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第二部 西欧が攻めてくるなり
12、袁崇煥の策
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台湾に袁崇煥の援軍が到着した。
輸送船からぞくぞくと兵たちが降りてくる。その数、五千。
これで井伊直政の兵力を合わせて一万一千になる。攻城三倍の原則からしてゼーランディア城を落とすに十分な兵力が揃ったわけだ。
この輸送船弾を護衛してきたのが、伊達水軍である。旗艦、梵天丸を含めた六隻の艦隊が錨を下している。その片隅に真田丸も停泊している。
「伊達水軍と比べると、真田丸がみすぼらしく見えるのだ。信繁君が可哀想なり。」
船は小さくとも、心は大きいのだよ。
さっそく井伊直政が迎えに出た。伊達政宗は井伊直政と再会し、袁崇煥を引き合わせた。
「袁崇煥殿はお若いが大した武将でのう、この政宗も敵わぬ御仁じゃ。」
後に帝国一の智将と呼ばれるこの若者は、しきりに恐縮している。
「信繁君はどこなりか?」
真田信繁は荷下ろしをしているではないか。荷は諸葛銃である。
「真田殿、真田殿、こちらへ参られよ!」
井伊直政が大声で呼んでも、信繁は笑って荷下ろしに精を出している。
あきれ果てた井伊直政が小走りで真田丸の処までやってきて、
「どれ、わしも手伝おう!」
と、荷下ろしを始めたのである。
伊達政宗と袁崇煥も手伝い始めた。
木箱の蓋を開けると、諸葛銃がずらりと並んでいる。
その一丁を井伊直政が取り上げ、海に向かって構えて見せた。
彼らの頭上をギンヤンマが旋回している。
午後からの軍議に備えて、袁崇煥は数名の供を従えて偵察に出た。地形を調べ、遠眼鏡でゼーランディア城の様子を覗い、時には風向きや潮の流れを丹念に書き留めていった。
軍議には泥だらけの姿で現れ、みなを驚かせた。
卓上にはゼーランディア城を中心とした地図が広げられている。
井伊直政がこれまでの戦闘経緯について説明してる。
「城の山側、こちらは鉄壁の守りじゃ。攻めにくいことこの上ない。海側は守りが弱い。じゃが、船が出てきて艦砲射撃をくらう。それで攻めあぐねっておったのじゃ。」
だが、今回は伊達水軍が合力する。オランダ船の動きをけん制できれば、海側からの攻撃が可能になる。それに諸葛銃がある。射程距離はオランダ人の元込め銃の五割増しである。これで城壁の兵士を狙い撃ちすれば、敵の防御を剥いでいくことができる。
ここまでなら誰でも考え付く。
だが、袁崇煥は違うというのだ。
セーランディア城の兵力のほとんどが傭兵である。その傭兵の半数以上が台湾で雇い入れられた先住民である。いわば彼らも帝国の民ではないかというのだ。
台湾の先住民たちは、オランダ人に密林を焼かれ、山を焼かれ、ささやかな田畑を失い路頭に迷っていたのだ。オランダ人たちは、その弱みに付け込んで、金をちらつかせて傭兵にしてしまったのだ。
彼らを救う戦でなければ義が立たぬ、とこの若き武将は訴えたのだ。
「さすがだ、伊達殿がほれ込んだことはある。この直政、感服つかまつった。」
「袁崇煥殿、よう言われた。我らは義によって立つのみじゃ。」
伊達政宗は力強く拳を握った。
「ならば袁殿、いかになされる?」
真田信繁が問うた。
「オランダ人たちの望みの綱をひとつひとつ断ち切ってしまうのでございます。」
「面白い、その策、聞かせていただこう。」
直政がにやりと笑った。
袁崇煥の策はこうだ。
まず山側から諸葛銃による攻撃である。これで射程距離の違い、弾丸の破壊力の違いを見せつける。
次に井伊の赤備え部隊が海側からの攻撃を行う。これは囮である。戦場で目立つ赤備えは囮に恰好である。海岸の赤備え軍団を叩こうと船が出てくる。
オランダ人たちは虎の子の船を全て出航させることはないであろう。四隻、多くて六隻である。伊達水軍の六隻は互角以上の戦いができるだろう。
オランダ船が出てきたところで、伊達水軍が迎撃に向かう。勝つ必要はない。海上に釘付けにし、艦砲射撃を封じればよいのだ。
その隙に、伏せておいた袁崇煥の兵が海岸線から突入し残った船を焼き払う。
これでゼーランディア城は完全に孤立する。
あとは城内に間者を入れて、傭兵たちに逃亡を促すのだ。
逃亡してきた傭兵は手厚く迎え、暮らしが立つようにしてやる。
「痛快じゃ!」
伊達政宗が叫んだ。
だが、袁崇煥は冷静だ。
「ここまでうまくいことは思っておりません。しかし、この半分でも成功すればオランダ人たちの望みの綱を断ち切ることができます。」
真田信繁が再び問うた。
「海から、オランダ船の援軍が来たならどうする。」
「そこが懸念すべき点でございます。援軍が来ればオランダ人たちの望みの綱がつながります。だからこそ、この策は迅速をもってよしとするのです。あと半月もすれば帝国艦隊が大船団を率いて到着しましょう。帝国艦隊が海上を封鎖してしまえばオランダ人どもの最後の望みの綱が断ち切られます。」
みなが腕組みして頷いた。
袁崇煥、恐るべし智将だ。
戦のことだけではない、戦時にあってなお民を気遣う心映えがうれしいではないか。
「袁崇煥君、すごいなりー。戦国武将から浮気したくなったなりー。」
この映像が電波に乗ったときから、袁崇煥は中国人民のヒーローとなった。ここまでは、どうしても日本人の活躍が目立ったのだが、ここにきて素晴らしい中国人武将が現れたのだ。
香港のアクション映画スター、ジャッキー・チャンが袁崇煥に惚れ込み、次回作の主人公にするらしい。もちろん碧海作戦上の袁崇煥の物語であり、カンフーでオランダ人たちと戦うのだそうだ。ジャッキーは私も大好きだが、ご都合主義の歴史ファンタジーは勘弁してほしい。
改変前の歴史では、袁崇煥はヌルハチを敵に回して戦った明末の武将である。さすがのヌルハチも袁崇煥の用兵の巧みさに手を焼いた。ヌルハチの子、ホンタイジは明の宮廷に間諜を送り込み、宦官を買収して讒言をさせた。袁崇煥が謀反をたくらんでいると。
袁崇煥は体の肉を少しづつ剝ぎ取られる刑に処せられ死んだ。袁崇煥を失ったことが明の滅亡を決定的にしたと言われている。
そういえば、真田信繁にひっついて大活躍をした鄭芝龍も子どもながら、中国人民の人気者になっていた。
中国人民にしてみれば、将来大物に育つ鄭芝龍が、貧乏な真田信繁にひっついていることが気にくわないようだ。
だが、中国人民諸君!
真田信繁は最後まで豊臣方について強大な敵に挑んだ戦国一の兵なのだ。
最後まで明王朝の再興に賭けた鄭芝龍の子、鄭成功と信繁は、どこか似ているのではないかね。
輸送船からぞくぞくと兵たちが降りてくる。その数、五千。
これで井伊直政の兵力を合わせて一万一千になる。攻城三倍の原則からしてゼーランディア城を落とすに十分な兵力が揃ったわけだ。
この輸送船弾を護衛してきたのが、伊達水軍である。旗艦、梵天丸を含めた六隻の艦隊が錨を下している。その片隅に真田丸も停泊している。
「伊達水軍と比べると、真田丸がみすぼらしく見えるのだ。信繁君が可哀想なり。」
船は小さくとも、心は大きいのだよ。
さっそく井伊直政が迎えに出た。伊達政宗は井伊直政と再会し、袁崇煥を引き合わせた。
「袁崇煥殿はお若いが大した武将でのう、この政宗も敵わぬ御仁じゃ。」
後に帝国一の智将と呼ばれるこの若者は、しきりに恐縮している。
「信繁君はどこなりか?」
真田信繁は荷下ろしをしているではないか。荷は諸葛銃である。
「真田殿、真田殿、こちらへ参られよ!」
井伊直政が大声で呼んでも、信繁は笑って荷下ろしに精を出している。
あきれ果てた井伊直政が小走りで真田丸の処までやってきて、
「どれ、わしも手伝おう!」
と、荷下ろしを始めたのである。
伊達政宗と袁崇煥も手伝い始めた。
木箱の蓋を開けると、諸葛銃がずらりと並んでいる。
その一丁を井伊直政が取り上げ、海に向かって構えて見せた。
彼らの頭上をギンヤンマが旋回している。
午後からの軍議に備えて、袁崇煥は数名の供を従えて偵察に出た。地形を調べ、遠眼鏡でゼーランディア城の様子を覗い、時には風向きや潮の流れを丹念に書き留めていった。
軍議には泥だらけの姿で現れ、みなを驚かせた。
卓上にはゼーランディア城を中心とした地図が広げられている。
井伊直政がこれまでの戦闘経緯について説明してる。
「城の山側、こちらは鉄壁の守りじゃ。攻めにくいことこの上ない。海側は守りが弱い。じゃが、船が出てきて艦砲射撃をくらう。それで攻めあぐねっておったのじゃ。」
だが、今回は伊達水軍が合力する。オランダ船の動きをけん制できれば、海側からの攻撃が可能になる。それに諸葛銃がある。射程距離はオランダ人の元込め銃の五割増しである。これで城壁の兵士を狙い撃ちすれば、敵の防御を剥いでいくことができる。
ここまでなら誰でも考え付く。
だが、袁崇煥は違うというのだ。
セーランディア城の兵力のほとんどが傭兵である。その傭兵の半数以上が台湾で雇い入れられた先住民である。いわば彼らも帝国の民ではないかというのだ。
台湾の先住民たちは、オランダ人に密林を焼かれ、山を焼かれ、ささやかな田畑を失い路頭に迷っていたのだ。オランダ人たちは、その弱みに付け込んで、金をちらつかせて傭兵にしてしまったのだ。
彼らを救う戦でなければ義が立たぬ、とこの若き武将は訴えたのだ。
「さすがだ、伊達殿がほれ込んだことはある。この直政、感服つかまつった。」
「袁崇煥殿、よう言われた。我らは義によって立つのみじゃ。」
伊達政宗は力強く拳を握った。
「ならば袁殿、いかになされる?」
真田信繁が問うた。
「オランダ人たちの望みの綱をひとつひとつ断ち切ってしまうのでございます。」
「面白い、その策、聞かせていただこう。」
直政がにやりと笑った。
袁崇煥の策はこうだ。
まず山側から諸葛銃による攻撃である。これで射程距離の違い、弾丸の破壊力の違いを見せつける。
次に井伊の赤備え部隊が海側からの攻撃を行う。これは囮である。戦場で目立つ赤備えは囮に恰好である。海岸の赤備え軍団を叩こうと船が出てくる。
オランダ人たちは虎の子の船を全て出航させることはないであろう。四隻、多くて六隻である。伊達水軍の六隻は互角以上の戦いができるだろう。
オランダ船が出てきたところで、伊達水軍が迎撃に向かう。勝つ必要はない。海上に釘付けにし、艦砲射撃を封じればよいのだ。
その隙に、伏せておいた袁崇煥の兵が海岸線から突入し残った船を焼き払う。
これでゼーランディア城は完全に孤立する。
あとは城内に間者を入れて、傭兵たちに逃亡を促すのだ。
逃亡してきた傭兵は手厚く迎え、暮らしが立つようにしてやる。
「痛快じゃ!」
伊達政宗が叫んだ。
だが、袁崇煥は冷静だ。
「ここまでうまくいことは思っておりません。しかし、この半分でも成功すればオランダ人たちの望みの綱を断ち切ることができます。」
真田信繁が再び問うた。
「海から、オランダ船の援軍が来たならどうする。」
「そこが懸念すべき点でございます。援軍が来ればオランダ人たちの望みの綱がつながります。だからこそ、この策は迅速をもってよしとするのです。あと半月もすれば帝国艦隊が大船団を率いて到着しましょう。帝国艦隊が海上を封鎖してしまえばオランダ人どもの最後の望みの綱が断ち切られます。」
みなが腕組みして頷いた。
袁崇煥、恐るべし智将だ。
戦のことだけではない、戦時にあってなお民を気遣う心映えがうれしいではないか。
「袁崇煥君、すごいなりー。戦国武将から浮気したくなったなりー。」
この映像が電波に乗ったときから、袁崇煥は中国人民のヒーローとなった。ここまでは、どうしても日本人の活躍が目立ったのだが、ここにきて素晴らしい中国人武将が現れたのだ。
香港のアクション映画スター、ジャッキー・チャンが袁崇煥に惚れ込み、次回作の主人公にするらしい。もちろん碧海作戦上の袁崇煥の物語であり、カンフーでオランダ人たちと戦うのだそうだ。ジャッキーは私も大好きだが、ご都合主義の歴史ファンタジーは勘弁してほしい。
改変前の歴史では、袁崇煥はヌルハチを敵に回して戦った明末の武将である。さすがのヌルハチも袁崇煥の用兵の巧みさに手を焼いた。ヌルハチの子、ホンタイジは明の宮廷に間諜を送り込み、宦官を買収して讒言をさせた。袁崇煥が謀反をたくらんでいると。
袁崇煥は体の肉を少しづつ剝ぎ取られる刑に処せられ死んだ。袁崇煥を失ったことが明の滅亡を決定的にしたと言われている。
そういえば、真田信繁にひっついて大活躍をした鄭芝龍も子どもながら、中国人民の人気者になっていた。
中国人民にしてみれば、将来大物に育つ鄭芝龍が、貧乏な真田信繁にひっついていることが気にくわないようだ。
だが、中国人民諸君!
真田信繁は最後まで豊臣方について強大な敵に挑んだ戦国一の兵なのだ。
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