130 / 1,300
第138回。地図の調査で田舎を歩いたときのはなし。
しおりを挟む
掲載日2017年 06月22日 01時00分
二十歳くらいの頃、パートで地図の調査員をしていた。
元来ガサツで字も汚いので面接では難色を示されたが、ちょうどその年の夏に愛知県の山奥の調査を控えていたこともあって、体力優先で採用してもらえた。
この山奥の調査は数年に一度しか行わず(言ってしまえば田舎なので変化が少なく、調査費用も嵩むため)、やるとなったら1週間泊まり込みになる。
豊根村という愛知県最北部の、これまた静かなところのコテージを借りて毎日そこから出動していた。
地図の調査と言っても前回の調査によって作成した地図を持って、それと照らし合わせて歩くもので。
まあ書くと簡単だが日がな一日歩き回る上に結構細かい測定と地道な調査が必要なので…私には大変だった。ちょっといい加減な事をしてしまったこともあった(もちろん後でキャップに怒られたし、それを調べて書き直しに行ってくれた…末富さんごめんなさい。有難う御座いました)けど、仕事の内容自体は楽しかった。
というか、私は地図の調査や作成、測量、そういうものには全くもって不向きだったが、こと田舎を歩き回るのは大得意だった。
長年のおじいちゃん子、おばあちゃん子生活によって、そこら辺のじいちゃんばあちゃんと仲良くなり、色々お話を聞くのは実に楽しかったし有意義だった。
昔のこの辺りは…なんて話を聞いて、ひとしきりアレコレ話してから最後に調査をして、お茶とお菓子なんか頂いて。
山奥で来客そのものが珍しく、地図を調査していると言っても売りつけられたり個人情報を知られると必要以上に警戒されることも少なかった。このご時世、というかあの当時でも個人情報についてはナーバスな人も多くて。そういう人にもちゃんと配慮するマニュアルはあったし、致し方ない事だ。
でまあ、そういう対応をすることが極端に少なかったのに加え、お尋ねして誰かいればほぼ確実にお茶やお水を飲ませてくれたし、お菓子やおにぎりをくれた人も居た。
「そこに水が湧いてるから、飲んでっていいよ!」
と言ってくれた人も居た(笑)まあ生水ではあるけど、美味かった。お腹も壊さなかった。
ちょうど御在宅ってんで声をかけると家主は前回の調査の後すぐに亡くなっており、今は空き家だけど手入れをしないと傷むから…といって遠路はるばる来ている若い旦那さんや、空き家を買って隠居生活を始めた初老の夫婦も居たりして(絵に描いたような人たちで、もちろん自家製ハーブティーをご馳走になった。美味かった)田舎に居ながら色んな人と出会えたのも面白かったな。
逆に、もうこの集落は私たちだけで…なんていう、ホントに前後数キロに民家がココだけって家に住んでる老夫婦も居た。残念ながら数年後に通ったら草いきれに埋もれて荒れ果てた家だけが残っていた。
あれは切なかったな。
この調査というのが6月、ちょうど今ぐらいの時期にやったんだ。
だから山奥だと湿っぽい代わりに気温はさほど高くない。霧が出たり、一日中しとしと雨だったりして…こう言ってはナンだがテレビゲームのSIRENとかサイレントヒルみたいでもあったな。
ホントに真っ白な霧の中を歩いていると、前から急に婆さんが出てきたりしてビックリするんだコレが。
一度、ホントに山を幾つか超えていった先のお宅でおばあちゃんにエンゼルパイと緑茶をご馳走になって話をしてたら意気投合。後日、今度はバイクで遊びに行くということがあった。なんべんくらい行ったかな。毎回何かしらお土産を持っていって、茶飲み話して、愛知県の山道を走って帰ってくる。
みっちり調査して歩き込んだお陰で道には迷わないし、改めてバイクで走るのも楽しかった。
何より、いつも歓迎してくれたKさんのおばあちゃんにお土産を渡して喜んでもらえると私も嬉しかった。特に連絡先を交換してたりはしないので、不意に行って、居れば話をして、いなければお土産を置いて帰るだけだった。
ある日、いつものように尋ねたら居なかった。買い物にでも行ってしまったか、とお土産を置くためにいつもの玄関先の農具棚に近づくと…表札が消えていた。
あ、と、え、が一緒に声になって出た。思わず引き戸に手をかけると鍵が開いていた。
恐る恐る開けてみると、家はもぬけの殻だった。
初対面から3年ぐらい経ってた、夏の暑い昼下がりだった。
いつもほがらかで優しかったKさんの声が蝉しぐれに溶けて、山の向こうの青い空に消えてった。
ああ、そっか…と考えないようにしながら納得したふりをしてバイクにまたがってエンジンをかけた。
あれから、あの家の近くは通っていない。
今度また行ってみようと思うけど、中々足を伸ばせないでいる。
田舎の調査はとても楽しかったし、私には向いている仕事だった。建物や新しい測定が少ないし、知らない人と話が出来るし。
でも最近は高速道路やバイパス、トンネルが沢山出来た。便利になった。
でも、あれを調査して地図に描けと言われたら絶対ムリなので、やっぱり私は地図を描くより読む方がいいや。
