続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優

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第一章 北の埋み火なり

10、真田の海

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 真田信繁の長男・真田大輔は長じて幸昌を名乗った。
 幸昌が武将の道を棄てて袁崇煥の下を去ったのは一六三九年のことである。弟分であった鄭芝龍に導かれた幸昌は、李旦の商船団に加わることになった。
 李旦は真田信繁とともに北アメリカ大陸からベーリング海峡を越えてシベリアへ、そして沿海州沿いを下って上海までたどり着いた北方探査の船団長であった人物である。その航海には少年だった真田大輔と鄭芝龍も同行していた。幸昌にとって李旦の商船団は古巣のようなものである。
 「幸昌君の人生は、あそこで再スタートしたなりね。」
 そうだな、おまえは幸昌の旅立ちを涙で見送ったのだからな。

 李旦は北方探査の経験から、北との交易に「利あり」と結論付けていたのだ。
 彼は満州のさらに北に良港となるべき入り江を見つけた。現在のウラジオストックである。
 この港は冬でも凍ることのない不凍港であった。改変前の歴史ではアヘン戦争の終結とともに締結された北京条約のおこぼれで、ロシアがこの港を手に入れる。ここにアジアにとってのロシアの脅威が始まったと言っていいだろう。
 この地には、七世紀から十世紀にかけて渤海国があった。渤海国は日本の朝廷に朝貢し平安時代には渤海使が何度も日本を訪れている。
 「渤海国は歴史のテストにたまに出るなり。引っ掛け問題にも使われるなりね。」
 問題を作る側から言うと、位置が少しだけ高句麗と被っているいるところが引っ掛け易いんだ。渤海国は高句麗の東部から満州、さらに北を版図とした古代王国である。

 李旦はここに港を開いたのだが、この時代、珍しい動物の毛皮を求めてロシアの商人たちが南下しつつあった。彼らは馬術に優れたコサック人であり、勇猛な騎兵団を構成していた。
 港の防衛のために要塞化する必要に迫られた李旦だったが、海で生きてきた男に陸戦の経験はなかった。
 真田幸昌が、かつてこの地にあった渤海国の城跡を見つけた。城跡は石垣を備えた堅固な城であった。城からは港を見下ろすことができる。城跡を修復した幸昌は、そこに三重四階の天守閣を築いたのだ。
 正幸はこの城を真田城と名付け、李旦は港を真田湊とした。真田信繁・幸昌親子の活躍により真田の武名は帝国に轟いており、真田の名を冠することは帝国に対するアピールだと考えたのだ。
 メイン・モニターに真田湊の空撮映像が映った。李博士が送ってくれたのだ。
 「小さいけどカッコいい城なり。城門は信州上田城を彷彿とさせるなり。」

 やがて李旦にも死が訪れる。李旦は真田湊を幸昌に、商船団を鄭芝龍に継がせた。交易で築いた巨万の富は真田及び鄭の両家が管理することを遺言としたのだ。
 陸の真田と海の鄭、両者は荷車の両輪の如く連携し、北の交易を発展させてきたのだ。

 鄭艦隊は沿海州を北上し樺太に至り、さらに蝦夷地に交易を広げていった。
 沿海州という呼び名はロシアが名付けたものである。
 帝国ではこの地を「山丹」と呼ぶ。山丹の呼び名は真田信繁の命名なのである。

 信長の北伐の後、沿海州から蝦夷地を探索した信繁は、沿海州に住まうギリヤーク人と出会った。そして、その後出会ったアイヌの人々から、
 「彼らは『隣の国の人(シャム・タン・ズィン)』だ」
 と教えられた。信繁は「さんたん人」と帳面に書き込んだのだ。
 信繁の北方探査報告種を読んだ帝国の官僚たちは「山丹」の文字を附したのである。
 以降、満州の北の広大な地域は山丹と呼ばれるようになった。
 「山丹は王様も皇帝もいない地域なりね。部族社会から抜け出していないのだ。」
 「抜け出していない」という言い方は歴史の相対性という見地から言うとナンセンスだ。部族社会には私たちのような社会にない豊かさだある。農耕から始まった文明社会では人はあくせくと働かなければならない。それは進歩という名で呼ばれるが良い事ばかりじゃない。
 「文明による環境破壊は深刻なり。」
 ただ、稲作のような文化が人類に及ぼした恩恵は人口が爆発的増えたということだ。狩猟採取生活では何十億もの人口を養えない。
 「人類は増えすぎた人口を宇宙に移民させるなりね。」
 またアニメの話か・・・

