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「カチカチ事件」
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この話をネットでちゃんと書くことは初めてかも知れない。
何度も人には話してるし、別に隠してることじゃない。
ここを見てくれている皆様に、是非ご覧いただき、また一つ供養になれば…ということで。カチカチ事件。
私が10年以上前にお付き合いして頂いていた人との話。
その人は当時で29歳になりたて。今の私よりちょっと年下ぐらいだから今になって自分としては平気だけど、彼女からしたらそろそろ落ち着きたいところ。身を固めたいと思っていたらしく。
光栄なことに、その相手は私であってほしいと言ってくれていた。
カズヤくんと結婚して親戚をビックリさせてやるんだ。
おばさんがね、お見合いの話しつこくって…でもいいもーん、だってカズヤ君がいてくれるもの。
とまあ、こんな具合に。
いまだにそんなこと言ってくれてたのは、彼女くらいのもんだっていうのに。
彼女とはバイト先のコンビニで出会った。大人しくて、お客として店に来ていたときから顔は知ってたけどお世辞にも愛想がイイとは言えず、塩対応もいいところだった。
だから話してみると結構明るくて逆に驚いたぐらいだった。
マジで接客態度は最悪だったよ。ボソボソ喋って目も合わせない、一切心のこもってないレジだった。いまだにあれ以上のコンビニ店員に出会うことは中々ない。たまーーにいるけど。
そんな人でも仲間になってみると明るく元気なお姉ちゃんで、10も離れているとはいえ付き合い出してみればそんな年の差もあまり感じないくらい楽しく過ごしていた。
彼女はあまり男性経験が多い方ではなくて、私もそこは似たり寄ったりだったので、お互いに甘えながら過ごしていたような気がする。
彼女の家はちょっと特殊な建設業を営んでいることもあり裕福だった。私も家まで送って行ったときに(当時はわりと近所だった)家を見て驚いた。そりゃ見合いの話も来るわな、ってぐらい。
ただそのお蔭か大して社会経験もなかったらしく
「私は恋愛より仕事一筋で生きてきた」
「しかも掛け持ちで全然休みもなかった」
というのが10年間で駅前と私のバイト先になる店との2つのコンビニだけだったりもした。ずっとそれで頑張ってきたのは確かだろうけど、じゃあずっとあの接客でコンビニやってきたの…?と思うと、それはそれでちょっとビックリだ。
間違いなく、同じお店の先輩バイトじゃなかったらお近づきになるどころか、近所のお店でシフトも決まってたんで彼女が要る曜日と時間帯は間違いなく避けてたレベルだったんだもん。
流石に接客態度の話なんかしなかったけど、一緒に出掛けたりご飯食べに行ったり、家で料理を作ったりして楽しかったな。彼女は免許も車も持ってたけど、運転が大の苦手だというんでいつも自転車でデートしていた。それも可愛いママチャリとかじゃなくかなり本格的でごっつい(そして間違いなく高価な)マウンテンバイクみてえなやつで。ハンドルがバッファローマンのツノみてえなやつ。
ただ、蜜月も長くは続かなかった。
その日は私の部屋で四方山話をしたり、二人で選んで借りてきた映画のビデオを見たりしていたと思う。
私が当時寝起きしていたマットレスの上に座って、彼女は私のテーブルの前にちょこんと座っていた。
どうやって別れを切り出そうか、別れたいとか嫌いになったとかじゃないんだけど、だけど…。
意を決して深呼吸をして、それをそのまま伝えた。
君が嫌いなわけじゃない、決して嫌になったわけじゃない。だけど…。
君ならもっといい人も見つかるし、それを望んでいる。寂しいけれど、別れよう。
それで、その…云々と言っている間も彼女の顔が見られなくて、私は背中を向けてうつむきながら話していた。ちょっと破れた障子紙の隙間から隣の家の白い壁が見える。
外を車が通ってゆく音がする。
彼女の髪の毛のにおいがほのかに漂う部屋のなかで気が付くと
カチカチカチカチッ
カチカチカチカチカチカチッ
カチカチカチカチッ
カチカチカチカチ……
と、なんだか妙な音がする。
ゆっくり振り向くと、呆然とした様子の彼女が両手でカッターナイフを握りしめ、虚ろな目つきをしたまま無言でカッターナイフの刃を
カチカチカチカチッ
カチカチカチカチカチカチッ
あ、あの、えっと
カチカチカチカチッ
あのさ、あの
カチカチカチカチッ
ヤバイ。
刺される。絶対死ぬ。
思えば短い人生だった。
どうしよう。
相変わらず無言のまま、ただただカッターナイフの刃を出したり引っ込めたりしているご様子の彼女。
刺したり切ったりするつもりというよりは、目の前にあったんで無意識のうちにカチカチやってたんだと思う(今にして思えばそうだと想像するしかないけど、それはそれで恐ろしい状況に変わりはないな)けど、いつその刃先がこっちに向くかわからない。
大丈夫。大丈夫だから、ね、ほら、大丈夫だから…
自分でもビックリするほどのへっぴり腰で、人生でこんなに腹を引っ込めたことないってぐらいお腹を凹ませながら(少しでも刺されないように)両手でそっとカッターナイフを握る彼女の両手を包み込み、そのままそーっとカッターナイフを取り、同時に彼女を抱き寄せつつマットレスに寝かせ、取り上げたカッターナイフは部屋の片隅の手が届かないところまでそっと蹴飛ばし、その日はそれで事なきを得ました。
結局その通日後に改めてお別れをして、彼女とはそれっきり。
近所に住んでいたとは思うけれど、顔を合わせたこともありません。
彼女の勤め先だったコンビニも両方ともなくなったし。
ただ2年ぐらい前に、ふと入ったコンビニのレジが…彼女にそっくりだった気がして。
確かめには、行ってないです。
何度も人には話してるし、別に隠してることじゃない。
ここを見てくれている皆様に、是非ご覧いただき、また一つ供養になれば…ということで。カチカチ事件。
私が10年以上前にお付き合いして頂いていた人との話。
その人は当時で29歳になりたて。今の私よりちょっと年下ぐらいだから今になって自分としては平気だけど、彼女からしたらそろそろ落ち着きたいところ。身を固めたいと思っていたらしく。
光栄なことに、その相手は私であってほしいと言ってくれていた。
カズヤくんと結婚して親戚をビックリさせてやるんだ。
おばさんがね、お見合いの話しつこくって…でもいいもーん、だってカズヤ君がいてくれるもの。
とまあ、こんな具合に。
いまだにそんなこと言ってくれてたのは、彼女くらいのもんだっていうのに。
彼女とはバイト先のコンビニで出会った。大人しくて、お客として店に来ていたときから顔は知ってたけどお世辞にも愛想がイイとは言えず、塩対応もいいところだった。
だから話してみると結構明るくて逆に驚いたぐらいだった。
マジで接客態度は最悪だったよ。ボソボソ喋って目も合わせない、一切心のこもってないレジだった。いまだにあれ以上のコンビニ店員に出会うことは中々ない。たまーーにいるけど。
そんな人でも仲間になってみると明るく元気なお姉ちゃんで、10も離れているとはいえ付き合い出してみればそんな年の差もあまり感じないくらい楽しく過ごしていた。
彼女はあまり男性経験が多い方ではなくて、私もそこは似たり寄ったりだったので、お互いに甘えながら過ごしていたような気がする。
彼女の家はちょっと特殊な建設業を営んでいることもあり裕福だった。私も家まで送って行ったときに(当時はわりと近所だった)家を見て驚いた。そりゃ見合いの話も来るわな、ってぐらい。
ただそのお蔭か大して社会経験もなかったらしく
「私は恋愛より仕事一筋で生きてきた」
「しかも掛け持ちで全然休みもなかった」
というのが10年間で駅前と私のバイト先になる店との2つのコンビニだけだったりもした。ずっとそれで頑張ってきたのは確かだろうけど、じゃあずっとあの接客でコンビニやってきたの…?と思うと、それはそれでちょっとビックリだ。
間違いなく、同じお店の先輩バイトじゃなかったらお近づきになるどころか、近所のお店でシフトも決まってたんで彼女が要る曜日と時間帯は間違いなく避けてたレベルだったんだもん。
流石に接客態度の話なんかしなかったけど、一緒に出掛けたりご飯食べに行ったり、家で料理を作ったりして楽しかったな。彼女は免許も車も持ってたけど、運転が大の苦手だというんでいつも自転車でデートしていた。それも可愛いママチャリとかじゃなくかなり本格的でごっつい(そして間違いなく高価な)マウンテンバイクみてえなやつで。ハンドルがバッファローマンのツノみてえなやつ。
ただ、蜜月も長くは続かなかった。
その日は私の部屋で四方山話をしたり、二人で選んで借りてきた映画のビデオを見たりしていたと思う。
私が当時寝起きしていたマットレスの上に座って、彼女は私のテーブルの前にちょこんと座っていた。
どうやって別れを切り出そうか、別れたいとか嫌いになったとかじゃないんだけど、だけど…。
意を決して深呼吸をして、それをそのまま伝えた。
君が嫌いなわけじゃない、決して嫌になったわけじゃない。だけど…。
君ならもっといい人も見つかるし、それを望んでいる。寂しいけれど、別れよう。
それで、その…云々と言っている間も彼女の顔が見られなくて、私は背中を向けてうつむきながら話していた。ちょっと破れた障子紙の隙間から隣の家の白い壁が見える。
外を車が通ってゆく音がする。
彼女の髪の毛のにおいがほのかに漂う部屋のなかで気が付くと
カチカチカチカチッ
カチカチカチカチカチカチッ
カチカチカチカチッ
カチカチカチカチ……
と、なんだか妙な音がする。
ゆっくり振り向くと、呆然とした様子の彼女が両手でカッターナイフを握りしめ、虚ろな目つきをしたまま無言でカッターナイフの刃を
カチカチカチカチッ
カチカチカチカチカチカチッ
あ、あの、えっと
カチカチカチカチッ
あのさ、あの
カチカチカチカチッ
ヤバイ。
刺される。絶対死ぬ。
思えば短い人生だった。
どうしよう。
相変わらず無言のまま、ただただカッターナイフの刃を出したり引っ込めたりしているご様子の彼女。
刺したり切ったりするつもりというよりは、目の前にあったんで無意識のうちにカチカチやってたんだと思う(今にして思えばそうだと想像するしかないけど、それはそれで恐ろしい状況に変わりはないな)けど、いつその刃先がこっちに向くかわからない。
大丈夫。大丈夫だから、ね、ほら、大丈夫だから…
自分でもビックリするほどのへっぴり腰で、人生でこんなに腹を引っ込めたことないってぐらいお腹を凹ませながら(少しでも刺されないように)両手でそっとカッターナイフを握る彼女の両手を包み込み、そのままそーっとカッターナイフを取り、同時に彼女を抱き寄せつつマットレスに寝かせ、取り上げたカッターナイフは部屋の片隅の手が届かないところまでそっと蹴飛ばし、その日はそれで事なきを得ました。
結局その通日後に改めてお別れをして、彼女とはそれっきり。
近所に住んでいたとは思うけれど、顔を合わせたこともありません。
彼女の勤め先だったコンビニも両方ともなくなったし。
ただ2年ぐらい前に、ふと入ったコンビニのレジが…彼女にそっくりだった気がして。
確かめには、行ってないです。
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