76 / 174
第三章
3-18 叫び
しおりを挟む
「なんだかすごい世界ですねえ」
永はそう言うしかなかった。何か反論でもしようものならきっと恐ろしい事が起こる、と直感していた。
「大丈夫!私が一生懸命サポートさせていただくわ、一緒に頑張りましょうね!」
鈴心も蕾生も永を見習って薄ら笑うだけに留める。
「こずえちゃんは、この方達の後見人として有宇儀様に報告しておくわ。これからはずっと一緒に頑張りましょう!ね!」
「あ、あはは、よろしく頼んます……」
梢賢も同様に愛想笑いしていると、菫はあらぬ方向を見ながらうっとりして言った。
「ああ、今日は素晴らしい日だわ!使徒様がこんなに増えるなんて、雨辺家の未来は明るいわね!」
ここまでイッてしまっている者をどうやって正気に戻せばいいのか?永はそれが途方もないことに思えた。
皆が二の句が告げなくなっていると、小さくも侮蔑を孕んだ声で藍が呟く。
「バカじゃないの?」
「──え?」
ぐる、と急に首を回して菫は地獄の底から聞こえるような低い声でようやく藍の方を振り返った。
「そんな神様いるわけないじゃん!葵はあのお札のせいで毎日苦しんでる!それを修行なんて言ってお母さんは見ないフリして!」
しかし藍はそんな雰囲気にも構わずまくしたてた。菫は恐ろしい顔で黙って聞いている。
「葵だけじゃなくて、おバカな子ども四人も丸め込んで責任とれるの!?この人達の保護者に訴えられたら終わりなんだよ!?」
怒りに任せて訴える藍の言葉に、菫はワナワナと震え出す。堪らず梢賢が割って入った。
「あ、藍ちゃん、ちょっと落ち着こうな?な?」
「うるさい!間男!お前もお母さんを上手くのっけて調子に乗らせて!お前なんか来なければこんな事にならなかった!」
「う……」
押し黙ってしまった梢賢にも構わず、藍は耳を塞いで泣き叫ぶ。
「もう嫌!もう沢山!葵、行くよ!こんな家、いたくない!」
「お、お姉ちゃん!?」
藍は葵の手を引いて、そのまま玄関を飛び出してしまった。パタパタと走る足音が遠ざかる。
「葵!?」
菫は悲鳴を上げんばかりの動揺を見せる。梢賢はすぐさま立ち上がった。
「皆、追うで!」
永達も頷いて立ち上がったが、それよりも早く菫は息子の名前を呼びながら玄関に向かっていた。
「葵!葵!」
「菫さんはここで待っとってください、オレ達が連れ戻します!」
咄嗟に梢賢が止めるけれど、菫は半狂乱で叫んだ。
「嫌よ!葵は私の息子よ!私がいなければ葵はだめなのよ!」
「菫さん!!」
梢賢は大声を張り上げ、菫の肩を掴んだ。
「悪いけど、菫さんに反抗して藍ちゃんは出ていったんです。だから菫さんはいかない方がいい。オレ達がうまく宥めますから!」
すると少し弱気になった菫はその場で止まって梢賢に懇願した。唇がフルフルと震えていた。
「ああ……わ、わかったわ。こずえちゃん、葵のことお願いね」
「藍ちゃんの話もちゃんと聞いてきます」
「……」
「行くで、皆!」
菫を玄関に残して、梢賢の号令とともに四人はマンションを出た。
「子どもの足じゃ遠くまでは行けないと思いますけど、もう姿がありませんね」
街並みを走りながら鈴心が言うと、梢賢には明確な目的地があるようで、目指す方向を示しながら走る速度を緩めた。
「多分、街外れの公園やと思うわ。あの子らも頭を冷やす時間がいるやろ。少し緩く走るで」
「わかった。しかし、ここまでの事態になってるとはね」
「常軌を逸してるぞ、こんなん」
永と蕾生の遠慮のない言葉に、梢賢は悔しそうに歯噛みしていた。
「オレが迂闊やった。まさかこんなに闇が濃くなってるなんて……」
ゆっくり走る四人の頭上には厳しい日差しが当たり続けていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
永はそう言うしかなかった。何か反論でもしようものならきっと恐ろしい事が起こる、と直感していた。
「大丈夫!私が一生懸命サポートさせていただくわ、一緒に頑張りましょうね!」
鈴心も蕾生も永を見習って薄ら笑うだけに留める。
「こずえちゃんは、この方達の後見人として有宇儀様に報告しておくわ。これからはずっと一緒に頑張りましょう!ね!」
「あ、あはは、よろしく頼んます……」
梢賢も同様に愛想笑いしていると、菫はあらぬ方向を見ながらうっとりして言った。
「ああ、今日は素晴らしい日だわ!使徒様がこんなに増えるなんて、雨辺家の未来は明るいわね!」
ここまでイッてしまっている者をどうやって正気に戻せばいいのか?永はそれが途方もないことに思えた。
皆が二の句が告げなくなっていると、小さくも侮蔑を孕んだ声で藍が呟く。
「バカじゃないの?」
「──え?」
ぐる、と急に首を回して菫は地獄の底から聞こえるような低い声でようやく藍の方を振り返った。
「そんな神様いるわけないじゃん!葵はあのお札のせいで毎日苦しんでる!それを修行なんて言ってお母さんは見ないフリして!」
しかし藍はそんな雰囲気にも構わずまくしたてた。菫は恐ろしい顔で黙って聞いている。
「葵だけじゃなくて、おバカな子ども四人も丸め込んで責任とれるの!?この人達の保護者に訴えられたら終わりなんだよ!?」
怒りに任せて訴える藍の言葉に、菫はワナワナと震え出す。堪らず梢賢が割って入った。
「あ、藍ちゃん、ちょっと落ち着こうな?な?」
「うるさい!間男!お前もお母さんを上手くのっけて調子に乗らせて!お前なんか来なければこんな事にならなかった!」
「う……」
押し黙ってしまった梢賢にも構わず、藍は耳を塞いで泣き叫ぶ。
「もう嫌!もう沢山!葵、行くよ!こんな家、いたくない!」
「お、お姉ちゃん!?」
藍は葵の手を引いて、そのまま玄関を飛び出してしまった。パタパタと走る足音が遠ざかる。
「葵!?」
菫は悲鳴を上げんばかりの動揺を見せる。梢賢はすぐさま立ち上がった。
「皆、追うで!」
永達も頷いて立ち上がったが、それよりも早く菫は息子の名前を呼びながら玄関に向かっていた。
「葵!葵!」
「菫さんはここで待っとってください、オレ達が連れ戻します!」
咄嗟に梢賢が止めるけれど、菫は半狂乱で叫んだ。
「嫌よ!葵は私の息子よ!私がいなければ葵はだめなのよ!」
「菫さん!!」
梢賢は大声を張り上げ、菫の肩を掴んだ。
「悪いけど、菫さんに反抗して藍ちゃんは出ていったんです。だから菫さんはいかない方がいい。オレ達がうまく宥めますから!」
すると少し弱気になった菫はその場で止まって梢賢に懇願した。唇がフルフルと震えていた。
「ああ……わ、わかったわ。こずえちゃん、葵のことお願いね」
「藍ちゃんの話もちゃんと聞いてきます」
「……」
「行くで、皆!」
菫を玄関に残して、梢賢の号令とともに四人はマンションを出た。
「子どもの足じゃ遠くまでは行けないと思いますけど、もう姿がありませんね」
街並みを走りながら鈴心が言うと、梢賢には明確な目的地があるようで、目指す方向を示しながら走る速度を緩めた。
「多分、街外れの公園やと思うわ。あの子らも頭を冷やす時間がいるやろ。少し緩く走るで」
「わかった。しかし、ここまでの事態になってるとはね」
「常軌を逸してるぞ、こんなん」
永と蕾生の遠慮のない言葉に、梢賢は悔しそうに歯噛みしていた。
「オレが迂闊やった。まさかこんなに闇が濃くなってるなんて……」
ゆっくり走る四人の頭上には厳しい日差しが当たり続けていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。
ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」
夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。
元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。
"カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない"
「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」
白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます!
☆恋愛→ファンタジーに変更しました
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる