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第三章
3-7 菫との思い出
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「ま、それは置いといて。街のファミレスに行ってんけど、帰りにオレ迷子になったんよ」
「なりそうだ」
蕾生は五歳の梢賢を想像する。陽気に街を珍しがってフラフラしたんだろう、と。
「あちこち知らない道をウロチョロしとったら、綺麗な女子大生のお姉さんが声をかけてくれてな」
「それが菫ですか?」
「そうや。子どもだったから当時は意味がわからんかったけど、菫さんはオレの事知っててな。しかも「こずえちゃんでしょ?」って言わはった」
「怪しいじゃねえか」
蕾生の感想に一応頷いた梢賢だったが、当時の気持ちを思い出しながら説明した。
「今思い返すとな。でもあの時のオレは迷子になった心細さもあって、オレのことを知ってる人に会えてラッキーくらいしか思わんかった。綺麗だし」
最後のはいらない付け足しだった。心の距離をとっていた鈴心が今度はブリザード級の冷気を浴びせそうな目をしている。
「ちょっと!五歳の素直な感想でしょ!──で、菫さんはオレの手を引いて「私、君の親戚なのよ」とも言わはった。
オレは七五三だったから、親戚の姉ちゃんも一緒に食事するはずだったんだと思ったんや」
「うーん。早とちりだねえ。五歳にしては頭が回り過ぎたのが災いしたね」
永がそう感想を述べると、梢賢は少し後悔混じりで言う。
「まあな。オレは里で複雑な立場の生まれやねん。そういう鼻はきく。だから勝手に自分で話作って勝手に納得してしもうた」
「それでどうしたんだ?」
「うん。少し二人で歩いてな。交差点のところで菫さんはオレの手を離して「もうすぐお家の人が来るから、じゃあね」って言って去ってもうた。そしたらすぐに父ちゃんが走ってきたんや」
「もしかして、それ……」
二重の意味で眉を顰めた鈴心の言葉を永が続ける。
「プチ誘拐なんじゃない?」
「──やっぱりそう思う?」
わざとらしい上目遣いで聞く梢賢に、蕾生は冷たく頷いた。
「その時のお父さんはどんな感じだったの?」
「そらもうえらい剣幕で、怪我はないかとか、何か取られなかったかとか……」
「はい。誘拐です」
念のため永が確認したけれど、そう結論づけるしかない状況だった。
「ちょーっと一緒に歩いただけやで!?」
「だって菫さんと別れた場所にお父さんが血相変えて迎えにきたんでしょ?」
「百パー誘拐だろ」
「柊達さんは、梢賢がいない間に脅されたか何かされたんでしょうね」
口々に言う三人の言葉に、梢賢はがっくり肩を落とした。
「うう、できれば目を逸らしていたかった……」
「梢賢くんがいなくなった間の出来事が気になるな。帰ったら教えてくれるかな?」
「あかん!あの時の話はうちでは禁句なんや!絶対にあかん!オレかて聞いたけど怒鳴られておしまいやってん」
梢賢は雨都にやっと生まれた男児である。当時がどれだけ修羅場だったか永は容易に想像できた。
「なるほど。察するに余りあるね」
「そんな人物によく懸想できますね」
鈴心の感想はもう侮蔑たっぷりだった。
「えー、だってオレには優しかったし、何も嫌なことされんかったもん」
だが、梢賢は完全に色ボケていた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
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「なりそうだ」
蕾生は五歳の梢賢を想像する。陽気に街を珍しがってフラフラしたんだろう、と。
「あちこち知らない道をウロチョロしとったら、綺麗な女子大生のお姉さんが声をかけてくれてな」
「それが菫ですか?」
「そうや。子どもだったから当時は意味がわからんかったけど、菫さんはオレの事知っててな。しかも「こずえちゃんでしょ?」って言わはった」
「怪しいじゃねえか」
蕾生の感想に一応頷いた梢賢だったが、当時の気持ちを思い出しながら説明した。
「今思い返すとな。でもあの時のオレは迷子になった心細さもあって、オレのことを知ってる人に会えてラッキーくらいしか思わんかった。綺麗だし」
最後のはいらない付け足しだった。心の距離をとっていた鈴心が今度はブリザード級の冷気を浴びせそうな目をしている。
「ちょっと!五歳の素直な感想でしょ!──で、菫さんはオレの手を引いて「私、君の親戚なのよ」とも言わはった。
オレは七五三だったから、親戚の姉ちゃんも一緒に食事するはずだったんだと思ったんや」
「うーん。早とちりだねえ。五歳にしては頭が回り過ぎたのが災いしたね」
永がそう感想を述べると、梢賢は少し後悔混じりで言う。
「まあな。オレは里で複雑な立場の生まれやねん。そういう鼻はきく。だから勝手に自分で話作って勝手に納得してしもうた」
「それでどうしたんだ?」
「うん。少し二人で歩いてな。交差点のところで菫さんはオレの手を離して「もうすぐお家の人が来るから、じゃあね」って言って去ってもうた。そしたらすぐに父ちゃんが走ってきたんや」
「もしかして、それ……」
二重の意味で眉を顰めた鈴心の言葉を永が続ける。
「プチ誘拐なんじゃない?」
「──やっぱりそう思う?」
わざとらしい上目遣いで聞く梢賢に、蕾生は冷たく頷いた。
「その時のお父さんはどんな感じだったの?」
「そらもうえらい剣幕で、怪我はないかとか、何か取られなかったかとか……」
「はい。誘拐です」
念のため永が確認したけれど、そう結論づけるしかない状況だった。
「ちょーっと一緒に歩いただけやで!?」
「だって菫さんと別れた場所にお父さんが血相変えて迎えにきたんでしょ?」
「百パー誘拐だろ」
「柊達さんは、梢賢がいない間に脅されたか何かされたんでしょうね」
口々に言う三人の言葉に、梢賢はがっくり肩を落とした。
「うう、できれば目を逸らしていたかった……」
「梢賢くんがいなくなった間の出来事が気になるな。帰ったら教えてくれるかな?」
「あかん!あの時の話はうちでは禁句なんや!絶対にあかん!オレかて聞いたけど怒鳴られておしまいやってん」
梢賢は雨都にやっと生まれた男児である。当時がどれだけ修羅場だったか永は容易に想像できた。
「なるほど。察するに余りあるね」
「そんな人物によく懸想できますね」
鈴心の感想はもう侮蔑たっぷりだった。
「えー、だってオレには優しかったし、何も嫌なことされんかったもん」
だが、梢賢は完全に色ボケていた。
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