歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優

文字の大きさ
上 下
74 / 97
第三部 最後の聖戦なり

19、ハート・ランド

しおりを挟む
 ハイウエーを降りると、一面のトウモロコシ畑である。
 アイオワ州。アメリカ中西部に広がるこの大地はハート・ランドと呼ばれている。つまり、ここがアメリカの中心地なのだ。アメリカ合衆国大統領選挙の前哨戦である大統領候補指名党員選挙が最初に行われるのがアイオワ州である。この地はアメリカの標準的な世論が形成され、過激な活動が起こりにくい最も穏便な州だからだ。「アイオワを制する者が大統領選挙を制する」という言葉があるように、アイオワで敗北した候補が大統領になったことは無い。
 トウモロコシ畑のなかをトランザムはゆっくりと進んだ。
 「まるで黄金の大地なり!」
 柔らかな陽ざしの中。トウモロコシ畑が金色に輝いている。
 「この風景を見て欲しかったんです。」
 天野女史は言った。アメリカの最も標準的な風景を最大公約数にするならば、このようなトウモロコシ畑になるのではないか。
 私たちが映画で知っているアメリカとは違う、田舎である。そういえば、アイオワを舞台にした映画があったな。
 「『フィールド・オブ・ドリームス』なりよ。」
 おまえ、結構古い映画を見ているんだな。
 「名作なり。感動したなりよ!」
 天野女史が微笑んでいる。
 「近くに映画の撮影に使われた野球場がありますよ。」
 「行って見たいのだ!」
 私も行きたいぞ!
 天野女史はトランザムをスピンさせて方向を変えた。乱暴な運転はやめて欲しい。

 「トウモロコシ畑のなかに野球場があるなりよ!」
 中に入ると、なるほど映画で見た夢の球場がそのままあった。平日なので観光客は少ないが、キャッチ・ボールをしたり、映画のワン・シーンを再現した写真を撮ったりして楽しんでいる。
 「フィールド・オブ・ドリームス」の主人公レイ・キンセラはアイオワでトウモロコシ農業を営んでいる。若い頃に父親との仲違いから家を飛び出し、ヒッピー・ムーブメントに身を投じた。彼の父親の世代は「沈黙の世代」と呼ばれる、第二次世界大戦を戦った世代だ。父親たちは戦争の悲惨さを訴えることなく沈黙を守った。古き良きアメリカといえば聞こえはいいが、政治的には保守であり、子供たちには服従を強制した。
 ベトナム戦争が始まり、黒人たちの人権を求める公民権運動が始まると、キンセラたちの世代は父親に逆らった。ロックン・ロールが鳴り響き、カウンター・カルチャーが若者たちの心を捉えると、怒れる若者たちは熱い政治の季節に突入する。
 やがて、政治の季節は終わりを告げ。若者たちは企業戦士となっていくのだが、キンセラはその流れに乗れなかった落ちこぼれなのだ。
 そのキンセラが、ある日、トウモロコシ畑のなかで謎の声を聴く。
 「If you build it, he will come.」(それを作れば、彼が来る。)
 映画のストーリーは説明しない。私は名作映画のネタバレをするような無粋はしない。

 戸部典子が夢のフィールドをトウモロコシ畑に向かって勢いよく駆けていく。
 「溶けるなり、溶けるなり!」
 そう叫んで、トウモロコシ畑に突入していった。映画のシーンを真似しているのだ。
 出てこないぞ。トウモロコシ畑の中で迷っているんじゃないだろうな。と、思ったら、トウモロコシの葉陰から「にへら」と顔を覗かせているではないか。
 焼きトウモロコシを食った。うまかった。こういう素朴な食べ物は、心を和ませてくれる。
 しかし、六月だというのに中西部は寒い。ニュー・ヨークではポロシャツ一枚でうろうろしていたが、何か羽織る者が欲しい。

 「お買い物なりー。」
 私たちはスーパー・マーケットを探すことにした。
 街の郊外に、ウォール・マートがあった。メガ・マートと呼ばれる体育館のような巨大なスーパーだった。広大な駐車場を備えたこの商業施設には、近郊の街から買い物客がやって来る。なぜなら、ウォール・マートが街に来たことで、街の商店という商店は閉店に追い込まれたからだ。ウォール・マートが出店すると、オープン・セールで自転車を三十ドルくらいで売ったりする。オープン・セールは街の自転車屋が潰れるまで続く。古き良きアメリカを解体したのは、怒れる若者たちではない。巨大資本が地域のコミュニティーを破壊してしまったのだ。
 ウォール・マートには映画館もあればフード・コートもある。買い物客たちはここで一日を過ごすことができる。仕事を失った商店主たちはウォールマートで働いた。低賃金の単純労働である。彼らがまたウォールマートで買い物する。まるで、巨大資本に飼い馴らされたブロイラーだ。

 衣料品売り場で、ウインド・ブレーカーを探した。
 「先生、これはどうなりか?」
 戸部典子が安売りのワゴンから取り上げたのは、真っ黒なウインド・ブレーカーだった。背中にFBIとか書いていそうな地味な服である。でも、ちょっとカッコいいかも知れん。これにする。
戸部典子は、同じデザインのものをワゴンから掘りだして買った。こいつとペア・ルックなのか。
 悪乗りした戸部典子はサングラス売り場へ移動し、私たちはサングラスを買ったのだ。黒いウインド・ブレーカーにサングラス、私はすっかりFBI捜査官の気分になって来た。
 「モルダーとスカリーなりよ。」
 モルダーと寸足らずのスカリーだ。
 戸部典子の悪乗りは続く。おもちゃ売り場で銀色の水鉄砲を買ったのだ。
 天野女史を脅かしてやろう。
 フード・コートでコーヒーを飲んでいる天野女史に、二人のFBI捜査官が近づいていく。
 「エフ・ビー・アーイ!」
 水鉄砲を抜いた私たちを天野女史は鼻で笑った。
 セグウェイに乗った黒人の警備員が笛を吹きながら全速力でやって来た。水鉄砲だと気づくと、私の顔を何度も指で刺しながら厳重注意だ。英語で何を言っているのか分からないから、ちっとも怖くないぞ。
それから戸部典子の頭に手を置いて、
 「おじょうちゃん、ここで遊んではいけないよ。」
 と優しく言った。とんだスカリーである。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

進撃!犬耳機動部隊

kaonohito
ファンタジー
二連恒星『アマテ』と『ラス』の第4惑星『エボールグ』。 かつての『剣と魔法の世界』で、遺跡から発掘された遺構から蒸気機関を再現、産業革命を起こし、科学文明の強国となった『チハーキュ帝国』 その練習艦隊が航行中、不思議な霧によって視界と電波を遮られる。 その霧が晴れたとき、そこは元通りの平和な海の上────ではなかった。 突如接近してきた、“青い丸に白い星”という“見たこともない”国籍表記をつけた急降下爆撃機に襲撃される──── 新学暦206年────西暦1942年6月5日、世界を挟んだ大戦が勃発する! 2024年04月24日、リブートします。 この作品は『ハーメルン』でも同時公開しています(「神谷萌」名義)。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作 原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...