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第746回。松山座観戦記 せみふぁいなる スカイデJr選手 VS スペル・シーサー選手

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第六試合せみふぁいなる
男子シングルマッチ30分1本勝負
スペル・シーサー選手
VS
スカイデJr選手

この試合を、どう書いたらいいのかいまいち踏ん切りがつかなかった。
ちょうど一年前。去年の今頃。
僕はかつてないほど落ち込んで、気分も体調も沈み込んでいた。
仕事も忙しいし、他にも色んな意味で凹みまくっていたし、何にも光が見えずにただただどうにかして消えてしまおう、ある日突然どこかに行ってしまおう、そうじゃなければ…。
と、そんなことばかり考えていた。

もはや物事の分別も失くした僕がネットでウダウダこぼしていたのを見つけて、メッセージを送ってくれたのがスカイデJrさんだった。
その時のことを、去年のこのエッセイでも書いていた。
キッドさんといっしょ。
『第389回。蒼天勇者伝~スカイデJr選手とぼくのこと~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/376432056/256246101/episode/2361221

スカイデJrさんは僕の大先輩で、僕が入門したときはジャパン(後のドラゴンゲートさん)と分離していたため直接メキシコに渡ったうえ僕はすぐに挫折。スカイデJrさんも帰国して試合をしていた。
それが松山座を介して出会うことが出来た。それからも暫く経っていた。

当初は面識こそなかったものの、スカイデJrという名前を見て先輩であることはすぐに察しがついた。
僕のルチャ・リブレの先生は二人いて、そのうちの一人ホルヘ・リベラさんの別名が覆面レスラーの「スカイデ」だったからだ。
メキシコでは覆面レスラーの名前やマスクを引き継いでいくことがよくある。それは実子であったり弟子だったり色んな理由があるから、ホルヘ・リベラ先生の生徒でもある僕の先輩のうちのどなたかがそうなっていても不思議なことではなかった。むしろプロレスが、ルチャ・リブレが好きで好きで入門してくる人が多いのだから実に自然なことでもある。

そんなスカイデJrさんは以前から試合前や試合後に声をかけてくれて、忙しくお疲れのところでも色々と話してくれる人だった。
どんなに落ち込んでいても飄々と、簡潔な言葉で答えてくれた。

私の闘龍門時代の先輩方には気の優しい人が多いのだけれど、それはこうした大先輩にも優しい人がいたからなんだな。とちょっと思う。

その闘龍門が出来てすぐに入門し、すでにスカイデJrさんたちの世代にとってはコーチでもあったのが今回の対戦相手。スペル・シーサー選手。
琉球王国の守護神獣と空の勇者、まるで特撮映画がアニメのような組み合わせだが、非常に重厚かつ壮大な男たちのドラマがある試合だった。

スカイデJr選手にも苦難の歴史があった。
そしてスペル・シーサー選手とスカイデJr選手の再会をセットアップしたのは、外ならぬ僕の先輩である松山勘十郎座長だった。
座長と一緒に当時シーサーさんが経営していたお店に出向き、そこでスカイデJr選手は直談判。
今回のシングルマッチが決定した。

試合当日。
いつものように物販コーナーでデンデン太鼓を叩きながら呼び込みをするスカイデJr選手。
マスクの口元がニッコリ笑う。

大会は遂にセミファイナルを迎え、先ずはスカイデJr選手の入場。
軽快だがどこか切ない戦慄に乗って入場して来たのは、いつもとは違った装い。
座長曰く、初期のスペル・シーサー選手の正体であるSAITOさんのオマージュだとか。私はてっきり大師匠のウルティモ・ドラゴン校長が素顔だった時代のコスチュームなのかと思った。けどよく考えたらその繋がりもあったかもなあ。

