93 / 174
第三章
3-35 里の闇
しおりを挟む
「あんな、息子はんの奥さん、剛太くんのお母さんに乳癌の疑いがかかったんよ」
「ああ……」
その一言で永は大部分を察したが梢賢の話を黙って聞くことにした。
「里には小さな診療所しかなくてな。ここでは大病患ったら逆らわずに療養して静かに死を待つのが常識なんや」
「ですが、こと次期当主の奥方ともなれば話は別、ということですね?」
「せや。剛太くんが生まれたばっかだし、不憫すぎる言うて、特別に街の病院にかかる許可が出た。その検査に夫婦で出かけた日に──」
「事故にあったのか?」
蕾生の問いに梢賢は静かに頷いた。
「なんという……」
「確かに不幸なことだけど、どこが闇なの?」
永の質問に、梢賢はますます暗い顔で話す。
「葬式出してしばらく経った頃や、里で陰口叩くもんが出てきた。厳格な里の掟を当主自ら破ったからこんなことになった──てな」
「ひどい……」
鈴心はその出来事に感情移入して青ざめていた。
「康乃様はそんなこと気にせんで無視しとった。だがな、奥方の実家は違った」
「奥さんも村の人なんだね」
「そら、当然や。で、責任を感じた奥方の実家は──とうとう一家心中してもうた」
「──!!」
その結末に蕾生ですらも大きな衝撃を感じた。鈴心は恐怖で震え出す。
「……」
永だけは冷静にその話を噛み締めているようだった。
梢賢は初めて悲痛な気持ちを吐露した。
「そん時オレは子どもやったけど、酷いもんやったで。思えば、そん時かもしれんよ。里に嫌気がさしたのは」
「梢賢」
「ん?」
蕾生は改めて感じていた。この村の特異性と終末が近いことを。
「この村は、終わってるぞ」
「──かもしれんな」
その言葉に、梢賢は目を閉じ深く息を吐いて頷いた。
「楓サンが、言ってた」
「?」
「里はもう限界だって。なんとかしないと、もっと酷い、取り返しのつかない事が起こるって」
「ああ……楓婆は正しかったかもしれんなあ」
梢賢は既に諦めているような顔をしていた。永はそれを何とかしたくてかつて聞いた言葉の真の意味を探る。
「僕は、雨都の呪いが解けたら、君達の村は救われるんだと思ってた。だから楓サンはあんなに一生懸命だったんだって。でも、そうじゃなかったのかもしれない」
「雨都の呪いと、この里の闇は関係あらへんよ」
弱々しく言う梢賢に永は首を振ってきっぱりと言った。
「関係ないことはないよ。楓さんはまず雨都の呪いを解いて、この村の結界を解きたかったんじゃないかな。
雨都がここに来たことで、村の掟はより厳しくなってしまった。そこに責任を感じて、雨都がまず自由になることで、村の解放のための一歩目にしたかったんじゃないかな」
「ほうか……だとしたら、オレ達は楓婆の遺志を無駄にしたことになるな」
梢賢は楓の顛末を悲しみ過ぎて何もしてこれなかった祖母を思いやっていた。祖母だけではない、両親も姉も、そして梢賢自身も。この家は、楓が死んだ時からずっと止まったままだ。
「まだだ、まだ無駄じゃねえ」
だが蕾生の瞳にはまだ光が宿っている。
「ライオンくん……」
「梢賢が俺たちをここに呼んでくれた。何かできることが、あるはずだ」
「ライはやる気のようですよ?まだ自分は他所者だからって逃げるんですか、梢賢?」
鈴心が挑発すると、梢賢は困ったように笑った。
「えー……?若者は単純やから困るわあ」
「僕は、楓サンの遺志を継げるのは梢賢くんだと思うよ」
「斜に構えとったハル坊まで熱くなっとる!?──わかった、オニイサンは降参ですわ。若者に導かれましょ」
梢賢が永達を探した本当の理由は、導いて欲しかったのかもしれない。里の闇を見て見ぬ振りをして自分だけ抜けることもできた。だが、それは首元の楓石が引き留めていた。
楓が信頼したであろう彼らなら、梢賢を、ひいては里そのものを光ある道へ導いてくれる。そんな希望があったのかもしれない。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
「ああ……」
その一言で永は大部分を察したが梢賢の話を黙って聞くことにした。
「里には小さな診療所しかなくてな。ここでは大病患ったら逆らわずに療養して静かに死を待つのが常識なんや」
「ですが、こと次期当主の奥方ともなれば話は別、ということですね?」
「せや。剛太くんが生まれたばっかだし、不憫すぎる言うて、特別に街の病院にかかる許可が出た。その検査に夫婦で出かけた日に──」
「事故にあったのか?」
蕾生の問いに梢賢は静かに頷いた。
「なんという……」
「確かに不幸なことだけど、どこが闇なの?」
永の質問に、梢賢はますます暗い顔で話す。
「葬式出してしばらく経った頃や、里で陰口叩くもんが出てきた。厳格な里の掟を当主自ら破ったからこんなことになった──てな」
「ひどい……」
鈴心はその出来事に感情移入して青ざめていた。
「康乃様はそんなこと気にせんで無視しとった。だがな、奥方の実家は違った」
「奥さんも村の人なんだね」
「そら、当然や。で、責任を感じた奥方の実家は──とうとう一家心中してもうた」
「──!!」
その結末に蕾生ですらも大きな衝撃を感じた。鈴心は恐怖で震え出す。
「……」
