転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
135 / 174
第六章

6-7 前夜〜淡い想い

しおりを挟む
 鈴心すずねは一人縁側に座って夜空を眺めていた。日ごとに満ちていく月の姿を追っていると遠い日々を思い出す。
 
「……」
 
「もうすぐ満月かな?」
 
「ハル様」
 
 その声に振り向くと主の姿があった。はるかは微笑みながら鈴心の隣に腰掛ける。
 
「いいねえ、夏の宵にお月見。有名な随筆にも書いてあったよね」
 
「はい。ここに来てから慌ただしくて、気持ちを落ち着けてから寝るための習慣になってしまって」
 
 永は鈴心の顔を覗き込みながら心配そうな声音で聞いた。
 
「──眠れないの?」
 
「少し。明日が気になってしまって」
 
「そっか。ライくんとは反対だ。明日のためにもう寝るってさ」
 
「ライらしいです」
 
 蕾生らいおの話をしていると雰囲気が和んでいい。永はそれでようやく尋ねることができた
 
「……少し聞きそびれたことがあって」
 
「何でしょう」
 
「リンの体は銀騎しらきさんと同じ実験の被験体なんだろう?銀騎さんはキクレー因子が不活性らしいけど、リンはどうなんだ?」
 
 本当は日中に聞けたら良かったのだが、蕾生はともかく梢賢がいると茶々が入ってドタバタした雰囲気になってしまいそうだ。
 少し怖い気もするが二人きりで静かな場所でじっくり聞く方がいいと思い直して、永は鈴心を探していた。別の用事もあることだし。
 
「私の中の因子は、リンの魂と融合した事もあって、今は体に馴染んでいるそうです」
 
 鈴心は特に動揺することなく、言いにくそうにすることもなかった。それで抵抗感が薄れた永は更に聞いてみる。
 
「それって、僕やライくんと同じ状態ってこと?」
 
「ハル様やライの体とキクレー因子の結びつきを理想の形とするなら、私はどれくらい近づけたのかが詮充郎せんじゅうろうの研究テーマでした。
 ですから貴方達の体を詳細に調べ、私と照合して答え合わせをしたかった」
 
「ああ……そういう事か。あの時は頭ごなしに否定したけど、今落ち着いて聞くと興味深いね」
 
 永がそう言うと、鈴心は眉を寄せて怒る。
 
「だからと言って詮充郎に協力するなんて論外です」
 
「それはそうなんだけど、リンの体の事がそれで解明するなら悪くないな、とちょっと思った」
 
 鈴心の中にあるキクレー因子は鵺由来の純粋なもののままなのか、銀騎しらき詮充郎せんじゅうろうが作ったレプリカの因子なのか。
 永の考えでは今の所五分五分だ。リンの魂の比重が上なのかどうかで、今目の前にいる御堂みどう鈴心すずねという人間をリンとして認識していいのかが決まるのではないか、と永はたまに考えることがある。

 永にとっては目の前の鈴心は、少し年若いがリン本人に見えている。ならそれでいいじゃないかと思う反面、銀騎詮充郎に身体を弄られているという事実が頭の片隅にこびりついて離れない。
 そういう永の複雑な心境を知る由もない鈴心は単純に言葉通りの意味にとって即座に否定する。
 
「いけません、私なんかのためにそんなことをしては」
 
「ええ?何で?僕にはライとリン以上に大事なものなんて無いけど」
 
 当然のように言ってのけた永に、鈴心は俯いてしまった。何かを懺悔するかのような表情だった。
 
「私は……そんな身分では……」
 
「バカだなあ、あれから何百年経ったと思ってんの?もう僕らはただの子ども同士だよ、何の力もない……さ」
 
 珍しく自嘲気味に言う永に、鈴心は顔を上げて今度は労りの表情を見せる。
 
「ハル様も、明日が不安なんですか?」
 
「まあ、自信満々ではないよねえ。祭をやり過ごしたとして、雨辺の問題は何一つ片付いてないし」
 
 苦笑しながら言う永に、鈴心は少し力をこめて励ますように言った。
 
「祭が終わったら、あおいくんの容体を見に行かなくては。お兄様にも相談しましょう」
 
「そうだね。悔しいけどキクレー因子の専門家はすでにあっちだからさ」
 
「はい。葵くんは必ず助けましょう……!」
 
 その瞳。強く揺るがない光を帯びた瞳に、永は何度も助けられた。心の拠り所と言ってもいい。蕾生に対する気持ちとはまた別の感情が込み上げていった。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮
ファンタジー
書籍発売中! 詳しくは近況ノートをご覧ください。 桐渕 有里沙ことアリサは16歳。天使のせいで異世界に転生した元日本人。 お詫びにとたくさんのスキルと、とても珍しい黒いにゃんこスライムをもらい、にゃんすらを相棒にしてその世界を旅することに。 途中で魔馬と魔鳥を助けて懐かれ、従魔契約をし、旅を続ける。 自重しないでものを作ったり、テンプレに出会ったり……。 旅を続けるうちにとある村にたどり着き、スキルを使って村の一番奥に家を建てた。 訳アリの住人たちが住む村と、そこでの暮らしはアリサに合っていたようで、人間嫌いのアリサは徐々に心を開いていく。 リュミエール世界をのんびりと冒険したり旅をしたりダンジョンに潜ったりする、スローライフ。かもしれないお話。 ★最初は旅しかしていませんが、その道中でもいろいろ作ります。 ★本人は自重しません。 ★たまに残酷表現がありますので、苦手な方はご注意ください。 表紙は巴月のんさんに依頼し、有償で作っていただきました。 黒い猫耳の丸いものは作中に出てくる神獣・にゃんすらことにゃんこスライムです。 ★カクヨムでも連載しています。カクヨム先行。

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

処理中です...