転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

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第三章

3-11 野望

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 けいの部屋からそのまますみれのマンションにやってきた伊藤はしばしそのドアの前で立ち尽くしていた。
 
「まあ、有宇儀ゆうぎ様。突然どうなさったの?」
 
 インターフォンを押さないのに菫はドアを開けてみせた。
 それに満足した伊藤はにっこりと微笑む。
 
「朝早くにすまないね」
 
「いいえ、とんでもありませんわ。どうぞお入りになって。あおい!葵!」
 
 伊藤が菫に続いて居間に入ると、葵が姿勢を正して立っていた。
 
「……おはようございます」
 
「おはよう。姉さんはどこかな?」
 
「あ……」
 
 言われて肩を震わせながら、葵は居間の隅に視線をやる。伊藤もそこを見ると、あいがもの凄い形相で睨んでいた。
 
「相変わらずのようだね。よろしい。君は姉さんと部屋に行っていなさい」
 
 軽い溜息を吐いて伊藤がそう言うと、藍は葵の手を引いて居間を出ようとする。伊藤に捨て台詞を吐いて。
 
「バーカ!」
 
「し、失礼します……」
 
 葵は少し躊躇っていたが、藍に手を引かれるままに二人で居間を出た。
 
「まあ、葵が何か失礼を?」
 
 お茶を運んできた菫が二人を見送りながら不安を口にする。だが伊藤は穏やかに答えた。
 
「いいえ。元気そうで何よりですよ」
 
「そうですか?ならきっといただくお薬のおかげですわね」
 
「きちんと毎日飲んでいますか?」
 
 菫はパッと顔を明るくした後、恍惚の表情を見せる。
 
「もちろんですわ。葵に課せられた修行ですもの。日一日とうつろ神様に近づいていると思うと……」
 
「よく精進なさっているようで安心しました。が、あの小僧が何か画策しているようですね」
 
 突然声の調子を落とした伊藤に、菫は敏感に反応して早口で説明する。
 
「こずえちゃんのことですね?ご安心ください。あの子には来るたびにうつろ神様の素晴らしさを説いています。
 一昨日なんてついに使徒様を三人も連れてきてくれて。私、感激して震えるのを隠すのが大変だったのですよ」
 
「その使徒ですが、どうも雨都うと側につきそうな雰囲気でしてね」
 
「ええっ!?そんなまさか、こずえちゃんからは聞いておりませんよ?」
 
「私はそこも不安なのですが。雨都うと梢賢しょうけんはきちんと洗脳したんですか?」
 
 伊藤がジロリと睨むと、菫は顔色を真っ青にしてその場に土下座した。
 
「申し訳ありません!まだ少し実家に未練があるようで……。ですが、近いうちに必ずこちら側に来させます、──使徒諸共!」
 
 最後に顔を上げて結んだ菫の言葉は常人では出ないような発音が混ざっていた。
 
 飴と鞭を使い分ける伊藤はまたにっこり笑って屈み、菫の肩を優しく叩く。
 
「頼みますよ。あるじは貴女に大変期待しておられる」
 
「ああ、ゆくゆくはうつろ神様が降臨なされるメシア様ですね!有宇儀様、こずえちゃんを取り込んだらメシア様にお目通りは叶いますか?」
 
「そうですね、伝えておきましょう。貴女の精進には必ずお応えくださいますよ」
 
 伊藤がそう言うと、菫はまたうっとりとしてうわごとのように呟いた後、焦点を定めて伊藤に宣言した。
 
「まあ!素敵……。必ずや雨都梢賢を意のままに操って、雨都を葵のものにしてみせます!」
 
「頑張ってくださいね。では私は失礼します」
 
「あら、今日は歩いてお帰りなのですか?」
 
 立ち上がって玄関へと向かう伊藤に菫が尋ねると、またにっこり笑って伊藤は答える。
 
「ええ。最近運動不足でね」
 
「まあ。お気をつけて」
 
 クスクス笑う母の声を自室で聞いていた葵は、口を結んで虚ろな瞳のまま立ち尽くしていた。







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