69 / 174
第三章
3-11 野望
しおりを挟む
珪の部屋からそのまま菫のマンションにやってきた伊藤はしばしそのドアの前で立ち尽くしていた。
「まあ、有宇儀様。突然どうなさったの?」
インターフォンを押さないのに菫はドアを開けてみせた。
それに満足した伊藤はにっこりと微笑む。
「朝早くにすまないね」
「いいえ、とんでもありませんわ。どうぞお入りになって。葵!葵!」
伊藤が菫に続いて居間に入ると、葵が姿勢を正して立っていた。
「……おはようございます」
「おはよう。姉さんはどこかな?」
「あ……」
言われて肩を震わせながら、葵は居間の隅に視線をやる。伊藤もそこを見ると、藍がもの凄い形相で睨んでいた。
「相変わらずのようだね。よろしい。君は姉さんと部屋に行っていなさい」
軽い溜息を吐いて伊藤がそう言うと、藍は葵の手を引いて居間を出ようとする。伊藤に捨て台詞を吐いて。
「バーカ!」
「し、失礼します……」
葵は少し躊躇っていたが、藍に手を引かれるままに二人で居間を出た。
「まあ、葵が何か失礼を?」
お茶を運んできた菫が二人を見送りながら不安を口にする。だが伊藤は穏やかに答えた。
「いいえ。元気そうで何よりですよ」
「そうですか?ならきっといただくお薬のおかげですわね」
「きちんと毎日飲んでいますか?」
菫はパッと顔を明るくした後、恍惚の表情を見せる。
「もちろんですわ。葵に課せられた修行ですもの。日一日とうつろ神様に近づいていると思うと……」
「よく精進なさっているようで安心しました。が、あの小僧が何か画策しているようですね」
突然声の調子を落とした伊藤に、菫は敏感に反応して早口で説明する。
「こずえちゃんのことですね?ご安心ください。あの子には来るたびにうつろ神様の素晴らしさを説いています。
一昨日なんてついに使徒様を三人も連れてきてくれて。私、感激して震えるのを隠すのが大変だったのですよ」
「その使徒ですが、どうも雨都側につきそうな雰囲気でしてね」
「ええっ!?そんなまさか、こずえちゃんからは聞いておりませんよ?」
「私はそこも不安なのですが。雨都梢賢はきちんと洗脳したんですか?」
伊藤がジロリと睨むと、菫は顔色を真っ青にしてその場に土下座した。
「申し訳ありません!まだ少し実家に未練があるようで……。ですが、近いうちに必ずこちら側に来させます、──使徒諸共!」
最後に顔を上げて結んだ菫の言葉は常人では出ないような発音が混ざっていた。
飴と鞭を使い分ける伊藤はまたにっこり笑って屈み、菫の肩を優しく叩く。
「頼みますよ。主は貴女に大変期待しておられる」
「ああ、ゆくゆくはうつろ神様が降臨なされるメシア様ですね!有宇儀様、こずえちゃんを取り込んだらメシア様にお目通りは叶いますか?」
「そうですね、伝えておきましょう。貴女の精進には必ずお応えくださいますよ」
伊藤がそう言うと、菫はまたうっとりとしてうわごとのように呟いた後、焦点を定めて伊藤に宣言した。
「まあ!素敵……。必ずや雨都梢賢を意のままに操って、雨都を葵のものにしてみせます!」
「頑張ってくださいね。では私は失礼します」
「あら、今日は歩いてお帰りなのですか?」
立ち上がって玄関へと向かう伊藤に菫が尋ねると、またにっこり笑って伊藤は答える。
「ええ。最近運動不足でね」
「まあ。お気をつけて」
クスクス笑う母の声を自室で聞いていた葵は、口を結んで虚ろな瞳のまま立ち尽くしていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
「まあ、有宇儀様。突然どうなさったの?」
インターフォンを押さないのに菫はドアを開けてみせた。
それに満足した伊藤はにっこりと微笑む。
「朝早くにすまないね」
「いいえ、とんでもありませんわ。どうぞお入りになって。葵!葵!」
伊藤が菫に続いて居間に入ると、葵が姿勢を正して立っていた。
「……おはようございます」
「おはよう。姉さんはどこかな?」
「あ……」
言われて肩を震わせながら、葵は居間の隅に視線をやる。伊藤もそこを見ると、藍がもの凄い形相で睨んでいた。
「相変わらずのようだね。よろしい。君は姉さんと部屋に行っていなさい」
軽い溜息を吐いて伊藤がそう言うと、藍は葵の手を引いて居間を出ようとする。伊藤に捨て台詞を吐いて。
「バーカ!」
「し、失礼します……」
葵は少し躊躇っていたが、藍に手を引かれるままに二人で居間を出た。
「まあ、葵が何か失礼を?」
お茶を運んできた菫が二人を見送りながら不安を口にする。だが伊藤は穏やかに答えた。
「いいえ。元気そうで何よりですよ」
「そうですか?ならきっといただくお薬のおかげですわね」
「きちんと毎日飲んでいますか?」
菫はパッと顔を明るくした後、恍惚の表情を見せる。
「もちろんですわ。葵に課せられた修行ですもの。日一日とうつろ神様に近づいていると思うと……」
「よく精進なさっているようで安心しました。が、あの小僧が何か画策しているようですね」
突然声の調子を落とした伊藤に、菫は敏感に反応して早口で説明する。
「こずえちゃんのことですね?ご安心ください。あの子には来るたびにうつろ神様の素晴らしさを説いています。
一昨日なんてついに使徒様を三人も連れてきてくれて。私、感激して震えるのを隠すのが大変だったのですよ」
「その使徒ですが、どうも雨都側につきそうな雰囲気でしてね」
「ええっ!?そんなまさか、こずえちゃんからは聞いておりませんよ?」
「私はそこも不安なのですが。雨都梢賢はきちんと洗脳したんですか?」
伊藤がジロリと睨むと、菫は顔色を真っ青にしてその場に土下座した。
「申し訳ありません!まだ少し実家に未練があるようで……。ですが、近いうちに必ずこちら側に来させます、──使徒諸共!」
最後に顔を上げて結んだ菫の言葉は常人では出ないような発音が混ざっていた。
飴と鞭を使い分ける伊藤はまたにっこり笑って屈み、菫の肩を優しく叩く。
「頼みますよ。主は貴女に大変期待しておられる」
「ああ、ゆくゆくはうつろ神様が降臨なされるメシア様ですね!有宇儀様、こずえちゃんを取り込んだらメシア様にお目通りは叶いますか?」
「そうですね、伝えておきましょう。貴女の精進には必ずお応えくださいますよ」
伊藤がそう言うと、菫はまたうっとりとしてうわごとのように呟いた後、焦点を定めて伊藤に宣言した。
「まあ!素敵……。必ずや雨都梢賢を意のままに操って、雨都を葵のものにしてみせます!」
「頑張ってくださいね。では私は失礼します」
「あら、今日は歩いてお帰りなのですか?」
立ち上がって玄関へと向かう伊藤に菫が尋ねると、またにっこり笑って伊藤は答える。
「ええ。最近運動不足でね」
「まあ。お気をつけて」
クスクス笑う母の声を自室で聞いていた葵は、口を結んで虚ろな瞳のまま立ち尽くしていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました
初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。
ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。
冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。
のんびり書いていきたいと思います。
よければ感想等お願いします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる