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第二章
2-31 長い一日
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気がつけば夕暮れ時だった。麓紫村に来たばかりだと言うのに色々なことが起こり、一日が経つのがあっという間だった。
雨都家に戻った一同は急に空腹を感じていた。
「あ、いい匂い」
「腹減った……」
永も蕾生も精神的に疲れており、台所からの匂いに心を弾ませていた。
「姉ちゃんが夕飯の支度してるんやな。皆今日は泊まってくやろ?」
梢賢の提案は期待通りで、永はほっと安心する。
「そうさせてもらえるとありがたいな。リンの具合も悪いし」
「ホテルはどうすんだ?」
「うん、今晩は外泊するって電話すれば大丈夫じゃない?お金は払ってあるし」
永の一見太っ腹な発言に、梢賢は急におろおろして心配した。
「宿泊代、大丈夫なんか?オレも援助してやりたいけど、この前おしゃれタウンで古着買ってもうて金欠なんですわ」
口で言っているだけで、本当に払ってやろうなどとは露程も思っていないことは永にはお見通しだ。
「大丈夫。銀騎の若当主が一週間分払ってくれたから」
永が苦笑しながら答えると、梢賢はのけぞって目を丸くしていた。
「ま、じ、か。太いパトロンがおるとええなあ」
「そ。遠慮とかはしないの。今までの迷惑料だから」
「怖いわあ、ハル坊にかかったらケツ毛まで抜かれそうやわあ」
わざとらしくブルブル震える梢賢の後ろから鈴心がひょっこり顔を出した。
「ハル様、ライ、おかえりなさい」
「リン、ただいま」
鈴心が起きてこられた様なので永は嬉しそうに返事する。蕾生も安心して念の為聞いた。
「具合はどうだ?」
「充分休ませてもらったので、もう大丈夫です。今夜はこちらに泊めていただくんですよね?」
「うん、そのつもり」
永が頷くのを待って鈴心は更に付け足した。
「ホテルの方にはお兄様から連絡を入れていただきました。問題ないそうです」
「気がきくな」
「当然です」
蕾生に向かってやや得意げにしている鈴心の報告を聞いて、永はそっと胸を撫で下ろした。
「良かった、大人同士で話してもらった方がいいもんね。ありがと、リン」
「勿体無いお言葉です」
そうしていると優杞が居間に食事の用意を始める。梢賢はもちろん永も蕾生もばっちり手伝わされた。
夕食は皆揃って食べたが、柊達と橙子の機嫌は直らず、重々しい雰囲気のまま食事が終了した。
「ご馳走様でした」
「美味しかった?」
にっこりと圧をかけてくる優杞の前で首を振れる者などいない。
「ウス……」
「すっごく美味しかったです!」
女性からの圧が苦手な蕾生の分まで永はにこにこ笑って答える。
「そう?」
「我慢せんでええで、薄味やったろ?高校生男子にはちょっとな」
「へえ?」
「ピッ!」
せっかく嬉しがっていたのだから余計な事は言わなくてもいいのに、梢賢は姉につっかかっては怒られている。それもこの姉弟のコミュニケーションのとり方なのだろう。
「ヘルシーで美容に良い理想的なお食事でした。お味も抜群です」
空気を読んだ鈴心が改めて褒めると優杞はまた嬉しそうに笑った。
「あらあ、やっぱり女の子にはわかるのね!ウチは一応お寺だからさあ」
「優杞さんのご飯はいつも美味しいよ」
「やだあ、もう!」
夫の褒め言葉に勝る物はない。満面の笑顔でイチャイチャする若夫婦を馬鹿らしそうに眺めて梢賢は立ち上がった。
「ほんじゃ、ごちそうさん」
「ああ、梢賢。男の子二人はあんたの隣の部屋使ってもらいな。布団は自分で運んでね」
「ほいほい」
永と蕾生も丁寧にお辞儀で答える。
「お世話になります」
「ッス」
「鈴心ちゃんはさっきの部屋をそのまま使って。あそこは鍵がかかるからちょうどいいわ」
鈴心もそれにお礼を言いつつ、食器を片付け始めた。
「ありがとうございます。お片付け手伝います」
「いいよいいよ!具合が悪かったんだからゆっくり休みなさいな」
「はい、すみません」
「うーん、可愛い!」
優杞は上機嫌で食器を片していく。こちらの存在に気づかれないうちにと、梢賢は小声で三人を促した。
「ほなら、皆行こか」
「夜中までおしゃべりしてちゃだめだよ。ほどほどにね」
「へーい」
楠俊のにこやかな注意に頷いて、四人は居間を退出した。
===============================
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雨都家に戻った一同は急に空腹を感じていた。
「あ、いい匂い」
「腹減った……」
永も蕾生も精神的に疲れており、台所からの匂いに心を弾ませていた。
「姉ちゃんが夕飯の支度してるんやな。皆今日は泊まってくやろ?」
梢賢の提案は期待通りで、永はほっと安心する。
「そうさせてもらえるとありがたいな。リンの具合も悪いし」
「ホテルはどうすんだ?」
「うん、今晩は外泊するって電話すれば大丈夫じゃない?お金は払ってあるし」
永の一見太っ腹な発言に、梢賢は急におろおろして心配した。
「宿泊代、大丈夫なんか?オレも援助してやりたいけど、この前おしゃれタウンで古着買ってもうて金欠なんですわ」
口で言っているだけで、本当に払ってやろうなどとは露程も思っていないことは永にはお見通しだ。
「大丈夫。銀騎の若当主が一週間分払ってくれたから」
永が苦笑しながら答えると、梢賢はのけぞって目を丸くしていた。
「ま、じ、か。太いパトロンがおるとええなあ」
「そ。遠慮とかはしないの。今までの迷惑料だから」
「怖いわあ、ハル坊にかかったらケツ毛まで抜かれそうやわあ」
わざとらしくブルブル震える梢賢の後ろから鈴心がひょっこり顔を出した。
「ハル様、ライ、おかえりなさい」
「リン、ただいま」
鈴心が起きてこられた様なので永は嬉しそうに返事する。蕾生も安心して念の為聞いた。
「具合はどうだ?」
「充分休ませてもらったので、もう大丈夫です。今夜はこちらに泊めていただくんですよね?」
「うん、そのつもり」
永が頷くのを待って鈴心は更に付け足した。
「ホテルの方にはお兄様から連絡を入れていただきました。問題ないそうです」
「気がきくな」
「当然です」
蕾生に向かってやや得意げにしている鈴心の報告を聞いて、永はそっと胸を撫で下ろした。
「良かった、大人同士で話してもらった方がいいもんね。ありがと、リン」
「勿体無いお言葉です」
そうしていると優杞が居間に食事の用意を始める。梢賢はもちろん永も蕾生もばっちり手伝わされた。
夕食は皆揃って食べたが、柊達と橙子の機嫌は直らず、重々しい雰囲気のまま食事が終了した。
「ご馳走様でした」
「美味しかった?」
にっこりと圧をかけてくる優杞の前で首を振れる者などいない。
「ウス……」
「すっごく美味しかったです!」
女性からの圧が苦手な蕾生の分まで永はにこにこ笑って答える。
「そう?」
「我慢せんでええで、薄味やったろ?高校生男子にはちょっとな」
「へえ?」
「ピッ!」
せっかく嬉しがっていたのだから余計な事は言わなくてもいいのに、梢賢は姉につっかかっては怒られている。それもこの姉弟のコミュニケーションのとり方なのだろう。
「ヘルシーで美容に良い理想的なお食事でした。お味も抜群です」
空気を読んだ鈴心が改めて褒めると優杞はまた嬉しそうに笑った。
「あらあ、やっぱり女の子にはわかるのね!ウチは一応お寺だからさあ」
「優杞さんのご飯はいつも美味しいよ」
「やだあ、もう!」
夫の褒め言葉に勝る物はない。満面の笑顔でイチャイチャする若夫婦を馬鹿らしそうに眺めて梢賢は立ち上がった。
「ほんじゃ、ごちそうさん」
「ああ、梢賢。男の子二人はあんたの隣の部屋使ってもらいな。布団は自分で運んでね」
「ほいほい」
永と蕾生も丁寧にお辞儀で答える。
「お世話になります」
「ッス」
「鈴心ちゃんはさっきの部屋をそのまま使って。あそこは鍵がかかるからちょうどいいわ」
鈴心もそれにお礼を言いつつ、食器を片付け始めた。
「ありがとうございます。お片付け手伝います」
「いいよいいよ!具合が悪かったんだからゆっくり休みなさいな」
「はい、すみません」
「うーん、可愛い!」
優杞は上機嫌で食器を片していく。こちらの存在に気づかれないうちにと、梢賢は小声で三人を促した。
「ほなら、皆行こか」
「夜中までおしゃべりしてちゃだめだよ。ほどほどにね」
「へーい」
楠俊のにこやかな注意に頷いて、四人は居間を退出した。
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