35 / 174
第二章
2-15 楓石
しおりを挟む 息が詰まりそうなほどの沈黙の中、救世主が現れた。
「まま、これオレのお気に入りのジュースやねん。わざわざお取り寄せしてるんよ」
梢賢は「高級!」と書かれたラベルの瓶ジュースを手に戻ってきた。後からグラスを運んできた優杞とともに愛想笑いを浮かべて全員に注いで回る。
「はあ。いただきます」
永にしてもその笑顔が張り付いており、緊迫から微妙な雰囲気に格上げはしたがまだ居た堪れなかった。
そこで、梢賢は大袈裟にグラスをぐいっと飲み干して笑う。
「んー!これこれ!やっぱりんごジュースはこれやないとあかんわあ!」
「梢賢、さっきから黙って聞いていれば、なんだそのお笑い芸人みたいな喋り方は」
「ピッ!」
だが、父の柊達は更に不機嫌になって梢賢を睨みつける。
「馬鹿がますます馬鹿に見える。やめなさい」
「すいません!」
母の橙子からも辛辣な言葉が出て、梢賢は結局その場で縮こまった。アイデンティティとは何かを考えざるを得ない。
「まあいい。不肖の息子が色々と迷惑をかけたようですまなかった」
柊達は肩で大きく息を吐いて形式上謝った。
それに永達は恐縮しながら答える。
「あ、いえ!僕らこそ、また雨都の方にお会いできて本当に心強いです」
「毎度ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
永の謝辞と鈴心の侘言の後、ぼうっとしている蕾生を柊達が軽く睨んだ。
お前は何かないのかと言わんばかりだ。
「すいませんでした……」
仕方なく蕾生も頭を下げたが、具体的な事は言えなかった。
そうしてやっと橙子が口を開く。
「まあ、あらましは梢賢から聞いています。それに私が子どもの頃は叔母からも散々聞かされました」
「楓サンからですか?」
「ええ。母の目を盗んではいろいろとね。あの頃は御伽話のようで楽しく聞いていたものだけど、いざ息子が関わると思うとねえ……」
「……」
当然の言い分に、永は二の句が出なかった。
「ご存知かもしれないが、楓の姉である私達の母は二年前に亡くなっている。母は妹が受けた鵺の呪いを最期まで憎んでいた。その想いは代を変えても私達の根幹にあると承知おかれよ」
「はい……」
吊し上げの様ではあるが、永は甘んじてこれを受け入れる。その横で鈴心が控えめに申し出た。
「あの、ご迷惑でなければ、楓さんの墓前に参りたいのですが……」
「悪いが墓に行ってもらっても楓はいない」
「──え?」
ひたすら不機嫌なままの柊達の言葉に鈴心が聞き返すと、橙子が息子を促した。
「梢賢」
「ああ……」
短く返事をした後、梢賢は胸元から小さな石のついたペンダントを取り出した。それは翡翠のような色の石で、鈍く光っている。
「楓婆ならここや」
梢賢のその言葉の意味を永も鈴心も理解できなかった。
「ええ?」
「どういうことです?」
二人の様子に、橙子は眉を顰めながらも説明を始める。
「説明しなくてはわかりませんね。楓は鵺の呪いを受けて里に帰ってきましたが、徐々に体が弱っていき、遂には寝たきりになりました」
予め梢賢から聞いてはいたものの、具体的に表現されて、永はショックを隠せず、鈴心は一瞬で青ざめた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
「まま、これオレのお気に入りのジュースやねん。わざわざお取り寄せしてるんよ」
梢賢は「高級!」と書かれたラベルの瓶ジュースを手に戻ってきた。後からグラスを運んできた優杞とともに愛想笑いを浮かべて全員に注いで回る。
「はあ。いただきます」
永にしてもその笑顔が張り付いており、緊迫から微妙な雰囲気に格上げはしたがまだ居た堪れなかった。
そこで、梢賢は大袈裟にグラスをぐいっと飲み干して笑う。
「んー!これこれ!やっぱりんごジュースはこれやないとあかんわあ!」
「梢賢、さっきから黙って聞いていれば、なんだそのお笑い芸人みたいな喋り方は」
「ピッ!」
だが、父の柊達は更に不機嫌になって梢賢を睨みつける。
「馬鹿がますます馬鹿に見える。やめなさい」
「すいません!」
母の橙子からも辛辣な言葉が出て、梢賢は結局その場で縮こまった。アイデンティティとは何かを考えざるを得ない。
「まあいい。不肖の息子が色々と迷惑をかけたようですまなかった」
柊達は肩で大きく息を吐いて形式上謝った。
それに永達は恐縮しながら答える。
「あ、いえ!僕らこそ、また雨都の方にお会いできて本当に心強いです」
「毎度ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
永の謝辞と鈴心の侘言の後、ぼうっとしている蕾生を柊達が軽く睨んだ。
お前は何かないのかと言わんばかりだ。
「すいませんでした……」
仕方なく蕾生も頭を下げたが、具体的な事は言えなかった。
そうしてやっと橙子が口を開く。
「まあ、あらましは梢賢から聞いています。それに私が子どもの頃は叔母からも散々聞かされました」
「楓サンからですか?」
「ええ。母の目を盗んではいろいろとね。あの頃は御伽話のようで楽しく聞いていたものだけど、いざ息子が関わると思うとねえ……」
「……」
当然の言い分に、永は二の句が出なかった。
「ご存知かもしれないが、楓の姉である私達の母は二年前に亡くなっている。母は妹が受けた鵺の呪いを最期まで憎んでいた。その想いは代を変えても私達の根幹にあると承知おかれよ」
「はい……」
吊し上げの様ではあるが、永は甘んじてこれを受け入れる。その横で鈴心が控えめに申し出た。
「あの、ご迷惑でなければ、楓さんの墓前に参りたいのですが……」
「悪いが墓に行ってもらっても楓はいない」
「──え?」
ひたすら不機嫌なままの柊達の言葉に鈴心が聞き返すと、橙子が息子を促した。
「梢賢」
「ああ……」
短く返事をした後、梢賢は胸元から小さな石のついたペンダントを取り出した。それは翡翠のような色の石で、鈍く光っている。
「楓婆ならここや」
梢賢のその言葉の意味を永も鈴心も理解できなかった。
「ええ?」
「どういうことです?」
二人の様子に、橙子は眉を顰めながらも説明を始める。
「説明しなくてはわかりませんね。楓は鵺の呪いを受けて里に帰ってきましたが、徐々に体が弱っていき、遂には寝たきりになりました」
予め梢賢から聞いてはいたものの、具体的に表現されて、永はショックを隠せず、鈴心は一瞬で青ざめた。
===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
華都のローズマリー
みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。
新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
理不尽な異世界への最弱勇者のチートな抵抗
神尾優
ファンタジー
友人や先輩達と共に異世界に召喚、と言う名の誘拐をされた桂木 博貴(かつらぎ ひろき)は、キャラクターメイキングで失敗し、ステータスオール1の最弱勇者になってしまう。すべてがステータスとスキルに支配された理不尽な異世界で、博貴はキャラクターメイキングで唯一手に入れた用途不明のスキルでチート無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる