89 / 174
第三章
3-31 八雲
しおりを挟む
眞瀬木家の離れで伊藤の報告を聞いた珪はあまりの事に顔を歪めて聞き直した。
「康乃様があいつらを祭に呼んだ?」
「はい」
理性よりも困惑が勝り、珪の言葉遣いは更に酷くなった。
「あのババア、何考えてやがるんだ?」
「お言葉が過ぎますぞ」
「ああ、いけない。僕としたことが。しかし何故?」
伊藤の一言ですぐに冷静さを取り戻した珪は椅子に深く座り直して首を傾げた。
「例の件を気取られたのでしょうか?」
「──まさか。そんな甲斐性があるとは思えないが」
藤生康乃の能力は珪も認めるところだが、所詮はただの旗頭。里を実際に動かしているのは眞瀬木だと自負している珪には今回のことも康乃の暢気な気まぐれとしか思えなかった。
「いかがいたしましょう。延期なさいますか?」
だから伊藤が弱気な進言をしても珪は一笑に付す。
「それこそ、まさかだよ。かえって好機かもしれない。上手くいけば……鵺が二体顕現するかも」
「なるほど。ですが、御しきれますかな?」
伊藤は口端を曲げて愉快そうにしていた。その態度に怒るどころか珪はますますやる気を見せていた。
「やってみせるさ。そのためにはアレの開発を急がせなければ──」
突然離れ屋の入口の戸を叩く音が聞こえた。来客の気配を感じて伊藤はその場から陽炎のようにゆらりと消えた。
「どうぞ」
珪にはもちろん心当たりがある。戸を開けて入ってきたのは、父親の従兄弟にあたる男だ。
「珪、呼んだか」
「ああ、八雲おじ様、わざわざすみません」
珪は立ち上がって八雲を迎えた。作務衣を纏い手拭いを頭に巻いている様子から作業の合間に来たことは明白で、不機嫌そうだった。
「まったくだ。俺はお前に仕えている訳ではない。用があるならお前が来い」
「ですが、おじ様、仕事中は集中なさっているから僕が訪ねても気づかないじゃないですか」
屁理屈屋の珪から素直な謝罪が聞けるはずがないことは十分承知している。八雲は溜息を吐きながら用件を尋ねた。
「まあいい。なんだ?」
「頼んであった例のモノはどうです?そろそろ出来そうですか?」
「む……もう少しかかるな。調整が難しくてな」
八雲が険しい顔で答えると、珪はわざとらしく下手に出て笑いながら言った。
「ご冗談を。おじ様に難しいことなんてあるものですか。それなんですが、出力を上げていただけますか?当初の──三倍ほど」
言いながら指を三本立てる珪の表情は少し興奮していた。しかしそんな珪を八雲は一言で切り捨てる。
「無理だ」
「ええ?」
それでも珪は笑っていた。畑違いの小僧にわかる道理ではないと思いつつ、八雲は忖度せずにきっぱりと言ってやる。
「今の出力でもギリギリだ。お前の呪力ではこれ以上はもたない」
「ああ、もう、そういうのは気にせずやっちゃってください」
こいつは自分のことをただの便利な道具屋だとでも思っているのだろう、と八雲は心中苦々しく思ったが、無表情を崩さずに言った。
「断る。それでお前に何かあったら墨砥兄さんに顔向けできない」
すると珪は不服そうに顔を顰めた。それから少し考えて低い声で聞いた。
「では、瑠深なら?」
「む?」
「アレを扱うのが瑠深なら、可能ですか?」
歪んだ顔のまま聞く珪の心中は察するに余りある。だが八雲はそういう気遣いなどはしない。事実を事実のままに言うだけだ。所詮自分は道具屋なのだから。
「瑠深なら可能だ。なんならもう少し上げても大丈夫だろう」
すると珪は途端に顔をぱっと明るくしてより興奮していた。
「本当ですか!それはすごい!ではアレは瑠深が使いますから、最大限まで上げてください」
「お前は何を企んでる?」
八雲は嫌な予感がしていた。それでも請われれば従うしかないのが八雲の役割だった。珪からの依頼なら尚更だ。
「嫌だなあ。全ては里のためですよ。おじ様も職人として挑戦したいでしょう?伝説のアレに……」
「わかった。やってみよう」
「ありがとうございます!楽しみですよ!」
珪はまるでクリスマスプレゼントを待つ子どものような目をしていた。その無邪気さの奥にはドス黒い邪気があることはわかっている。八雲は少し頭が痛くなった。
「では、俺は用事があるので行く」
悩ましい呪具の調整について気が重くなったので、八雲は早々にここを立ち去ろうとしていた。ただ次なる用事も悩ましいものではある。
「鵺人のところでしょう?」
「お前は本当に耳が早いな」
「よく彼らを観察してください。きっとおじ様のお仕事の参考になりますよ」
「……行ってくる」
八雲は珪の言葉に特に動揺もせず、いつもの淡々とした調子のまま離れ屋を出て行った。
「……」
部屋には珪が一人残される。それまで燻っていた嫉妬の炎が一気に燃え盛り、珪は力任せに机を叩いた。
「瑠深ィ……ッ!」
瑠深の名を出した途端に要求を飲んだ八雲の顔が脳裏から離れない。
俺と瑠深はそんなに違うのか。珪はその屈辱を野望への闘志に変えている。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
