不定期エッセイ キッドさんといっしょ。

ダイナマイト・キッド

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第50回記念特別編。「キッドさんVS変態」

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掲載日2017年 03月25日 07時00分

それは2011年10月の事でした。 

夕方16時ごろ、私は久々にジョギングをしようと公園の遊歩道にやってきた。 
そこはその年の5月~8月ぐらいまでよく走り込みをしていた場所で、スポーツ公園は野球場とサッカー場が隣同士に並んでいる。 
走るのが戦争の次に嫌いなキッドさんがなぜそんな真似をしていたかと言えば女性がらみである。平和の次に女性がスキ。

で、だ。その二つの競技場の奥に遊歩道が続いていて、野球場の裏手には真ん中に池があってベンチや藤棚のある丸いコース。 そしてその隣のサッカー場の奥は、水路沿いの直線コース。 

公園の奥の奥だし、平日の昼間に訪れる人は少ない。 
デブが悪あがきしてるようにしか見えない、否まさに悪あがきそのものの走り込みをするにはもってこいの場所とも言える。 
犬や人の散歩や、ゴルフ禁止なのでコッソリ素振りをするおっさんや、たまに何故か男女のペアが手なんか繋いでクスクス言いながら歩いてたりする。 
まあ、そんな風な人気のない場所なのでアリマスネ。 


さて、その日も私は準備運動をして、池の周りのコースに一歩走り出し 
「うしっ」 
と小さく気合を入れて、すぐ立ち止まった。 

目の前20メートルぐらいを、奇妙な物体がひょこひょこ歩いている。 
ぎこちない内股で挙動不審気味に前進を続けるそれは、 

・あたまに鮮やかな水色のでっかいリボン 
・明るい茶髪のショートボブ 
・ノースリーブの超ミニスカ背中丸明きワンピ(それも白とピンクのセーラーっぽいのに青のミニスカの派手なやつ) 
・白い携帯電話にでっかいストラップ 
・左手にオレンジ色のリストバンド 
・茶色のブーツ(ブルーザー・ブロディみたいなモジャモジャの毛のついたやつ) 

とまあ、後ろから見た感じ「出来の悪いPerfume」と「くたびれきった木村カエラ」を力づくで合わせて派手に着飾ったような風体なのだ。 

一瞬で走る気が失せた私だったが、とりあえずこの怪し過ぎる人物を後ろからじっと観察した。

良く見ると、露出した腕や足が随分くたびれている。 
皮膚が若干たわんで、痩せているというよりは歳をとっているような。 
そして二の腕の先が、悲しいほど日に焼けて茶色になっている。 

私と同じだ。トラックの運転を仕事にしている人は、多かれ少なかれ右腕が焼ける。屋外の肉体労働者であれば、作業服から出るのはせいぜい二の腕。 
長ズボンを履いている足だけは異様に白く、腕は半分白くて半分茶色。 

私は歩くスピードを早くして、足音をざっざっざと立てながらこの奇人を追い抜いた。 
すると、顔には目元以外を全てすっぽり覆う大きなマスクをしているではないか。よく売っているプリーツになったアレ。 
そしてショートボブの前髪を大きくたらして、ちょっとやそっとじゃ人相がわからないようになっている。 

駄目なPerfumeは右手で自分の顔を隠して、こちらを見ないようにしているようだった。そして、私からも自分の顔が見えないように…。 

そのために振り上げた右腕の腋の下には、悲しいほどモッサリした腋毛が生い茂っていた。見た感じ手足の毛はしっかり?処理されているようであっただけに…これでとうとう確信を得てしまった。 
男性と女性では、幾ら濃くても腋毛の生え方が違うのだ。 

と!その時!! 
奇人改め変態さんは、己の犯したあまりに大きな過ちに気付いたのだろう。 
慌てて右腕を下ろし…こちらと目が合ってしまった。 

皺の寄った目元、アーモンド形の血走った目。 
やけに血色の悪い肌は、きっとタバコを何本も吸うのだろう。 
もしかしたらもっと体調が悪いのかもしれない。
それは、嗚呼、人気の無い黄昏の遊歩道を闊歩する駄目なPerfumeは、紛れも無い中年のオッサンなのであった。 


オッサンは遊歩道の十字路をサッカー場の方に向かっていった。 
そこでは中学生の男女がサッカーの練習をしていて、賑やかな喚声やホイッスルの音が鳴り響いている。 
そこへ、その格好で、隅っことは言え歩いてゆくのか…!! 

私はオッサンの戦いを見届けようか迷った。 
だがよく考えれば、遠めに見ればこの華奢なオッサンは完全に女性である。胸にもパッドなのかナンなのかCカップほどの膨らみがあった。 

それを後ろからソローっと追跡していたら、変質者としては私もオッサンもドッコイである。 

仕方が無いので、私は予定通り池の周りのコースを走り始めた。 
一周走って久々のわりには思ったより体力が落ちていなかった事に満足しつつクールダウンのために少し歩く。 

と! 
さっきのオッサンが、池コースにある大きな風除けのついた「何故かウロウロしているカップル」御用達のベンチに腰掛けて、ミニスカの裾を寒そうにぎゅっと握って座っていた。もう片方の手は白い携帯電話をいじくっている。 

…ジョギングを始めたころから、私はクールダウンのためにもう一周歩くと決めていたので、この日もそのままオッサンの前を歩く事にした。 
関わりたくなければ、下を向いてケータイをいじっているなりなんなりするだろう。 
さっきも露骨に避けていたし、まあ、世の中色んな人が居るわな。 

と瞬間的にものすごーく物分りの良い人になった私が歩道からちょっと高い場所にあるベンチに腰掛けるオッサンの前に差し掛かったとき… 
私は思わずオッサンのほうを見てしまった。 
そしてオッサンは横を向いて顔を隠しながら、両足を静かに開いてパンツを見せに掛かったのである。 

!!? 

この予想外の攻撃で完全に面食らってしまった。 
ど、どゆこと!? 
オッサンは相変わらずこちらにパンツを見せながらそっぽを向いている。ちなみに全開になった股間には、ちゃんと白いショーツをはいていた。 

………意を決して「彼」に話しかけてみることにした。 
「そんな格好で寒くないの?」 
彼は、変態さんは答えない。 
「大丈夫?」 
先ほどから彼は小刻みに震えている。そりゃあそうだ、贅肉の削げ落ちた肉体が、昼間とは打って変わって肌寒い、凛とした空気にさらされているのだから。 

するとオッサンは唐突に立ち上がり、その短いスカートを思い切って 

ぴらっ 

とめくって見せたのであった。 
細長く皺の寄ったヘソまで捲くれたスカートが隠していたのは、白い女性用ショーツと、生い茂った悲しき男のジャングルだった。 

私は一歩後退りをして、言葉を失くした。 
「あの、そういうつもりじゃないから…。」 
思わず言い訳をして逃げようとしてした。だがオッサンはと言えば、めくったスカートもそのままに、マスクの奥の血走った相貌を真っ直ぐ俺に向けて、オッサン独特の細長い呼吸を低く繰り返しているだけ。 

ついでモゾモゾと動き出したかと思うと、谷間が見えるように前屈みになりながら、なんとパンツを脱ごうとしているではないか!! 
しかし私が見たものは、ズレたカツラの向こうにある短く刈り込まれた白髪混じりの地毛だけ。さぞかしアブラ臭そうな頭皮に生えた、実に男らしい頭髪なのである。 

相当に気まずくなって来た事だし、もう退散しよう…。 
「か、風邪引くなよ。」 
それだけ言い残して、彼の前から走り去った。 
彼は追って来ずに、またベンチに座りなおしてケータイをいじり出した。 

ひょっとして、ひどく気の毒な事をしたのではなかろうか。 
そっとして置いてあげればよかったな…と思いながら、黄昏の公園を後にした。 

今まで色んな時間帯にこの遊歩道で走り込みをしていたけれど、こんな人を見たのは初めてだった。そして、最後であって欲しいとも思う。 

今日は昼間のうちに走ったが、当然と言うべきか。 
人っ子一人見かけなかった。 


負けました。 
胸に仕舞っておくにはあまりにあまりでしたので、書いちゃいました。

いつも キッドさんといっしょ。をご覧いただきまことに有難うございます。
おかげ様をもちまして、当エッセイも50回を数えました。
時折物凄いアクセスが伸びてたり、何を書いても低空飛行だったり、短い間ながら色々なときがありました。
感謝の気持ちを猥談で、とばかりに節目になると下品になるという当エッセイの特性にうってつけの日記を発掘・加筆訂正したものをご覧いただきました。
いつも有難う御座います。
ほぼ日刊、を目標にこれからも更新してまいります。
今後ともよろしくお願いいたします。
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