転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

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第七章

7-6 小さなケモノ

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 関越道を降り、練馬インターから環八へ。
 すでに車の量は多いけど、順調に流れている。

 会社に到着。帰庫後の点呼を終えたところで、ルカが出勤してきた。

「ルカ。おはよう。今日はどこまで?」
「おはよう。レイ。夜勤明けね、お疲れ様。私、今日は事務の仕事だけ。」
「がんばってねー、ボクはこれから寝だめだよ。」
「あら、寝だめってあんまり効果ないって話よ。」
「いいのいいの。気分の問題。がんばってねー。」
 そんな他愛のない話をして、車の点検と洗車に向かう。

 配送から帰って、朝日に光る水しぶきを見ていると、最高に充実した気分になれる。夜の仕事終わりだと、そこまで気分は上がらないけど。

 五日間続いた夜勤シフトが終わった。やれやれ。
 土曜の朝六時に車を降り、次の乗車は月曜の朝七時。
 これから、まるまる四十八時間の休憩+休息。
 
 夜勤は道が空いているし、手当がつくし、好きだというドライバーさんも結構いるけど、ボクはお日さまが上ったら働き、日が沈んだら家に帰って寝る、という自然なサイクルで働きたいな。
 夜勤から、昼勤に戻す時の「時差調整」も苦手だし。

 スーパーカブに乗り換え、部屋に戻る。カブは人から譲ってもらった年季モノだけど、乗っていて楽しい。前の持ち主だ丁寧に扱っていたのか、今のところ故障なし。

 アパートに着き、カブのセンタースタンドを上げて駐輪場に停める。
 部屋はメゾネットタイプというやつで(お洒落でしょ?)、家賃の割に広めの部屋で、荷物や家具がそんなにないのでスペースを持て余して気味だけど。

 シャワーを浴び、髪を乾かし、パジャマを着る。
 通勤リュックから、今日のお楽しみを取り出す。
 関越の三芳PAに寄って買った、酒種あんぱん。普通のと「あんバター」を選んだ。これを、オーブントースターで少しだけ焼き、その間、電子レンジで牛乳を温める。
 あんぱんとホットミルクの組み合わせ、最高。小さい頃からの大好物。

 さて、これから。
 四十八時間をどうやってすごそう。

 さっきのルカとの会話を思い出す。
「昼勤に体を戻すの、大変なんだよね。」とボクは愚痴る。
「あんまりきちっと戻そうとしなくてもいいんじゃない? かえって気疲れすると思うの。」
「まーそうだね。時間決めてアラームしかけても、結局うまくいかないこと多いし。」
「二日間休めるなら、いっそ、アラームなしで過ごしてみたら。あ、もちろん、出勤前日の夜は『アラーム必』だけど。」

 ルカの提案に乗ることにしよう。
 アラームなしで、目が覚めたら起きる。眠くなったら寝る。

 歯磨きをすると、さっき開けたばかりのカーテンを閉め、ベッドに潜り込む。すぐに睡魔に襲われた。

 幼稚園の頃の夢を見た。
(夢の中で)昼寝から覚めたのは、兄ちゃんと一緒に可愛がっていた、ポメラニアンのタロウが息を引き取った後だった。

 小学校の時の夢を見た。
(夢の中で)昼寝から覚めると、家の中にはお母さんしかいなかった。
 お父さんと兄ちゃんは、ボクが寝ている間に出ていった。


 そこで、本当に目が覚める。 
 涙を流しているのがわかる。

 壁掛けの時計を見る。暗い部屋で、かろうじて文字盤が読める。

 七時?

 えーっとさっき寝たの、九時半ごろだよね?
 時間が戻った?

 寝ぼけている。事実を認めるなら、今は、夕方七時だ。
 連続十時間くらい寝た。夜寝坊。
 昼間の時間がまるまる消えてしまって、もったいなかったかな。

 ベッドの上に座り、ぼーっとしながら、さっきの夢を思い出す。

 子供の頃、ボクは昼寝が嫌いだった。
 昼寝をしている間に、大事なものが消えてしまう。

 だから、「日が昇ったら起き、日が沈んだら寝る」生活を心がけ、大人になってもそうできる仕事がしたいと思っていたんだ。

 今でも嫌な夢は、だいた昼間に見る。
 サービスエリアで仮眠中に。夜勤シフトの時の家のベッドの中で。
 寝過ごして、あわてて車を走らせる夢。
 (夢の中で)目が覚めた瞬間、今自分は運転中だと気づく夢。
 そんな時は、目が覚めると汗びっしょりで、胸が苦しい。


 チュンチュン。

 雀の鳴き声?
 子供たちのはしゃぎ声も聞こえる。

 もう一度、窓を見る。遮光カーテンの縁がうっすらと明るい。

 え!まさか?
 スマホの時計を見直す。

 『19時』ではなく『7時』だった・・・


 丸一日寝ていた!? 
 夜寝坊どころではなく、一周まわって朝の早起きだ。


 ぐう。

 
 どうりでお腹がすいてるわけだ。

 ベッドから降りて、トイレ→冷蔵庫に向かおうとした瞬間、そのまま手に持っていたスマホが震える。

「もしもし、レイ?」
「ああ、母さん。朝から何?」
「朝からって、あんた、ここんところ夜に電話しても、つかまらなかったじゃない。」
「夜勤してたからね。」
「大丈夫?ちゃんと寝てる?」
「さっきまで、二十四時間寝てた。」
「・・・それこそ大丈夫?」
「ははは、大丈夫だよ。それより、何の用?」
「あ、そうそう、あんたのお兄さんからお手紙きたの。」
 自分の息子なのに、ボクのお兄さん、って言うのか。