「康乃様があいつらを祭に呼んだ?」
「はい」
理性よりも困惑が勝り、珪の言葉遣いは更に酷くなった。
「あのババア、何考えてやがるんだ?」
「お言葉が過ぎますぞ」
「ああ、いけない。僕としたことが。しかし何故?」
伊藤の一言ですぐに冷静さを取り戻した珪は椅子に深く座り直して首を傾げた。
「例の件を気取られたのでしょうか?」
「──まさか。そんな甲斐性があるとは思えないが」
藤生康乃の能力は珪も認めるところだが、所詮はただの旗頭。里を実際に動かしているのは眞瀬木だと自負している珪には今回のことも康乃の暢気な気まぐれとしか思えなかった。
「いかがいたしましょう。延期なさいますか?」
だから伊藤が弱気な進言をしても珪は一笑に付す。
「それこそ、まさかだよ。かえって好機かもしれない。上手くいけば……鵺が二体顕現するかも」
「なるほど。ですが、御しきれますかな?」
伊藤は口端を曲げて愉快そうにしていた。その態度に怒るどころか珪はますますやる気を見せていた。
「やってみせるさ。そのためにはアレの開発を急がせなければ──」
突然離れ屋の入口の戸を叩く音が聞こえた。来客の気配を感じて伊藤はその場から陽炎のようにゆらりと消えた。
「どうぞ」
珪にはもちろん心当たりがある。戸を開けて入ってきたのは、父親の従兄弟にあたる男だ。
「珪、呼んだか」
「ああ、八雲おじ様、わざわざすみません」
珪は立ち上がって八雲を迎えた。作務衣を纏い手拭いを頭に巻いている様子から作業の合間に来たことは明白で、不機嫌そうだった。
「まったくだ。俺はお前に仕えている訳ではない。用があるならお前が来い」
「ですが、おじ様、仕事中は集中なさっているから僕が訪ねても気づかないじゃないですか」
屁理屈屋の珪から素直な謝罪が聞けるはずがないことは十分承知している。八雲は溜息を吐きながら用件を尋ねた。
「まあいい。なんだ?」
「頼んであった例のモノはどうです?そろそろ出来そうですか?」
「む……もう少しかかるな。調整が難しくてな」
八雲が険しい顔で答えると、珪はわざとらしく下手に出て笑いながら言った。
「ご冗談を。おじ様に難しいことなんてあるものですか。それなんですが、出力を上げていただけますか?当初の──三倍ほど」
言いながら指を三本立てる珪の表情は少し興奮していた。しかしそんな珪を八雲は一言で切り捨てる。
「無理だ」
「ええ?」
それでも珪は笑っていた。畑違いの小僧にわかる道理ではないと思いつつ、八雲は忖度せずにきっぱりと言ってやる。
「今の出力でもギリギリだ。お前の呪力ではこれ以上はもたない」
「ああ、もう、そういうのは気にせずやっちゃってください」
こいつは自分のことをただの便利な道具屋だとでも思っているのだろう、と八雲は心中苦々しく思ったが、無表情を崩さずに言った。
「断る。それでお前に何かあったら墨砥兄さんに顔向けできない」
すると珪は不服そうに顔を顰めた。それから少し考えて低い声で聞いた。
「では、瑠深なら?」
「む?」
「アレを扱うのが瑠深なら、可能ですか?」
歪んだ顔のまま聞く珪の心中は察するに余りある。だが八雲はそういう気遣いなどはしない。事実を事実のままに言うだけだ。所詮自分は道具屋なのだから。
「瑠深なら可能だ。なんならもう少し上げても大丈夫だろう」
すると珪は途端に顔をぱっと明るくしてより興奮していた。
「本当ですか!それはすごい!ではアレは瑠深が使いますから、最大限まで上げてください」
「お前は何を企んでる?」
八雲は嫌な予感がしていた。それでも請われれば従うしかないのが八雲の役割だった。珪からの依頼なら尚更だ。
「嫌だなあ。全ては里のためですよ。おじ様も職人として挑戦したいでしょう?伝説のアレに……」
「わかった。やってみよう」
「ありがとうございます!楽しみですよ!」
珪はまるでクリスマスプレゼントを待つ子どものような目をしていた。その無邪気さの奥にはドス黒い邪気があることはわかっている。八雲は少し頭が痛くなった。
「では、俺は用事があるので行く」
悩ましい呪具の調整について気が重くなったので、八雲は早々にここを立ち去ろうとしていた。ただ次なる用事も悩ましいものではある。
「鵺人のところでしょう?」
「お前は本当に耳が早いな」
「よく彼らを観察してください。きっとおじ様のお仕事の参考になりますよ」
「……行ってくる」
八雲は珪の言葉に特に動揺もせず、いつもの淡々とした調子のまま離れ屋を出て行った。
「……」
部屋には珪が一人残される。それまで燻っていた嫉妬の炎が一気に燃え盛り、珪は力任せに机を叩いた。
「瑠深ィ……ッ!」
瑠深の名を出した途端に要求を飲んだ八雲の顔が脳裏から離れない。
俺と瑠深はそんなに違うのか。珪はその屈辱を野望への闘志に変えている。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる