転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
16 / 174
第一章

1-15 うつろ神

しおりを挟む
すみれさん、こいつらにちょっと教えてやってくださいよ。うつろ神さんのこと」
 
 梢賢しょうけんがそう促すと、菫は少し姿勢を正して語り始める。
 
「いいわよ、少しだけね。うつろ神様は聖なる獣でね、お顔は狒々、手足が猛虎、体は野猪、尾が大蛇というお姿でね、いつか世の中が終わりを迎える時に天から降りてきて私達をお救いくださるの」
 
「はあ……なるほど」
 
 初めて聞く単語だった「うつろ神」とはつまりぬえのことを指している。鵺信仰の話だと思いながらはるかは続きを聞くことにした。
 
「うつろ神様が救ってくださるのは徳を積んだ存在だけなのよ。だから普段から善い行いをしていかなければならないの」
 
「限られた人だけを救うのですか?」
 
 鈴心すずねは思わず首を捻りながら聞いてしまった。そんな限定的な神はおろか仏も聞いたことがないからだ。だが、菫は当然のように頷いた。
 
「そうよ。何もできない凡庸な存在はうつろ神様にとっては必要ないの。だから、うつろ神様に相応しい存在にならなくてはならないの」
 
「はあ……」
 
 一般的な神仏と決定的に違う教えに鈴心は生返事で首を捻り続けている。
 
「だから私達親子は毎日努力して善行をつみ、うつろ神様のお側にいけるように日々修行してるのよ」
 
 そもそも神仏に対して人間が行う修行というものは、人間側が神仏に近づくために自ら精進するものである。
 この国では自然に対してそういう信心が生まれることが多いのだから、神そのものが人に対して存在を定義し押しつけるような教えは聞いたことがない。
 
 そこまで聞いて蕾生らいおも白けてしまった。これでは典型的な詐欺前提の新興宗教だ。神秘の存在として教祖を設定し、教祖のみを尊ぶような教えは危険性を多分に孕んでいる。
 
 蕾生が呆れるように溜息をついたので、鈴心はそれを注意する意味で誰にも見えないようにその背中をつねった。
 そんな二人のやり取りを横目に、永は冷静に情報を引き出そうとする。
 
「修行と言うと、どんなことを?」
 
「それは言えないわ。雨辺うべ家の秘技だから。ごめんなさいね」
 
「そうなんですか……」
 
 殊勝な態度とは裏腹に、永は心の中で舌打ちをした。
 続いて菫は梢賢に向き直り、とんでもないことを話し始める。
 
「梢ちゃん、雨都うとの人達はどうなの?貴方みたいにうつろ神様を信仰してくれるといいんだけど」
 
 梢賢がうつろ神を信仰しているなんて話は聞いていないので、永達三人はギョッとして梢賢を見た。
 
「え!?いやあ、なかなかすぐにはねえ。オレも機会を伺ってるんですけどねえ?」
 
 三人からの視線を浴びてしどろもどろになった梢賢は愛想笑いで誤魔化そうとしていた。
 すると菫は今日一番の饒舌になって言う。
 
「そうねえ、随分長いことすれ違ってきてしまったものねえ。でも梢ちゃんの代になったら変わるわよね?そうしたら葵を里に迎えてくれるんでしょう?」
 
「そうですねえ、もちろん菫さん達が里に住んでくれるのは歓迎なんですけどー……」
 
「楽しみだわ、明日からいっそう修行に精を出さなくちゃ!」
 
「あ、まあ、ほどほどに……適度な感じで……ね?」
 
 一人で盛り上がる菫に、たじろぎながら曖昧な返事を繰り返す梢賢を、三人は冷ややかな視線で刺した。







===============================
お読みいただきありがとうございます
感想、いいね、お気に入り登録などいただけたら嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

ぼっちな幼女は異世界で愛し愛され幸せになりたい

珂里
ファンタジー
ある日、仲の良かった友達が突然いなくなってしまった。 本当に、急に、目の前から消えてしまった友達には、二度と会えなかった。 …………私も消えることができるかな。 私が消えても、きっと、誰も何とも思わない。 私は、邪魔な子だから。 私は、いらない子だから。 だからきっと、誰も悲しまない。 どこかに、私を必要としてくれる人がいないかな。 そんな人がいたら、絶対に側を離れないのに……。 異世界に迷い込んだ少女と、孤独な獣人の少年が徐々に心を通わせ成長していく物語。 ☆「神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです」と同じ世界です。 彩菜が神隠しに遭う時に、公園で一緒に遊んでいた「ゆうちゃん」こと優香の、もう一つの神隠し物語です。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

処理中です...