そしてスカイデJr選手のかつての恩師・スペル・シーサー選手が登場。正座して待っていたスカイデJr選手だったが立ち上がり、自らロープを上げて出迎える。
ゴングが鳴るととにかくシーサー選手がスカイデJr選手を捕まえて離さない。ネチネチネチネチと関節技で攻めたてる。二人の長い長い空白を埋めていくかのような重厚なレスリングと、複雑な関節技。
空中殺法や煌びやかな衣装と並ぶルチャ・リブレの見どころが、このジャベ(鍵、という意味)と呼ばれる複合関節技の数々だ。手を取ったと思ったら足を、足を極めたと思ったら首を、首を絞めたと思ったら丸め込まれて1、2、3!なんてなこともある。ただの地味な関節技だと思っているとあっという間に仕留められてしまったりするのだ。
スペル・シーサー選手の動きには継ぎ目がない。技と技、一つの動作の連なりに全く無駄がない。往年の名選手スティーブ・ライトがそうであったように、これぞ名人芸というべき技の数々。
しかし、それを掻い潜って反撃してゆくスカイデJr選手。気迫のこもった打撃や、関節技も切り返し、やがてシーサー選手が場外へ。
スカイデJr選手はロープとロープを固定するコーナーポスト最上段に上ってこちらに背を向ける。
大師匠ウルティモ・ドラゴン校長が開発し世界に広めた空中殺法の大技、ラ・ケブラーダをさらに高く危険なところから放つスカイデJr選手随一の見せ場だ。

場外戦の常として客席最前列は大変危険となる。特にこうした飛び技は思わぬ事態が予測されるためなるべく早めに席を離れる必要があった。
僕も素早く通路側に退避して、周りのお客さんの邪魔にならないようにしゃがみこんでコーナーポストを見上げた。ちなみに、この時のスマホを構えた僕の様子が、反対側で見ていたお客さんの写真にしっかり写り込んでいた。
そしてスカイデJr選手が高く飛び上がり、僕の目の前に落下した。
いつもより天井に届きそうなぐらい高く高く飛び上がったのだが、シーサー選手より手前、区民センターの床に落ちてしまったのだ。物凄い音がした。頭か、肩か!?スカイデJrさんは動けない。
セコンドの皆さんや興行を手伝う黒子さんに交じって僕も先輩の名を呼んだ。いや必死で叫んだ。
スカイデさん!
スカイデさん!!
心の中ではもうちょっと別の事を怒鳴っていた。

あなたが生きろと言ってくれたんじゃないですか!立て!!立ってくれ!!!

やがてスカイデJr選手は立ち上がり、リングに戻って戦い続けた。しかしやはりダメージが大きく、最後はシーサー選手の強烈な複合関節技「アレハンドロック」でタップアウト。

試合でタップアウトすることは何の恥でもない。
でも、カッコつけて語った夢をドロップアウトすることほど惨めな真似などない。
だから、僕はこの試合の事について書くような、何かモノが言えるような立場なのかと思っていた。
だから踏ん切りもつかなかった。

だけど、試合後に思いの丈をぶつけたスカイデJr選手にシーサー選手は言った。
これで終わりじゃないぞ、と。

まだ試合が一つ終わっただけだ。
もっともっと戦いは続いていくんだ。立場が変わっても、仕事が変わっても、マスクが変わっても名前が変わっても、変わらないことがあるじゃないか。
その変わらない歴史の、ほんの小指のささくれほどの欠片に導かれて僕は松山座の観客席にいたし、今もこうしてプロレスが好きで居られている。
スカイデJr選手は大会終了後もちゃんと立って歩いていた。だけど、落ち着いてからの方が心配だった。でも、本人に直接聞くのはプライドに障る気がして聞くに聞けずにいた。
勘十郎さんに、スカイデJrさんは無事だよ、と連絡を頂いて本当にほっとした。

ツイッターでも引用リツイートという形で公式アカウントに対し
無事だよ!もっと心配かけてチャンネーを泣かせるぜ!
と書いていた。それを見つけた勘十郎さんのリプライは
ざけんな!!!
だった。

僕は素敵な先輩方に囲まれているんだな、と思った。

当たり前に空中殺法の写真が撮りたくて、いい写真が撮れたらあとで送らせてもらおうと思っていた。
だけど、当たり前に試合が終わり、当たり前にみんな無事で活動するのって、実は本当にすごいこと。奇跡の連続なんだなと改めて思った。
そして僕は、この危なっかしい大先輩がまた好きになった。
というより、心配で目が離せないんじゃないだろうかと。あまりカッコイイことを書くとまた照れてしまうので、そんな不遜な事を「あえて」言ってみる。
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