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第二章
2-3 珪の報告
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部屋の空気が凍りついたようだった。その雰囲気のままに墨砥は報告を続ける。
「鵺人は雨都にとっては禁忌の存在。そして我ら眞瀬木にしましても浅からぬ因縁がございます」
「そうねえ……」
「奴らに資実姫様の治める聖なる地を踏ませるなどもっての外。直ちに遠ざけ──」
淡々と言う墨砥に梢賢がその言葉を遮って反論した。
「ちょっと待ってよ!奴らだなんて言い方、あの子達はそんな危険な存在じゃ──」
「……」
墨砥は先程よりも鋭い視線を投げて梢賢を黙らせた。
「──ッ!」
「よって直ちに遠ざけ──」
しかし、その墨砥の言葉を遮って康乃がよく通る声で語りかけた。
「梢賢ちゃん」
「は、はい」
「貴方から見て、そのお友達はどんな感じなの?」
にっこりと笑って促す康乃の様子は高貴そのもので、その雰囲気に呑まれないようにするだけで精一杯だ。
しかしここで毅然と彼らの弁護をしないと今後の望みは叶わないことを知っている梢賢は、姿勢を正して自らの知識を総動員した言語で語った。
「はい。見た目は三人とも素朴な高校生です。周防永は聡明で一を聞いて十を知る御仁。唯蕾生は周防永に付き従い彼のためならどんな危険も厭わない勇敢な人物。御堂鈴心もまた周防永に忠誠を誓い影となって彼を支える奥ゆかしい人物です」
言い切った、と梢賢は自画自賛しかけたが、それを聞いた康乃は笑顔のまま眉を顰めて首を捻っていた。
「んー……そういうんじゃなくて、その三人のこと、梢賢ちゃんは好き?」
「えっ!?っと、そうですね……まだ会って日も浅いのでなんとも、でも好きになれる──いえ、好きになりたいと思っています」
唐突に聞かれて、梢賢は今日一日行動を共にした三人を思い出す。
雨都の人間だから親切にしてくれるだろうと最初はたかを括っていた。だが、永は梢賢の境遇を理解しようとし、蕾生は梢賢の本質を見極めようとしていた。鈴心も言葉尻は厳しいものの、梢賢の悩みを真剣に聞いてくれた。
あの三人は、雨都ではなく、梢賢を見てくれたように思う。それは、結構嬉しいことだと改めて梢賢は思った。
そんな梢賢の気持ちが言葉に表れていたのか、康乃は満足そうに笑って言った。
「わかりました。許します」
「え!」
あっさりと二つ返事で頷いた康乃に、墨砥は声を荒げて抗議した。
「なりません!五十年前の悲劇を、当時子どもとは言え御前なら覚えていらっしゃるでしょう!?」
「もちろん。この場で唯一覚えている私が許すのですよ?尊重してくださらない?墨ちゃんは赤ちゃんだったでしょう?」
「御前!」
まるで子どもをいなすように余裕の笑みで言う康乃に、墨砥はつい顔を赤らめて興奮した。
荒れかけた場に、不意に若い男の声が響く。
「お父さん、康乃様がそうおっしゃるのだからよろしいではないですか」
「あ──」
ゆっくりと畳を踏み締めて入ってくる人物を梢賢は複雑な気持ちで見つめた。
「珪!勝手に入ってきてはいかん!」
格式を重んじる墨砥は重要な会談の場に横槍が入ることを何より嫌う。それがたとえ実の息子でも。
「勝手にではないですよ、康乃様に呼ばれたんです。ねえ?」
眞瀬木珪はピシッとスーツを着こなして、四角い眼鏡に片手を添えながら入ってきた。口元は薄く笑っている。
「御前に馴れ馴れしいぞ、珪!」
「まあまあ、墨ちゃんもそんなに怒らないで」
「御前!!」
真っ赤になって怒鳴っている墨砥に、康乃は笑顔で隠していた瞳を少し開いて真顔で言い放つ。
「今回の人物が鵺人だと言うことは珪ちゃんからの報告だって聞いてるんだけど?」
「それは──」
「だったら直接珪ちゃんから聞きたいと思わない?」
康乃の真顔は瞬時に笑顔に戻っていた。だがその笑みは有無を言わさない圧力があった。それで墨砥は頭を冷やし、跪く。