永だけは冷静にその話を噛み締めているようだった。
梢賢は初めて悲痛な気持ちを吐露した。
「そん時オレは子どもやったけど、酷いもんやったで。思えば、そん時かもしれんよ。里に嫌気がさしたのは」
「梢賢」
「ん?」
蕾生は改めて感じていた。この村の特異性と終末が近いことを。
「この村は、終わってるぞ」
「──かもしれんな」
その言葉に、梢賢は目を閉じ深く息を吐いて頷いた。
「楓サンが、言ってた」
「?」
「里はもう限界だって。なんとかしないと、もっと酷い、取り返しのつかない事が起こるって」
「ああ……楓婆は正しかったかもしれんなあ」
梢賢は既に諦めているような顔をしていた。永はそれを何とかしたくてかつて聞いた言葉の真の意味を探る。
「僕は、雨都の呪いが解けたら、君達の村は救われるんだと思ってた。だから楓サンはあんなに一生懸命だったんだって。でも、そうじゃなかったのかもしれない」
「雨都の呪いと、この里の闇は関係あらへんよ」
弱々しく言う梢賢に永は首を振ってきっぱりと言った。
「関係ないことはないよ。楓さんはまず雨都の呪いを解いて、この村の結界を解きたかったんじゃないかな。
雨都がここに来たことで、村の掟はより厳しくなってしまった。そこに責任を感じて、雨都がまず自由になることで、村の解放のための一歩目にしたかったんじゃないかな」
「ほうか……だとしたら、オレ達は楓婆の遺志を無駄にしたことになるな」
梢賢は楓の顛末を悲しみ過ぎて何もしてこれなかった祖母を思いやっていた。祖母だけではない、両親も姉も、そして梢賢自身も。この家は、楓が死んだ時からずっと止まったままだ。
「まだだ、まだ無駄じゃねえ」
だが蕾生の瞳にはまだ光が宿っている。
「ライオンくん……」
「梢賢が俺たちをここに呼んでくれた。何かできることが、あるはずだ」
「ライはやる気のようですよ?まだ自分は他所者だからって逃げるんですか、梢賢?」
鈴心が挑発すると、梢賢は困ったように笑った。
「えー……?若者は単純やから困るわあ」
「僕は、楓サンの遺志を継げるのは梢賢くんだと思うよ」
「斜に構えとったハル坊まで熱くなっとる!?──わかった、オニイサンは降参ですわ。若者に導かれましょ」
梢賢が永達を探した本当の理由は、導いて欲しかったのかもしれない。里の闇を見て見ぬ振りをして自分だけ抜けることもできた。だが、それは首元の楓石が引き留めていた。
楓が信頼したであろう彼らなら、梢賢を、ひいては里そのものを光ある道へ導いてくれる。そんな希望があったのかもしれない。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど
富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。
「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。
魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。
――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?!
――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの?
私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。
今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。
重複投稿ですが、改稿してます
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界立志伝
小狐丸
ファンタジー
ごく普通の独身アラフォーサラリーマンが、目覚めると知らない場所へ来ていた。しかも身体が縮んで子供に戻っている。
さらにその場は、陸の孤島。そこで出逢った親切なアンデッドに鍛えられ、人の居る場所への脱出を目指す。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
北畠の鬼神
小狐丸
ファンタジー
その昔、産まれ落ちた時から優秀過ぎる故、親からも鬼子と怖れられた美少年が居た。
故郷を追われ、京の都へと辿り着いた時には、その身は鬼と化していた。
大江山の鬼の王、酒呑童子と呼ばれ、退治されたその魂は、輪廻の輪を潜り抜け転生を果たす。
そして、その転生を果たした男が死した時、何の因果か神仏の戯れか、戦国時代は伊勢の国司家に、正史では存在しなかった四男として再び生を受ける。
二度の生の記憶を残しながら……
これは、鬼の力と現代人の知識を持って転生した男が、北畠氏の滅亡を阻止する為に奮闘する物語。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
この作品は、中の御所奮闘記~大賢者が異世界転生をリメイクしたものです。
かなり大幅に設定等を変更しているので、別物として読んで頂ければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる