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第一部 信長様の大陸侵攻なり
20、勅使到着
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北に「清」、南に「海」。二つの王朝はそれぞれ独自の動きを見せた。
清は徳川家康の残存勢力を打ち破りながら、黄河流域を西進した。洛陽、そして長安と中国でも歴史ある大都市を掌中に収めた。
ヌルハチは新たに従えた漢民族の武将を編成し「漢人八旗」を創設した。軍制を新たにし、やがては南征を行い海王朝との対決に備えている。清の統治は中華の伝統に従うものであり、概ね善政を行ったといえるだろう。
さて、我らが信長様は山東半島から南の沿岸部と揚子江流域を支配していた。
「中原など、ヌルハチにくれてやってもかまわぬ。」
くらいに思っていたのかもしれない。これが大問題なのだ。南の王朝が北の王朝に併呑されてきたのが中国の歴史なのだ。
南北朝が睨みあい、戦況が膠着状態に入ったころ、信長のもとに勅使が到着した。京の都の朝廷からの使者だ。勅使の目的は信長の皇帝即位を寿ぐことだったが、実は様子を見に来た密偵なのだろう。
上海の街を勅使の行列が練り歩き、中国人たちはその異国情緒あふれる風情を楽しんだ。街はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
皇帝の玉座から勅使を引見した信長は、あろうことか勅使を跪かせてしまった。信長が日本の武将のひとりであったならば、勅使を上座に、信長が下座に座り、うやうやしく勅書を受け取るのである。
だが、信長は皇帝である。聖徳太子の言うように「日出る処の天子」と「日没する処の天子」が同格だとしても、百歩譲っても同格なのだ。
朝廷から賜った官位などすべて返してしまった信長だったが、朝廷はあくまで前右大臣、信長を臣下として扱うのだ。
これに激怒したのが関白・近衛前久である。改変前の歴史では本能寺の変の黒幕説がある公家の大物だ。
「やっぱり悪そうな顔をしているなり。」
戸部典子が言うように近衛前久は公家というよりも荒武者のような容貌をしている。上杉謙信とも交流を持ち、本願寺・顕如をけしかけて信長包囲網を敷かせたりしたほどの人物である。
近衛前久は朝廷において「信長追討の宣旨」を取り付け、密かに全国の大名に向けて発したのである。信長が日本に居ないうちに、乗っ取ってしまおうという腹だ。
ところが、有力な大名や武将のほとんどは大陸に居たのである。日本に残った大名たちは二流か三流、そうでなければ年老いて第一線を退いた武将たちばかりだ。
信長追討の宣旨に対するリアクションさえなかった。
大阪城には信長の次男・信雄がいる。その補佐をつとめるのが浅井長政だ。二流の武将程度で敵う相手ではない。
信長追討の宣旨はやがて浅井長政の知るところとなり、関白・近衛前久は京の都を逃れたのである。前久が頼ったのは大和の国の松長久秀である。
「生きてたななりか、弾正!」
弾正とは松長久秀の官名である。
信長の天下統一の勢いがものすごかったので、忘れられた武将となっていたのだ。改変前の歴史では、戦国一の策士、大悪人である。ただ、もう八十過ぎの老いぼれである。もう二十も若ければ、策を巡らし、ひと暴れすることもできただろう。だが人生は儚い。もう一花の思いがあったのだろう、久秀は関東に使者を送った。
そのころ、敗戦の責任を取らされた徳川家康は関東の領地に戻り、江戸において蟄居していた。この機会に信長は、家康の三河・駿河を取り上げ、関東に移ることを命じたのである。家康は失意し、日々無聊を囲った。
松長久秀の使者が訪れたのはそんな時である。
これはひょっとして再起のチャンスではないか。
家康と久秀の間に激しく文が飛び交った。
近衛前久を掌中の玉としたことで、徳川家康の野心に再び火が付いた。家康は密書をしたため、主に東日本の大名たちに信長追討に協力を要請したのである。
関東は不穏な状況になりつつある。
「やっぱり、タヌキ親爺なり。」
戸部典子がタヌキの帽子をかぶっている。おまえもタヌキだろ。
碧海作戦の研究室のスタッフたちは、この動きにあまり注意をはらっていない。信長が中国を抑えた以上、日本など後回しなのだ。それよりも北のヌルハチが気にかかる。大状況に対して小情況というところだろう。中国人は大状況を読み取るに聡い。
しかたがないので、ほんとにしかたがなかったので、私は戸部典子と二人で、小情況をモニタリングすることにした。
「なんか、わくわくするなり。これで戦国武将同士の戦が見られるなり。」
戸部典子が目を輝かせている。目から光線でも出しそうな勢いだ。
久々の日本だ。実に平和ではないか。信長の天下統一以降、戦らしい戦はおこっていない。なにしろ二流・三流の大名くらいしか残っていないのだ。
それに織田信雄の補佐役・浅井長政の政治手腕が実に優れている。
任せて安心、長政君だ。
徳川家康と浅井長政の決戦が始まる。
清は徳川家康の残存勢力を打ち破りながら、黄河流域を西進した。洛陽、そして長安と中国でも歴史ある大都市を掌中に収めた。
ヌルハチは新たに従えた漢民族の武将を編成し「漢人八旗」を創設した。軍制を新たにし、やがては南征を行い海王朝との対決に備えている。清の統治は中華の伝統に従うものであり、概ね善政を行ったといえるだろう。
さて、我らが信長様は山東半島から南の沿岸部と揚子江流域を支配していた。
「中原など、ヌルハチにくれてやってもかまわぬ。」
くらいに思っていたのかもしれない。これが大問題なのだ。南の王朝が北の王朝に併呑されてきたのが中国の歴史なのだ。
南北朝が睨みあい、戦況が膠着状態に入ったころ、信長のもとに勅使が到着した。京の都の朝廷からの使者だ。勅使の目的は信長の皇帝即位を寿ぐことだったが、実は様子を見に来た密偵なのだろう。
上海の街を勅使の行列が練り歩き、中国人たちはその異国情緒あふれる風情を楽しんだ。街はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
皇帝の玉座から勅使を引見した信長は、あろうことか勅使を跪かせてしまった。信長が日本の武将のひとりであったならば、勅使を上座に、信長が下座に座り、うやうやしく勅書を受け取るのである。
だが、信長は皇帝である。聖徳太子の言うように「日出る処の天子」と「日没する処の天子」が同格だとしても、百歩譲っても同格なのだ。
朝廷から賜った官位などすべて返してしまった信長だったが、朝廷はあくまで前右大臣、信長を臣下として扱うのだ。
これに激怒したのが関白・近衛前久である。改変前の歴史では本能寺の変の黒幕説がある公家の大物だ。
「やっぱり悪そうな顔をしているなり。」
戸部典子が言うように近衛前久は公家というよりも荒武者のような容貌をしている。上杉謙信とも交流を持ち、本願寺・顕如をけしかけて信長包囲網を敷かせたりしたほどの人物である。
近衛前久は朝廷において「信長追討の宣旨」を取り付け、密かに全国の大名に向けて発したのである。信長が日本に居ないうちに、乗っ取ってしまおうという腹だ。
ところが、有力な大名や武将のほとんどは大陸に居たのである。日本に残った大名たちは二流か三流、そうでなければ年老いて第一線を退いた武将たちばかりだ。
信長追討の宣旨に対するリアクションさえなかった。
大阪城には信長の次男・信雄がいる。その補佐をつとめるのが浅井長政だ。二流の武将程度で敵う相手ではない。
信長追討の宣旨はやがて浅井長政の知るところとなり、関白・近衛前久は京の都を逃れたのである。前久が頼ったのは大和の国の松長久秀である。
「生きてたななりか、弾正!」
弾正とは松長久秀の官名である。
信長の天下統一の勢いがものすごかったので、忘れられた武将となっていたのだ。改変前の歴史では、戦国一の策士、大悪人である。ただ、もう八十過ぎの老いぼれである。もう二十も若ければ、策を巡らし、ひと暴れすることもできただろう。だが人生は儚い。もう一花の思いがあったのだろう、久秀は関東に使者を送った。
そのころ、敗戦の責任を取らされた徳川家康は関東の領地に戻り、江戸において蟄居していた。この機会に信長は、家康の三河・駿河を取り上げ、関東に移ることを命じたのである。家康は失意し、日々無聊を囲った。
松長久秀の使者が訪れたのはそんな時である。
これはひょっとして再起のチャンスではないか。
家康と久秀の間に激しく文が飛び交った。
近衛前久を掌中の玉としたことで、徳川家康の野心に再び火が付いた。家康は密書をしたため、主に東日本の大名たちに信長追討に協力を要請したのである。
関東は不穏な状況になりつつある。
「やっぱり、タヌキ親爺なり。」
戸部典子がタヌキの帽子をかぶっている。おまえもタヌキだろ。
碧海作戦の研究室のスタッフたちは、この動きにあまり注意をはらっていない。信長が中国を抑えた以上、日本など後回しなのだ。それよりも北のヌルハチが気にかかる。大状況に対して小情況というところだろう。中国人は大状況を読み取るに聡い。
しかたがないので、ほんとにしかたがなかったので、私は戸部典子と二人で、小情況をモニタリングすることにした。
「なんか、わくわくするなり。これで戦国武将同士の戦が見られるなり。」
戸部典子が目を輝かせている。目から光線でも出しそうな勢いだ。
久々の日本だ。実に平和ではないか。信長の天下統一以降、戦らしい戦はおこっていない。なにしろ二流・三流の大名くらいしか残っていないのだ。
それに織田信雄の補佐役・浅井長政の政治手腕が実に優れている。
任せて安心、長政君だ。
徳川家康と浅井長政の決戦が始まる。
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