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第667回。作家・伊集院光
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伊集院光さんのエッセイが好きだ。
このコーナーを始めるにあたって、正確には始めたばかりのころに私の姉さんこと千夏さんからアドバイスをもらったのが
色んな人のエッセイを沢山読むといいぞ
というもので。
元々が椎名誠さんのエッセイが好きで読んでて、それと似たようなことをしたいし書きたくて始めたのがきっかけなのでエッセイを読むのは当然っちゃ当然で。
女性エッセイストとかいう人はクセの強い人が多いよな、江川紹子さんとか林真理子さんとか群ようこさんとか…けど漫画家だけど西原理恵子先生には勝る人なかなかいなさそうだなと私は思う。
まあ好みの問題だけれども。
で伊集院光さん。
深夜の馬鹿力でのトークは縦横無尽どころか前後不覚支離滅裂即刻入院虹色点滴静脈注射、といった感じのとんでもない喋りを。
昼間のラジオではちょっと洒落のきいた、だけど落ち着いた聞きやすいトーク。一般的と言うか、昼間のAMラジオってこんな感じ?っていうイメージよりもう少し砕けてたりジョークが多かったり。
愛知県は地元CBCが強くて、つボイノリオさんの天下だ。いや宮地さんもいたけど、まあ、ね。
なのでアクの強い、個性はパーソナリティには免疫が出来ている愛知県民ではあるが、それにしたって深夜の伊集院さんは無敵だ。
ちょっと聞いただけでは本当にカッ飛んだトークをしているだけで、それでも爆笑できるから全然いいんだけど…この人の真骨頂はそうした何処へ行くのかわからないミステリートレインみたいなトークにちゃんと終着駅があるところ。
そりゃ終着駅どころか線路もなくなってフツーに砂利道を爆走して最終的に時速60キロを下回った時点で大爆発、なんてなこともあるけれど。
たまにホントに見事なオチがついたり、爆走&暴走の果てに2時間丸々トークで終わってしまったりもする。
で、普通にしっちゃかめっちゃかのトークを散々やっただけなんだけど、また聞きたくなる話ってのが幾つもある。
何度でも聞いていたい。何度聞いても笑える。
私が大好きな、自転車で益子焼を買いに行く話。
つい最近も長崎の五島列島にある教会をめぐるトークがサイコーで、これは私の中でのベストオブ伊集院を更新したかも知れない。本当に臨場感、緊張感、疲労感、濃い緑の香りも水の冷たさも野糞の湯気もビンビン伝わって来る。
あの長崎トークは2時間あっという間で、コーナーを飛ばしたことにも気付かなかったし、飛ばしたことに対しても何ら異論はない。むしろ、もっともっとずっと聞いていたかった。朝の生放送が無かったらポッドキャストとか用にそのまま録音し続けて放送してほしかったし、あのまま止まらなかったんじゃなかろうか。
テレビに出てる伊集院さんは、やっぱりキッチリ仕事をしてるなって思うし、時折それでも顔を見せる「ラジオの伊集院さん」を感じたくて、出ているとちょっと見ちゃう。
で、エッセイの伊集院さんはどうかというと、これがちょうどラジオとテレビの間くらい。
淡々としていながらも話すことは話すし、それでいてカッ飛び過ぎていない。
私は、この伊集院さんの淡々とした朴訥な語り口が凄く好きで、温度としてもちょうどいい気がする。砕けすぎず、派手で圧力の強い文章でもなく、かといって暗すぎないし、斜に構えてヒネクレまくってもいない。
全部含まれているけど、全部ちょうどいい。
私は正直、読みすぎたせいもあるだろうけど椎名さんのエッセイに食傷になって以来、赤マントだけは読むのを辞めてしまった。あれはまあ、もっと年上で、還暦超えてるぐらいの人向けなんじゃなかろうか、と思ったのが大きい。自分はお客さんじゃないんだな、と。
お蕎麦屋さんに行ってオムソバカレー・チーズハンバーグ乗せを注文しようとするようなもんだ。
なので、その空いた穴にすっぽり入った感じだ。あの巨体が。
子供のころの話、落語家時代の話、高校時代の話、タレントになってからの話。
ゲーム、家電、ロケ地、近所、家、部屋。
何処で何をしていても伊集院さんの目を通して手にかかれば、それは立派な
噺
になって生み出されてくる。
面白いか面白くないかで言えば面白いけど、それは毎回必ず爆笑を伴うものや泣かせるものでもなく。
前に伊集院さんご自身がラジオで言っていた
「面白くない話をちゃんと出来る話術」
に近くて、とにかくもっとその噺の中に居たいと思うような感覚だと言えば良いのだろうか。
長崎の五島列島教会巡りは、その境地に達しているかも知れないと思わせるのにも十分な出来栄えだった。内容とか技術とかはよくわからないけど、現に私は2時間ぶっ続けで聞き入ってしまったし、大満足どころかもっと聞きたいとすら思った。
途中でギャグや妄想などを織り交ぜてはいるものの、限りなく事実に近く、また起こったことや出会った人のことを話しているのだから本当にそのサイズの話なんだと思う。
それが、あんなに面白い。
やっぱり話し方や話題の構成などは技術があって、それを修行した人だからこそ出来るんだと思う。
姉さんにも、伊集院さんのはやっぱり噺家さんのやり方だからお前さんには椎名さんのが合ってるんじゃないかい?と言われたこともある。
私の中には椎名さんと伊集院さんの両方がいて、どっちも憂鬱で沈み込むときはとことん沈むし、明るくカッ飛んでいるときはどこまでも飛んでいる。
あの二人を超えるとか、あれのもっと新しいもの、とかは無理だと思うけど、似たようなことは書けるようになりたいな。
このコーナーを始めるにあたって、正確には始めたばかりのころに私の姉さんこと千夏さんからアドバイスをもらったのが
色んな人のエッセイを沢山読むといいぞ
というもので。
元々が椎名誠さんのエッセイが好きで読んでて、それと似たようなことをしたいし書きたくて始めたのがきっかけなのでエッセイを読むのは当然っちゃ当然で。
女性エッセイストとかいう人はクセの強い人が多いよな、江川紹子さんとか林真理子さんとか群ようこさんとか…けど漫画家だけど西原理恵子先生には勝る人なかなかいなさそうだなと私は思う。
まあ好みの問題だけれども。
で伊集院光さん。
深夜の馬鹿力でのトークは縦横無尽どころか前後不覚支離滅裂即刻入院虹色点滴静脈注射、といった感じのとんでもない喋りを。
昼間のラジオではちょっと洒落のきいた、だけど落ち着いた聞きやすいトーク。一般的と言うか、昼間のAMラジオってこんな感じ?っていうイメージよりもう少し砕けてたりジョークが多かったり。
愛知県は地元CBCが強くて、つボイノリオさんの天下だ。いや宮地さんもいたけど、まあ、ね。
なのでアクの強い、個性はパーソナリティには免疫が出来ている愛知県民ではあるが、それにしたって深夜の伊集院さんは無敵だ。
ちょっと聞いただけでは本当にカッ飛んだトークをしているだけで、それでも爆笑できるから全然いいんだけど…この人の真骨頂はそうした何処へ行くのかわからないミステリートレインみたいなトークにちゃんと終着駅があるところ。
そりゃ終着駅どころか線路もなくなってフツーに砂利道を爆走して最終的に時速60キロを下回った時点で大爆発、なんてなこともあるけれど。
たまにホントに見事なオチがついたり、爆走&暴走の果てに2時間丸々トークで終わってしまったりもする。
で、普通にしっちゃかめっちゃかのトークを散々やっただけなんだけど、また聞きたくなる話ってのが幾つもある。
何度でも聞いていたい。何度聞いても笑える。
私が大好きな、自転車で益子焼を買いに行く話。
つい最近も長崎の五島列島にある教会をめぐるトークがサイコーで、これは私の中でのベストオブ伊集院を更新したかも知れない。本当に臨場感、緊張感、疲労感、濃い緑の香りも水の冷たさも野糞の湯気もビンビン伝わって来る。
あの長崎トークは2時間あっという間で、コーナーを飛ばしたことにも気付かなかったし、飛ばしたことに対しても何ら異論はない。むしろ、もっともっとずっと聞いていたかった。朝の生放送が無かったらポッドキャストとか用にそのまま録音し続けて放送してほしかったし、あのまま止まらなかったんじゃなかろうか。
テレビに出てる伊集院さんは、やっぱりキッチリ仕事をしてるなって思うし、時折それでも顔を見せる「ラジオの伊集院さん」を感じたくて、出ているとちょっと見ちゃう。
で、エッセイの伊集院さんはどうかというと、これがちょうどラジオとテレビの間くらい。
淡々としていながらも話すことは話すし、それでいてカッ飛び過ぎていない。
私は、この伊集院さんの淡々とした朴訥な語り口が凄く好きで、温度としてもちょうどいい気がする。砕けすぎず、派手で圧力の強い文章でもなく、かといって暗すぎないし、斜に構えてヒネクレまくってもいない。
全部含まれているけど、全部ちょうどいい。
私は正直、読みすぎたせいもあるだろうけど椎名さんのエッセイに食傷になって以来、赤マントだけは読むのを辞めてしまった。あれはまあ、もっと年上で、還暦超えてるぐらいの人向けなんじゃなかろうか、と思ったのが大きい。自分はお客さんじゃないんだな、と。
お蕎麦屋さんに行ってオムソバカレー・チーズハンバーグ乗せを注文しようとするようなもんだ。
なので、その空いた穴にすっぽり入った感じだ。あの巨体が。
子供のころの話、落語家時代の話、高校時代の話、タレントになってからの話。
ゲーム、家電、ロケ地、近所、家、部屋。
何処で何をしていても伊集院さんの目を通して手にかかれば、それは立派な
噺
になって生み出されてくる。
面白いか面白くないかで言えば面白いけど、それは毎回必ず爆笑を伴うものや泣かせるものでもなく。
前に伊集院さんご自身がラジオで言っていた
「面白くない話をちゃんと出来る話術」
に近くて、とにかくもっとその噺の中に居たいと思うような感覚だと言えば良いのだろうか。
長崎の五島列島教会巡りは、その境地に達しているかも知れないと思わせるのにも十分な出来栄えだった。内容とか技術とかはよくわからないけど、現に私は2時間ぶっ続けで聞き入ってしまったし、大満足どころかもっと聞きたいとすら思った。
途中でギャグや妄想などを織り交ぜてはいるものの、限りなく事実に近く、また起こったことや出会った人のことを話しているのだから本当にそのサイズの話なんだと思う。
それが、あんなに面白い。
やっぱり話し方や話題の構成などは技術があって、それを修行した人だからこそ出来るんだと思う。
姉さんにも、伊集院さんのはやっぱり噺家さんのやり方だからお前さんには椎名さんのが合ってるんじゃないかい?と言われたこともある。
私の中には椎名さんと伊集院さんの両方がいて、どっちも憂鬱で沈み込むときはとことん沈むし、明るくカッ飛んでいるときはどこまでも飛んでいる。
あの二人を超えるとか、あれのもっと新しいもの、とかは無理だと思うけど、似たようなことは書けるようになりたいな。
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