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第125回。永田先生の大あんまき
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掲載日2017年 06月09日 01時00分
愛知県は知立市の名物に「大(おお)あんまき」という和菓子がある。
スウィーツ!である。
どら焼きとロールケーキのあいの子みたいなお菓子で、和菓子独特のふんわりと甘い生地で小倉あんを巻いたものだ。その名の通り、ですな。
国道1号線を西へ走っていると、知立市に入ったあたりで藤田屋さんという大あんまきを作っている工場がある。直売コーナーもあるし、窓からは製造している様子も見ることが出来る。
豊橋駅の改札口のところでよく即売もやってるし、小倉あんだけじゃなく色んな味も出ていてどれもとても美味しい。キッドさんも納得の食べ応えと味わいのお菓子なのだ。
この大あんまき、大(おお)じゃないほうのあんまきをあまり見た事がないのだが、まあとにかく大あんまき。柔らかくて食べやすく、小倉あんをたっぷり使っているのでお年寄りにも人気。
そういえば子供の頃、駅から帰ってきたばあちゃんがお土産に買ってきてくれたりしてたな。
知立市の会社が有名なお菓子だけど、豊橋でもポピュラーであるよ、と。
でね。
私の今の住まいの、対面のブロックの角っこに。
信号の交差点があってそのホントの角はガレージと花壇になってるんだけどその隣。
そこが古い一軒家なんだ。小さくて、隣の4階建ての貸しスタジオのビルと、大ぶりな貸しガレージに挟まれるように建ってる。今でもある。空き家だけど。
この家には、永田先生と言われるおじいさんが一人で住んでた。
なんでも昔、学校の先生だったらしく。隠居した後もうちのおばあちゃんや近所のおばさんたちは永田先生って呼んでたんだ。
私が小学6年だったかそこらの時分、永田先生は毎朝家の前に立って外を見てた。
気が付いたころは永田先生のこともよく知らないから、通り過ぎるときに会釈をするぐらいだった。
すると、軽く手をあげて応えてくれたので、それからはきちんと挨拶をするようになった。
おはようございます!
と言うと、胸元に軽く手をあげて
(オッス)
とか
(やあ)
といったジェスチャーをしてくれたものだった。
あまり言葉を発することは無かったけど、柔和な笑顔を見せていたので、ああ機嫌がいいんだなと思ってた。そんな朝が1年くらい続いただろうか。
その頃になると、夕方にも永田先生は家の前に居て、今度は
こんちは!
とか
ただいま!
とか声をかけていた。永田先生のリアクションは朝と大体同じだ。
ある日、いつも通り永田先生に挨拶をして家に帰ると、おばあちゃんが少し声をひそめて私のところへやってきてビニール袋に入ったパックを取り出した。
そこには、藤田屋の大あんまきが1本と4分の3くらい入っていた。
2本あるんだけど、明らかに片っぽがちょっと短い。
「コレ永田先生があんたに、って持って来たんだけど…食べかけじゃんねえ…どうするかねえ」
ああー、それでちょっと短いんだコレ。
まあ、せっかくだから、とコンバット越前よろしくパクっと食べると、食べかけどころか少し日にちが経っているのか生地が乾いている。せっかくの大あんまきだが、これでは味わいも半減だ。
「あー、やっぱり永田先生、もうアレだから…」
どういうことかと聞いてみると、永田先生は、もう何年も前からボケてしまい、ああして毎日家の前に立っているけれど誰のこともわからないのだそうだ。家のことや先生のお世話は家族の人が来てやっているけど、それもわからない。どの程度だったのかわからないけど、いわゆる認知症というやつだったのだろう。
だから、永田先生は、私のことも大してわかってなかったんじゃないだろうか。
だけど、じゃあ、この大あんまきをわざわざ持って来てくれたのは何故だったんだろうか。
考えてもよくわからない。
永田先生はこの後暫くして姿を見せなくなった。
やっぱり老人一人じゃ危ないんで、どこかの老人ホームに入ることになったと、おばあちゃんが言っていた。
今でも、大あんまきを見ると永田先生のことを思い出すときがある。
美味しいんだ、あれ。
藤田屋さんの工場直売所にも行ってみたいなと思っているけど、駅で売ってるのを帰りに買ってきて家で食うのも楽しみで。
永田先生の小さな家は、今でもひっそりと無人のまま我が家のはす向かいの角に建っている。
外壁が少し傷んできている。
たまに、どなたかご家族の方が見えて手入れをしているようだ。