「なんて書いてあった?」
「ああ、一緒にチラシが入っていてね、お店始めたから、よかったら来てくださいって。」
「何のお店?」
「パン屋さん。ウチからは遠いけど、あんたの所から近いみたいよ。」
「へー、そしたら、チラシを写メしてLINEで送ってくれる?」
「また、難しいこと言うわね。」
 ボクは電話口で、LINEのトークで写真を添付する方法を教えた。説明に十分かかった。トイレ行きたい。

 三十分後、母さんからメッセが飛んできた。ちゃんと写真が添付されている。
 淡い黄色地のチラシに「あなたの町のパン屋さん、堂々オープン」という冴えないキャッチコピーとともに、店構えの写真、パンのサンプルの写真(これは美味しそうに映っている)と地図、サービスクーポンのQRコードが印刷されていた。

 電車で三駅ほど。
 兄ちゃん、こんな近くにいたのか。

 今日の予定は決まった。ボクは身仕度を済ませると、ワークマンで買った防寒・防水ジャケット(なかなか派手でお洒落だよ)を着て、カブに跨がった。

 冷たい風にあたりながら、さっき(?)見た兄の夢を思い出す。父さんと出て行ってから、ボクが中学生の時、一度だけ(元)家族で会った。外で食事をしたけど、人懐っこかった兄ちゃんは、ちょっとよそよそしかった。

 野球が得意で、ボクにキャッチボールを教えてくれて、やさしく面倒を見てくれた兄ちゃん。ボクは兄ちゃんみたいになりたいと思っていた。兄ちゃんと離ればなれになってから、余計にそう思った。
 あ、別に男の子になりたいってわけじゃないけど。

 店の近くまで来て、スマホの地図で確認する。この先の商店街の中だ。 
 ボクはカブを手で押して店を探す。
 「ベーカリー ヒロ」と描いてある看板を見つけた。チラシと同じ、黄色地の看板。ヒロは兄の名前だ。

 店先の駐輪スペースにカブを停め、ウィンドウごしに中を覗く。
 そんなに広くない店内。ウィンドウに沿った棚には、カゴに入って色々な種類のパンが並んでいる。店の奥の棚にはクッキーなどが並んでいるようだ。

 カウンターには、お客さんが選んだパンを受け取り、包装する若い男の人。兄だ。久しぶりだけど、すぐわかった。だって、顔あまり変わっていない。童顔だ。まあ、ボクも童顔だってよく言われるけど。

 隣では、レジを打つ若い女の人。アルバイトの人? それとも?

 店にそっと入る。パンが入ったカゴを見て回る。クロワッサン、カレーパン、ミニバケット、メロンパン・・・どれもこれも美味しそうだけど、『店長おすすめ』のPOPがついているカゴに目が止まった。

 丸っこくて、きつね色のツヤツヤした頭に、ゴマとケシが乗っかっている。ボクはトレイに、あんパンとミニバケットを一つずつ乗せ、レジに向かう。

「いらっしゃい・・・お! レイか?」
「うん、久しぶり。」
「来てくれてありがとな・・・今包むからな。」
「あ、あの、あそこで食べてっていい?」
 ボクは店の一角の、ワンテーブルだけのイートインコーナーの方を向く。
「ああ、いいよ、消費税高くなっちゃうけど。」
「そんなのいいよ。」

 ボクは支払いを済ませている間、兄ちゃんがあんパンを皿に乗せ、ミニバケットを紙袋に入れてくれた。

 イートインの椅子に座る。あんパンを手に取って食べようとしたところ、レジの女の人が来た。
 「こちら、店長からのサービスです。あんパンの消費税分だそうよ。」

 その人がテーブルに置いてくれたのは、ホットミルクが入ったマグカップ。
 お客さんの相手をしながらも、兄ちゃんはこっちを見て目配せしてくれた。

 ボクの大好物、覚えててくれたんだ。

 お店を出ると、カブで町中を乗り回し、昼はファミレスでランチセットを食べ、部屋に帰った。

 結局、あの女の人は誰なのか、聞けずじまいだった。

 午後はラノベ三昧、スマホでアニメ三昧で過ごした。
 夕ご飯は、ツナ缶にマヨネーズをまぜ、ミニバケットを真っ二つに切り、それを挟んで食べた。

 夜は久々に小説を書いた。時々ネットに投稿するけど、今日書いているのは、誰かに読んでもらうアテはない。トラックの仕事を通じて知り合った、ルカ、ラナ、リョウ、ロマンのエピソード。みんなネタの宝庫だ。

 そしてボクと兄ちゃんのこと。

 根拠はないけれど、これから昼に寝ても、嫌な夢は見ないような気がする。
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