転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
36 / 174
第二章

2-16 微かな許し

しおりを挟む
「里で、その……そういうことに詳しい方の治療を受けながら、細々と、それでも七年生きました。私は当時子どもだったので、叔母が亡くなったと聞かされたのは少し後のこと」
 
 そして橙子とうこは静かに不可思議な事実を告げる。
 
「母に聞いた話をそのまま申し上げますが、叔母はある時その石に身を変えたそうです」
 
「──」
 予想もしていなかった事に、はるかは何も言うことができなかった。
 
「以降、その石を楓石かえでいしと呼んで、母が肌身離さず持っていました。それを私が結婚する時に受け継いで、今は梢賢しょうけんに持たせています」
 
「拝んだってや、気持ちは届くかもしれん」
 
 梢賢はペンダントを首から外して鈴心すずねに渡した。震える手でそれを受け取った鈴心は驚愕と衝撃で瞳を震わせる。
 
「そんな、かえで……」
 
「なんてことだ──」
 
 二人の悲しみが居間全体に広がっていく様だった。沈黙の中、蕾生らいおはその楓石に注目する。
 不思議な感覚がした。何か大切な感情がそこに吸い込まれていくようだった。
 
「申し訳ありませんでした。僕らは何も知りませんでした」
 永は土下座して謝罪する。
 
「楓さんのその後に気を配れずに申し訳ありません」
 梢賢にペンダントを返して鈴心も頭を下げた。瞳には少し涙が滲んでいる。
 
 蕾生も二人に倣って一礼した。
 すると幾分か態度を和らげて橙子は言った。
 
「いえ。貴方がたはとうに亡くなっていたんでしょう?叔母も後悔してましたよ、私だけ生き延びてしまったって」
 
「そんな!楓さんが生き残ったって聞いて僕らは救われたんです。こんな言い方は失礼かもしれませんが──」
 
「ありがとう。貴方がたも大変な運命を生きていらっしゃるのにね」
 
 微かに笑う橙子の顔が、どこかで見たような面影を思い出す。蕾生は恐縮しきりの永を他所に不思議な感覚に支配されていた。
 
「ンン、先程は憎んでいると申し上げたが、私達は母ほどそれに支配されている訳ではない。今の君達の見せてくれた態度でそんな感情も薄れた。むしろ私個人としては君達の境遇には同情している」
 
「ありがとうございます……」
 
 橙子が表した歩み寄りに倣って柊達しゅうたつも少し涙交じりになって理解を示す。それが永には有り難かった。
 
「過去を水に流す──ことはできないし、もう二度と楓のようなことはあってはならない。ましてや息子が同じ目にあうなど絶対に御免被る!」
 
「それはもちろんです!」
 
 柊達に向けて永は力強く頷いた。
 それに満足したのか、柊達も最後には声音を和らげて言った。
 
「そうならないためにも、私達ができることは協力して差し上げよう。蔵を開放するから気のすむまで調べたらいい」
 
「──ありがとうございます!」
 
 永は許しを得た喜びを表す。鈴心も勢いよく一礼し、蕾生も静かに頭を下げた。
 
「なんや、父ちゃん!良かったわー、それならそうと早く言ってくれんと!長々ともったいぶって!」
 
 全てを台無しにする梢賢の呑気な言葉を柊達は一喝するように睨む。
 
「ピッ!」
 
 肩を震わせた梢賢の頬を優杞ゆうこが摘みながら凄んだ。
 
「お、ま、え、の、心配、を、していたんだろうが、馬鹿が!!」
 
「ひいいい、ふ、ふいまひぇん……」
 
 急なバイオレンスに三人が唖然としていると、優杞は我に返って誤魔化すように笑う。
 
「あら、いけない。オホホホ」
 
 雨都家はもしかしたら愉快な人達なのかもしれない、と三人は心の中で頷き合った。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する

清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。 たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。 神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。 悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】 ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です ※自筆挿絵要注意⭐ 表紙はhake様に頂いたファンアートです (Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco 異世界召喚などというファンタジーな経験しました。 でも、間違いだったようです。 それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。 誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!? あまりのひどい仕打ち! 私はどうしたらいいの……!?

処理中です...