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第621回。キッドさんはちゃんこ鍋が好き。

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皆さんこんばんは!
ごっつあんです!!
ダイナマイト・キッドです。
お相撲は豊真将とか時天空とか安美錦とか、ちょっと一筋縄ではいかないタイプの力士が好きでした。
今はヤなニュースばかりで、なんとも歯がゆいですね。
朝青龍をあんなにバッシングしてたのなんて、今考えてみちゃ可愛いもんで…あの時点でなにも体質や因習を改める、よりよい方向に変えてゆくつもりなんか一切合切全くなかったってことだよな。
…それって組織として完全に死んでるしモノ凄い怖いことだと思うんだけどな。
ずっとこうだった、なんてそんなわけないじゃん。
ずっとこうだった、ってことにしておきたいだけでしょ?

そんな話はさておき。
相撲界とプロレスの世界は昔から密接な関係がありました。
中でも大きな影響を受けたもののひとつは食事だと思います。ちゃんこ鍋。
大相撲出身の力道山が発展させた日本マット界において、食事の基本はちゃんこ鍋でした。
今現在ではもっと科学的なトレーニングにあわせて個人で食事を管理する選手も多いですが、何しろ若手には量と費用と肉。これが大事。

私が闘龍門に入門しメキシコにわたった時、そこには闘龍門の特製ちゃんこ鍋レシピがありました。
これは先輩で各界出身の大鷲透選手が残してくれたものを、プロレス入りする前に調理師免許を取得していた料理上手の大原はじめ選手(私がいたときの先輩でもある)が改良を重ねたもので、栄養バランスもとても良かったです。当時のメモ帳には材料の買い出し品目が残っていて、近所の八百屋さんやメガマートなどで毎日沢山の野菜とお肉を買っていたものでした。

近所の八百屋さんはメルカドと呼ばれる集合市場の中にあった。平屋の通路が碁盤の目みたく繋がっていて、そこに色んなお店屋さんがあった。
メルカドとはMercadoと書く、いわゆるMarketのこと。
そこにお肉と野菜と、場合に寄ってはタマゴや飲み物を買いに行く。
人参、タマネギ、にんにく、キノコ類、白菜、じゃがいも、その他色々な野菜がどっさり入る。
そこに鶏肉、牛肉、豚肉などその日によってお肉も変えて飽きないように、そして栄養のバランスが整うように調整されていた。
私はわりと豚肉とお味噌のちゃんこが好きだった。鶏肉も。
味付けは塩、しょうゆ、みそ、ちり、そして大原さんがある日
「コンソメ風にしてみないか」
と発案してコンソメ風ちゃんこ。これが思いのほか美味しくて好評だったのを受けて発展させたボルシチ風ちゃんこ。これも美味しかった!
あったかいトマト味は私もこの時がほぼ初体験だったと思う。
トマトをバンバン入れたので栄養満点だったし。

さて。
寮生活では様々な用事を当番制でこなしていく。
日直のようなものも持ち回りであって、ちゃんこ番ということで決まっていた。
練習生二人に対して先輩の選手がひとり付いてくれていて、そのうち慣れてきたら練習生だけで回していた。
私とちゃんこ番でタッグを組んでいたのはヒロカワさんという当時23歳のお兄さん。
なんでも実家が焼肉屋さんで、自分でも和洋中いろんな料理の修行をしていたというのでまあ料理が上手で手際が良かった。洗い物も野菜を切るのも下拵えもあっという間に終わっていた。

大原さんも、他の同期や選手の皆さんもヒロカワさんの腕前には一目置いていて、毎回おいしいちゃんこ鍋を作ってくれるので安心していた。その分、私はと言えば掃除や雑用を任されていた。
よくヒロカワさんと一緒にメガマートに買い出しに行って、炎天下の排気ガスくさいバス停でバスを待っているあいだに3ペソぐらいのリンゴ味の炭酸ジュースを二人で飲んで、ぼけーっとしていた。
マンサナリフト(マンサナ=リンゴ)というジュースで、いつもコレばっかり飲んでいた。安いし。
今でも覚えている、ロータリーの向こう側のデカい道路をバンバンすっ飛ばす車、トラック、バス、バイク。その向こうのビル群にデカい看板。ちょうどミスターインクレディブルが公開されていたのか、そのイラストが多かった。メキシコの有名歌手ルイス・ミゲルの写真もあった。

ヒロカワさんはガタイがいいけど大人しくてボソボソ話す気の優しい人で、甘いものが好きだった。よくクッキーやお菓子を買って交換し合って食べていた。女子か。

ある日、私とヒロカワさんのタッグは晩御飯に鶏の唐揚げを作ることになった。
唐揚げはみんな大好物だ。
何しろ昼間はガンガン練習をしている。お腹を空かせたプロレスラーと、その見習い生が自分たちをいれて15人ぐらいいた。
ヒロカワさんはそのとき別の用事をしていたので、私は別の人と買い出しに行った。たぶん同期のオタニ君やムラカミさんだったと思う。んで、帰ってきて、さー唐揚げだ!と思ったら…

小麦粉が全然足りない。
買ってくるのを忘れた。

手元には小さな袋に半分しか入ってない小麦粉。

ああーオレはもうアカプルコの海に沈むんだ。
お腹を空かせたプロレスラーとその見習い生が一斉にブチ切れて襲い掛かって来る図が容易に想像出来た。どうしよう…顔面蒼白。半べそでヒロカワさんに泣きついた。
「ヒロカワさん、どうしよう。小麦粉忘れてた…」
するとヒロカワさん、涼しい顔をして
「佐野君。大丈夫、これだけあれば十分だ」
え、でも、コロモにつけるにはコレっぱかりじゃ…白い粉をめぐって血眼になり、アル・パチーノの映画スカーフェイスみたく蜂の巣になる自分を想像しつつヒロカワさんの手さばきを見ていると、ホントにそれっぱかりの小麦粉をお肉につけてジュージューカラカラと揚げていく。あぶくの湧き上がる油の海に次々と浮かぶそれは、なんとも生々しい形の唐揚げにしちゃ皮の薄い何か、だった。
晩御飯の時間になり、香ばしいにおいにつられてみんなが集まってきて、やっぱり怪訝な顔をした。
「ヒロカワさん、これなに?」
するとヒロカワさん、またも涼しい顔で
「これは中華料理の素揚げと言いまして。ボク得意なんです。コロモが少ないんで脂も減らせますし」
とスラスラ言ってのけたではないか。
なーるほど、さすがヒロカワさんだ、とみんな食べてみてビックリ。これがまた美味しい!
お蔭でヒロカワさんの株はうなぎ登り、私は命が助かって万々歳。
その日は二人でやる掃除や片づけを全部一人でやりました。

ヒロカワさん、あの時は命を助けてくれてありがとう。
そして未だにこのことを思い出すと、あの素揚げの味も一緒に思い出します。
みんなも食べてみたい?
それでは、またあした。
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