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第465回。ビートのりこ

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うちのバアさんこと佐野ノリコさんは、近所でも親戚のなかでも豪傑で知られていた。
運動神経抜群、6人兄弟の長女で女親分だったバアさんは、とにかくお金も出すところは出すし、買い物も欲しいものはすぐに買う。そこいらじゅうの喫茶店にコーヒーチケットが買ってあって、私も顔見知りのお店だったらいつでも好きに飲んでよかった。

コーヒーチケットってのは早い話が回数券で。
そのお店のコーヒーが例えば300円だとして、3000円でチケットが11枚ついてくる。
1回お得。
で、レジやカウンターのところにラックがあって名前が書いてある。
佐野様、なんて書いてあるところにうちのチケットがあるので、それを好きに使ってよかった。
大抵の場合、コーヒーだけじゃなくココアでもソーダ水でも、普通のコーヒーと同じ値段のメニューなら何でも使えたし。バナナジュースとかコーラフロートとか、そういうのはダメだったと思う。

でね。そのチケットがあるもんだからってんで、居合わせた人にコーヒーご馳走しちゃったり、いつでも使っていいからね!と言い放ったりで、バアさんの葬式のときやその後に往来で会った人に
「おばあちゃんには、いつもコーヒーご馳走になりましてねえ」
とかなりの人数に言われた。コーヒー農園を経営した方が早かったんじゃないかってぐらいコーヒーを飲むのが好きだったバアさんは、その他にも数々の豪快伝説を打ち立てていた。

若いころに交通事故に遭い自転車が大破するも、本人はかすり傷だけで歩いて帰ってきたことがある。
しかし、その後にそのときの後遺症が出てしまい、結局晩年は足腰が不自由になってしまった。
けどその時はそんなこと想像も及ばないほど元気だった。

元々、糖尿病と脳梗塞と心筋梗塞を持っていて、どれがいつ来てもおかしくない地獄の三面待ちオープンリーチだった。
だったのだが、これが食生活を改めるつもりゼロの豪快スイッチぶっ壊れライフ。

夜中の11時とかに、階下から
「カズヤ!!」
と呼ばれたときは、たいてい近所の酔っ払い相手のラーメン屋さんに行きたいから、ついてこい、というときだ。
このお店もバアさんたちが昔からの知り合いで、味も美味しい。あとバイトのお兄さんたちが結構イケメンぞろいで、それも派手な髪の毛やピアスもそのままなので怖い。のだが、バアさんの知り合いでもある親方のほうがもっと怖かった。
親方の待つお店までは我が家から500メートルぐらい。信号を一つ渡って、あとは背骨のように伸びる商店街をとことこ歩いていくだけだ。

が、事故の後遺症で足腰が不自由なバアさんにはこの距離でも結構キツイ。
まあそれでも真夜中にラーメン食いたくなったら歩いていくんだから大したもんだ。
最初は、バアさんがよく押している小さなコロコロのやつ、アレなんていうんだ、そのまま座って休憩も出来る、ほら、アレ。

うん、名前はわからんがみんなの脳内には浮かんだよな。そう、それ。

…違うよそれはドラゴンフルーツだよ(何の想像だよそれは)

で、それもしんどくなると、私が杖をついて歩くバアさんの手を取って一緒に歩いていった。
これが昼間の天気がイイ公園とかだったら
「あらぁ~佐野さんとこのお孫さんはおばあちゃん孝行ねえ~」
と褒められるところだが、この場合は深夜11時に足腰の不自由なうえ糖尿病のバアさんを引っ張って味の濃いラーメン屋さんに連れて行きおごってもらう、という風にも見える。
鬼畜の所業か。

そういえば糖尿病と言えば、たけし軍団のグレート義太夫さんの本
「糖尿だよ、おっかさん!」
で、その昔、痛風にかかった義太夫さんがそれにもかかわらずラーメン屋さんで真夜中に
ゲンコツ角煮ラーメン大盛り
と注文し、軍団の皆さんから「攻めてるねえ!」「流石だねえ!」と称賛を浴びたが、糖尿になった途端にマジで心配され、そんなゲンコツ角煮どころかちょっと不摂生をしようものならマジで叱られる、と書いてあった。

うちのバアさんなんか糖尿になってもまだ夜中にラーメン大盛りネギ抜きを注文していたんだから、ある意味ではたけし軍団を越えたかもしれない。
ビートのりこ、と呼べばよかったかな。

そういえばウチのバアさんはネギ類が地上で最も嫌いなものだった。ラーメンを注文するときも当然ネギ抜きなのだが、親方とは顔見知りなので何も言わなくてもツーカーだけどバイトのお兄さんたちはそんなこと知らないのでたまにラーメンにネギ入ってることがある。そうすると、このパーマ頭に小太りで真夜中なのにラーメン食いに来るバアさんが烈火の如く怒るんで大変だったと思う。
普通、バアさんったら多少のネギやなんかは
いいよいいよ、アタシらのころは食べ物がなくってネエ
と言いながら食べてくれそうなもんだが、ウチのバアさんにそれは通じなかった。

ぷんすか怒りながら、でももう箸つけちゃったから、と私の丼にその刻み葱をひとつひとつ摘まんじゃ放り込んでくる。どんな小さなネギも見落とさない。ロボコップかお前は!というぐらい正確に、麺やチャーシューのうらに隠れてても見つけ出して放り込む。
恐るべき執念である。

しかしこのバアさん、私より少しお兄さんぐらいの年恰好のバイトの人らにも
「今日も賄いを食べるなら、私のおごりで好きなの頼んで食べりん!」
と見知らぬアンちゃんにもラーメンをご馳走していた。

親方もそれを見て、相変わらずしょうがねえなあ、と笑っていた。
親方もバアさんも亡くなってお店もなくなって、だけど今でも私の脳裏では、あの真夜中に派手な色のお店で過ごしたひとときが残っている。
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