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Meets04 毒舌師範
17 逆に無理
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ぱーん。すぱぱーん。
花火の音が空にとどろく。今日は待ちに待った武道大会!
「待ってねえし!」
ミチルはヤケクソ状態で会場に来ていた。
他の弟子達も一緒にここまで来たが、当然ミチルは仲間はずれ。
ぼっち環境には耐性があるけれど、ヒソヒソと隠さない陰口を叩かれ続けて、精神はすでに疲労困憊していた。
丹田に気を溜めることが出来たからと言って、なんだって言うんだ。
だいたい、昨夜と同じことを一人でやれと言われても出来る自信がない。
先生からの熱い導きで成功しただけ。まぐれ。偶然。
夜が明ければ、その感覚も忘れてしまった。
ミチルの自信はあっさり砕け散り、大会に出てもボコボコにされる結果しか見えてこない。
「……逃げちゃおっかな」
弟子達は誰もミチルのことなど気にしていない。そおっと踵を返すのも可能なのでは……?
「シウレン、何をしている」
「はひっ!」
視線をちょっと後ろにやっただけなのに、ミチルはジンに見つかった。
そうだった。どんなにセクハラ師範でも達人は達人。
ジンの目を盗んで逃亡など、できるはずがなかった。
「もっと胸を張れ。貴様は優勝候補なんだぞ」
弟子達をかき分けて、わざわざ最後尾のミチルに近づくジン。
そんな特別扱いを目の当たりにした弟子達の、激しく鋭い嫉妬の視線がミチルに刺さる。
「ひえええ……」
もう、怖い!
対戦する前に、コイツらからリンチされたらどうしよう!
そんなミチルの恐怖の顔を、試合前の緊張ととったジンはその手を優しく引いて言った。
「昨夜の稽古を思い出せ。さすれば貴様が負ける道理はない」
昨夜の稽古ですってえ!?
この泥棒猫ッ!!
──そんな心の声が、他の弟子達から一斉にミチルに注がれる。
あかん。無事に済むためには先生の側を離れない方がいい。逆に。
ミチルは針山の上を歩くような気持ちで、ジンの腕にすがりついた。
「さあ、優勝して陛下の御前へと赴くのだ!」
上機嫌のジン。二重の恐怖に怯えるミチル。ドス黒い嫉妬の感情渦巻く少年達。
異様な雰囲気を放つ集団は、いよいよ武道大会の出場受付へと入っていった。
ミチルが知っている武道大会と言えば、例の元気な気を飛ばす少年が出場した〇〇一武闘会だが、今日の大会は趣が違う。
屋内であるし、板張りの床をいくつかの区画でわけ、そこで一対一の試合を行うようだった。
畳はないものの、雰囲気は大きなタマネギの下の会場に似ている。もっとも、ミチルはそこに歌を聞きに行くことすらした事がないけれど。
「はひはひ……」
会場には多くの参加者が集っていた。さながら柔道の全国大会のよう。いや、空手かな? どっちでもいい!
ミチルは会場の雰囲気に飲まれてしまって、ドッキドキのガッチガチ。
ジンの弟子達は思い思いに準備運動をしているけれど、そんな頭すらもミチルは回っていない。
ぼわわーん
大きな銅鑼が叩かれて、試合が開始された。
一気に参加者達のボルテージが上がっていく。
熱気がムンムン高まる中、ガッチガチがとれないミチルにジンが声をかけた。
「シウレン、出番だ」
「えっ!? も、もうですか?」
「貴様は実績がないからな。シード権がない。第一試合から参加だ」
「おぼろろろ……」
緊張し過ぎてすでに吐きそうなミチルの背を、ジンはポンと叩いて送り出す。
「軽くひねってこい」
「むりぃいい……」
できるなら、今すぐ逃げだしたい。
だが、こんな衆人環視の前でそうする度胸もミチルにあるはずがない。
結局、ミチルは辿々しい足取りで、選手のバミリ位置に行くしかなかった。(※あれはバミリではありません。開始線です)
ミチルが対面した相手は、10歳くらいの少年だった。
二人の試合を注目しているのはジンくらいで、他の選手も観客も別の試合で騒いでいる。
という事は、彼もミチルと同じ、実績のない初心者の可能性が高い。
ていうか、オレ、これでも18なんだけど! 10歳の子どもとどうやって戦えと!?
逆に無理くね? 怪我させちゃったらどうしたらいい?
「はじめぇ!」
ミチルの狼狽えを他所に、無慈悲にも審判の声が響く。
仕方なくミチルはちょっと構えて様子を見た。
「ええっとぉ……」
どうしよう。上半身を殴るのは絶対ダメだろうな。
下半身かあ……細い足だなあ。蹴ったら折れるんじゃない?
「むむむ……」
ああ、そうだ。ちょっと足払いして転ばせたらどうだろう。
そんで、なんかうまいこと押さえ込めば、体重差があるから勝てるかな?
「よし」
作戦が決まったミチルは、目の前で真面目に構えている少年にゆっくり近づいた──はずだった。
「……え?」
ミチルの目の前から、彼の姿はすでにない。
いない、と思った時には遅かった。少年特有の高い声が、ミチルの後ろで囁くように耳元で響く。
「ウフフ、残念だったね、優しいオニイサン」
「──」
「バイバイ」
その少年は、一瞬でミチルの背後に回り込んで、軽々とジャンプしていた。
小さな手刀が、ミチルの背中に当たる。
「……」
「シウレン!」
先生?
「シウレン!!」
先生が呼んでる。
でも、どこ?
真っ暗で、何も見えない──
ミチルの体は、冷たい床に静かに倒れた。
だが、ミチルはその冷たささえ知覚することなく、意識を失った。
花火の音が空にとどろく。今日は待ちに待った武道大会!
