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序章 タイム・アフター・タイム

2、歴史改変の物語

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 ジャーナリストの三村明美君が再び私の研究室を訪れたのは、紅葉も褪せかけた十二月の事であった。

 ちょうどお昼時であり、私は知人に買ってきてもらった満寿形屋の鯖寿司を食べていた。
 研究室に入って来た三村明美君にも一切れお裾分けをし、彼女も美味しそうにほおばった。

 お腹が落ち着いたところで、私は前回の続きを話し始めた。

 一六〇〇年の上海から平戸まで船旅をした私たちはタイムマシンで現代へ戻ったのですが、戸部典子君だけはそのまま上海へ引き返しました。人民解放軍・広報部の要請で碧海作戦の広報用の映像を撮影することが目的だったんです。
 ここで戸部典子君の大暴れがはじまりました。
 上海の街で戦国武将を見つける度に握手を求めるんですよ。
 伊達政宗に会ったときはウレタンで作った眼帯をお土産に用意してましてね、代わりに政宗がしていた眼帯をゲットしたんです。
 それからは調子に乗って黒田如水の髪の毛を引っこ抜いたりです。

 「あの時の映像は、私もテレビのバラエティーで観ました。島津邸の門番に突き飛ばされて転がったところは大爆笑でした。」

 あの放送は視聴率を稼いだみたいですな。

 それから、戸部典子君は真田信繁に会うことになるんです。
 信繁は織田信長の北伐軍に加わって満州まで行きました。そこで信長から船を与えられたんです。

 「真田丸ですね。」

 そうです。真田丸は沿海州から樺太、蝦夷地を探索して上海に帰って来たんです。それを、盟友・伊達政宗が岸壁に迎えると言う感動的なシーンなんですが、なぜか政宗の隣に戸部典子君がいるんです。笑いましたよ。

 「それから、オランダ・東インド会社が台湾を占領してしまうんでしたね。」

 碧海作戦の影響か、西洋の歴史も早くなっていて、一六一一年にオランダが台湾に上陸したんです。後で分かったことですが、現代のイギリスが碧海作戦の時空に介入していました。
 その頃の台湾には明王朝の亡命政権が残っていて抵抗を続けていました。ジャングルに潜んでゲリラ戦を展開する明軍はやっかいなものでした。
 台北には井伊直正がいて、明軍を南へと追いつめているところでした。
 オランダは台南に上陸しました。大将はヤン・ピーテルスゾーン・クーンという大悪党です。
 オランダは明軍が隠れ住んでいるジャングルを焼き払って明王朝を滅亡させてしまいました。ジャングルを焼かれたことで、生活の場を失った台湾の先住民シラヤ族は、オランダ人たちの傭兵になってしまったんです。
 オランダは台南にゼーランディア城を築城して拠点にしました。
 このやり方には戸部典子はお怒りでしたよ。武将の誇りも、敗者への敬意も無いってね。
 帝国は二代皇帝・織田信忠の治世です。信忠は台湾に援軍を送ります。若き知将・袁崇煥が率いる援軍が台北に到着し、伊達政宗も伊達水軍を率いて加勢に向かったのです。
 真田信繁は新兵器・諸葛銃を台湾に運びます。諸葛銃は弾丸をお尻から込める元込め銃で、椎の実の形をした弾丸を発射するライフル銃でした。諸葛銃の名前は開発者である諸葛超明から採ったものです。
 そして見事にオランダ勢をゼーランディア城に封じ込めてしまったんです。

 「あの戦いは私もテレビで観ました。爽快な戦い方でしたね。」

 その頃までは中国のドローンの技術が酷くてね。この戦いから自衛隊のドローン部隊が碧海作戦に加わったんです。自衛隊と人民解放軍の共同作戦は前代未聞でした。自衛隊のドローンが撮影した映像は迫力がありましたからね。
 田中一尉を隊長とする自衛隊ドローン部隊は私の戦友でもあります。相場三尉は長距離偵察型ドローン・シーガルを飛ばし、木場あかね三尉はトンボ型のギンヤンマを一度に五機操る手練れでした。
 木場三尉は戸部典子の大ファンで、懐いてましたよ。戸部典子は彼女の事を「あかねちゃん」って呼んでました。

 「それから英国艦隊がゼーランディア城の救援にくるんですね。」
 
 ここにも現代のイギリスが介入していました。大英帝国の威信を守るために、彼らは近代兵器まで持ち込んだ。
 しかし、英国艦隊も九鬼守隆率いる帝国艦隊の丁字戦法の前に敗れ去ります。止めを刺したのは、帝国宰相・石田三成が乗艦する巨大船でした。巨大船が搭載する諸葛砲という新兵器が戦場を沈黙させました。
 しかし、ここまで来てもゼーランディア城は降伏しない。城内にはシラヤ族の傭兵がいる。
 真田信繁はシラヤ族を救出してこその大義だと説きます。彼らは帝国の民だといって聞きません。信繁の理想には心を打たれるものがあります。

 「ここで中国政府は碧海作戦のチームにシラヤ族の救出を命じるわけですね。」

 そうです。中国にとっては台湾が中華帝国の領土になるという演出をしたかったんです。その際に先住民であるシラヤ族を救うという美談を加えたかったんでしょう。
 まぁ、無茶振りですね。戸部典子だけはやる気満々でしたけどね。「真田信繁君を助けるなり。」とか言ってね。
 そして、戸部典乃介と私たちは、タイムマシンで十七世紀へ向かったんです。

 「戸部典乃介は戸部典子さんの若侍姿の名前ですね。」

 真田信繁を助けてシラヤ族を救出した戸部典乃介には、別れが待っていました。
 彼ら戦国武将との別れですよ。

 私は目じりを拭った。あの時の事を思い出すと自然に涙が出る。

 私は「少し休憩しましょう」と言ってコーヒーを淹れた。
 研究室に香ばしいコーヒーの香りが立ちのぼった。


 「その次は、一六一五年の大航海ですね。」
 三村明美君は向き直って言った。

 帝国宰相・石田三成率いる艦隊が世界を一周したんです。巨大船三隻に百隻以上のガレオン船が従う大艦隊でした。明の永楽帝の頃の、鄭和の艦隊を彷彿とさせるものでした。
 大艦隊は東南アジアからインドへ、そしてアフリカの喜望峰を回って西欧まで行きました。西欧諸国は艦隊の威容に驚きました。三成の目的は示威行動と交易路の確保でした、西欧諸国への訪問も友好的なものでした。
 艦隊はさらにアメリカ大陸に渡り、太平洋まで抜けました、この時、艦隊に加わっていた真田信繁が、北の探査を申し出ました。北の探査の船団長には李旦《り たん》という貿易商人が選ばれ、信繁と、その長男大輔、それに真田家に居候する少年、鄭芝龍てい しりゅうも乗り込みました。

 「鄭芝龍は改変前の歴史では大商人になる人物ですね。芝龍の子が鄭成功。台湾からオランダ勢力を駆逐した英雄ですね。」
 三村さんは、歴史をよく勉強していらっしゃると、私は言った。

 大艦隊の映像は世界各国のニュースで報道されていました。
 そして西欧の国々は大騒ぎになっていたんです。中国が十七世紀において西欧を侵略するんじゃないかと。
 各国首脳も騒ぎ出して、私たちはニューヨークの国連本部にまで行きました。要するに西欧諸国は碧海作戦を止めさせたかったのです。それが西欧に不利な歴史だったからです。
 この時、ついでと言っては何ですが、私と戸部典子君はアメリカを旅しました。そこで知ったんです。私たちの知っているアメリカは沿岸部のエリートたちが住んでいる街だけだということを。アメリカの内陸部にはキリスト教原理主義者が住んでいて、その数はアメリカの人口の三割にも上ります。彼らは数を背景に政治的なパワーを持っています。
 その頃、信長の帝国ではキリスト教徒の反乱が頻発していて、帝国はそれを鎮圧していました。現代のキリスト教原理主義者から見ればショッキングな影像だったでしょう。
 キリスト教原理主義者は、おそらくアメリカ政府に圧力をかけたのでしょう。証拠はありませんが、アメリカあたりが歴史に介入してローマ教皇に何らかの示唆を与えたのだろうと私は考えています。

 真田信繁の長男・大輔は成長して名を幸昌と改めており、幸昌は帝国軍の大将として砲兵隊を率いてキリスト教徒の反乱を鎮圧していきました。それは大砲でキリスト教徒を吹き飛ばすだけの虐殺でした。
 戸部典子君は、ただ虐殺するだけの戦いを「武将の誇りも何もない」と言って憤りました。
 真田幸昌は疲れ果てて武将を辞め、弟分の鄭芝龍と共に北の海へと旅立ったんです。

