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第一章 北の埋み火なり

14、伊達の出兵

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 佐助こと木場あかね君の乗った流星号は真田湊から伊達が居城を構える仙台に向けて飛行している。流星号は白いボディーの円盤型である。
 ひょっとしてUFOって、これのことだったのか。
 「そうかも知れないなりね。タイム・マシンが開発された以上、あたしたちの時代にも未来からの調査が入っていても不思議はないなり。」
 なんとなく夢が壊れたような気もするが仕方がない。
 「それよりも早くファクトリーの隊員を十七世紀に送りたいなり。今のところ現地に潜入してるのは三人なり。人民解放軍のお世話になってるけど、これでは歴史介入は出来ないなり。」
 タイム・マシンは小型だから大人数や大きな荷物は運べないからな。人民解放軍だって何度も往復して千人程度を常駐させている程度だ。

 「キム博士、ニルヴァーナはまだなりか?」
 「昨日、ムガンダを出港したしたところです。」
 キム博士がキーボードに屈みこんだまま答えた。
 ニルヴァーナってなんだ?
 「まほろば作戦のためにキム博士が開発したタイムマシンなりよ。日本はタイムマシンの保有を許されていないから、ムガンダ王国の所有にしてあるのだ。」

 ムガンダ王国、アフリカ東岸にある小さな王国だ。三十年ほど前。岩見獣太郎氏のビースト・コンツェルンはムガンダの開発に着手している。
 ムガンダの鉱山から採れるガンダリュウムというレア・メタルを掘り出すことが目的だった。当時は、それほど注目されなかったガンダリュウムはタイムマシンの開発により脚光を浴びることになる。時空転換装置タイム・ホイールの製造にはガンダリュウムが不可欠だったのだ。
 アフリカの貧しい小国だったムガンダは瞬く間に裕福な国になった。女王メタス三世は岩見獣太郎を国家の恩人として扱い、ビースト・コンツェルンはムガンダのあらゆる産業を一手に取り仕切っている。ムガンダはビースト・コンツェルンの企業城下町のような国なのだ。
 タイム・マシンに必要なガンダリュウムの八十七パーセントを産出するムガンダは、タイム・マシン保有国である大国にも臆することなく発言した。国連時空監視委員会はムガンダのタイム・マシン保有を認めざるを得なかった。
 女王メタス三世は今では国連時空監視委員会のメンバーでもある。女王は歴史の重みを知る学者肌であり、歴史改変には慎重な立場をとった。ガンダリュウムの輸出には制限を設けていたのだ。
 「それだけじゃないですよ。」
 キム博士が口をはさんだ。
 「タイム・マシンの技術は今後、様々な分野で応用されようとしています。例えば、時空の移転が出来るわけですから空間の移転も可能なのです。」
 ドアを開ければどこにでも行けるような装置ができるのか?
 「できますよ。それからエネルギーを阻害なく伝達することもね。」
 うむ。完璧に理解した!
 「ほんとはよく分かってないなりね。」
 うるさい!

 ニルヴァーナ、サンスクリット語で「涅槃」を意味する仏教用語だ。インドのダルメンダル博士の命名だろうか。
 どちらにしてもタイム・マシンは船に揺られて日本へ航海中というわけか。
 伏見城の作戦本部とムガンダ籍のタイム・マシン・・・
 けもの財団の総力を結集して、まほろば作戦は遂行されているということだ。


 「あかねちゃんが仙台に到着したなり。これから伊達光宗君と会うなり。」
 仙台城である。
 仙台城は青葉山に築城された堅牢な城ではあったが、天守閣を持たない。伊達政宗は天守閣を無用とした。伊達政宗は城よりも水軍の充実を目指したからだ。
 本丸御殿の庭にお小姓を従えた伊達光宗がいる。佐助こと木場あかね君は片膝を着いてその場に控えていた。忍者装束もなかなか似合っている。
 「佐助とやら、これが真田殿からの書状か。」
 光宗は真田幸昌のしたためた書状を丹念に読んだ。書状は上海での織田信光の決定知らせるものだった。要点は、援軍と引き換えに松前藩は特許状を返上すること、援軍には奥州探題・伊達家に命が下ること。
 「ほう、特許状の返上とは吉報じゃ。しかし、出兵の義はいかがいたすかの。」
 書状には詳細は使いの者に尋ねるようにとある。書状が奪われた場合、伊達と真田の密約が露見する危険があるからだ。
 「はっ、伊達殿にはゆるゆる出陣の支度をなさるようお伝えせよと申し使っております。」
 「上海からの使者が来るまでには十日ほど間があろう。それからゆるゆると戦支度をするということか。つまり、様子見をせよということか?」
 「いえ、そうではございませぬ。松前城陥落までお待ち願いたいということでございます。」
 「松前城陥落じゃと。この書状にはアイヌ勢二千、松前勢一千と書いてあるではないか。城を落とすには攻め手は三倍の兵力を以ってするのが戦の常道。」
 「アイヌ勢には真田幸村殿と鄭成功殿が加勢しております。」
 「真田は交易商人じゃ。今から傭兵を集めたとしても間に合うまい。いかに真田と鄭の力とて、即時に一千の兵力を投入できるわけでもあるまい。」
 佐助こと木場あかね君は、地面を指でなぞって三文字を書いた。
 地面を見つめる伊達光宗の表情が変わっていく。
 「承知した! 真田殿にお伝えせよ。この伊達光宗、松前城陥落に合わせて押っ取り刀で駆け付けた振りをするとな。」
 光宗の言葉が終わるか終わらないうちに佐助の姿が空に向かって舞い上がった。
 ファクトリーの相場剣介隊員の操縦するドローンに釣り上げられたのだ。
 庭に控えていたお小姓衆が驚きの声を上げた。
 「真田忍法か。恐るべき奴じゃ。」
 空に消えていく佐助を見送りながら、伊達光宗は呟いた。

 
 伊達にとっても特許状を振りかざす松前藩は目の上のたんこぶでなのだ。松前城が陥落すれば特許状だけでなく松前藩をも葬り去ることができると光宗は踏んだ。
 アイヌとの交易は伊達家に巨万の富をもたらす。金肥として利用されるニシン、昆布の出汁の旨さは帝国の隅々まで知れ渡り人々の舌を満足させた。さらに伊達家では新商品を開発していたのである。シャケを塩漬けにし保存食として売り出そうとしていたのだ。これが伊達の新巻鮭として帝国中の食卓を賑わすのはもう少し後のことである。
 だがそれだけではない。政宗以来、アイヌとの対等の交易を家訓としてきた伊達家は松前藩の非道なアイヌ支配を嫌い続けてきたのだ。
 松前藩の交易はアイヌにノルマを課していた。ニシンを百尾、昆布を三百枚なとというふうにだ。ノルマが達成できなかったアイヌは不足分に罰金を課された。罰金は松前藩からの借金で払わざるを得なかった。
 三河屋が参入すると収奪はさらに苛斂誅求かれんちゅうきゅうを極めた。借金が返せなかったアイヌは息子や娘をかたに取られたのだ。男は劣悪な環境で死ぬまで働かされ、女は女郎として売られた。つまり奴隷状態に置かれたわけだ。
 これは碧海時空だけではなく、改変前の歴史でも同じだったのだ。江戸時代に蝦夷地を探検した松浦武四郎の記録に残っているし、徳川幕府も松前藩の非道を問題視していたのだ。

 「やっぱり松前藩は潰すしかないなりね。」
 戸部典子は憤懣やるかたない。
 「従軍慰安婦問題でも同じなのだ。日本人の一部は『あれは売春婦だったから性奴隷じゃない』って言う輩がいるなり。誰も好き好んで売春婦になったりしないなりよ。家が貧しいから売られて行ったのだ。朝鮮半島は日本の植民地だったし、日本人からすれば朝鮮人は異民族だったなり。歴史はいつでも同じ構造で出来ているなり。植民地時代の朝鮮半島と十七世紀の蝦夷地は同じ構造でできているのだ。それは異質なものを自分たちの下に見て人間扱いしないことなり。絶対に許してはいけない事なり!」
 戸部典子は途中から感情が溢れ出したのか、涙をポロポロこぼしながら言った
 その言葉をを聞いたキム博士が立ち上がった。
 「うれしいです。日本人からその言葉が聞けて!」
 しかし、戸部典子の想像力にキム博士の考えは及ばない。
 「キム博士は勘違いしてるなり。これは日本と韓国の対立じゃないなり。戦争と戦争で誇りを傷つけられた女の戦いなり。ナショナリズムは関係ないのだ。」
 ははは、一本取られたな、キム博士。
 戸部典子君はああいう奴なんだ。
 彼女はいつも正しい。馬鹿だけど。
 「ええ、アタマをガツンとやられた気分です。僕にも少しずつ見えてきましたよ。ナショナリズムを超える視点が・・・」
 そうだ、歴史改変の意義はそこにあるのだ。


 相場剣介隊員と合流した木場あかね君は、伊達光宗の伝言を相場隊員に託し、自分は真田幸村のもとへ向かった。
 「才蔵殿、よろしく頼みましたぞ。」
 「佐助、任しとけ!」
 いつの間にか相場剣介隊員が霧隠才蔵になっている。真田十勇士ごっこだな。
 それにしても、木場あかね隊員の時代劇言葉は板についているな。
 「あたしが教えたなり。」
 おまえより様になってるぞ。
 
 皇帝の勅使が伊達光宗を訪れたのは、光宗が予測した通り十日後のことであった。
 勅使は上座に立ち、皇帝の命を伝えた。
 「奥州探題・伊達光宗、謹んで皇帝の命を承りましてございます。」
 伊達光宗は平伏して勅諚を受け取り、ゆるゆると出兵の準備を始めたのである。
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