転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
23 / 174
第二章

2-3 珪の報告

しおりを挟む
 部屋の空気が凍りついたようだった。その雰囲気のままに墨砥ぼくとは報告を続ける。
 
鵺人ぬえびと雨都うとにとっては禁忌の存在。そして我ら眞瀬木ませきにしましても浅からぬ因縁がございます」
 
「そうねえ……」
 
「奴らに資実姫たちみひめ様の治める聖なる地を踏ませるなどもっての外。直ちに遠ざけ──」
 
 淡々と言う墨砥に梢賢しょうけんがその言葉を遮って反論した。
 
「ちょっと待ってよ!奴らだなんて言い方、あの子達はそんな危険な存在じゃ──」
 
「……」
 墨砥は先程よりも鋭い視線を投げて梢賢を黙らせた。
 
「──ッ!」
 
「よって直ちに遠ざけ──」
 
 しかし、その墨砥の言葉を遮って康乃やすのがよく通る声で語りかけた。
 
「梢賢ちゃん」
 
「は、はい」
 
「貴方から見て、そのお友達はどんな感じなの?」
 
 にっこりと笑って促す康乃の様子は高貴そのもので、その雰囲気に呑まれないようにするだけで精一杯だ。
 しかしここで毅然と彼らの弁護をしないと今後の望みは叶わないことを知っている梢賢は、姿勢を正して自らの知識を総動員した言語で語った。
 
「はい。見た目は三人とも素朴な高校生です。周防すおうはるかは聡明で一を聞いて十を知る御仁。ただ蕾生らいおは周防永に付き従い彼のためならどんな危険も厭わない勇敢な人物。御堂みどう鈴心すずねもまた周防永に忠誠を誓い影となって彼を支える奥ゆかしい人物です」
 
 言い切った、と梢賢は自画自賛しかけたが、それを聞いた康乃は笑顔のまま眉を顰めて首を捻っていた。
 
「んー……そういうんじゃなくて、その三人のこと、梢賢ちゃんは好き?」
 
「えっ!?っと、そうですね……まだ会って日も浅いのでなんとも、でも好きになれる──いえ、好きになりたいと思っています」
 
 唐突に聞かれて、梢賢は今日一日行動を共にした三人を思い出す。
 雨都の人間だから親切にしてくれるだろうと最初はたかを括っていた。だが、永は梢賢の境遇を理解しようとし、蕾生は梢賢の本質を見極めようとしていた。鈴心も言葉尻は厳しいものの、梢賢の悩みを真剣に聞いてくれた。
 
 あの三人は、雨都ではなく、梢賢を見てくれたように思う。それは、結構嬉しいことだと改めて梢賢は思った。
 そんな梢賢の気持ちが言葉に表れていたのか、康乃は満足そうに笑って言った。
 