 そして私たちは、キリスト教徒の反乱はローマ教皇はが仕掛けたものだということに気付きました。
 けれど中国政府は動きません。その頃、チベットで暴動が起こって、その鎮圧で死者を出したようでした。中国政府とアメリカの密約で、アメリカはチベットの事件を黙認する代わりに、中国は碧海作戦を凍結してしまったのです。
 戸部典子は怒り心頭。私たちは中国のタイムマシンを奪って十七世紀へ向かいました。
 戸部典子はローマ教皇をぶっ叩き、自衛隊ドローン部隊は映像を使って奇跡を演出したのです。ローマ教皇は戸部典子に跪き、戦いは終わりました。
 中国政府は私たちを咎めませんでした。しかし、政治の道具になった歴史改変には嫌気がさしていました。

 日本に帰国した私たちをマスコミは愛国英雄として称えました。私たちはチベットの鎮圧に抗議して碧海作戦を辞めたことになっていましたkらね。まったく、馬鹿馬鹿しい。

 「そのおかげで、戸部典子さんが愛国者と呼ばれるようになったことが、その後の日本に大きな影響を及ぼした事に間違いないと思います。」

 確かに、あいつは愛国者です。ほんとうの愛国者です。
 だから、私はあいつの戦いを支援しようと決めたんです。
 けれど、あいつはその後の戦いの中で傷つき、そして・・・

 私は窓の外に視線をむけて、どんよりと垂れ込める灰色の雲を見上げた。
 遠く霞んだ空に、私は戸部典子の笑顔を重ね合わせた。
 あの笑顔は、もう・・・
 

 その時、激しい音と共に研究室のドアが開いたのだ。
 黒いスーツの戸部典子が血相を変えてずんずん中に入って来る。
 「先生、その遠い目は何なりか? あたしに死亡フラグを立てるつもりなりか? いいかげんにするなり。あたしの件で取材が来ているって聞いて、研究室に来てみたら先生が勝手な事ばかりしゃべっていたなり。」
 私は事実を語っただけだ。
 「あたしの魅力とか、戦国武将愛につては全く言ってないなり。」
 戸部典子は、私の机の上に残っていた満寿形屋の鯖寿司を口に放り込んでもぐもぐしながら、三村明美君をギロリと睨んだ。
 「あたしのことは、あたしに聞くのがスジなり。」
 三村明美君は動じる様子もなく、戸部典子に向き直り名刺を渡した。
 「ジャーナリストのお姉さんが、あたしに何の用なりか。」
 戸部典子の横柄な態度に、三村明美君はあくまで冷静だ。
 「今度、お話を伺わせていただきたいと思いまして・・・。申し送れました。もう一枚名刺がありますのよ。」
 差し出された名刺を見た戸部典子の顔がみるみる青くなっていく。
 「私、全日本歴女連盟、関西支部の支部長をしております三村明美と申します。」
  戸部典子は全歴連の下っ端で、幹部には頭が上がらないのだ。戸部典子が唯一恐れているのが、全歴連のお姉さま方なのである。
 戸部典子は狼狽している。
 「失礼しましたなり。全歴連のお姉さまとはいざ知らず、失礼の段、お詫びするなり。」
 この怯えたような声はなんだ。
 「よろしくってよ。」
 そう言う三村明美君に、戸部典子は気まずそうにして言った。
 「お飲み物でも買ってきますなり。」
 完全に全歴連のパシリだ。
 三村明美君は「今日はもうお暇させていただきます。続きは次回という事で」と私に言い、戸部典子はへこへこしながら彼女を大学の正門まで送ると言って出て行った。

 何だか嵐が去った後のようだ。
 私はコーヒーカップをかたずけて、窓を開けた。
 窓から冷たい空気が吹き込み、空からはちらほらと白い雪が落ちてくる。
 その白さは私に、北の大地の記憶を呼び起こさせた。
 北の大地の戦いの記憶である。


 現代の社会は、歴史という過去に裏打ちされているにもかかわらす、人はそのことを忘れがちである。
 歴史を学び、振り返り、考えることを止めてしまった時、人は滅亡への道をたどることになるだろう。
 ゆえに、ここに伝えよう。
 私たちが戦い抜いた、歴史改変の物語を。


      〖 続・歴史改変戦記「北のまほろば」〗
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