 ギリヤーク人は樺太から山丹のアムール川流域に住む民族であり、縄文人と同じルーツを持っている。山丹にはこうした少数民族がいくつも狩猟生活を営んでいた。
 アイヌ民族の発祥は、日本列島にいた縄文人がこうした北方の民族と混血した結果ではないか。異論はあるだろうが和人が縄文と弥生の混血であるのに対し、アイヌは縄文と北方民族の混血であると私は考えていた。アイヌは和人とはあきらかに違う文化と言語を持っているのだ。
 ただ、稲作のような大人口を養えるわけではなかったので人口は少ない。
 人の数よりも獣や魚の数が多い。食料は豊かであり、自然と共生することで豊かに暮らしていた。
 「アイヌをはじめとする北方の民族は自然と共生して静かに生きてるなりね。」
 アイヌの文化というとエコロジカルで平和だというイメージも、現代人が思い描いたフィクションに過ぎない。彼らはそんな大人しい人々でも無いんだ。部族同士の抗争もあっただろうし、室町時代には蝦夷地にやってきた和人と激しく戦っている。彼らの交易活動は樺太からアムール川まで及び、実にアグレッシブなのだ。

 戸部典子君、蝦夷錦の話を知っているかい?
 「松前慶広が織田信長に献上した蝦夷錦なりね。」
 改変前の歴史では、献上されたのは徳川家康だ。
 秀吉の朝鮮出兵の折、松前慶広はアイヌ兵を従えて北九州の名護屋城に参陣している。この時、慶広が着ていた蝦夷錦の陣羽織を家康が大いに気に入り、慶広はこれを献上しいるのだ。
 この蝦夷錦、アイヌが山丹のギリヤーク人との交易で手に入れたものだ。蝦夷錦が何かというと、蘇州で作れらた煌びやかな明王朝の官服だったんだ。
 「蘇州と言うと上海の近くの古都なりね。明の官僚が着ていた服なのか?」
 蘇州は春秋戦国時代において呉の都だった歴史的な都市であり、絹織物の産地として栄えてきた。
 蘇州で作られた絹織物がぐるっと回って蝦夷地までやってきたわけだ。
 「アイヌの交易のネット・ワークも凄いなりね!」

 さて、真田に話を戻そう。
 真田幸昌が李旦の商船団に加わった時、幸昌は二人の男子を連れていた。袁崇煥の姪にあたる女性と結婚し子をなしていたのだ。
 「奥さんも早く亡くなったから子育てが大変だったなりよ。長男が幸信君、次男が幸繁君なりね。」
 幸信は袁崇煥の血を継いでいたせいか勉強ができた。難なく科挙の試験に合格して今は帝国の評議衆に加わっている。エリート街道まっしぐらというわけだ。幸信が科挙に合格してエリートになるなんて幸昌は思ってもいなかった。想定外だったんだ。
 「幸繁君も科挙が受けたかったけど、幸昌君が反対したのだ。惣領息子を帝国に取られてしまった以上、幸繁君に真田を継がせたかったなりね。」
 そういうわけで、帝国の政治の一端を担う長男と、真田湊を治める次男という二つの真田家が誕生したわけだ。
 「幸村君はまだ出てこないなりか?」
 そこだ。この話は複雑だからな。

 信長の北伐によって滅ぼされた朝鮮王朝の話に戻らなければならない。
 信長は李氏の朝鮮王朝を滅ぼしたが、既に統治能力を失っていた王朝には利用価値すらないと判断した。そこで、王と重臣たちを殺さずに平民に落としてしまったわけだ。王族や貴族たちは着の身着のままで平壌の王宮から放逐された。
 この時、信長に従軍していた真田信繁が王を気の毒に思い、王宮の宝物を持ち出すことを黙認した。王と重臣たちは信繁に感謝しながら荷車を曳いて北へと逃れた。
 「真田信繁君らしい逸話なりね。」
 その後、李王朝を保護していたのが李旦だったのだ。満州のさらに北方で李王朝は密かに命脈を保っていた。
 「李旦が李王朝を保護したのは何故なりか?」
 おそらく、利用できる時が来るかもしれないという思惑があったんだろう。何しろ衰亡したとはいえ王族の血筋だ。
 「『奇貨居くべし』なりね。」
 中国の戦国時代、商人だった呂不韋は趙の人質になっていた秦の公子に投資した。この時、呂不韋は「奇貨居くべし」と言ったという。珍しい宝物はとりあえず持っておこう、という意味だ。この公子の息子が後に秦の始皇帝となり、呂不韋は宰相になる。

 戸部典子のおかげでまた話が逸れてしまった。
 李旦の下にいた李王朝の王様と家臣の前に、かつての恩人である真田信繁の忘れ形見が現れたんだ。
 「なんか、韓流ドラマみたいな筋立てなのだ。」
 李王朝の老臣、チェ・ミョンギルとキム・サンホンは幸昌の元を訪れ感謝の意を伝えた。チェ・ミョンギルは幸昌を大いに気に入り『孫娘を妻に』と請うたのだ。
 「で、結婚しちゃったなりか?」
 これが幸昌の二番目の妻となるチェ・ヨルムだ。ヨルムは速攻で男子出産、チェ・ミヨンギルはひ孫の誕生に大喜びだ。
 「それが幸村君なのか? 幸村君は日本と朝鮮のハーフなりね。」
 幸信と幸繁は日本と中国のハーフだぞ。国境が無くなるとハーフなどという概念すら無くなる。それに最近ではダブルという言い方もあるそうだぞ。
 「なんか仮面ライダーみたいなりね。」 
 それは私も知っている。「力と技の風車」というやつだな。
 「それは昭和の話なり。」
 昭和で悪かったな。

 「生まれたのが一六四〇年だから・・・。幸村君は十七歳なのか!」
 この時代は人間の成熟も速いから、今の精神年齢で言えば二十七歳くらいだと考えていいぞ。
 「とても十七歳には見えなかったなり。それに戦いぶりも冷静沈着、浮ついたところなんか微塵もなかったなり。」
 確かに、クンヌイの戦いの赤備え軍団の戦いは見事なものだった。
 だが、この幸村が幸昌にもコントロール不可能の跳ねっ返りなのだ。
 幼少の頃から武術と鉄砲に熱中し、六歳の頃には鄭芝龍の船に乗って航海術を学んだ。真田信繁に瓜二つとということもあってか海が性に合っていたのだろう。
 「陸の真田じゃなかったなりか?」
 うん、陸で戦ってよし、海においても大活躍だったらしい。
 鄭芝龍の長男・鄭成功を兄貴と仰いで、鄭艦隊で最も強い武将と言われている。
 「幸村君、凄いなり。でも勉強はお兄さんたちみたいに好きじゃないみたいなりね。」
 だが、天文学の知識では鄭成功でさえ及ばないとされている。
 「航海に必要な学問には貪欲なりね。信繁君と夜空を見上げたのを思い出すなり。」
 戸部典子はすっかり乙女の表情である。
 「十七歳かぁー、もう少し育てばあたしの相手にピッタリなり。」
 そして、幸村たちの時間が私たちを追い越していくんだ。

 人民解放軍が最新の映像が送ってきた。
 メイン・モニターにはクンヌイの港が映っていた。
 アイヌたちが漁港にしている小さな港の沖に、鄭成功率いる船団が現れたのだ。四本マストのガレオン船、四隻である。
 真田幸村が鄭成功の船団に向けて大きく手を振っている。
 幸村の隣には忍犬・鬼丸がちょこんと座って尻尾を振っている。

 「シャクシャイン殿、鄭成功の兄者が鉄砲を運んできましたぞ。」
 無邪気に笑う幸村の肩にシャクシャインが手を置いた。
 「幸村殿、真田と鄭の助力があれば、松前ごときに負けはせぬ。」
 「ここは真田と鄭の海じゃ、必要とあれば何なりと調達いたしますぞ。」
 「心強い限りじゃ。」

 旗艦「北斗丸」の舳先に立つ快男児こそ、鄭成功である。
 鄭成功、改変前の歴史では台南のゼーランディア城を陥落させ、オランダ東インド会社の勢力を台湾から追い落とした英雄である。
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