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第三部 最後の聖戦なり
17、ユナイテッド・ネーション
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国際連合本部である。国連本部はイースト・リバーの川岸にある。眼下にブルックリン・ブリッジを見下ろす高層ビルだ。
ブルックリン橋は、マンハッタン島とブルックリンをつなぐ巨大な吊橋である。竣工は一八八三年。日本の明治十六年にあたる。この橋を設計したのもドイツ移民なのだ。ブルックリン・ブリッジはニュー・ヨークの輝かしい歴史的建造物である。
外交使節団の最後尾を私と戸部典子、二人の日本人が付いていくというのも、なんだか妙な具合である。
通路の窓際に長い黒髪の女が立っている。日本人だ。スリムな黒いスーツを着ているが、立ち姿から筋肉質なのがよくわかる。国連の職員のようだ。
「天野先輩!」
戸部典子が驚いたような口調で言った。
「戸部、久しぶりだ。」
そう低い声で言った女の切れ長の目に鋭い光が宿った。
「先輩、国連の職員になっていたなりか?」
「お前と一緒に外務省を辞めた後、誘いがあってな。」
「今はあんまり時間が無いなり。後で話せるなりか?」
「ああ、後でな。それと、ひとつだけ教えておいてやる。今回の歴史介入委員会は出来レースだ。」
なんだと?
議場に入った私たちには、その意味がすぐに理解できた。委員会に出席していたのは、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、いずれも常任理事国だ。本来ならばアジアやアフリカの国々も参加するはずなのに、大国の力で排除したとしか思えない。
国連などというが、「UNITEDO NATION」は「連合国」と訳すのが正しい。第二次世界大戦で枢軸国に勝利したのが連合国である。敗戦国である日本は連合国に加入する際、国民には国際連合と伝えた。敗戦国の日本が連合国に加盟するというのは体裁が悪い。役人お得意の作文である。平和のための組織ではあるが、ここは力が支配する世界なのだ。
中国は常任理事国のなかで唯一の非白人国家であることを私は認識しなければならなかった。アメリカも非白人の人口が半数に達しつつあるが、政治家の多くが白人である。私たちは白人国家の連合に対抗しなければならない。
なるほど。私と戸部典子の役割は、この交渉の中には日本人も参加していることを印象付けることだ。中国側もこの動きは察知していたはずだ。アジアやアフリカ諸国が参加できないなら、せめて日本人を席につかせておこうということなのだろう。
各国の圧力を感じる。
フランス、イギリスは碧海作戦において海帝国が西欧を侵略するのは許されるべきでないと主張している。ヨーロッパ各国は移民問題を抱えており、碧海作戦が移民の排斥運動につながる、というのだ。移民に対する排斥は今に始まったことではない。おそらく移民排斥をやっている右翼たちが政治家に圧力をかけているのだ。碧海作戦はもはや政治問題となっていた。
特に来年に大統領選挙を控えたアメリカの要求は強硬だった。碧海作戦の即時中止である。現大統領クルト・フランクリンの対抗馬となったロバート・トランクは「白人ファースト」を叫び、白人票を集めていた。再選を目指すフランクリン大統領は白人層の心をつかむため、別の時空とはいえ黄色人種の西欧進出を阻みたいところなのだ。
何が白人ファーストだ。アメリカは移民が作った国だ。自由の国ではなかったのか。
中国外相、王喜宣は陳博士や李博士、そして私にも助言を乞い、反論した。反論の内容は主に二つだ。
第一に、中国政府は織田信長の中国征服までは介入してきたが、それ以降は碧海作戦の時空に何者かの悪意ある介入があった時以外、歴史改変は行っていない。何者かの悪意ある介入とは、台湾の役におけるジョン・メイヤー介入を指しているが、その証拠はない。証拠がなければ抗議しても同じなのだ。
第二に、向後も改変した歴史の調査と観察は行うが、必要以上の改変を行う予定はない。
さすが中国外相、大国相手に怯む素振りさえない。
ロシアが助け舟を出した。向後は、碧海作戦の時空を各国が監視することにしてはどうか、というのだ。穏当な意見のように見えるが、碧海作戦の時空に大国が大手を振って調査団の名目で軍隊を派遣すると言うことだ。
まずいな。中国も歴史改変は行わないと言ってしまった。それなら、国連、いや大国の下で碧海作戦を管理してもいいはずだ。出来レースとはこのことか。奴ら水面下で落としどころを決めていたのだ。
中国使節団は大使館に帰り対策を検討するらしい。私と戸部典子は国連本部のロビーに残っていた。彼女は悔しそうに拳を握りしめている。
私はアメリカの強硬な姿勢が気になって仕方がなかった。奴らは何が何でも無理を通したいらしい。
「待たせたな、戸部。」
「天野先輩なのだ。」
久々の再開に戸部典子のこわばった表情が緩んだ。
戸部典子が「先輩」と呼ぶこの女性は天野和江、彼女の外務省時代の指導員なのだそうだ。戸部典子が辞表を出した、いや出さざるを得なくなったとき、天野女史は上司に抗議したという。上司の冷たい反応に怒った天野女史は、彼女たちの上司に椅子を投げつけたと。なんとも怖い女性である。椅子とともに天野女史は自らの辞表も叩きつけた。戦国武将も顔負けの女傑である。戸部典子がいつも黒いスーツなのは、天野女史の真似なのだろう。
戸部典子との再会を果たした天野女史は、向き直って私に言った。
「先生、アメリカを見ておいてはいかがですか?」
アメリカを見るだと。
「先生の御著書は拝見しております。歴史から現代を演繹する先生の方法論にはいつも驚かされます。でも先生は今のアメリカをご存知ない。」
アメリカか、案外、私の盲点かも知れない。
「先輩、先生をアメリカの何処に連れていくなりか?」
「あんたも先生も知らない、今のアメリカだよ。」
冷たい笑みだったが、心は熱いようだ。
ブルックリン橋は、マンハッタン島とブルックリンをつなぐ巨大な吊橋である。竣工は一八八三年。日本の明治十六年にあたる。この橋を設計したのもドイツ移民なのだ。ブルックリン・ブリッジはニュー・ヨークの輝かしい歴史的建造物である。
外交使節団の最後尾を私と戸部典子、二人の日本人が付いていくというのも、なんだか妙な具合である。
通路の窓際に長い黒髪の女が立っている。日本人だ。スリムな黒いスーツを着ているが、立ち姿から筋肉質なのがよくわかる。国連の職員のようだ。
「天野先輩!」
戸部典子が驚いたような口調で言った。
「戸部、久しぶりだ。」
そう低い声で言った女の切れ長の目に鋭い光が宿った。
「先輩、国連の職員になっていたなりか?」
「お前と一緒に外務省を辞めた後、誘いがあってな。」
「今はあんまり時間が無いなり。後で話せるなりか?」
「ああ、後でな。それと、ひとつだけ教えておいてやる。今回の歴史介入委員会は出来レースだ。」
なんだと?
議場に入った私たちには、その意味がすぐに理解できた。委員会に出席していたのは、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、いずれも常任理事国だ。本来ならばアジアやアフリカの国々も参加するはずなのに、大国の力で排除したとしか思えない。
国連などというが、「UNITEDO NATION」は「連合国」と訳すのが正しい。第二次世界大戦で枢軸国に勝利したのが連合国である。敗戦国である日本は連合国に加入する際、国民には国際連合と伝えた。敗戦国の日本が連合国に加盟するというのは体裁が悪い。役人お得意の作文である。平和のための組織ではあるが、ここは力が支配する世界なのだ。
中国は常任理事国のなかで唯一の非白人国家であることを私は認識しなければならなかった。アメリカも非白人の人口が半数に達しつつあるが、政治家の多くが白人である。私たちは白人国家の連合に対抗しなければならない。
なるほど。私と戸部典子の役割は、この交渉の中には日本人も参加していることを印象付けることだ。中国側もこの動きは察知していたはずだ。アジアやアフリカ諸国が参加できないなら、せめて日本人を席につかせておこうということなのだろう。
各国の圧力を感じる。
フランス、イギリスは碧海作戦において海帝国が西欧を侵略するのは許されるべきでないと主張している。ヨーロッパ各国は移民問題を抱えており、碧海作戦が移民の排斥運動につながる、というのだ。移民に対する排斥は今に始まったことではない。おそらく移民排斥をやっている右翼たちが政治家に圧力をかけているのだ。碧海作戦はもはや政治問題となっていた。
特に来年に大統領選挙を控えたアメリカの要求は強硬だった。碧海作戦の即時中止である。現大統領クルト・フランクリンの対抗馬となったロバート・トランクは「白人ファースト」を叫び、白人票を集めていた。再選を目指すフランクリン大統領は白人層の心をつかむため、別の時空とはいえ黄色人種の西欧進出を阻みたいところなのだ。
何が白人ファーストだ。アメリカは移民が作った国だ。自由の国ではなかったのか。
中国外相、王喜宣は陳博士や李博士、そして私にも助言を乞い、反論した。反論の内容は主に二つだ。
第一に、中国政府は織田信長の中国征服までは介入してきたが、それ以降は碧海作戦の時空に何者かの悪意ある介入があった時以外、歴史改変は行っていない。何者かの悪意ある介入とは、台湾の役におけるジョン・メイヤー介入を指しているが、その証拠はない。証拠がなければ抗議しても同じなのだ。
第二に、向後も改変した歴史の調査と観察は行うが、必要以上の改変を行う予定はない。
さすが中国外相、大国相手に怯む素振りさえない。
ロシアが助け舟を出した。向後は、碧海作戦の時空を各国が監視することにしてはどうか、というのだ。穏当な意見のように見えるが、碧海作戦の時空に大国が大手を振って調査団の名目で軍隊を派遣すると言うことだ。
まずいな。中国も歴史改変は行わないと言ってしまった。それなら、国連、いや大国の下で碧海作戦を管理してもいいはずだ。出来レースとはこのことか。奴ら水面下で落としどころを決めていたのだ。
中国使節団は大使館に帰り対策を検討するらしい。私と戸部典子は国連本部のロビーに残っていた。彼女は悔しそうに拳を握りしめている。
私はアメリカの強硬な姿勢が気になって仕方がなかった。奴らは何が何でも無理を通したいらしい。
「待たせたな、戸部。」
「天野先輩なのだ。」
久々の再開に戸部典子のこわばった表情が緩んだ。
戸部典子が「先輩」と呼ぶこの女性は天野和江、彼女の外務省時代の指導員なのだそうだ。戸部典子が辞表を出した、いや出さざるを得なくなったとき、天野女史は上司に抗議したという。上司の冷たい反応に怒った天野女史は、彼女たちの上司に椅子を投げつけたと。なんとも怖い女性である。椅子とともに天野女史は自らの辞表も叩きつけた。戦国武将も顔負けの女傑である。戸部典子がいつも黒いスーツなのは、天野女史の真似なのだろう。
戸部典子との再会を果たした天野女史は、向き直って私に言った。
「先生、アメリカを見ておいてはいかがですか?」
アメリカを見るだと。
「先生の御著書は拝見しております。歴史から現代を演繹する先生の方法論にはいつも驚かされます。でも先生は今のアメリカをご存知ない。」
アメリカか、案外、私の盲点かも知れない。
「先輩、先生をアメリカの何処に連れていくなりか?」
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