「待ってねえし!」
ミチルはヤケクソ状態で会場に来ていた。
他の弟子達も一緒にここまで来たが、当然ミチルは仲間はずれ。
ぼっち環境には耐性があるけれど、ヒソヒソと隠さない陰口を叩かれ続けて、精神はすでに疲労困憊していた。
丹田に気を溜めることが出来たからと言って、なんだって言うんだ。
だいたい、昨夜と同じことを一人でやれと言われても出来る自信がない。
先生からの熱い導きで成功しただけ。まぐれ。偶然。
夜が明ければ、その感覚も忘れてしまった。
ミチルの自信はあっさり砕け散り、大会に出てもボコボコにされる結果しか見えてこない。
「……逃げちゃおっかな」
弟子達は誰もミチルのことなど気にしていない。そおっと踵を返すのも可能なのでは……?
「シウレン、何をしている」
「はひっ!」
視線をちょっと後ろにやっただけなのに、ミチルはジンに見つかった。
そうだった。どんなにセクハラ師範でも達人は達人。
ジンの目を盗んで逃亡など、できるはずがなかった。
「もっと胸を張れ。貴様は優勝候補なんだぞ」
弟子達をかき分けて、わざわざ最後尾のミチルに近づくジン。
そんな特別扱いを目の当たりにした弟子達の、激しく鋭い嫉妬の視線がミチルに刺さる。
「ひえええ……」
もう、怖い!
対戦する前に、コイツらからリンチされたらどうしよう!
そんなミチルの恐怖の顔を、試合前の緊張ととったジンはその手を優しく引いて言った。
「昨夜の稽古を思い出せ。さすれば貴様が負ける道理はない」
昨夜の稽古ですってえ!?
この泥棒猫ッ!!
──そんな心の声が、他の弟子達から一斉にミチルに注がれる。
あかん。無事に済むためには先生の側を離れない方がいい。逆に。
ミチルは針山の上を歩くような気持ちで、ジンの腕にすがりついた。
「さあ、優勝して陛下の御前へと赴くのだ!」
上機嫌のジン。二重の恐怖に怯えるミチル。ドス黒い嫉妬の感情渦巻く少年達。
異様な雰囲気を放つ集団は、いよいよ武道大会の出場受付へと入っていった。
ミチルが知っている武道大会と言えば、例の元気な気を飛ばす少年が出場した〇〇一武闘会だが、今日の大会は趣が違う。
屋内であるし、板張りの床をいくつかの区画でわけ、そこで一対一の試合を行うようだった。
畳はないものの、雰囲気は大きなタマネギの下の会場に似ている。もっとも、ミチルはそこに歌を聞きに行くことすらした事がないけれど。
「はひはひ……」
会場には多くの参加者が集っていた。さながら柔道の全国大会のよう。いや、空手かな? どっちでもいい!
ミチルは会場の雰囲気に飲まれてしまって、ドッキドキのガッチガチ。
ジンの弟子達は思い思いに準備運動をしているけれど、そんな頭すらもミチルは回っていない。
ぼわわーん
大きな銅鑼が叩かれて、試合が開始された。
一気に参加者達のボルテージが上がっていく。
熱気がムンムン高まる中、ガッチガチがとれないミチルにジンが声をかけた。
「シウレン、出番だ」
「えっ!? も、もうですか?」
「貴様は実績がないからな。シード権がない。第一試合から参加だ」
「おぼろろろ……」
緊張し過ぎてすでに吐きそうなミチルの背を、ジンはポンと叩いて送り出す。
「軽くひねってこい」
「むりぃいい……」
できるなら、今すぐ逃げだしたい。
だが、こんな衆人環視の前でそうする度胸もミチルにあるはずがない。
結局、ミチルは辿々しい足取りで、選手のバミリ位置に行くしかなかった。(※あれはバミリではありません。開始線です)
ミチルが対面した相手は、10歳くらいの少年だった。
二人の試合を注目しているのはジンくらいで、他の選手も観客も別の試合で騒いでいる。
という事は、彼もミチルと同じ、実績のない初心者の可能性が高い。
ていうか、オレ、これでも18なんだけど! 10歳の子どもとどうやって戦えと!?
逆に無理くね? 怪我させちゃったらどうしたらいい?
「はじめぇ!」
ミチルの狼狽えを他所に、無慈悲にも審判の声が響く。
仕方なくミチルはちょっと構えて様子を見た。
「ええっとぉ……」
どうしよう。上半身を殴るのは絶対ダメだろうな。
下半身かあ……細い足だなあ。蹴ったら折れるんじゃない?
「むむむ……」
ああ、そうだ。ちょっと足払いして転ばせたらどうだろう。
そんで、なんかうまいこと押さえ込めば、体重差があるから勝てるかな?
「よし」
作戦が決まったミチルは、目の前で真面目に構えている少年にゆっくり近づいた──はずだった。
「……え?」
ミチルの目の前から、彼の姿はすでにない。
いない、と思った時には遅かった。少年特有の高い声が、ミチルの後ろで囁くように耳元で響く。
「ウフフ、残念だったね、優しいオニイサン」
「──」
「バイバイ」
その少年は、一瞬でミチルの背後に回り込んで、軽々とジャンプしていた。
小さな手刀が、ミチルの背中に当たる。
「……」
「シウレン!」
先生?
「シウレン!!」
先生が呼んでる。
でも、どこ?
真っ暗で、何も見えない──
ミチルの体は、冷たい床に静かに倒れた。
だが、ミチルはその冷たささえ知覚することなく、意識を失った。
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