「し、失礼しました……」
梢賢はそのやり取りを聞いて、やはり珪の登場が素直に喜ぶべきものではないことを思い知った。
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「鵺人は雨都にとっては禁忌の存在。そして我ら眞瀬木にしましても浅からぬ因縁がございます」
「そうねえ……」
「奴らに資実姫様の治める聖なる地を踏ませるなどもっての外。直ちに遠ざけ──」
淡々と言う墨砥に梢賢がその言葉を遮って反論した。
「ちょっと待ってよ!奴らだなんて言い方、あの子達はそんな危険な存在じゃ──」
「……」
墨砥は先程よりも鋭い視線を投げて梢賢を黙らせた。
「──ッ!」
「よって直ちに遠ざけ──」
しかし、その墨砥の言葉を遮って康乃がよく通る声で語りかけた。
「梢賢ちゃん」
「は、はい」
「貴方から見て、そのお友達はどんな感じなの?」
にっこりと笑って促す康乃の様子は高貴そのもので、その雰囲気に呑まれないようにするだけで精一杯だ。
しかしここで毅然と彼らの弁護をしないと今後の望みは叶わないことを知っている梢賢は、姿勢を正して自らの知識を総動員した言語で語った。
「はい。見た目は三人とも素朴な高校生です。周防永は聡明で一を聞いて十を知る御仁。唯蕾生は周防永に付き従い彼のためならどんな危険も厭わない勇敢な人物。御堂鈴心もまた周防永に忠誠を誓い影となって彼を支える奥ゆかしい人物です」
言い切った、と梢賢は自画自賛しかけたが、それを聞いた康乃は笑顔のまま眉を顰めて首を捻っていた。
「んー……そういうんじゃなくて、その三人のこと、梢賢ちゃんは好き?」
「えっ!?っと、そうですね……まだ会って日も浅いのでなんとも、でも好きになれる──いえ、好きになりたいと思っています」
唐突に聞かれて、梢賢は今日一日行動を共にした三人を思い出す。
雨都の人間だから親切にしてくれるだろうと最初はたかを括っていた。だが、永は梢賢の境遇を理解しようとし、蕾生は梢賢の本質を見極めようとしていた。鈴心も言葉尻は厳しいものの、梢賢の悩みを真剣に聞いてくれた。
あの三人は、雨都ではなく、梢賢を見てくれたように思う。それは、結構嬉しいことだと改めて梢賢は思った。
そんな梢賢の気持ちが言葉に表れていたのか、康乃は満足そうに笑って言った。
「わかりました。許します」
「え!」
あっさりと二つ返事で頷いた康乃に、墨砥は声を荒げて抗議した。
「なりません!五十年前の悲劇を、当時子どもとは言え御前なら覚えていらっしゃるでしょう!?」
「もちろん。この場で唯一覚えている私が許すのですよ?尊重してくださらない?墨ちゃんは赤ちゃんだったでしょう?」
「御前!」
まるで子どもをいなすように余裕の笑みで言う康乃に、墨砥はつい顔を赤らめて興奮した。
荒れかけた場に、不意に若い男の声が響く。
「お父さん、康乃様がそうおっしゃるのだからよろしいではないですか」
「あ──」
ゆっくりと畳を踏み締めて入ってくる人物を梢賢は複雑な気持ちで見つめた。
「珪!勝手に入ってきてはいかん!」
格式を重んじる墨砥は重要な会談の場に横槍が入ることを何より嫌う。それがたとえ実の息子でも。
「勝手にではないですよ、康乃様に呼ばれたんです。ねえ?」
眞瀬木珪はピシッとスーツを着こなして、四角い眼鏡に片手を添えながら入ってきた。口元は薄く笑っている。
「御前に馴れ馴れしいぞ、珪!」
「まあまあ、墨ちゃんもそんなに怒らないで」
「御前!!」
真っ赤になって怒鳴っている墨砥に、康乃は笑顔で隠していた瞳を少し開いて真顔で言い放つ。
「今回の人物が鵺人だと言うことは珪ちゃんからの報告だって聞いてるんだけど?」
「それは──」
「だったら直接珪ちゃんから聞きたいと思わない?」
康乃の真顔は瞬時に笑顔に戻っていた。だがその笑みは有無を言わさない圧力があった。それで墨砥は頭を冷やし、跪く。
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