いつか無くなってしまって、永田先生のことも忘れてしまうのはさみしいけれど、大あんまきを食うときにだけでも思い出せたらいいな。
愛知県は知立市の名物に「大(おお)あんまき」という和菓子がある。
スウィーツ!である。
どら焼きとロールケーキのあいの子みたいなお菓子で、和菓子独特のふんわりと甘い生地で小倉あんを巻いたものだ。その名の通り、ですな。
国道1号線を西へ走っていると、知立市に入ったあたりで藤田屋さんという大あんまきを作っている工場がある。直売コーナーもあるし、窓からは製造している様子も見ることが出来る。
豊橋駅の改札口のところでよく即売もやってるし、小倉あんだけじゃなく色んな味も出ていてどれもとても美味しい。キッドさんも納得の食べ応えと味わいのお菓子なのだ。
この大あんまき、大(おお)じゃないほうのあんまきをあまり見た事がないのだが、まあとにかく大あんまき。柔らかくて食べやすく、小倉あんをたっぷり使っているのでお年寄りにも人気。
そういえば子供の頃、駅から帰ってきたばあちゃんがお土産に買ってきてくれたりしてたな。
知立市の会社が有名なお菓子だけど、豊橋でもポピュラーであるよ、と。
でね。
私の今の住まいの、対面のブロックの角っこに。
信号の交差点があってそのホントの角はガレージと花壇になってるんだけどその隣。
そこが古い一軒家なんだ。小さくて、隣の4階建ての貸しスタジオのビルと、大ぶりな貸しガレージに挟まれるように建ってる。今でもある。空き家だけど。
この家には、永田先生と言われるおじいさんが一人で住んでた。
なんでも昔、学校の先生だったらしく。隠居した後もうちのおばあちゃんや近所のおばさんたちは永田先生って呼んでたんだ。
私が小学6年だったかそこらの時分、永田先生は毎朝家の前に立って外を見てた。
気が付いたころは永田先生のこともよく知らないから、通り過ぎるときに会釈をするぐらいだった。
すると、軽く手をあげて応えてくれたので、それからはきちんと挨拶をするようになった。
おはようございます!
と言うと、胸元に軽く手をあげて
(オッス)
とか
(やあ)
といったジェスチャーをしてくれたものだった。
あまり言葉を発することは無かったけど、柔和な笑顔を見せていたので、ああ機嫌がいいんだなと思ってた。そんな朝が1年くらい続いただろうか。
その頃になると、夕方にも永田先生は家の前に居て、今度は
こんちは!
とか
ただいま!
とか声をかけていた。永田先生のリアクションは朝と大体同じだ。
ある日、いつも通り永田先生に挨拶をして家に帰ると、おばあちゃんが少し声をひそめて私のところへやってきてビニール袋に入ったパックを取り出した。
そこには、藤田屋の大あんまきが1本と4分の3くらい入っていた。
2本あるんだけど、明らかに片っぽがちょっと短い。
「コレ永田先生があんたに、って持って来たんだけど…食べかけじゃんねえ…どうするかねえ」
ああー、それでちょっと短いんだコレ。
まあ、せっかくだから、とコンバット越前よろしくパクっと食べると、食べかけどころか少し日にちが経っているのか生地が乾いている。せっかくの大あんまきだが、これでは味わいも半減だ。
「あー、やっぱり永田先生、もうアレだから…」
どういうことかと聞いてみると、永田先生は、もう何年も前からボケてしまい、ああして毎日家の前に立っているけれど誰のこともわからないのだそうだ。家のことや先生のお世話は家族の人が来てやっているけど、それもわからない。どの程度だったのかわからないけど、いわゆる認知症というやつだったのだろう。
だから、永田先生は、私のことも大してわかってなかったんじゃないだろうか。
だけど、じゃあ、この大あんまきをわざわざ持って来てくれたのは何故だったんだろうか。
考えてもよくわからない。
永田先生はこの後暫くして姿を見せなくなった。
やっぱり老人一人じゃ危ないんで、どこかの老人ホームに入ることになったと、おばあちゃんが言っていた。
今でも、大あんまきを見ると永田先生のことを思い出すときがある。
美味しいんだ、あれ。
藤田屋さんの工場直売所にも行ってみたいなと思っているけど、駅で売ってるのを帰りに買ってきて家で食うのも楽しみで。
永田先生の小さな家は、今でもひっそりと無人のまま我が家のはす向かいの角に建っている。
外壁が少し傷んできている。
たまに、どなたかご家族の方が見えて手入れをしているようだ。
いつか無くなってしまって、永田先生のことも忘れてしまうのはさみしいけれど、大あんまきを食うときにだけでも思い出せたらいいな。
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