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大石寺見物記
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2012年か13年の春先だったと思う。
静岡県の大石寺(たいせきじ)というところに行った。
大きなお寺だった。
そこは日蓮正宗って宗派のお寺さんで、私の当時の知人が
「静岡のお寺で法事があるんだけど一緒に来ない?」
と誘ってくれたので
「いいよ!何のお寺?」
って聞いたら日蓮正宗の大石寺だと。
日蓮正宗かあ、どんなもんか見てみたいけど、入信もしないし本当に物見遊山ってことでも良ければ是非行きたい、と今考えればどえらい失礼な申し出だったけどそれでもいいと言ってくれたので車を出して行ってみることにした。住所とかを書かされるけど気にするなって言うから気にして、年賀状が来たりしたら嫌だなと思った。でもまあそのぐらいで済めばいいかなと。
ちなみに私の家のお寺は日蓮宗だ。
そして若いころアメリカに渡った私の大叔母は何故か現地でSGIに入ってしまい今でもそのまま。子供の頃、アメリカから送られてくる現地のおもちゃや映画のVHSに混じって
「生命と人権を守る公明党」
とかそんなビデオが混じってたのはそれか!と後年合点がいくわけだが、それもわからない子供のうちから見てたらどうなってたかなあ。でもやっぱ見とけば良かったかな。物置の整理した時に処分しちゃった気がするんだよなあ。
それはともかく、東名高速を一路東へ。新富士辺りで北に向かう。
西富士道路なんていう新しい道路を走って富士山の方へ。ぐんぐん大きくなる富士山を見ながら、ずいぶんのどかなところまで来た。
まわりは田畑とわずかな民家ばかりの狭い道をどんどこ走っていく途中で、知人が
「今まで斉藤って名乗ってたけど、着いたらお寺の中では岩尾って呼んでね」
と何やらわからないことを言い出した。どっちも仮名だが、どっちも偽名だったのかなんなのか。
そうこうしてるうちに、のどかな風景と全く不釣り合いなぐらいでっかいお寺に着いた。そこが大石寺だった。
中に入ると、カンフー映画に出てきそうな(まあむかしむかしの中国から入った文化だし当たり前だけど)広い境内に、綺麗で緑の多い庭、さらにそこに幾つも小さな平屋の離れが並んでいた。石段を登って、そのうちの一つの部屋に入る。中はよくあるお寺の一室で、和室と廊下と給湯室とトイレ。廊下には防災ポスターやお祭りのお知らせ、それらに混じって日蓮正宗の法要のポスター。
岩尾さんは私を部屋に案内すると、どっかに行ってしまった。
部屋の中には同じ班か何かの人たちが30人ぐらい居た。みんなワイワイ色んな話をしていた。それは井戸端会議みたいな他愛ないものから、職場にコレコレこういう人が居るから説伏してるところだと勇ましく語るヒョロ長なオッサンの演説から色々だった。あのオッサン、ここでは勇ましく演説をぶってるけど、本当に職場にいるときはどうなんだろう?案外と気弱で、大人しくしてるってこともあるしな…だいたいそんな上手くいくもんなのかな…ふーん、などと思ってふと見ると、物凄い美人の女の子が居た。
小さな子供も結構居たけど、その子だけは制服を着ていたので高校生じゃないかと思う。紺のブレザーに黒い髪、虚ろ気な表情で座っていた。背が高く、始終俯いていた顔はあどけなく体は少し細く見えた。
ああ、こんな可愛いのに、勿体ない。
が正直な感想だった。この子が自分の意志でココに居るのか、誰かのためなのかはわからない。私はこの日、結局誰とも殆ど口を利かなかったし、私を仲間だと看做していないのかなんなのか、結局声をかけてきた人は2人だけだった。
1人はヨレヨレの喪服を着ている60歳ぐらいの男性で、おめでとう、しっかり信心なさい、と言っていた。
もう1人は岩尾さんといっしょに居た右目だけ充血した斜視の男性で、なんか事務的な事を少し話した覚えがある。
時間になったとかで、小さなお堂に通されてみんなでお題目を唱和した。
正面のド派手な祭壇の上の、これまたド派手な巨大掛け軸に
南
無
妙
法
蓮
華
経
って書いてあって、その無と妙の間ぐらいを見ながら唱えると良い、と岩尾さんが言っていた。
ドン!ドンツク!ドン!ドンドンツク!
のリズムに乗って南妙法蓮華経、南妙法蓮華経とひたすら唱える。
あの太鼓叩いてる係がマイク・ポートノイだったら…パット・トービーだったら…フィル・コリンズなら?いやいや五十嵐公太さんなら?はたまたジョン・ボーナム?
