歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優

文字の大きさ
上 下
31 / 97
第二部 西欧が攻めてくるなり

2、時代は海へ

しおりを挟む
 上海の港に真田丸が停泊している。夜になると船室に明かりが灯った。
 船室のテーブルを挟んで伊達政宗と真田信繁が座っている。その間に戸部典ノ介こと戸部典子がちょこんと座っている。
 ほんとうにどこにでも入り込んでしまう奴だ。
 テーブルの上には伊達政宗が運ばせた御馳走が並べられている。
 三人とも上海ガニにしゃぶりつていて暫く無言だ。
 上海ガニの甲羅を割ると、たっぷりとした身とカニ味噌がつまっていてる。濃厚な味は誰をも無言にさせてしまうのだ。
 ひとごこち着くと、三人は酒を酌み交わし始めた。上海で流行っていた西欧風のワイングラスに葡萄酒をなみなみと注いでいる。
 戸部典子のピン・マイクのおかげで政宗と信繁の会話を拾うことができた。4
 戸部典子、グッジョブである。これで興味深い会話を聞くことができる。
 人民解放軍の収音マイクは性能が悪いのだ。パワーを上げれば音が割れてしまう。下げれば蚊が鳴く程度の音しか拾わないのだ。メイド・イン・チャイナだから仕方がないのだけど。
 伊達政宗が言った。
 「わしは領地を返上しようと思うのだ。」
 政宗に領地は奥州仙台である。中華帝国の中心から大きく外れている。
 大名が領地を返上する。それは大名でなくなることを意味する。
 さすがの真田信繁も驚いたようだ。
 だが、時代は変わりつつある。

 信長が北伐を終えると、明智光秀が隠居を願い出た。近江坂本の領地も返上するという。改変後の歴史では織田配下にあって城持ち大名は光秀ひとりである。
 光秀は信長が中央集権を志向していることを理解していたし、また東アジア海洋帝国がそうあるべきだと確信していたのだ。我が意を得たりと、信長は代わりに光秀にインドとの貿易の優先権を与えた。「特許状」である。インドとの貿易で他の勢力と競合した場合、明智家に優先権があるのである。
 これに倣ったのが、浅井長政である。長政はジャワ貿易の優先権を得た。
 面白いのは、この二人ともが近江に領地を持っていたことだ。領地を返上しても、地元のネットワークは残される。そこには近江商人たちの巨大なシンジゲートが誕生しつつあったのだ。近江商人たちは世界を舞台に活躍し、そのバック・ボーンとなったのが明智家と浅井家だったのだ。
 明智家と浅井家はもはや大名ではなく、巨大な貿易商社のような集団になりつつあった。ちまちまと領国経営をするよりも、海に打って出て新しい時代を築こうとしていたのだ。

 政宗は新しい時代にいかに対応するかを悩んでいたのだ。
 真田信繁が言った。
 「わしは、北の大地を見てきた。満州、その北にも広大な平原があった。樺太、蝦夷地、まだまだわしらには知らない土地があるのじゃ。」
 「北か、考えたこともなかった。わしの領地、仙台は帝国の辺境に過ぎんと思うておったわ。」
 「政宗殿、時代は変わる。だが、その次の次がある。」
 「なるほど、その次の次、北との貿易を考えれば、仙台はその中心になるというわけか。」
 「面白かろう。北の大地は海産物が豊かじゃ。それに珍しい獣がうようよおる。」
 信繁は船室の棚からテンの毛皮を取り出し、政宗に渡した。
 滑らかで艶やかで、美しい毛皮だ。
 政宗が「ほう」という顔をしている。
 おとなしくしていた戸部典子が割って入った。
 「これは貴重な毛皮なりよ、きっと高く売れるなり。それに蝦夷地は美味しいものがいっぱいなのだ。」
 政宗と信繁が怪訝な顔をしている。
 「お主、蝦夷地に行ったことがあるのか?」
 信繁が問うた。
 「二回行ったなり。タラバガニ、ウニ、イクラ。考えただけで涎がでるなり。」
 信繁もアイヌ族と食べた珍味の数々を思い出したらしい。
 政宗が膝を打った。
 「よし、わかった。領地は返上せん! これからは船じゃ。伊達水軍を充実させて海に乗り出してやる。北でも南でも、世界の果てまでいってやるわ!」
 「そうなり、伊達丸の船出なりよ!」

 信長は中国や朝鮮では家臣に領地を与えることをしなかった。領地を与える代わりにサラリーを支払うことにしたのだ。
 日本列島は信長の次男、信雄の支配下にあったが、位置づけとしては織田の分家の当主であり、日本総督である。皇帝位にある織田本家の血筋が途切れた場合のバックアップに過ぎない。日本総督の実質上の仕事は優秀な人材を抜擢してこの任に充てるのだ。この時期は蒲生氏郷が任にある。
 朝鮮半島は羽柴秀吉のあとを継いだ甥の秀次が治めていたが、彼は朝鮮総督であり、封建領主ではない。治世が悪ければいつでも交代させられるし、今後も世襲が許されるわけではない。
 日本列島には封建領主たちが残ってはいたが、七割弱が直轄地になっていた。天下統一の折、多くの戦国大名が滅ぼされ、信長に領地を奪われた。大名らしい大名は、島津・毛利・長曾我部・上杉・伊達くらいなものだ。また、徳川という大大名が滅びたことはこの現象に拍車をかけた。
 真田も信州上田に領地を持っていたが微々たるものである。領地にこだわる小大名たちはやがて時代に取り残されることになる。
 毛利は、織田の軍門に下ったときから長門と周防の二国に封じ込められた。島津も薩摩と大隅を支配しているに過ぎない。長曾我部は土佐一国、上杉も会津一国である。これらは独立公国として永らえることになる。
 薩摩・長州・土佐、維新の原動力となる勢力が帝国の片隅に残ったことは興味深い。

 島津も毛利も貿易の利益には気づいていたが、戦に明け暮れてきた戦国大名たちが即座に経済の時代に順応できるわけではない。
 明智、浅井がやった大転換は簡単に真似できるものではないのだ。
 明智水軍に浅井水軍、両家は領地の代わりに水軍を持っていた。この頃の貿易には海賊との戦いに備える必要があったからだ。それだけではない。西欧から来た船も武装している。「特許状」は西欧諸国には通用しない。この場合は武力でねじ伏せる必要があるからだ。

 伊達政宗は船の建造に着手し、伊達水軍を創健した。伊達水軍の船は西欧のガレオン船の構造を取り入れた三本マストのスマートな船だ。たくさんの荷物や武器を積み込むことができ、船速も早い。
 伊達水軍の大将となったのが支倉常長はせくら つねながである。改変前の歴史では伊達政宗の命を受けて太平洋を渡りメキシコまで行った男だ。こういう人材にスポットライトが当たり始めた時代だった。
 旗艦「梵天丸」がロール・アウトされた。梵天丸の名は伊達政宗の幼名から取ったものだ。
 梵天丸の甲板で腕組みした伊達政宗が高笑いをしながら言った。
 「見よ、これがわしの新しい城じゃ!」
 なぜが、その隣で同じように腕組みした戸部典子が、にまにま笑いをして言った。
 「梵天丸もかくありたいなり。」
 そのセリフは名作大河ドラマのパクリではないか。
 気持ちは分かる。私でも伊達政宗に会ったら、このセリフを言いたくなる。

 時代は海へ向かって大きく開かれようとしていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

進撃!犬耳機動部隊

kaonohito
ファンタジー
二連恒星『アマテ』と『ラス』の第4惑星『エボールグ』。 かつての『剣と魔法の世界』で、遺跡から発掘された遺構から蒸気機関を再現、産業革命を起こし、科学文明の強国となった『チハーキュ帝国』 その練習艦隊が航行中、不思議な霧によって視界と電波を遮られる。 その霧が晴れたとき、そこは元通りの平和な海の上────ではなかった。 突如接近してきた、“青い丸に白い星”という“見たこともない”国籍表記をつけた急降下爆撃機に襲撃される──── 新学暦206年────西暦1942年6月5日、世界を挟んだ大戦が勃発する! 2024年04月24日、リブートします。 この作品は『ハーメルン』でも同時公開しています(「神谷萌」名義)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

処理中です...