20 / 97
第一部 信長様の大陸侵攻なり
20、勅使到着
しおりを挟む
北に「清」、南に「海」。二つの王朝はそれぞれ独自の動きを見せた。
清は徳川家康の残存勢力を打ち破りながら、黄河流域を西進した。洛陽、そして長安と中国でも歴史ある大都市を掌中に収めた。
ヌルハチは新たに従えた漢民族の武将を編成し「漢人八旗」を創設した。軍制を新たにし、やがては南征を行い海王朝との対決に備えている。清の統治は中華の伝統に従うものであり、概ね善政を行ったといえるだろう。
さて、我らが信長様は山東半島から南の沿岸部と揚子江流域を支配していた。
「中原など、ヌルハチにくれてやってもかまわぬ。」
くらいに思っていたのかもしれない。これが大問題なのだ。南の王朝が北の王朝に併呑されてきたのが中国の歴史なのだ。
南北朝が睨みあい、戦況が膠着状態に入ったころ、信長のもとに勅使が到着した。京の都の朝廷からの使者だ。勅使の目的は信長の皇帝即位を寿ぐことだったが、実は様子を見に来た密偵なのだろう。
上海の街を勅使の行列が練り歩き、中国人たちはその異国情緒あふれる風情を楽しんだ。街はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
皇帝の玉座から勅使を引見した信長は、あろうことか勅使を跪かせてしまった。信長が日本の武将のひとりであったならば、勅使を上座に、信長が下座に座り、うやうやしく勅書を受け取るのである。
だが、信長は皇帝である。聖徳太子の言うように「日出る処の天子」と「日没する処の天子」が同格だとしても、百歩譲っても同格なのだ。
朝廷から賜った官位などすべて返してしまった信長だったが、朝廷はあくまで前右大臣、信長を臣下として扱うのだ。
これに激怒したのが関白・近衛前久である。改変前の歴史では本能寺の変の黒幕説がある公家の大物だ。
「やっぱり悪そうな顔をしているなり。」
戸部典子が言うように近衛前久は公家というよりも荒武者のような容貌をしている。上杉謙信とも交流を持ち、本願寺・顕如をけしかけて信長包囲網を敷かせたりしたほどの人物である。
近衛前久は朝廷において「信長追討の宣旨」を取り付け、密かに全国の大名に向けて発したのである。信長が日本に居ないうちに、乗っ取ってしまおうという腹だ。
ところが、有力な大名や武将のほとんどは大陸に居たのである。日本に残った大名たちは二流か三流、そうでなければ年老いて第一線を退いた武将たちばかりだ。
信長追討の宣旨に対するリアクションさえなかった。
大阪城には信長の次男・信雄がいる。その補佐をつとめるのが浅井長政だ。二流の武将程度で敵う相手ではない。
信長追討の宣旨はやがて浅井長政の知るところとなり、関白・近衛前久は京の都を逃れたのである。前久が頼ったのは大和の国の松長久秀である。
「生きてたななりか、弾正!」
弾正とは松長久秀の官名である。
信長の天下統一の勢いがものすごかったので、忘れられた武将となっていたのだ。改変前の歴史では、戦国一の策士、大悪人である。ただ、もう八十過ぎの老いぼれである。もう二十も若ければ、策を巡らし、ひと暴れすることもできただろう。だが人生は儚い。もう一花の思いがあったのだろう、久秀は関東に使者を送った。
そのころ、敗戦の責任を取らされた徳川家康は関東の領地に戻り、江戸において蟄居していた。この機会に信長は、家康の三河・駿河を取り上げ、関東に移ることを命じたのである。家康は失意し、日々無聊を囲った。
松長久秀の使者が訪れたのはそんな時である。
これはひょっとして再起のチャンスではないか。
家康と久秀の間に激しく文が飛び交った。
近衛前久を掌中の玉としたことで、徳川家康の野心に再び火が付いた。家康は密書をしたため、主に東日本の大名たちに信長追討に協力を要請したのである。
関東は不穏な状況になりつつある。
「やっぱり、タヌキ親爺なり。」
戸部典子がタヌキの帽子をかぶっている。おまえもタヌキだろ。
碧海作戦の研究室のスタッフたちは、この動きにあまり注意をはらっていない。信長が中国を抑えた以上、日本など後回しなのだ。それよりも北のヌルハチが気にかかる。大状況に対して小情況というところだろう。中国人は大状況を読み取るに聡い。
しかたがないので、ほんとにしかたがなかったので、私は戸部典子と二人で、小情況をモニタリングすることにした。
「なんか、わくわくするなり。これで戦国武将同士の戦が見られるなり。」
戸部典子が目を輝かせている。目から光線でも出しそうな勢いだ。
久々の日本だ。実に平和ではないか。信長の天下統一以降、戦らしい戦はおこっていない。なにしろ二流・三流の大名くらいしか残っていないのだ。
それに織田信雄の補佐役・浅井長政の政治手腕が実に優れている。
任せて安心、長政君だ。
徳川家康と浅井長政の決戦が始まる。
清は徳川家康の残存勢力を打ち破りながら、黄河流域を西進した。洛陽、そして長安と中国でも歴史ある大都市を掌中に収めた。
ヌルハチは新たに従えた漢民族の武将を編成し「漢人八旗」を創設した。軍制を新たにし、やがては南征を行い海王朝との対決に備えている。清の統治は中華の伝統に従うものであり、概ね善政を行ったといえるだろう。
さて、我らが信長様は山東半島から南の沿岸部と揚子江流域を支配していた。
「中原など、ヌルハチにくれてやってもかまわぬ。」
くらいに思っていたのかもしれない。これが大問題なのだ。南の王朝が北の王朝に併呑されてきたのが中国の歴史なのだ。
