歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優

文字の大きさ
上 下
37 / 97
第二部 西欧が攻めてくるなり

8、上海ラボ

しおりを挟む
 碧海作戦の研究室は、引っ越しすることになった。
 じつは前から決まっていたのだが、ここにきて碧海作戦の政治的側面が強くなってしまったため予定が早められたのだ。
 政治の都、北京から、経済の都、上海へ移すことによって少しでも政治色を押さえようというのだ。
 それに海王朝の本拠は上海である。碧海作戦の研究室が同じ上海にあったほうが見栄えがいいというのだ、

 なんか違和感があると思ったら、戸部典子がジーンズ姿なのである。
 こいつはいつも黒いスーツを着ている。もともと外務省の職員というお堅い身分だったからしょうがないのかもしれないが、若い娘がオシャレのひとつもせず、着たきりスズメなのはいかがなものかと問うたところ、
「あたしは黒いスーツを六着持っているのだ、全部ブランドものなりよ。」
 との答えが返ってきた。
 私は戸部典子のクローゼットに同じような黒のスーツがずらりと並んでいる様子を想像して笑ってしまった。
 李博士を見習え! いつもエレガントなファッションで私の目を楽しませてくれている。高いハイヒールでコツコツと床を鳴らせて歩く李博士の姿は優雅である。それに比べて、戸部典子、おまえはベタ靴でバタバタと歩き回って、色気もへったくれも無いではないか。

 戸部典子は戦国武将のフィギュアたちを丁寧に紙にくるんでダンポール箱に詰めている。
 戦国武将からの略奪品はスーツケースに仕舞っている。こればかりは中国の運送会社に任せて失くされたら大変だ。お宝は自分で持っていこうとしているのだ。

 北京では私も戸部典子もホテル暮らしだったが、上海ではマンションを借りることにした。といっても中国政府が手配した社宅のようなものである。
 黄埔江を眼下に見下ろす高層マンションの三十七階の部屋で、夜には上海の夜景が楽しめるそうだ。独身貴族の隠れ家。中国政府の粋なはからいだ。
 驚いたことに、戸部典子の部屋は私の隣の部屋だ。引っ越しで鉢合わせして、お互い脂汗を?いてしまった。中国政府は細かい配慮に欠けている。

 戸部典子が脂汗をかいたのは初日だけだった。
 翌日からは、「味噌はないなりか」とか「お米を貸してほしいのだー」とか言って、私のプライベートゾーンにずかずかと土足で入り込むようになる。
 ある日、帰宅すると戸部典子が私の部屋にいるではないか。
 何でだ、と聞くと。
 「このあいだ、合鍵を作っておいたなり。」
 と答える。
 それに、おまえが今飲んでいるのは何だ!
 「これなりか、クローゼットの中に落ちてたなり。この芳醇なコクがたまらないなり。」
 そんなことを訊いているのではない!
 それは私が隠しておいた幻の焼酎「千年の愉楽」ではないか。
 食ってるのは何だ!
 「鰻の白焼きなり、冷蔵庫の中に落ちてたなり。」
 落ちてたのではない! 
 私が通販でお取り寄せした「おひとり様グルメ」の逸品なのだ。
 「先生の部屋の冷蔵庫にはおいしそうなものがいつも落ちてるなり。」
 悔しいので、戸部典子の手から焼酎のボトルを取り上げて私も飲むことにした。
 楽しみにしていた真空パックの鰻の白焼き、高知の四万十川の鰻だぞ。半分も食いやがって、残り半分は私が食う!
 「いいのだ、また冷蔵庫の中の落とし物を探すなり。」
 私の部屋は次第に戸部典子の植民地と化していく。戸部インド会社、恐るべしである。

 陳博士も引っ越してきたが、今後は北京と上海を行ったり来たりになるとのことで、北京の自宅もそのまま残した。
 李博士はもともと上海の出身だとかで、実家から通うらしい。