(手数の多いドラマーが好きだなキッド)
そんなことを考えてたら前に呼ばれて、なんか祝詞を唱えてもらい、おめでとうと言われた。
その次に、もっと大きなところに行くからとさっきの庭をずんずん上に向かって歩いて行った。そうして石段をエッチラオッチラ昇って行くと、さらに巨大な本堂があった。すぐ後ろにはデカデカと富士山がそびえ立っている。
中に入ると、その日来ているのは今いるこの班だけらしく、体育館より大きいであろう建物のなかに約30人だけ固まって腰掛けた。岩尾さんにお経と数珠をお借りして、細長い数珠を独特の引っかけ方で(何度か聞いたがすぐ忘れてしまった)構えて、またお経を唱え、続いてお題目の唱和をした。
本堂の正面にはステージがあって、その下にもお坊さんがズラっと並んでお経を唱え太鼓をたたいている。ポートノイもコリンズもパットもみんな出てきたみたいに
ドン!ドンツク!ドン!ドンドンツク!
ドン!ドンツク!ドン!ドンドンツク!
が延々続くなか南無妙法蓮華経も延々続く。段々トリップしてくるというか、なんか頭の中がゆわんゆわんしてきたなとおもったら、正面のステージにある大きな祭壇がズレて、中から鉄の扉が出てきた。その鉄の扉がゆっくり開くと、また別の観音開きがあって、それが開くとその奥に今度は上下に開くゲートがあって…と、アニメ映画のAKIRAみたいな装置がドンツクとお題目に乗って開いてゆく。
私の頭の中で鉄雄がドロドロに溶けて膨らんでいく。金田が赤いバイクでステージを縦横無尽に駆け回る。そのステージ中央の厳重な装置の中から現れたのが、どうやらご本尊らしい。
あんなに厳重にして、しかもこんな遠くから有難がらせて見せるご本尊がどんなもんなのか私にはよくわからないが、みんなのボルテージはガンガングングンズイズイ上昇していった。すると今度は、なんかもうトンデモ阿闍梨って感じのおじいさんがやってきて、銀河結社マーティアル(ボトムズ見ろ)の司祭みたいなヨボヨボの爺さんだったと思うけど、その人がすごくエラいヒトらしく何か話して、またゆっくり去って行った。それでその日は終わりのようだった。
帰り道、買った時から壊れっぱなしでロクに動かない純正据え付けのカーナビが初めてマトモに動いた。こんなことぐらいしか思い当たらないし、それでご利益を使い果たしてもらえれば上等だな、と思った。
岩尾さんは
「ご利益じゃなく、功徳と言ってよね」
と言っていた。まあシナチクとメンマみてえなもんなんだろう。
あれから数年。未だに年賀状も、法要のお知らせもなにも来ない。
約束は守ってくれたようだった。
どうせならなんか名前でも貰っておくべきだったかもしれない。
静岡県の大石寺(たいせきじ)というところに行った。
大きなお寺だった。
そこは日蓮正宗って宗派のお寺さんで、私の当時の知人が
「静岡のお寺で法事があるんだけど一緒に来ない?」
と誘ってくれたので
「いいよ!何のお寺?」
って聞いたら日蓮正宗の大石寺だと。
日蓮正宗かあ、どんなもんか見てみたいけど、入信もしないし本当に物見遊山ってことでも良ければ是非行きたい、と今考えればどえらい失礼な申し出だったけどそれでもいいと言ってくれたので車を出して行ってみることにした。住所とかを書かされるけど気にするなって言うから気にして、年賀状が来たりしたら嫌だなと思った。でもまあそのぐらいで済めばいいかなと。
ちなみに私の家のお寺は日蓮宗だ。
そして若いころアメリカに渡った私の大叔母は何故か現地でSGIに入ってしまい今でもそのまま。子供の頃、アメリカから送られてくる現地のおもちゃや映画のVHSに混じって
「生命と人権を守る公明党」
とかそんなビデオが混じってたのはそれか!と後年合点がいくわけだが、それもわからない子供のうちから見てたらどうなってたかなあ。でもやっぱ見とけば良かったかな。物置の整理した時に処分しちゃった気がするんだよなあ。
それはともかく、東名高速を一路東へ。新富士辺りで北に向かう。
西富士道路なんていう新しい道路を走って富士山の方へ。ぐんぐん大きくなる富士山を見ながら、ずいぶんのどかなところまで来た。
まわりは田畑とわずかな民家ばかりの狭い道をどんどこ走っていく途中で、知人が
「今まで斉藤って名乗ってたけど、着いたらお寺の中では岩尾って呼んでね」
と何やらわからないことを言い出した。どっちも仮名だが、どっちも偽名だったのかなんなのか。
そうこうしてるうちに、のどかな風景と全く不釣り合いなぐらいでっかいお寺に着いた。そこが大石寺だった。
中に入ると、カンフー映画に出てきそうな(まあむかしむかしの中国から入った文化だし当たり前だけど)広い境内に、綺麗で緑の多い庭、さらにそこに幾つも小さな平屋の離れが並んでいた。石段を登って、そのうちの一つの部屋に入る。中はよくあるお寺の一室で、和室と廊下と給湯室とトイレ。廊下には防災ポスターやお祭りのお知らせ、それらに混じって日蓮正宗の法要のポスター。
