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第七章
7-7 犀髪の結
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葵を覆っていた黒雲が晴れた。頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。そこには黒い色の鵺が深い怒りを帯びて立っていた。
「あ、葵くん……?嘘だろ……?」
梢賢をはじめ、その場の誰もが今見ている光景を信じられずにいた。
永は後悔と己の力不足に打ちのめされかけた。だがすんでのところで心を奮い立たせる。
「優杞さん!楠俊さん!村の人達を遠くに逃してください!」
「え?あ……」
「早く!皆、殺される!早く逃げるんだ!」
永の叫びを聞いて村人達は我に返り、半狂乱となって寺の方向へ走る。群衆雪崩が起きそうな雰囲気で、危険を感じた楠俊が村人達の元へ駆け寄った。
「みな、落ち着いて!とにかく寺まで走って!」
指示を出しながら楠俊は妻の方を省みる。優杞はあちこちに怪我を負っており、腰が抜けてしまっているようだった。
だが夫婦のアイコンタクトで楠俊は苦悶の表情を浮かべながら先に走り出す。
「梢賢くん!優杞を頼む!」
「私は大丈夫、機敏には動けないけど自分の身くらいは守れる」
「姉ちゃん……」
「それよりも、あんたはこの状況を良く見ておくんだ。これから何が起きても後悔しないように」
優杞の真剣な言葉に、梢賢は葵のいる方を向いて息をのんだ。
黒い鵺となった葵は低く唸っている。目の前の康乃を狙っているようだった。
蕾生はその前に立ちはだかって白藍牙を構えた。
「俺が食い止める。その間に──」
「わかった。葵くんが元に戻る方法を探す。リン、優杞さんと梢賢くんの援護を」
「御意」
永と鈴心がばらけた後、珪は懐から棒状の呪具を取り出した。
「フ、フフ。素晴らしい!まだこの犀髪の結すら使っていないのに鵺化するとは!葵、君は本当に救世主だ!」
蕾生は横目で珪を見ながら、その手に持った呪具の禍々しい空気を感じていた。
それは永も同様で嫌な予感がしていた。あれを使われる前にけりをつけなければならない。
「おい、珪!葵くんを元に戻せ!」
永が注意を引こうとわざと大袈裟に叫ぶと、珪は顔を歪めて笑いながら答えた。
「はあ?冗談でしょう?ここまで来るのに僕がどれだけの金と労力をかけたと思ってるんです?」
「その手に持ってんの!キクレー因子の制御装置だろ!それで葵くんの因子を鎮めろよ!」
それを聞いた梢賢は僅かに希望を持って鈴心に聞いた。
「ほ、ほんまか?」
「銀騎でも似たような装置を作っていました。おそらく可能だとは思うんですが……」
銀騎詮充郎が作った萱獅子刀のレプリカ、今の白藍牙のことだが、皓矢がそれを使って鵺化した蕾生を人の姿に戻したことがある。
だが、あれは皓矢の磨かれた対鵺の術があったからではないかと鈴心は考えていた。それを行使できる人材がこの場にいるのだろうか。
事態が膠着しつつある頃、康乃が舞台の上にいる柊達に呼びかける。
「達ちゃん!」
「は、は!」
「動けますね?降りてきて剛太をお願い」
「はい!」
命を受けた柊達は昇降台を使って舞台を降り、梢賢達の側で震えている剛太の元へ走った。
「御前もお下がりください。あれは危険です」
墨砥は蕾生の隣までやって来て、後ろの康乃に言う。しかし康乃は厳しい顔のまま拒んだ。
「いいえ。これは私に定められた運命です。私はこの里を守る義務がある……!」
「御前……。では私より前にはお出にならぬよう」
康乃の決意に腹を決めた墨砥は蕾生とともに鵺と対峙するべく構えた。康乃も毅然と鵺化した葵を睨んだ。
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「あ、葵くん……?嘘だろ……?」
梢賢をはじめ、その場の誰もが今見ている光景を信じられずにいた。
永は後悔と己の力不足に打ちのめされかけた。だがすんでのところで心を奮い立たせる。
「優杞さん!楠俊さん!村の人達を遠くに逃してください!」
「え?あ……」
「早く!皆、殺される!早く逃げるんだ!」
永の叫びを聞いて村人達は我に返り、半狂乱となって寺の方向へ走る。群衆雪崩が起きそうな雰囲気で、危険を感じた楠俊が村人達の元へ駆け寄った。
「みな、落ち着いて!とにかく寺まで走って!」
指示を出しながら楠俊は妻の方を省みる。優杞はあちこちに怪我を負っており、腰が抜けてしまっているようだった。
だが夫婦のアイコンタクトで楠俊は苦悶の表情を浮かべながら先に走り出す。
「梢賢くん!優杞を頼む!」
「私は大丈夫、機敏には動けないけど自分の身くらいは守れる」
「姉ちゃん……」
「それよりも、あんたはこの状況を良く見ておくんだ。これから何が起きても後悔しないように」
優杞の真剣な言葉に、梢賢は葵のいる方を向いて息をのんだ。
黒い鵺となった葵は低く唸っている。目の前の康乃を狙っているようだった。
蕾生はその前に立ちはだかって白藍牙を構えた。
「俺が食い止める。その間に──」
「わかった。葵くんが元に戻る方法を探す。リン、優杞さんと梢賢くんの援護を」
「御意」
永と鈴心がばらけた後、珪は懐から棒状の呪具を取り出した。
「フ、フフ。素晴らしい!まだこの犀髪の結すら使っていないのに鵺化するとは!葵、君は本当に救世主だ!」
蕾生は横目で珪を見ながら、その手に持った呪具の禍々しい空気を感じていた。
それは永も同様で嫌な予感がしていた。あれを使われる前にけりをつけなければならない。
「おい、珪!葵くんを元に戻せ!」
永が注意を引こうとわざと大袈裟に叫ぶと、珪は顔を歪めて笑いながら答えた。
「はあ?冗談でしょう?ここまで来るのに僕がどれだけの金と労力をかけたと思ってるんです?」
「その手に持ってんの!キクレー因子の制御装置だろ!それで葵くんの因子を鎮めろよ!」
それを聞いた梢賢は僅かに希望を持って鈴心に聞いた。
「ほ、ほんまか?」
「銀騎でも似たような装置を作っていました。おそらく可能だとは思うんですが……」
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だが、あれは皓矢の磨かれた対鵺の術があったからではないかと鈴心は考えていた。それを行使できる人材がこの場にいるのだろうか。
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「達ちゃん!」
「は、は!」
「動けますね?降りてきて剛太をお願い」
「はい!」
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「いいえ。これは私に定められた運命です。私はこの里を守る義務がある……!」
「御前……。では私より前にはお出にならぬよう」
康乃の決意に腹を決めた墨砥は蕾生とともに鵺と対峙するべく構えた。康乃も毅然と鵺化した葵を睨んだ。
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