転生帰録2──鵺が嗤う絹の楔

城山リツ

文字の大きさ
上 下
1 / 174
プロローグ

うつろがたり

しおりを挟む
 とある川のほとりを一人の僧が歩いていた。
 諸国を巡る修行の中で訪れたこの川は、流れも激しく泥で濁り、不気味な色をしている。

 もうすぐ日が暮れる。
 世捨て人のような出立いでたちの身ではろくに宿にも泊まれない。

 この川のほとりにあるお堂なら泊まってもよいと里人に言われた。そこは夜半になると光る化け物が出ると言う。
 坊さんにはうってつけだろうと言う里人の嘲りも、全てはこの身の修行のためとありがたく拝謝して僧はその場所を目指していた。

 お堂とはよく言ったものだ。僧は朽ちかけた荒屋に腰を落ち着かせ、旅の疲れから微睡み始めた。
 
 どのくらい経ったのだろう。ギイギイと舟を漕ぐ音がして僧は目を覚ました。川の方を見ると、朽ちた丸木舟が漕ぎ寄せられていた。その上に仄かに光る人のようなものが立っている。
 
 さてはこれが化け物か。
 僧はこれも縁と思ってその舟に近寄った。

 僧の姿に気づいた仄かに光る人のようなものは、その光をやや和らげて僧に向かって呟いた。
 
「……繰り返す」
 
 その姿は化け物などではなく、美しい人間の男だった。
 ただ、その纏っている衣服は見たことがなかった。

 ゆったりとした麻地のような狩衣かりぎぬを直接着ているようだが、小袖こそでのように短い。
 括り袴くくりばかまのようなものを穿いているが丈が長く指貫さしぬきのようだ。
 
 見目麗しい貴公子のような面差しだが、無造作に伸びた髪が奇妙で、更にそれを留めている巻き布の紋様も見たことがなく不可解だった。

「……繰り返す」
 
 何を、と聞いてみる。
 男は僧の方を見るでもなく、かと言って遠くを見るでもない。自らに言い聞かせるように呟く。
 
「私は、繰り返すだけ……」
 
 もう一度、何を、と聞いてみる。
 男は独り言のように呟き続けた。
 
「生まれ……殺し……そして死ぬ。また生まれ……殺し……すぐに死ぬ」
 
 何に生まれるのか。
 
「呪いの……成れの果て」
 
 その姿がそうなのか。
 
「私では……ない。私の……成れの果て」
 
 どんな姿なのか。
 
「黒い……黒い獣。私という呪いの……成れの果て」

 
 男の視線に生気は感じられなかった。僧はどこか異国の亡者ではないかと考える。
 
「繰り返す……ただ、繰り返す」
 
 お前はどこから来たのか。
 
「わからない……。ここが何処かも、わからない……」
 
 このまま舟に乗ってどこへ行くのか。
 
「呪いの果てへ……あの者達を連れて……」
 
 誰を。
 
「私の……した者……、私を……した者、私に……った者」
 
 その声は段々と聞こえなくなっていく。

 
 僧が男の言葉に囚われている隙に、丸木舟は再び川に流されていく。
 
「呪いは……れる……な……」
 
 男の言葉はもう意味を為さなくなっていた。それでも僧は男の言葉を聞こうと耳を立てる。
 
 僧の心が通じたのか、最後に男ははっきりとした言葉を紡いで消えた。

 
「すまない……」

 
 後には川のサアサアと流れる音ばかりが響く。
 僧は男が消えた先を思いやって静かに念仏を唱えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

処理中です...