岩尾さんは私を部屋に案内すると、どっかに行ってしまった。
部屋の中には同じ班か何かの人たちが30人ぐらい居た。みんなワイワイ色んな話をしていた。それは井戸端会議みたいな他愛ないものから、職場にコレコレこういう人が居るから説伏してるところだと勇ましく語るヒョロ長なオッサンの演説から色々だった。あのオッサン、ここでは勇ましく演説をぶってるけど、本当に職場にいるときはどうなんだろう?案外と気弱で、大人しくしてるってこともあるしな…だいたいそんな上手くいくもんなのかな…ふーん、などと思ってふと見ると、物凄い美人の女の子が居た。
小さな子供も結構居たけど、その子だけは制服を着ていたので高校生じゃないかと思う。紺のブレザーに黒い髪、虚ろ気な表情で座っていた。背が高く、始終俯いていた顔はあどけなく体は少し細く見えた。
ああ、こんな可愛いのに、勿体ない。
が正直な感想だった。この子が自分の意志でココに居るのか、誰かのためなのかはわからない。私はこの日、結局誰とも殆ど口を利かなかったし、私を仲間だと看做していないのかなんなのか、結局声をかけてきた人は2人だけだった。
1人はヨレヨレの喪服を着ている60歳ぐらいの男性で、おめでとう、しっかり信心なさい、と言っていた。
もう1人は岩尾さんといっしょに居た右目だけ充血した斜視の男性で、なんか事務的な事を少し話した覚えがある。
時間になったとかで、小さなお堂に通されてみんなでお題目を唱和した。
正面のド派手な祭壇の上の、これまたド派手な巨大掛け軸に
南
無
妙
法
蓮
華
経
って書いてあって、その無と妙の間ぐらいを見ながら唱えると良い、と岩尾さんが言っていた。
ドン!ドンツク!ドン!ドンドンツク!
のリズムに乗って南妙法蓮華経、南妙法蓮華経とひたすら唱える。
あの太鼓叩いてる係がマイク・ポートノイだったら…パット・トービーだったら…フィル・コリンズなら?いやいや五十嵐公太さんなら?はたまたジョン・ボーナム?
(手数の多いドラマーが好きだなキッド)
そんなことを考えてたら前に呼ばれて、なんか祝詞を唱えてもらい、おめでとうと言われた。
その次に、もっと大きなところに行くからとさっきの庭をずんずん上に向かって歩いて行った。そうして石段をエッチラオッチラ昇って行くと、さらに巨大な本堂があった。すぐ後ろにはデカデカと富士山がそびえ立っている。
中に入ると、その日来ているのは今いるこの班だけらしく、体育館より大きいであろう建物のなかに約30人だけ固まって腰掛けた。岩尾さんにお経と数珠をお借りして、細長い数珠を独特の引っかけ方で(何度か聞いたがすぐ忘れてしまった)構えて、またお経を唱え、続いてお題目の唱和をした。
本堂の正面にはステージがあって、その下にもお坊さんがズラっと並んでお経を唱え太鼓をたたいている。ポートノイもコリンズもパットもみんな出てきたみたいに
ドン!ドンツク!ドン!ドンドンツク!
ドン!ドンツク!ドン!ドンドンツク!
が延々続くなか南無妙法蓮華経も延々続く。段々トリップしてくるというか、なんか頭の中がゆわんゆわんしてきたなとおもったら、正面のステージにある大きな祭壇がズレて、中から鉄の扉が出てきた。その鉄の扉がゆっくり開くと、また別の観音開きがあって、それが開くとその奥に今度は上下に開くゲートがあって…と、アニメ映画のAKIRAみたいな装置がドンツクとお題目に乗って開いてゆく。
私の頭の中で鉄雄がドロドロに溶けて膨らんでいく。金田が赤いバイクでステージを縦横無尽に駆け回る。そのステージ中央の厳重な装置の中から現れたのが、どうやらご本尊らしい。
あんなに厳重にして、しかもこんな遠くから有難がらせて見せるご本尊がどんなもんなのか私にはよくわからないが、みんなのボルテージはガンガングングンズイズイ上昇していった。すると今度は、なんかもうトンデモ阿闍梨って感じのおじいさんがやってきて、銀河結社マーティアル(ボトムズ見ろ)の司祭みたいなヨボヨボの爺さんだったと思うけど、その人がすごくエラいヒトらしく何か話して、またゆっくり去って行った。それでその日は終わりのようだった。
帰り道、買った時から壊れっぱなしでロクに動かない純正据え付けのカーナビが初めてマトモに動いた。こんなことぐらいしか思い当たらないし、それでご利益を使い果たしてもらえれば上等だな、と思った。
岩尾さんは
「ご利益じゃなく、功徳と言ってよね」
と言っていた。まあシナチクとメンマみてえなもんなんだろう。
あれから数年。未だに年賀状も、法要のお知らせもなにも来ない。
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