 上海の研究室は、北京のよりひとまわり広い。メイン・モニターも少し大きく見えた。
 壁面にはあいかわらす意味不明の計測機器のようなものが並んでいる。
 北京ラボと違うのは、ちょっとオシャレになったことだ。壁紙は淡いピンクだし、私たちが打ち合わせをする中央テーブルはちょっとしたカフェみたいなのだ。
 せっかくのお洒落なテーブルの上に戸部典子が戦国武将のフィギュアを並べて台無しにしている。
 北京では研究室はあくまで研究室だったのだが、上海の人々はおしゃれに「上海ラボ」と呼ぶ。
 上海ラボ、始動である。

 上海はいい。北京に比べて明るい街だ、巨大なビルが立ち並び、ときどき東京みたいだと錯覚してしまう。街の人々も、高度経済成長期の日本人のようなのびやかな活気がある。
 かつて西欧人や日本人が租界と称する外国人居留地があった。外国人たちが我が物顔で歩いていた頃から「魔都」と言われただけあって、抗しがたい魅力を持つ都市だ。
 中国でも北方と南方では大きく違う。この広大な国が一枚岩であるわけがない。ただ、中華という巨大な文明がそれらを結び付けているのだ。
 私は日本人の源流のひとつは、中国の揚子江流域にあると考えていた。
 この地では、春秋・戦国時代において楚と呉が、そして呉と越が戦った。敗北した国の民が、日本列島へ流れたとしても不思議ではない。現に呉も越も日本の地名に残っているではないか。広島県のくれ、越前、越中、越後の越である。ここは古代において越こしの国と呼ばれた。二十六代の天皇、継体天皇は越の国から来たという。ここに王朝交代があったとされる説もあるが定かでない。日本のタイムマシンが廃棄されていなければ、ぜひ真相を調べてみたいものだ。
 上海は越の地である。
 揚子江流域は日本人の故郷のひとつなのだ。


 田中博之一尉以下、三名の自衛隊ドローン部隊の隊員が上海ラボに挨拶に来た。
 いよいよ十七世紀に派遣されるのだ、
 田中一尉はまず、桧垣忠司二尉を紹介した。自衛隊ドローン部隊のエンジニアだ。ドローンの整備だけではなく、搭載する様々な装備も開発しているらしい。小太りの優しそうな男だが、目がぎらぎらしている。
 次は、相場剣介三尉だ。軽そうなハンサムボーイだが、腕は確からしい。偵察用ドローン、シーガルを操れば彼の右に出る者はないそうだ。シーガルはカモメを模した鳥型のドローンである。高速飛行で遠距離偵察を担当する。
 例の木場あかね三尉も同行している。
 ヘルメットとゴーグルを取ると、端正な顔立ちをしているではないか。ボーイッシュな美少女だ。
 陳博士が、
 「このあいだは、すごいものを見せてもらいました。」
 と言って、木場三尉の肩に手を置いた。
 木場三尉はその手を跳ねのけて、陳博士をにらみつけた。
 「気安く触るな!」
 おー、怖い。話しかけなくてよかった。
 超イケメンの陳博士の手を払いのけるとは、なんて女だ!
 田中一尉が陳博士に手をすり合わせて謝っている。

 上海ラボが気まずいい空気に包まれた時、井伊直政のフィギュアを手にした戸部典子がおすまし顔で入ってきた。
 私がしつこく「李博士を見習え!」と言ったものだから、彼女は「おすまし顔」を開発していたのだ。
 李博士はとろんとした色っぽい目元である。これをコピーしたおかげで薄目を開けたような目になている。李博士が口元に絶えず笑みを浮かべているのをマネして、口を半開きにしている。
 はっきり言おう。不気味な顔だ!
 悪かった、戸部典子。おまえのパキパキの顔立ちに李博士の真似は似合わない。
 あっ、こけた!
 馴れないハイヒールなど履いたせいで躓いたのだ。
 「いてて!」
 腰を押さえながら戸部典子が立ち上がる。おまえは、ばあさんか!

 「ひゃーぁぁぁぁぁ。」
 頭のてっぺんから出たような妙な声だった。
 誰だ、と思ったら木場あかね三尉だ。
 戸部典子を見て、あのブラックホールのような暗い目がぐるぐると回り始めた。
 「もっ、もしかして、戸部典子さん・・・」
 「そうなり、あたしが戸部典子なり。」
 「わたくし、じえいたいドローンぶたいの、きばあかねです・・・。」
 敬礼する手が震えている。
 「あかねちゃん、このあいだは凄かったなりね。」
 「はい、こうえいです。あたくし戸部典子さんの大ファンなのです。うれしいです。」
 さっきのドズの効いた声はどこえやら、蚊が鳴くような声も絶え絶えである。
 戸部典子がずんずん木場三尉に近づいていく。木場三尉の手をがっちり握って、
 「あかねちゃん、期待してるなり。」
 と言うと、くらくらして倒れそうになった。
 「現地に行く前にどこかでお茶しようなり。ガールズトークするなり。」
 「かんげきです、がーるずとーくするなりです。」
 木場三尉が引きつった笑顔に涙まで浮かべているではないか。
 大丈夫なのか、こいつ。

 田中一尉以下、ドローン部隊が上海ラボを後にした。
 木場三尉は戸部典子に手を振りながら名残惜しそうに帰っていった。

 私の耳元で陳博士がささやいた。
 「感動です、本物のツンデレを見ました。」

 「あれはヤンデレなり!」
 ほほほ、と笑いながら戸部典子はハイヒールをコツコツと鳴らしながら歩いている。
 あっ、またこけた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

召喚されたら無能力だと追放されたが、俺の力はヘルプ機能とチュートリアルモードだった。世界の全てを事前に予習してイージーモードで活躍します

あけちともあき
ファンタジー
異世界召喚されたコトマエ・マナビ。 異世界パルメディアは、大魔法文明時代。 だが、その時代は崩壊寸前だった。 なのに人類同志は争いをやめず、異世界召喚した特殊能力を持つ人間同士を戦わせて覇を競っている。 マナビは魔力も闘気もゼロということで無能と断じられ、彼を召喚したハーフエルフ巫女のルミイとともに追放される。 追放先は、魔法文明人の娯楽にして公開処刑装置、滅びの塔。 ここで命運尽きるかと思われたが、マナビの能力、ヘルプ機能とチュートリアルシステムが発動する。 世界のすべてを事前に調べ、起こる出来事を予習する。 無理ゲーだって軽々くぐり抜け、デスゲームもヌルゲーに変わる。 化け物だって天変地異だって、事前の予習でサクサククリア。 そして自分を舐めてきた相手を、さんざん煽り倒す。 当座の目的は、ハーフエルフ巫女のルミイを実家に帰すこと。 ディストピアから、ポストアポカリプスへと崩壊していくこの世界で、マナビとルミイのどこか呑気な旅が続く。

国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山
ファンタジー
信長以前の戦国時代の畿内。 そこでは「両細川の乱」と呼ばれる、細川京兆家を巡る同族の血で血を洗う争いが続いていた。 勝者は細川 氏綱か? それとも三好 長慶か? いや、本当の勝者は陸の孤島とも言われる土佐国安芸の地に生を受けた現代からの転生者であった。 史実通りならば土佐の出来人、長宗我部 元親に踏み台とされる武将「安芸 国虎」。 運命に立ち向かわんと足掻いた結果、土佐は勿論西日本を席巻する勢力へと成り上がる。 もう一人の転生者、安田 親信がその偉業を裏から支えていた。 明日にも楽隠居をしたいと借金返済のために商いに精を出す安芸 国虎と、安芸 国虎に天下を取らせたいと暗躍する安田 親信。 結果、多くの人を巻き込み、人生を狂わせ、後へは引けない所へ引き摺られていく。 この話はそんな奇妙なコメディである。 設定はガバガバです。間違って書いている箇所もあるかも知れません。 特に序盤は有名武将は登場しません。 不定期更新。合間に書く作品なので更新は遅いです。

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...