「わかりました。許します」
 
「え!」
 
 あっさりと二つ返事で頷いた康乃に、墨砥は声を荒げて抗議した。
 
「なりません!五十年前の悲劇を、当時子どもとは言え御前なら覚えていらっしゃるでしょう!?」
 
「もちろん。この場で唯一覚えている私が許すのですよ?尊重してくださらない?ぼくちゃんは赤ちゃんだったでしょう?」
 
「御前!」
 
 まるで子どもをいなすように余裕の笑みで言う康乃に、墨砥はつい顔を赤らめて興奮した。
 荒れかけた場に、不意に若い男の声が響く。
 
「お父さん、康乃様がそうおっしゃるのだからよろしいではないですか」
 
「あ──」
 
 ゆっくりと畳を踏み締めて入ってくる人物を梢賢は複雑な気持ちで見つめた。
 
けい!勝手に入ってきてはいかん!」
 
 格式を重んじる墨砥は重要な会談の場に横槍が入ることを何より嫌う。それがたとえ実の息子でも。
 
「勝手にではないですよ、康乃様に呼ばれたんです。ねえ?」
 
 眞瀬木ませきけいはピシッとスーツを着こなして、四角い眼鏡に片手を添えながら入ってきた。口元は薄く笑っている。
 
「御前に馴れ馴れしいぞ、珪!」
 
「まあまあ、墨ちゃんもそんなに怒らないで」
 
「御前!!」
 
 真っ赤になって怒鳴っている墨砥に、康乃は笑顔で隠していた瞳を少し開いて真顔で言い放つ。
 
「今回の人物が鵺人だと言うことは珪ちゃんからの報告だって聞いてるんだけど?」
 
「それは──」
 
「だったら直接珪ちゃんから聞きたいと思わない?」
 
 康乃の真顔は瞬時に笑顔に戻っていた。だがその笑みは有無を言わさない圧力があった。それで墨砥は頭を冷やし、跪く。
 
「し、失礼しました……」
 
 梢賢はそのやり取りを聞いて、やはり珪の登場が素直に喜ぶべきものではないことを思い知った。








===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも
ファンタジー
森の奥で元聖女の祖母と暮らすセシルは幼い頃から剣と魔法を教え込まれる。それに加えて彼女は精霊の力を使いこなすことができた。 12才にった彼女は生き別れた祖父を探すために旅立つ。そして冒険者となりその能力を生かしてギルドの依頼を難なくこなしていく。 ある依頼でセシルの前に現れた黒髪の青年は非常に高い戦闘力を持っていた。なんと彼は勇者とともに召喚された異世界人だった。そして2人はチームを組むことになる。 基本冒険ファンタジーですが終盤恋愛要素が入ってきます。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

北畠の鬼神

小狐丸
ファンタジー
 その昔、産まれ落ちた時から優秀過ぎる故、親からも鬼子と怖れられた美少年が居た。  故郷を追われ、京の都へと辿り着いた時には、その身は鬼と化していた。  大江山の鬼の王、酒呑童子と呼ばれ、退治されたその魂は、輪廻の輪を潜り抜け転生を果たす。  そして、その転生を果たした男が死した時、何の因果か神仏の戯れか、戦国時代は伊勢の国司家に、正史では存在しなかった四男として再び生を受ける。  二度の生の記憶を残しながら……  これは、鬼の力と現代人の知識を持って転生した男が、北畠氏の滅亡を阻止する為に奮闘する物語。 ーーーーーーーーーーーーーーーー この作品は、中の御所奮闘記~大賢者が異世界転生をリメイクしたものです。  かなり大幅に設定等を変更しているので、別物として読んで頂ければ嬉しいです。

異世界立志伝

小狐丸
ファンタジー
 ごく普通の独身アラフォーサラリーマンが、目覚めると知らない場所へ来ていた。しかも身体が縮んで子供に戻っている。  さらにその場は、陸の孤島。そこで出逢った親切なアンデッドに鍛えられ、人の居る場所への脱出を目指す。

元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護
ファンタジー
主人公は持水薫、女30歳、独身。趣味はあらゆる物質の立体構造を調べ眺めること、構造解析研究者であったが、地震で後輩を庇い命を落とす。魂となった彼女は女神と出会い、話をした結果、後輩を助けたこともあってスキル2つを持ってすぐに転生することになった。転生先は、地球からはるか遠く離れた惑星ガーランド、エルディア王国のある貴族の娘であった。前世の記憶を持ったまま、持水薫改めシャーロット・エルバランは誕生した。転生の際に選んだスキルは『構造解析』と『構造編集』。2つのスキルと持ち前の知能の高さを生かし、順調な異世界生活を送っていたが、とある女の子と出会った事で、人生が激変することになる。 果たして、シャーロットは新たな人生を生き抜くことが出来るのだろうか? ………………… 7歳序盤まではほのぼのとした話が続きますが、7歳中盤から未開の地へ転移されます。転移以降、物語はスローペースで進んでいきます。読者によっては、早くこの先を知りたいのに、話が進まないよと思う方もおられるかもしれません。のんびりした気持ちで読んで頂けると嬉しいです。 ………………… 主人公シャーロットは、チートスキルを持っていますが、最弱スタートです。

処理中です...