転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
163 / 174
エピローグ

8-10 二重構造

しおりを挟む
 その日の午後、昼食をとってからはるか蕾生らいお鈴心すずね梢賢しょうけん康乃やすのから預かった硬鞭こうべんを持って八雲やくもの作業場を訪れた。
 眞瀬木ませきの技術に興味津々の皓矢こうやもついて来た。
 
「こんちはー……」
 
 固い木戸を梢賢が遠慮がちに開けると、中には八雲が待ち構えていた。
 
「む、来たか」
 
「あのう、康乃様に言われて来たンスけどー……」
 
「その前に礼を言わせてくれ。墨砥ぼくと兄さんと瑠深るみの赦免を康乃様にとりなしてくれたとか。ありがとう」
 
 寡黙な大男の八雲が頭を下げる様は、ある意味異様な圧がある。けれど梢賢は特に怯んだりもせずに少し笑った。
 
「いやあ、元はオレが蒔いた種ですから。その割に墨砥のおっちゃんも瑠深も家から出てきまへんけど」
 
「まあ、しばらくは仕方なかろう」
 
 墨砥の生真面目な性格も、瑠深の純粋ゆえの意固地さも知り尽くしている八雲は当然のように頷いていた。
 それで梢賢も時間が解決してくれるのを待つべきなのだと悟る。
 
「お邪魔しまーす」
 
「こんにちは」
 
 続いて永と鈴心も入って来た。蕾生は初めて入るので物珍しそうにキョロキョロと中を見回している。
 
「む、鵺人ぬえびとと──銀騎しらきも一緒か」
 
「すみません、大勢で押しかけて」
 
 皓矢も内心は蕾生と変わらず、心なしか表情が浮ついている。しかし八雲は特に気にせず一人で何かを納得しながら言った。
 
「いや、ちょうどいい。康乃様からの頼まれ物について助言して欲しかった」
 
「と言いますと?」
 
 皓矢が首を傾げると、八雲は永の方を向いて尋ねる。
 
周防すおうの、犀髪の結さいはつのむすびは持ってきたか」
 
「ああ、はい。預かってます」
 
 永が硬鞭を渡すと、八雲はそれを受け取って片手で少し上下させてから皓矢に聞いた。
 
「ふむ。……これをどう見る?」
 
「少し伺いましたが、その硬鞭には慧心弓けいしんきゅうの神気が複製されているとか」
 
「そうだ。何か感じるか?」
 
「……微かには。鵺の妖気の奥の奥、そこに少し光が見えます。ただ、それが慧心弓の神気なのかは僕にはわかりかねます」
 
 二人の話を注意深く聞いていた永が口を挟んで尋ねる。
 
「わかんないもんなの?」
 
萱獅子刀かんじしとうと違って、慧心弓の近年のデータは銀騎にはないんだ。長いこと雨都うとが持っていたからね」
 
 皓矢の返答に、八雲も顎に手を置いて考えるように呟いた。
 
「ふむ。すると伝承レベルのものを取り出して新たな弓に込めても、慧心弓にはならんかもしれんな」
 
「そうですね……。それ以前にこんな微かな気配を取り出せるかが難問でしょう」
 
 勝手に大人だけで進んでいく話に、とうとう蕾生が根をあげた。
 
「なんか全然話が見えねえんだけど」
 
「ああ、ごめんごめん。つい先走ってしまった。ええと八雲さんから説明して頂いても?」
 
 皓矢がそう促すと、八雲は表情を崩さずに淡々と述べ始める。
 
「む。わかった。この犀髪の結──原材料は犀芯の輪さいしんのわだが、かつて眞瀬木が銀騎から持ち出した鵺の体毛と、雨都から借りた慧心弓が纏っていた鵺の妖気を拝借して合わせたものが込められていることは話したと思う」
 
「はい、確かに聞きました」
 
 永が頷くと八雲は手中の硬鞭を指でトントンと軽く叩きながら更に説明した。
 
「最初は犀芯の輪を鵺の疑似魂ぎじこんとして、眞瀬木が鵺神像ぬえしんぞうに格納して崇めていた訳だ」
 
「それを、指輪型に加工し直して雨辺うべが持っていたんですよね」
 
「その通り」
 
 鈴心の付け足しに八雲が頷いた後、蕾生が聞いた。
 
「けど、祭の日に雨辺がはめてたのはレプリカだったんだろ」
 
「そうだ。あれにはけいが仕込んでいた呪毒が溢れていた。雨辺うべすみれの……キクレー因子と言うのか?それと結合して一瞬だけ常人ならざる力を得たが、彼女が石化するとともにその役目を終えて砕けた」
 
 珪が異空間に消えた後、菫がはめていた犀芯の輪が無くなっていたことを永は思い出した。
 
「ではもっと前からその硬鞭が「犀髪の結」であり、「犀芯の輪」でもあったということですね」
 
「そうだ」
 
 八雲は相変わらずの無表情で頷いた。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

病弱を演じていた性悪な姉は、仮病が原因で大変なことになってしまうようです

柚木ゆず
ファンタジー
 優秀で性格の良い妹と比較されるのが嫌で、比較をされなくなる上に心配をしてもらえるようになるから。大嫌いな妹を、召し使いのように扱き使えるから。一日中ゴロゴロできて、なんでも好きな物を買ってもらえるから。  ファデアリア男爵家の長女ジュリアはそんな理由で仮病を使い、可哀想な令嬢を演じて理想的な毎日を過ごしていました。  ですが、そんな幸せな日常は――。これまで彼女が吐いてきた嘘によって、一変してしまうことになるのでした。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも
ファンタジー
森の奥で元聖女の祖母と暮らすセシルは幼い頃から剣と魔法を教え込まれる。それに加えて彼女は精霊の力を使いこなすことができた。 12才にった彼女は生き別れた祖父を探すために旅立つ。そして冒険者となりその能力を生かしてギルドの依頼を難なくこなしていく。 ある依頼でセシルの前に現れた黒髪の青年は非常に高い戦闘力を持っていた。なんと彼は勇者とともに召喚された異世界人だった。そして2人はチームを組むことになる。 基本冒険ファンタジーですが終盤恋愛要素が入ってきます。

北畠の鬼神

小狐丸
ファンタジー
 その昔、産まれ落ちた時から優秀過ぎる故、親からも鬼子と怖れられた美少年が居た。  故郷を追われ、京の都へと辿り着いた時には、その身は鬼と化していた。  大江山の鬼の王、酒呑童子と呼ばれ、退治されたその魂は、輪廻の輪を潜り抜け転生を果たす。  そして、その転生を果たした男が死した時、何の因果か神仏の戯れか、戦国時代は伊勢の国司家に、正史では存在しなかった四男として再び生を受ける。  二度の生の記憶を残しながら……  これは、鬼の力と現代人の知識を持って転生した男が、北畠氏の滅亡を阻止する為に奮闘する物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーー この作品は、中の御所奮闘記~大賢者が異世界転生をリメイクしたものです。  かなり大幅に設定等を変更しているので、別物として読んで頂ければ嬉しいです。

処理中です...