今日も面白いです。
明日もプロレスが大好きです。
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