南北朝が睨みあい、戦況が膠着状態に入ったころ、信長のもとに勅使が到着した。京の都の朝廷からの使者だ。勅使の目的は信長の皇帝即位を寿ぐことだったが、実は様子を見に来た密偵なのだろう。
上海の街を勅使の行列が練り歩き、中国人たちはその異国情緒あふれる風情を楽しんだ。街はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
皇帝の玉座から勅使を引見した信長は、あろうことか勅使を跪かせてしまった。信長が日本の武将のひとりであったならば、勅使を上座に、信長が下座に座り、うやうやしく勅書を受け取るのである。
だが、信長は皇帝である。聖徳太子の言うように「日出る処の天子」と「日没する処の天子」が同格だとしても、百歩譲っても同格なのだ。
朝廷から賜った官位などすべて返してしまった信長だったが、朝廷はあくまで前右大臣、信長を臣下として扱うのだ。
これに激怒したのが関白・近衛前久である。改変前の歴史では本能寺の変の黒幕説がある公家の大物だ。
「やっぱり悪そうな顔をしているなり。」
戸部典子が言うように近衛前久は公家というよりも荒武者のような容貌をしている。上杉謙信とも交流を持ち、本願寺・顕如をけしかけて信長包囲網を敷かせたりしたほどの人物である。
近衛前久は朝廷において「信長追討の宣旨」を取り付け、密かに全国の大名に向けて発したのである。信長が日本に居ないうちに、乗っ取ってしまおうという腹だ。
ところが、有力な大名や武将のほとんどは大陸に居たのである。日本に残った大名たちは二流か三流、そうでなければ年老いて第一線を退いた武将たちばかりだ。
信長追討の宣旨に対するリアクションさえなかった。
大阪城には信長の次男・信雄がいる。その補佐をつとめるのが浅井長政だ。二流の武将程度で敵う相手ではない。
信長追討の宣旨はやがて浅井長政の知るところとなり、関白・近衛前久は京の都を逃れたのである。前久が頼ったのは大和の国の松長久秀である。
「生きてたななりか、弾正!」
弾正とは松長久秀の官名である。
信長の天下統一の勢いがものすごかったので、忘れられた武将となっていたのだ。改変前の歴史では、戦国一の策士、大悪人である。ただ、もう八十過ぎの老いぼれである。もう二十も若ければ、策を巡らし、ひと暴れすることもできただろう。だが人生は儚い。もう一花の思いがあったのだろう、久秀は関東に使者を送った。
そのころ、敗戦の責任を取らされた徳川家康は関東の領地に戻り、江戸において蟄居していた。この機会に信長は、家康の三河・駿河を取り上げ、関東に移ることを命じたのである。家康は失意し、日々無聊を囲った。
松長久秀の使者が訪れたのはそんな時である。
これはひょっとして再起のチャンスではないか。
家康と久秀の間に激しく文が飛び交った。
近衛前久を掌中の玉としたことで、徳川家康の野心に再び火が付いた。家康は密書をしたため、主に東日本の大名たちに信長追討に協力を要請したのである。
関東は不穏な状況になりつつある。
「やっぱり、タヌキ親爺なり。」
戸部典子がタヌキの帽子をかぶっている。おまえもタヌキだろ。
碧海作戦の研究室のスタッフたちは、この動きにあまり注意をはらっていない。信長が中国を抑えた以上、日本など後回しなのだ。それよりも北のヌルハチが気にかかる。大状況に対して小情況というところだろう。中国人は大状況を読み取るに聡い。
しかたがないので、ほんとにしかたがなかったので、私は戸部典子と二人で、小情況をモニタリングすることにした。
「なんか、わくわくするなり。これで戦国武将同士の戦が見られるなり。」
戸部典子が目を輝かせている。目から光線でも出しそうな勢いだ。
久々の日本だ。実に平和ではないか。信長の天下統一以降、戦らしい戦はおこっていない。なにしろ二流・三流の大名くらいしか残っていないのだ。
それに織田信雄の補佐役・浅井長政の政治手腕が実に優れている。
任せて安心、長政君だ。
徳川家康と浅井長政の決戦が始まる。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作
原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

歴史改変大作戦
高木一優
SF
※この作品は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』第一部を増補・改稿したものです。
タイムマシンによる時間航行が実現した近未来、歴史の謎は次々に解明されていく。歴史の「もしも」を探求する比較歴史学会は百家争鳴となり、大国の首脳陣は自国に都合の良い歴史を作り出す歴史改変実験に熱中し始めた。歴史学者である「私」はひとつの論文を書き上げ、中国政府は私の論文を歴史改変実験に採用した。織田信長による中華帝国の統一という歴史改変を目的とした「碧海作戦」が発動されたのだ。これは近代において、中華文明を西欧文明に対抗させるための戦略であった。神の位置から歴史改変の指揮を執る私たちは、歴史の創造者なのか。それとも非力な天使なのか。もうひとつの歴史を作り出すという思考実験を通じて、日本、中国、朝鮮の歴史を、おちょくりつつ検証する、ちょっと危ないポリティカル歴史改変コメディー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる