歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優

文字の大きさ
上 下
50 / 97
第二部 西欧が攻めてくるなり

21、二つの中国

しおりを挟む
 日本のテレビのニュース番組でも真田信繁を軟弱者としる評論家たちがいた。その急先鋒が赤坂竜彦という国際経済政治軍事問題評論家だった。
 「真田信繁、戦国一のつわものが聞いて呆れますね。彼は夢見る夢子ちゃんみたいなもので、現実が分かっていない。」
 こいつは、もともと中国主導で行われる碧海作戦そのものが気に入らないのだ。だから難癖をつけては暗に私たちを非難しているのだ。
 「夢だって、いいじゃないなりか!」
 戸部典子が怒りをむき出しにしている。
 こいつは口ばっかりで何もしないエラソー人間と、ナマズのへそが大嫌いなのだそうだ。
 ところで戸部典子君、ナマズのへそって何だ?
 「子どもの頃、いちど食べたけど、あんな不味いものはなかったなり。」
 そもそも魚類にへそがあるのか?
 「知らないなり、でも確かに食べたなり。」
 何でもいい、真田信繁は理想主義者なのだ。
 夢だろうが何だろうが、理想を貫く馬鹿者だけが歴史を変える特権を有しているのだ。
 現実主義者を自称する人たちは歴史を知らないと私は思う。織田信長は中世という現実を打ち破って天下統一を果たした。明治維新は攘夷という非現実的な思想をエネルギーとして近代国家を築いたのだ。
 私は断乎、真田信繁を支持する。
 「そうなり。最後まで信繁君を応援するなり。」

 だが、現実的判断とは日本の国際なんちゃら評論家が言うような単純なものではなかったのだ。
 中国共産党はもうひとつの現実的な判断を下していた。

 中国と呼ばれる国は、実質上二つ存在している。中華人民共和国と中華民国である。一九十一年、辛亥革命により清王朝が倒され、孫文を臨時大総統として共和制の国家、中華民国が興った。この中心になったのが中国国民党である。
 中国を侵略する旧日本軍に対抗するため、中国国民党は中国共産党と共同して旧日本軍と戦った。国共合作である。
 第二次世界大戦が始まると、中華民国は連合国側につき、やがて日本は敗北する。中華民国は戦勝国として、日本が植民地支配していた台湾の返還を求め、進駐した。
 その後、大陸ではソビエトの支援を受けた中国共産党が勢力を拡大した。孫文亡き後、蒋介石率いる中国国民党は台湾に逃れ、国民を引き連れて中華民国を引っ越してきたのだ。
 戦後、蒋介石が総統となり、その地位は子の蒋経国によって引き継がれた。その間、台湾は戒厳令下に置かれた。一九九〇年、蒋経国の死後、副総統の地位にあった李登輝が総統の座に就き、ようやく戒厳令は解除された。李登輝は生粋の台湾出身であり、「二十一歳までは日本人であった」と公言する親日家である。
 現在では中華民国と中華人民共和国はどちらも中国の正当な政府だと主張している。
 近年、お互いに国交樹立を模索して接近しているが、中華人民共和国にとって、台湾が版図に組み込まれるなら、それが別の時空であれ国際的にアピールできると考えたのだ。
 そして、台湾を手中に収める際、先住民たるシラヤ族を救出するという美談が組み込まれれば、その正当性の担保となる。

 国家主席、劉開陽は居並ぶ政府高官に対して、シラヤ族救出を命じた。
 人民解放軍の上層部は検討に検討を重ねたが解決策に至ることはできなかった。
 そして、私たちにお鉢が回ってきたのだ。丸投げである。
 「現代の歴史学者三人の知恵をもってすれば、シラヤ族の救出も可能であるはずだ。」
 劉主席の言葉を陳博士が伝えた。
 三人の歴史学者だと! 陳博士と李博士と・・・、私か?
 「そうなり、信繁君を助けるなり!」
 そんな簡単なものじゃないぞ。この状況でどうやってシラヤ族を助けると言うのだ。
 「そんなもん、向こうに行ってから考えるなり。」
 戸部典子は既に若侍、戸部典ノ介の衣装にお着換えしている。
 おまえも行くつもりなのか?
 「信繁君や政宗君と知り合いなのは、あたしだけなり。時間が無いなり。早く着替えるのだ!」
 私には日本の学者っぽい衣装が用意されていた。陳博士は地味な儒服、李博士は赤いチャイナドレス、いや満州族の胡服だ。
 「これで日本と中国と満州の軍師三人になったなり。」
 軍師だと! なにを言い出すんだ。

 自衛隊ドローン部隊の田中一尉が上海ラボにやってきた。
 「みなさんは、時空航行艦やまとがお送りします。」
 やまと、廃棄されていたのではないのか。
 「廃棄と言いますか、封印されておりまして、この度、中国政府に売却されました。自衛隊はレンタルで使用する事が認められているんです。」
 売却しただと、いったい幾らで?
 「千元、だそうです。」
 だいたい千五百円ではないか。レンタル料は?
 「一年間、百元だそうです。」
 ただ同然ではないか。
 「塩付けにしておくよりマシでしょう。」
 なるほど、国連協定の抜け道と言うわけか。

 時空航行艦やまとは上海郊外の碧海作戦の基地から出発することとなった。
 やまと艦長の広岡二佐が私たちを迎えてくれた。
 タイム・マシンは銀色の球体である。船とか兵器とか、そういうものからほど遠い形をしている。
 私たちは銀の球体に乗り込んだ。やまとのクルーたちが敬礼している。戸部典子が敬礼のお返しをするとクルーたちが嬉しそうにしている。
 広岡二佐が戸部典子に言った。
 「発進の号令は戸部さんからお願いします。」
 おー! クルーたちが拍手している。
 戸部典子はご機嫌だ。
 だが、まて、発進の号令って、アレだろ。
 戸部典子君、よかったら発進の号令、譲って欲しいんだけど。
 「今度、伊達政宗君の新しいフィギュアが発売されるなり。」
 こいつ、買収を持ちかけているのか。
 「高いなりよー。」
 よし、背に腹は代えられん。そのフィギュア買った!
 「じゃあ、行くなりよ!」

 「補助エンジン動力、接続なり!」
 戸部典子が叫んだ!
 「タイムホイール始動、十秒前」
 陳博士か、さすがオタク! わかってるじゃないか。
 「時空エンジン内圧力上昇、エネルギー充填九十パーセントなり!」
 戸部典子、おまえも知っているんだね、昔のアニメなのに。
 「去年、リメイクされたなり。時空エンジン点火2分前なり!」
 私は大きく息を吸った。そしてできる限り低い声で言い放ったのだ!
 「やまと、発進!」
 少年の頃の夢が叶った!
 時空航行艦やまとは十七世紀に向けて旅立った。
 シラヤ族滅亡の日まで、あと七日。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

進撃!犬耳機動部隊

kaonohito
ファンタジー
二連恒星『アマテ』と『ラス』の第4惑星『エボールグ』。 かつての『剣と魔法の世界』で、遺跡から発掘された遺構から蒸気機関を再現、産業革命を起こし、科学文明の強国となった『チハーキュ帝国』 その練習艦隊が航行中、不思議な霧によって視界と電波を遮られる。 その霧が晴れたとき、そこは元通りの平和な海の上────ではなかった。 突如接近してきた、“青い丸に白い星”という“見たこともない”国籍表記をつけた急降下爆撃機に襲撃される──── 新学暦206年────西暦1942年6月5日、世界を挟んだ大戦が勃発する! 2024年04月24日、リブートします。 この作品は『ハーメルン』でも同時公開しています(「神谷萌」名義)。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作 原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。

処理中です...