二十歳くらいの頃、パートで地図の調査員をしていた。
元来ガサツで字も汚いので面接では難色を示されたが、ちょうどその年の夏に愛知県の山奥の調査を控えていたこともあって、体力優先で採用してもらえた。
この山奥の調査は数年に一度しか行わず(言ってしまえば田舎なので変化が少なく、調査費用も嵩むため)、やるとなったら1週間泊まり込みになる。
豊根村という愛知県最北部の、これまた静かなところのコテージを借りて毎日そこから出動していた。
地図の調査と言っても前回の調査によって作成した地図を持って、それと照らし合わせて歩くもので。
まあ書くと簡単だが日がな一日歩き回る上に結構細かい測定と地道な調査が必要なので…私には大変だった。ちょっといい加減な事をしてしまったこともあった(もちろん後でキャップに怒られたし、それを調べて書き直しに行ってくれた…末富さんごめんなさい。有難う御座いました)けど、仕事の内容自体は楽しかった。
というか、私は地図の調査や作成、測量、そういうものには全くもって不向きだったが、こと田舎を歩き回るのは大得意だった。
長年のおじいちゃん子、おばあちゃん子生活によって、そこら辺のじいちゃんばあちゃんと仲良くなり、色々お話を聞くのは実に楽しかったし有意義だった。
昔のこの辺りは…なんて話を聞いて、ひとしきりアレコレ話してから最後に調査をして、お茶とお菓子なんか頂いて。
山奥で来客そのものが珍しく、地図を調査していると言っても売りつけられたり個人情報を知られると必要以上に警戒されることも少なかった。このご時世、というかあの当時でも個人情報についてはナーバスな人も多くて。そういう人にもちゃんと配慮するマニュアルはあったし、致し方ない事だ。
でまあ、そういう対応をすることが極端に少なかったのに加え、お尋ねして誰かいればほぼ確実にお茶やお水を飲ませてくれたし、お菓子やおにぎりをくれた人も居た。
「そこに水が湧いてるから、飲んでっていいよ!」
と言ってくれた人も居た(笑)まあ生水ではあるけど、美味かった。お腹も壊さなかった。
ちょうど御在宅ってんで声をかけると家主は前回の調査の後すぐに亡くなっており、今は空き家だけど手入れをしないと傷むから…といって遠路はるばる来ている若い旦那さんや、空き家を買って隠居生活を始めた初老の夫婦も居たりして(絵に描いたような人たちで、もちろん自家製ハーブティーをご馳走になった。美味かった)田舎に居ながら色んな人と出会えたのも面白かったな。
逆に、もうこの集落は私たちだけで…なんていう、ホントに前後数キロに民家がココだけって家に住んでる老夫婦も居た。残念ながら数年後に通ったら草いきれに埋もれて荒れ果てた家だけが残っていた。
あれは切なかったな。
この調査というのが6月、ちょうど今ぐらいの時期にやったんだ。
だから山奥だと湿っぽい代わりに気温はさほど高くない。霧が出たり、一日中しとしと雨だったりして…こう言ってはナンだがテレビゲームのSIRENとかサイレントヒルみたいでもあったな。
ホントに真っ白な霧の中を歩いていると、前から急に婆さんが出てきたりしてビックリするんだコレが。
一度、ホントに山を幾つか超えていった先のお宅でおばあちゃんにエンゼルパイと緑茶をご馳走になって話をしてたら意気投合。後日、今度はバイクで遊びに行くということがあった。なんべんくらい行ったかな。毎回何かしらお土産を持っていって、茶飲み話して、愛知県の山道を走って帰ってくる。
みっちり調査して歩き込んだお陰で道には迷わないし、改めてバイクで走るのも楽しかった。
何より、いつも歓迎してくれたKさんのおばあちゃんにお土産を渡して喜んでもらえると私も嬉しかった。特に連絡先を交換してたりはしないので、不意に行って、居れば話をして、いなければお土産を置いて帰るだけだった。
ある日、いつものように尋ねたら居なかった。買い物にでも行ってしまったか、とお土産を置くためにいつもの玄関先の農具棚に近づくと…表札が消えていた。
あ、と、え、が一緒に声になって出た。思わず引き戸に手をかけると鍵が開いていた。
恐る恐る開けてみると、家はもぬけの殻だった。
初対面から3年ぐらい経ってた、夏の暑い昼下がりだった。
いつもほがらかで優しかったKさんの声が蝉しぐれに溶けて、山の向こうの青い空に消えてった。
ああ、そっか…と考えないようにしながら納得したふりをしてバイクにまたがってエンジンをかけた。
あれから、あの家の近くは通っていない。
今度また行ってみようと思うけど、中々足を伸ばせないでいる。
田舎の調査はとても楽しかったし、私には向いている仕事だった。建物や新しい測定が少ないし、知らない人と話が出来るし。
でも最近は高速道路やバイパス、トンネルが沢山出来た。便利になった。
でも、あれを調査して地図に描けと言われたら絶対ムリなので、やっぱり私は地図を描くより読む方がいいや。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる