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第六章
6-7 前夜〜淡い想い
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鈴心は一人縁側に座って夜空を眺めていた。日ごとに満ちていく月の姿を追っていると遠い日々を思い出す。
「……」
「もうすぐ満月かな?」
「ハル様」
その声に振り向くと主の姿があった。永は微笑みながら鈴心の隣に腰掛ける。
「いいねえ、夏の宵にお月見。有名な随筆にも書いてあったよね」
「はい。ここに来てから慌ただしくて、気持ちを落ち着けてから寝るための習慣になってしまって」
永は鈴心の顔を覗き込みながら心配そうな声音で聞いた。
「──眠れないの?」
「少し。明日が気になってしまって」
「そっか。ライくんとは反対だ。明日のためにもう寝るってさ」
「ライらしいです」
蕾生の話をしていると雰囲気が和んでいい。永はそれでようやく尋ねることができた
「……少し聞きそびれたことがあって」
「何でしょう」
「リンの体は銀騎さんと同じ実験の被験体なんだろう?銀騎さんはキクレー因子が不活性らしいけど、リンはどうなんだ?」
本当は日中に聞けたら良かったのだが、蕾生はともかく梢賢がいると茶々が入ってドタバタした雰囲気になってしまいそうだ。
少し怖い気もするが二人きりで静かな場所でじっくり聞く方がいいと思い直して、永は鈴心を探していた。別の用事もあることだし。
「私の中の因子は、リンの魂と融合した事もあって、今は体に馴染んでいるそうです」
鈴心は特に動揺することなく、言いにくそうにすることもなかった。それで抵抗感が薄れた永は更に聞いてみる。
「それって、僕やライくんと同じ状態ってこと?」
「ハル様やライの体とキクレー因子の結びつきを理想の形とするなら、私はどれくらい近づけたのかが詮充郎の研究テーマでした。
ですから貴方達の体を詳細に調べ、私と照合して答え合わせをしたかった」
「ああ……そういう事か。あの時は頭ごなしに否定したけど、今落ち着いて聞くと興味深いね」
永がそう言うと、鈴心は眉を寄せて怒る。
「だからと言って詮充郎に協力するなんて論外です」
「それはそうなんだけど、リンの体の事がそれで解明するなら悪くないな、とちょっと思った」
鈴心の中にあるキクレー因子は鵺由来の純粋なもののままなのか、銀騎詮充郎が作ったレプリカの因子なのか。
永の考えでは今の所五分五分だ。リンの魂の比重が上なのかどうかで、今目の前にいる御堂鈴心という人間をリンとして認識していいのかが決まるのではないか、と永はたまに考えることがある。
永にとっては目の前の鈴心は、少し年若いがリン本人に見えている。ならそれでいいじゃないかと思う反面、銀騎詮充郎に身体を弄られているという事実が頭の片隅にこびりついて離れない。
そういう永の複雑な心境を知る由もない鈴心は単純に言葉通りの意味にとって即座に否定する。
「いけません、私なんかのためにそんなことをしては」
「ええ?何で?僕にはライとリン以上に大事なものなんて無いけど」
当然のように言ってのけた永に、鈴心は俯いてしまった。何かを懺悔するかのような表情だった。
「私は……そんな身分では……」
「バカだなあ、あれから何百年経ったと思ってんの?もう僕らはただの子ども同士だよ、何の力もない……さ」
珍しく自嘲気味に言う永に、鈴心は顔を上げて今度は労りの表情を見せる。
「ハル様も、明日が不安なんですか?」
「まあ、自信満々ではないよねえ。祭をやり過ごしたとして、雨辺の問題は何一つ片付いてないし」
苦笑しながら言う永に、鈴心は少し力をこめて励ますように言った。
「祭が終わったら、葵くんの容体を見に行かなくては。お兄様にも相談しましょう」
「そうだね。悔しいけどキクレー因子の専門家はすでにあっちだからさ」
「はい。葵くんは必ず助けましょう……!」
その瞳。強く揺るがない光を帯びた瞳に、永は何度も助けられた。心の拠り所と言ってもいい。蕾生に対する気持ちとはまた別の感情が込み上げていった。
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「……」
「もうすぐ満月かな?」
「ハル様」
その声に振り向くと主の姿があった。永は微笑みながら鈴心の隣に腰掛ける。
「いいねえ、夏の宵にお月見。有名な随筆にも書いてあったよね」
「はい。ここに来てから慌ただしくて、気持ちを落ち着けてから寝るための習慣になってしまって」
永は鈴心の顔を覗き込みながら心配そうな声音で聞いた。
「──眠れないの?」
「少し。明日が気になってしまって」
「そっか。ライくんとは反対だ。明日のためにもう寝るってさ」
「ライらしいです」
蕾生の話をしていると雰囲気が和んでいい。永はそれでようやく尋ねることができた
「……少し聞きそびれたことがあって」
「何でしょう」
「リンの体は銀騎さんと同じ実験の被験体なんだろう?銀騎さんはキクレー因子が不活性らしいけど、リンはどうなんだ?」
本当は日中に聞けたら良かったのだが、蕾生はともかく梢賢がいると茶々が入ってドタバタした雰囲気になってしまいそうだ。
少し怖い気もするが二人きりで静かな場所でじっくり聞く方がいいと思い直して、永は鈴心を探していた。別の用事もあることだし。
「私の中の因子は、リンの魂と融合した事もあって、今は体に馴染んでいるそうです」
鈴心は特に動揺することなく、言いにくそうにすることもなかった。それで抵抗感が薄れた永は更に聞いてみる。
「それって、僕やライくんと同じ状態ってこと?」
「ハル様やライの体とキクレー因子の結びつきを理想の形とするなら、私はどれくらい近づけたのかが詮充郎の研究テーマでした。
ですから貴方達の体を詳細に調べ、私と照合して答え合わせをしたかった」
「ああ……そういう事か。あの時は頭ごなしに否定したけど、今落ち着いて聞くと興味深いね」
永がそう言うと、鈴心は眉を寄せて怒る。
「だからと言って詮充郎に協力するなんて論外です」
「それはそうなんだけど、リンの体の事がそれで解明するなら悪くないな、とちょっと思った」
鈴心の中にあるキクレー因子は鵺由来の純粋なもののままなのか、銀騎詮充郎が作ったレプリカの因子なのか。
永の考えでは今の所五分五分だ。リンの魂の比重が上なのかどうかで、今目の前にいる御堂鈴心という人間をリンとして認識していいのかが決まるのではないか、と永はたまに考えることがある。
永にとっては目の前の鈴心は、少し年若いがリン本人に見えている。ならそれでいいじゃないかと思う反面、銀騎詮充郎に身体を弄られているという事実が頭の片隅にこびりついて離れない。
そういう永の複雑な心境を知る由もない鈴心は単純に言葉通りの意味にとって即座に否定する。
「いけません、私なんかのためにそんなことをしては」
「ええ?何で?僕にはライとリン以上に大事なものなんて無いけど」
当然のように言ってのけた永に、鈴心は俯いてしまった。何かを懺悔するかのような表情だった。
「私は……そんな身分では……」
「バカだなあ、あれから何百年経ったと思ってんの?もう僕らはただの子ども同士だよ、何の力もない……さ」
珍しく自嘲気味に言う永に、鈴心は顔を上げて今度は労りの表情を見せる。
「ハル様も、明日が不安なんですか?」
「まあ、自信満々ではないよねえ。祭をやり過ごしたとして、雨辺の問題は何一つ片付いてないし」
苦笑しながら言う永に、鈴心は少し力をこめて励ますように言った。
「祭が終わったら、葵くんの容体を見に行かなくては。お兄様にも相談しましょう」
「そうだね。悔しいけどキクレー因子の専門家はすでにあっちだからさ」
「はい。葵くんは必ず助けましょう……!」
その瞳。強く揺るがない光を帯びた瞳に、永は何度も助けられた。心の拠り所と言ってもいい。蕾生に対する気持ちとはまた別の感情が込み上げていった。
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