不定期エッセイ キッドさんといっしょ。

ダイナマイト・キッド

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第236回。カナちゃん家で背負い投げ

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高校2年から柔道の町道場に通い出した。
通ってた高校には柔道部がなく、定時制の柔道大会に出るために練習させていただくことにしたのだ。我が家からすぐ近くのこの道場は、実は私の中学の同級生・カナちゃんのおうちでもあった。
カナちゃんは天然で可愛い、見た目は普通の女の子だった。が、柔道黒帯で県大会まではいつも常勝という猛者。
で、お約束でそのお父さんこと先生が近隣でも有名な猛者。
アニマル浜口さん親子のご近所版だ。

そんなわけでさっそく電話でアポを取り道場へ。
一応経験者ということで、少年部の子供たちの指導もする代わりに月謝を無料にして頂いた。カナちゃんの弟のマサキくんや、近所の元気なお子様が沢山いた。彼らと遊びながら練習するのは楽しかった。私は少林寺拳法で同じような経験をしているので、子供の相手は得意だった。私が子供みたいなもんなのは今も昔も変わらんしな…。
そういえば私と同級生でサエない顔だが実力派のオニキくんも居た。彼はすでに黒帯を取得しており、子供たちからも人気があった。が、私は折り合いがあまりよくなくて、というかオニキくんは一言多いタイプで私は短気。
Q:さて何が起こるでしょうか。
A:オニキくんの顔面に回し蹴りがHIT!
その説は申し訳ない事をした…傍で見ていた女の子も引いていた。

で、そんなこんなで道場のちびっこたちやオニキくん、そして若先生のノダさんたちとも馴染んできたある日。

道場の引き戸をガラリと開けて入ってきたのは、身長180センチを超える屈強な黒人の男性だった。アーネスト・ホーストのような細身だが鍛え上げられた肉体を持つ彼はヴィンセントと名乗った。なんでも仕事で日本に来ているので是非とも柔道を習ってみたくアチコチ探したり訪ねて、この道場にたどり着いたらしい。先生には話が通っていると見えて、さっそく自前の柔道着(少し丈が短かった、というか彼の足が長すぎた)に着替えて柔軟をする。ぐにゃ!と音がしそうなぐらい体中の関節が柔らかで、組み合ってみると筋肉は実にしなやか。高校2年の私には敵いっこなく、為すがままに引きずり回された。柔道はまるきりの初心者だが、聞いてみると大学までみっちりアマレスとロッククライミングとボクシングをやっていたそうな。そりゃ強いわけだ。
相手をぐっと引き付ける力、瞬発力、柔軟な体、長い手足、そして豊富な実戦経験と無敵のヴィンセントは瞬く間に柔道の技術を吸収していった。レスリングの経験があったので受け身の習得も早かった。初めは子供たちと一緒になって、寝転がった状態で畳を叩く練習。彼にしてみれば物珍しかったのと、子供たちがヴィンセントに懐いていたのでなんだか楽しそうだった。突然やってきて日常に加わった黒人男性と子供たち。なんとも微笑ましい様子であったがそれもここまでだった。
いよいよ彼に技を教える段になった。まず私とノダ先生とで型を見せて、今度はヴィンセントがお手本通りに投げる。実験台は当然私だ。
型も順序も無く、物凄いパワーであっという間に叩きつけられる。が、それじゃダメだとノダ先生のチェックが入る。もう一度、ゆっくり型を覚えて、スパーン!ズダーン!ゆっくり型を…スパーンズダーン!またそれじゃダメだ、とノダ先生のチェック。型を…スパーンズダーン!!!

死んでしまうわ!!!!!!!!

そんなわけでヘロヘロになるまで投げ飛ばされ、さらに寝技、締め技の練習になるとさあ大変。今度はアマレス選手の本領発揮。くっちゃくちゃにされた。手足が長くて力が強いと、こっちは手も足も出ない。何が何だかわからないところから手が伸びてきてあっという間に抑えられる。
全盛期の把瑠都や琴欧州に上手投げをされた力士の気分ってコレかも知れない。こう、生まれつき身に付いてる日本人の手足の長さの限度を遥かに超えたリーチがあるって、なんだかもう不思議なんだよな。こんなのがゴロゴロいた初期のリングスってどんな世界だったんだろう…と思いをはせていた。と思ったら絞め落とされていた。

木曜と土日だったか日曜以外は練習があったので、来る日も来る日もヴィンセントにコテンパンにされていた。彼は投げ技のことは「ジュードウ」そして何故か寝技は「ジュージュツ」と呼んでいた。でも、あとで増田俊也さんの著書「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」を読むと、外国に「ジュージュツ」が伝わった様子が書かれていて10年越しになるほどな、と膝を打った。
んが、この当時の私はそんなこと知る由もない。
ただ、不憫に思ったのか感謝してくれたのか、ヴィンセントが時々アマレスの技や筋トレを教えてくれた。腕立て伏せの色んなバリエーションを10回ずつやって見せ、コレを3セットやるんだ。と自分もまた3セット繰り返した。あんまり彼がサッサカこなすのでやってみるとコレがキツイ。また彼に笑われながらも、一緒に練習するのが実のところ楽しかった。
何しろ強くて敵いっこないので、素直に楽しむことにしたのだ。
彼は覚えも早く真面目だったが、私があんまりコロコロ負けるので、こんなもんか、と思ってしまったのかもしれない。

そこで先生が登場。
この先生、さっきも書いたけど近在では有名な猛者。いつも遅くまで接骨院で治療をしていたので練習に出てくることは稀だったけど、ひとたび柔道着に着替えると別人だった。私なんか組み合ったと思ったら投げられていた。何をされたかなんて全く分からない。足払いか、もっと軽く体をちょっとひねられただけで跳ね飛ばされたような感じだった。先生は身長170センチ弱で私と同じくらいの体格だが、なんというか体全体のフォルムが四角いのだ。小型のぬりかべって感じ。
ヴィンセントと並ぶと、ずんぐりむっくりの先生と、長身で筋骨隆々の彼の対比がまるで格闘ゲームか初期のリングスみたいで(今日は推すなあリングスを)頭がクラクラした。
勝負は一瞬だった。私と同じで、ヴィンセントに何かさせる前にスパーン!と投げ飛ばしていた。あの長身が綺麗に何度も宙を舞った。初めは信じられない!といった顔をしていたヴィンセントだったが、次第に夢中で組みついていくようになった。元々みっちり格闘技をやっていたわけだから、根が好きなのだろう。その気持ちはよくわかるし、その何が何だかわからずに散々ぱら投げ飛ばされる気持ちはよくわかる。だってついさっきまで私がそうされてたもん。

結局ヴィンセントは帰国するまでの数か月間、しっかり道場に通っていた。途中で月次試験を受けに行ったらしく、カナカナで「ビンセント」と書かれた3級のカードを私に見せて
「サノ、ホワッツディス?」
と聞いてきたので
「イッツ・ア・ジュードー・ライセンス!」
と答えた。君はナンバー3のブラウン・ベルトを獲得したんだよ、と。

ヴィンセントはロサンゼルス出身で、故郷に帰る前日まで道場で練習をしていた。
最後まで全く歯が立たなかったが、彼との思い出は今でも大切に残っている。
負け惜しみを言うようだが、私は柔道で投げられるのが嫌いじゃない。
大きな音で綺麗にスパーン!と受け身が取れたときの満足感たらない。だからヴィンセントには投げ技の練習だったが、私には格好の受け身の練習だったわけだ。

彼は今でも、ロサンゼルスで柔道を教えたり習ったりしているのだろうか。
あの大きな体と長い手足をぎくしゃく曲げて背負い投げの練習をしていた姿を、今でも思い出す。
ブラックベルト、取れたかな?
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