歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優

文字の大きさ
上 下
22 / 97
第一部 信長様の大陸侵攻なり

22、馬上鉄砲

しおりを挟む
 上海の港に、浅井長政が率いてきた船団が停泊している。
 長政は関が原の戦勝報告をかねて上海を訪れたのだ。
 織田信雄の補佐は蒲生氏郷に任せている。関が原の戦いでの氏郷の優秀さを長政は大いに気に入り、自分の後釜に据えたのだ。

 船からは大量の鉄砲が荷下ろしされている。また、鉄砲鍛冶たちも大勢乗船しており、彼らは大陸において鉄砲づくりに励むことになる。
 対ヌルハチ戦の本格的な準備が始まったようだ。信長は北伐を考えているのか?

 長政は妻の、お市を帯同していた。お市は信長の妹である。茶々、初、江、三人の娘たちも一緒だった。信長は妹と姪たちに再開した。三人の娘たちも大きくなっている。噂にたがわず美しい。
 これは信長にとって武器になる。要するに政略結婚だ。ヌルハチに差し出して和平を乞うこともできるかもしれない。姪を差し出し、油断させたところに攻め込む。信長だったらやりかねない。改変前の歴史では、お市を妻とする浅井長政を攻め滅ぼした男なのだから。
 「そんなの許せないなり。」
 私がそういうと戸部典子は噛みついてきたが、これが戦国のならいならいというものではないかね。
 中国の歴史を紐解けば、漢の初代皇帝だった劉邦でさえ、騎馬民族の匈奴に怯え、公女を差し出したくらいなのだ。
 まぁ、そうならないことを願う。

 「黒田如水殿、ご到着なりー。」
 戸部典子が嬉しそうにしている。また、戦国の大スターが加わったからだ。
 家康謀反のこともあって、長政は危なさそうな黒田如水を半ば拉致同然に連れてきていたのだ。 
 黒田如水は上海城を見上げて呆然としている。供回りも連れず、所在なさげだ。拉致同然なのだから仕方がない。でも黒田如水クラスになれば、たったひとりでも軍師として勤まるのだ。

 真田信繁は馬上鉄砲を完成していた。
 馬上から鉄砲を撃つ。そのために銃身を短く切り詰めている。三本の銃身が束ねられ三連発が可能なのだ。
 ためし撃ちには伊達政宗も参加している。この二人は馬が合うらしく、頻繁に往来している。
 信繁が馬上から的に向かって、三連射する。当たったのは一発のみ。
 今度は俺にやらせろとばかりに、政宗が信繁から馬上鉄砲を取り上げた。
 「政宗君、がんばるなりー。」
 ばん、ばん、ばん!
 「惜しいなり。一発外したなりー。」
 今度は信繁が、お返しとばかりに政宗の兜を取り上げた。例のナイキの兜だ。シンプルで実用性に富んでいる。それにナイキのマークがかっこいい。
 「馬上鉄砲にナイキの兜、これなら高機動力で満州騎兵を圧倒できる。」
 とでも話しているのだろうか、二人が大笑いしている。
 「男の友情って、いいなりなー。」
 またまた戸部典子が、うっとりしてやがる。

 真田信繁は信長に馬上鉄砲を献上した。
 信長は「デ、アルカ」と言っただけだったが、その後、信繁は信長の秘書のようにされてしまった。
 忙しい日々が始まった。
 午前中は信長から命じられた仕事をこなし、昼からは鉄砲の生産ラインの管理だ。
 ふいごふいごがごうと風をおくり、溶鉱炉は燃え盛っている。まるで灼熱地獄だ。
 だが、この職場は楽しい。職人たちは日々アイディアを出し合い、鉄砲に改良を加えているのだ。信長は鉄砲鍛冶たちにもチャンスを与えていた。能力のある者には莫大なサラリーが支払われていた。真田の次男坊よりも羽振りのいいものがたくさんいた。

 清との国境地帯では幾度となく小競り合いが続いていた。戦況は芳しいものではなかった。
 信長は軍制改革に乗り出した。
 この当時の武将たちは、何人もの供回りを従えて戦場に赴く。旗持ち、槍持ち、弁当を持っていくだけの者もいる。これが集団戦法を妨げている。
 信長はこの供回り衆を武将たちに差し出させたのだ。供回り衆には鉄砲を持たせ、信長の直属とした。この頃の信長には武将たちに有無を言わせぬ力があったのだ。武将たちも満州騎兵に勝つためには仕方がないと諦めたのであろう。
 武将たちは騎馬軍団を構成した。一騎駆けを許さぬ統率のとれた騎兵である。
 形だけではではあるが近代的軍制に大きく近づいた。

 西欧の歴史では民衆が銃を持つことによって市民になっていった。銃が市民社会を生み出したといっていい。フランス革命では市民が銃を持って戦った。やがてナポレオンが市民軍を国民軍に編成していく。その過程で近代の国民国家が生まれたのだ。国民の誰もが銃をとって戦うことができるのが国民国家の条件である。

 近代国家にあって、信長の軍隊に無いもの。それは国民国家の概念だ。国民国家とは英語でネーション・ステーツである。
 ネーション(国民)とステーツ(国家)が結びつくことによって近代的国家が誕生したのである。つまり 国民のひとりひとりが国家に対して義務と権利を持ち、その義務のなかには兵役も含まれる。自国のためならば命をかけるのである。
 愛国心というのは、国民国家の産物である。愛国心があるから国家のために死ねるのだ。
 ただ、この愛国心は悪用され易い。

 信長は鉄砲歩兵たちの訓練を開始した。
 担当者は、またまた真田信繁だ。それに伊達政宗も協力している。
 信繁も政宗も背中に馬上鉄砲を背負っている。お揃いのナイキの兜をかぶっている。
 一日中、鉄砲の音が響き渡る練兵場を、二人の若者が大声をあげて走りまわっている。
 「素敵なり。」
 戸部典子にとっては大好物が二つ並んでいるのだろう。

 そろそろ、ヌルハチも中原における地固めを終える頃だろう。
 再び戦雲が巻き起こりつつあった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

無職ニートの俺は気が付くと聯合艦隊司令長官になっていた

中七七三
ファンタジー
■■アルファポリス 第1回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞■■ 無職ニートで軍ヲタの俺が太平洋戦争時の聯合艦隊司令長官となっていた。 これは、別次元から来た女神のせいだった。 その次元では日本が勝利していたのだった。 女神は、神国日本が負けた歴史の世界が許せない。 なぜか、俺を真珠湾攻撃直前の時代に転移させ、聯合艦隊司令長官にした。 軍ヲタ知識で、歴史をどーにかできるのか? 日本勝たせるなんて、無理ゲーじゃねと思いつつ、このままでは自分が死ぬ。 ブーゲンビルで機上戦死か、戦争終わって、戦犯で死刑だ。 この運命を回避するため、必死の戦いが始まった。 参考文献は、各話の最後に掲載しています。完結後に纏めようかと思います。 使用している地図・画像は自作か、ライセンスで再利用可のものを検索し使用しています。 表紙イラストは、ヤングマガジンで賞をとった方が画いたものです。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

進撃!犬耳機動部隊

kaonohito
ファンタジー
二連恒星『アマテ』と『ラス』の第4惑星『エボールグ』。 かつての『剣と魔法の世界』で、遺跡から発掘された遺構から蒸気機関を再現、産業革命を起こし、科学文明の強国となった『チハーキュ帝国』 その練習艦隊が航行中、不思議な霧によって視界と電波を遮られる。 その霧が晴れたとき、そこは元通りの平和な海の上────ではなかった。 突如接近してきた、“青い丸に白い星”という“見たこともない”国籍表記をつけた急降下爆撃機に襲撃される──── 新学暦206年────西暦1942年6月5日、世界を挟んだ大戦が勃発する! 2024年04月24日、リブートします。 この作品は『ハーメルン』でも同時公開しています(「神谷萌」名義)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

楽将伝

九情承太郎
歴史・時代
三人の天下人と、最も遊んだ楽将・金森長近(ながちか)のスチャラカ戦国物語 織田信長の親衛隊は 気楽な稼業と きたもんだ(嘘) 戦国史上、最もブラックな職場 「織田信長の親衛隊」 そこで働きながらも、マイペースを貫く、趣味の人がいた 金森可近(ありちか)、後の長近(ながちか) 天下人さえ遊びに来る、趣味の達人の物語を、ご賞味ください!!

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...