歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優

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第一部 信長様の大陸侵攻なり

3、歴史介入実験開始

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  噂はすべて真実であった。歴史ブームが落ち着きを見せると、歴史への介入に関しての是非が問われるようになった。

 当初は反対意見が多かった。まずは倫理的な立場からの反発だった。そもそも正しい歴史とか、あるべき歴史などというものはないというのだ。良識派を自称する人々の意見だった。
 至極まっとうな意見のように聞こえるが、歴史の何たるかを知らない愚か者どもの戯言だ。歴史の進歩は科学技術の進歩を原動力としている。人類はタイムマシンという科学技術を得て、歴史の原理を発見できるかもしれないのだ。新しい科学技術は常に倫理という制約を打ち破ることによって人類に英知をもたらしたのだ。
 ガリレオしかり、コペルニクスしかりではないか。
 私たち比較歴史学会は強力な論陣を張り、このような無知蒙昧の輩を排撃し、完膚なきまでに叩きのめしてやった。
「私の行く手を阻むものは、なん人たりとも斬捨て御免じゃ。」

 しかし、本当の問題は他にあった。歴史介入の危険性が指摘されていたのだ。「我々の現在」が歴史への介入によって何らかの影響を受けるとするならば、タイムマシンは高度に政治的な兵器へと転用できる。この議論に関して私たち歴史学者の出番は無かった。物理学者が相対性理論について云々し、科学評論家たちがタイム・パラドックスについて議論するのを、眠たい目をして眺めるのみだった。
 ちょうどそんな折、中東のテロ組織がロシアのタイムマシンを乗っ取り、なんらかの歴史介入を行おうとした事件が発生した。実行犯たちは全員射殺され、事件は未然に食い止められたが、その真相は闇に葬られた。
 大国の首脳たちは協議し、タイムマシンを国連の管轄化に置くことにした。つまりは大国の管理下ということだ。

 日本のタイムマシン「やまと」は大国アメリカの圧力により廃棄されることになった。日本人がタイムマシンを悪用するとは思えなかったが、日本が太平洋戦争に勝つにはどうしたらよいか、という能天気な議論が堂々とまかり通っていたことも事実である
 日本のナショナリストたちは日本政府の弱腰外交をなじり、国連の査察団が来日したときには数名の死者を出すほどの大規模なデモが発生した。
 私は只々この成り行きに落胆せざるを得なかった。

 大国によるタイムマシンの独占体制が確立すると、国連主導という名目で歴史介入の初期実験が始められた。目的は歴史への介入が「我々の現在」にどのような影響をあたえるかを調査することだった。初期実験は恐る恐る開始されたが、次第に大胆になっていった。実験の結果、いくつかのことが判明した。
 歴史を変えたとしても、変えられた歴史は別の時間に分岐して、もうひとつの歴史を生成してしまうのだ。時間の流れはひとつではない。無数の時間が枝分かれし平行して存在している。それは未来に向かって無数に枝を伸ばした樹木のようであった。

 歴史には強靭な復元力が働くことも分かった。一例を挙げると、誰かを暗殺から救ったとしても、すぐに別の原因で死んでしまうのだ。歴史を書き変えるということは、歴史の復元力との戦いになる。これを本気で実行しようとすれば、時限爆弾の誘爆のように次々に介入し、復元不可能なほど流れを大きく変えてやらねばならない。

 時間の流れは人知を超えた複雑なものに思えたが、人類が導き出した結論は実にシンプルなものだった。
歴史に介入したとしても別の歴史を生成するだけで、「我々の現在」に直接影響を与えることはない。
 この説は主流となり、各国の指導者たちもこれを支持した。タイムマシンの安全宣言が出されたのもこの頃である。
 少数意見ではあるが、何らかの影響があるのではないかという学者もいた。日本の比較歴史学界の異端児、中根広之博士だ。
 その根拠となったのが邪馬台国論争である。当初、邪馬台国は畿内あったことが確認された。しかしその後、少数ではあるが邪馬台国が九州にあった別の歴史が存在したのだ。つまり「我々の現在」は二つの歴史がどこかで合流して生成されたものではないかという仮説が成り立つのである。時として歴史に矛盾が生じるのはこのためだと中根博士は言う。
 二つの時間の流れが合流するとなれば、そこには巨大なタイム・パラドックスが生じることになる。歴史学的には面白い指摘だが、理論上はありえないということにされた。
 中根博士の仮説は黙殺されたかに見えたが、それは政治的に黙殺されたにすぎない。タイムマシンの安全宣言をいまさら撤回することは許されないのだ。

 大国の指導者たちは自国に有利かつ英雄的な歴史を、「それがもうひとつの歴史」とはいえ、創造することに熱中し始めた。
 比較歴史学会は百家争鳴状態となった。様々な論文が発表されたが、たいていは大国の意図におもねろうという下心が透けて見えていた。
 日本の比較歴史学者たちは健気だった。タイムマシンを廃棄させられ、もはや実現は不可能と分かりながらも、日本史の別の可能性に対して議論を続けた。
 テレビ業界にとってはおいしいネタだった。「坂本竜馬の暗殺を阻止する」だの「本能寺の変を回避して織田信長に幕府を開かせる」などといった企画を持ち込んでは、歴史解説者の私を困惑させた。そんなところに介入して何が面白いのだ。日本人の自己満足ではないか。世界を大きく変えるような発想は日本人には無いのか。
 私には日本史がひどく儚いものに思えてならなかった。
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