転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
51 / 174
第二章

2-31 長い一日

しおりを挟む
 気がつけば夕暮れ時だった。麓紫村ろくしむらに来たばかりだと言うのに色々なことが起こり、一日が経つのがあっという間だった。
 
 雨都家に戻った一同は急に空腹を感じていた。
 
「あ、いい匂い」
 
「腹減った……」
 
 はるか蕾生らいおも精神的に疲れており、台所からの匂いに心を弾ませていた。
 
「姉ちゃんが夕飯の支度してるんやな。皆今日は泊まってくやろ?」
 
 梢賢しょうけんの提案は期待通りで、永はほっと安心する。
 
「そうさせてもらえるとありがたいな。リンの具合も悪いし」
 
「ホテルはどうすんだ?」
 
「うん、今晩は外泊するって電話すれば大丈夫じゃない?お金は払ってあるし」
 
 永の一見太っ腹な発言に、梢賢は急におろおろして心配した。
 
「宿泊代、大丈夫なんか?オレも援助してやりたいけど、この前おしゃれタウンで古着買ってもうて金欠なんですわ」
 
 口で言っているだけで、本当に払ってやろうなどとは露程も思っていないことは永にはお見通しだ。
 
「大丈夫。銀騎しらきの若当主が一週間分払ってくれたから」
 
 永が苦笑しながら答えると、梢賢はのけぞって目を丸くしていた。
 
「ま、じ、か。太いパトロンがおるとええなあ」
 
「そ。遠慮とかはしないの。今までの迷惑料だから」
 
「怖いわあ、ハル坊にかかったらケツ毛まで抜かれそうやわあ」
 
 わざとらしくブルブル震える梢賢の後ろから鈴心すずねがひょっこり顔を出した。
 
「ハル様、ライ、おかえりなさい」
 
「リン、ただいま」
 
 鈴心が起きてこられた様なので永は嬉しそうに返事する。蕾生も安心して念の為聞いた。
 
「具合はどうだ?」
 
「充分休ませてもらったので、もう大丈夫です。今夜はこちらに泊めていただくんですよね?」
 
「うん、そのつもり」

 永が頷くのを待って鈴心は更に付け足した。
 
「ホテルの方にはお兄様から連絡を入れていただきました。問題ないそうです」
 
「気がきくな」
 
「当然です」
 
 蕾生に向かってやや得意げにしている鈴心の報告を聞いて、永はそっと胸を撫で下ろした。
 
「良かった、大人同士で話してもらった方がいいもんね。ありがと、リン」
 
「勿体無いお言葉です」
 
 そうしていると優杞ゆうこが居間に食事の用意を始める。梢賢はもちろん永も蕾生もばっちり手伝わされた。
 
 夕食は皆揃って食べたが、柊達しゅうたつ橙子とうこの機嫌は直らず、重々しい雰囲気のまま食事が終了した。
 
「ご馳走様でした」
 
「美味しかった?」
 
 にっこりと圧をかけてくる優杞の前で首を振れる者などいない。
 
「ウス……」
 
「すっごく美味しかったです!」
 
 女性からの圧が苦手な蕾生の分まで永はにこにこ笑って答える。
 
「そう?」
 
「我慢せんでええで、薄味やったろ?高校生男子にはちょっとな」
 
「へえ?」
 
「ピッ!」
 
 せっかく嬉しがっていたのだから余計な事は言わなくてもいいのに、梢賢は姉につっかかっては怒られている。それもこの姉弟のコミュニケーションのとり方なのだろう。
 
「ヘルシーで美容に良い理想的なお食事でした。お味も抜群です」
 
 空気を読んだ鈴心が改めて褒めると優杞はまた嬉しそうに笑った。
 
「あらあ、やっぱり女の子にはわかるのね!ウチは一応お寺だからさあ」
 
「優杞さんのご飯はいつも美味しいよ」
 
「やだあ、もう!」
 
 夫の褒め言葉に勝る物はない。満面の笑顔でイチャイチャする若夫婦を馬鹿らしそうに眺めて梢賢は立ち上がった。
 
「ほんじゃ、ごちそうさん」
 
「ああ、梢賢。男の子二人はあんたの隣の部屋使ってもらいな。布団は自分で運んでね」
 
「ほいほい」
 
 永と蕾生も丁寧にお辞儀で答える。
 
「お世話になります」
 
「ッス」
 
「鈴心ちゃんはさっきの部屋をそのまま使って。あそこは鍵がかかるからちょうどいいわ」
 
 鈴心もそれにお礼を言いつつ、食器を片付け始めた。
 
「ありがとうございます。お片付け手伝います」
 
「いいよいいよ!具合が悪かったんだからゆっくり休みなさいな」
 
「はい、すみません」
 
「うーん、可愛い!」
 
 優杞は上機嫌で食器を片していく。こちらの存在に気づかれないうちにと、梢賢は小声で三人を促した。
 
「ほなら、皆行こか」
 
「夜中までおしゃべりしてちゃだめだよ。ほどほどにね」
 
「へーい」
 
 楠俊なんしゅんのにこやかな注意に頷いて、四人は居間を退出した。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

異世界立志伝

小狐丸
ファンタジー
 ごく普通の独身アラフォーサラリーマンが、目覚めると知らない場所へ来ていた。しかも身体が縮んで子供に戻っている。  さらにその場は、陸の孤島。そこで出逢った親切なアンデッドに鍛えられ、人の居る場所への脱出を目指す。

元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護
ファンタジー
主人公は持水薫、女30歳、独身。趣味はあらゆる物質の立体構造を調べ眺めること、構造解析研究者であったが、地震で後輩を庇い命を落とす。魂となった彼女は女神と出会い、話をした結果、後輩を助けたこともあってスキル2つを持ってすぐに転生することになった。転生先は、地球からはるか遠く離れた惑星ガーランド、エルディア王国のある貴族の娘であった。前世の記憶を持ったまま、持水薫改めシャーロット・エルバランは誕生した。転生の際に選んだスキルは『構造解析』と『構造編集』。2つのスキルと持ち前の知能の高さを生かし、順調な異世界生活を送っていたが、とある女の子と出会った事で、人生が激変することになる。 果たして、シャーロットは新たな人生を生き抜くことが出来るのだろうか? ………………… 7歳序盤まではほのぼのとした話が続きますが、7歳中盤から未開の地へ転移されます。転移以降、物語はスローペースで進んでいきます。読者によっては、早くこの先を知りたいのに、話が進まないよと思う方もおられるかもしれません。のんびりした気持ちで読んで頂けると嬉しいです。 ………………… 主人公シャーロットは、チートスキルを持っていますが、最弱スタートです。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...