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第414回。トイザらスでハッピー

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近所のトイザらスが閉店して久しい。
無くなると聞いたときは寂しかったけど、よく考えたら何年も行ってないしああいうお店だから店員さんも移り変わりが早い。
パートのおばさま方は残ってたりするけど、それだって10年も経てば変わるもんで。

開店当初から居るという生き字引みたいな市川さんっていうバイトのお兄さんが居た。
私が高校2年の11月に面接に行ったときにそう聞いてたから閉店まで居たとしたら20年ぐらい勤めてたと思う。
育ちが良くて気の優しい人、今でいう草食系男子のオタク寄りな人だった。元気かな。

このトイザらス。
出来た当初は遂にトイザらスが来たってんで随分繁盛したけど、カウンターでゲームを買ったり何か買わないと外に出にくかったり不便なことも多かったし、何より店員の愛想が物凄く悪かった。
あとで自分で勤めてみると普通にいい人なんだけど、ゲームや高額商品の売り場にいる人はオタクっぽい人が多くて、いわゆるコミュ障なのだった。
H野っていうショートカットのオタクの姉ちゃんが居たんだけど、この人は人当たりもキツかったりちょっと我儘っぽいところもあったり苦手だった。ある日いなくなってた。

ナミザキさんというお兄さんはガチのオタクだった人で、寡黙で大人しいけどいい人だった。
一緒に居ても何も喋らないし黙々と仕事をしていた。接客に向いてないタイプのお兄さんが多かった。
他はサービスカウンターやメインの売り場など否が応にもお客さんと話すことの多いセクションだったので、こっちはいわば専門職。自転車組み立てたりゲームに詳しかったり。
この口の減らないキッドさんはそこに配属になって何をしてたかと言えば、カウンターで愛想を振りまいていた。奥で組み立てた自転車やら取り出したゲームやらを受け渡したり、なんだったら20キロある砂を2つ担いで駐車場まで運んだりしていた。
家庭用のテントウムシの形をした砂場に入れる砂も売ってて、これが1袋20キロ。
当然、その砂場と砂を買いに来た木下優樹菜さんみたいな若妻ギャルには運べる代物ではない。
そこでキッドさんの出番です。
「あっお運びしますよ!お車はどちらですか?」
「えー、すいませぇーん、ありがとうございますぅ」
なんて言ってローライズのジーンズからギャル特有のテカテカした生地の水色のパンツがちょっと見えてる美人ギャルママの黒いアルファードまで砂を運んで、このまま上手いこと…なんて思ってると運転席に辰吉丈一郎みたいな旦那様がお控えだったりする。
アンタ運べよ!!!
労働者階級の悲哀だね。

そんなわけでカウンターで愛想よくしていたキッドさんに、ある日店長のヒロセさんが言った。
「佐野君、今日ハッピー!」
別に怪しい宗教やセミナー、バカみてえな居酒屋チェーンの挨拶でもない。
今でもお店があればやってるのかもしれないけど、繁忙期になると出口のところでハッピーくじ、というのをやる。
このハッピーくじ。
店員からは頗る不評だった。あからさまに嫌な顔をする人もいるし、私が日がな一日、出口のところで呼び込みをやっているのを見て
「よくあんなのやってられるよね。ホント大変…」
と同情半分呆れ半分に声をかけてくれる人も居たりして。

古株のパートさんによれば、昔からやってる行事ではあるものの景品が「カスみたいなもの(原文ママ)」しかなくお客さんからもしばしば文句を言われたそうで。
一日立ちっぱなし喋りっぱなしで、別にくじが売れても時給は変わらないってんで嫌がる人が多かったのだ。

んがしかし、キッドさんはコレが得意だった。
何しろスピードくじがブンブン飛んでいるマシーンの前に突っ立ってチンドン屋よろしく声を張り上げていればいいのだから楽なもの。
あとこの体系だからか笑顔が可愛かったからか景品に文句を言われることもなかったし。
たまに3等が当たったのに4等のトランシーバーが欲しい!とかそういうので泣いちゃう子供は居たけれど。

ハッピーくじは二人一組で当番になるんだけど、私がハッピーの日は必ずサトーさんという帰国子女の女の子が一緒だった。
このサトーさん。同い年だけど大変利発で美人、おまけに帰国子女ってことでまあハッキリとモノを言う。みんなが茶髪に染めたがるお年頃につやつやした美しい黒い髪の毛をして、キリっとした眉毛も手入れこそしているけど細すぎず。
色白のモチ肌でほっぺが少し赤らんでいるという。
あんたマンガか!?という感じの女子高生。
そんなしっかり者のサトーさんがお会計をし、お調子者のキッドさんが前に立って呼び込みをする。
ある日、サトーさんが言う。
「コレは祭りだ、お前は松浦あややになれ!」
あのタイガーマスクだって「お前は虎になれ」と言われたわけだが、私はあややである。
はるな愛さんより早かったネ。

私とサトーさんが組むと売り上げがいいってんで、しばらくして繁忙期になると固定でハッピーくじ担当になった。他の人同士を組ませるより2割か3割は常に利益があったとか。
日がな一日がなってた甲斐があるってもんだ。

ある日、景品に地球儀があったんでサトーさんに聞いてみた。
「ねえねえ、サトーさんはアメリカのどこに居たの?」
私がクルクル回した地球儀を指先でスカっと止めながら、バッチリその場所を指さして彼女は答えた。
「Michigan.」
ミシガン、じゃなく、メシゲェン、と言った。本場のひとことを頂いた。
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