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第一部 信長様の大陸侵攻なり
11、朝鮮半島波高し
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私は気が重かった。
ここまではいい。日本と中国における歴史介入であり、碧海作戦そのものが、言ってみれば日本と中国の共同作戦であったからだ。
だが、ここからは違う。第三国を巻き込むことになる。第三国とは、李氏朝鮮である。韓国のテレビに出演した時のトラウマが蘇ってくる。それに元々の私の考えは侵略というものに否定的であり、罪悪感をもってしまう。
私は研究室に顔を出さず、自分のオフィスに引きこもっていた。
「おーい、先生。」
戸部典子だ。なにが「おーい」だ。
あらかた李博士あたりから私の様子を見てこいと指示されたのだろう。
「溺れる者は藁をもつかむ」、とはよく言ったもので、このときの私はあろうことか戸部典子に悩みを打ち明けてしまった。血迷ったとしか言いようが無い。
「なに言ってるなりか、これから戦国オールスターズが大活躍なりよ!」
相変わらず能天気な奴だ。
「こーんなの、大河ドラマじゃ、ぜーったい見られないなりー。」
確かに日本の大河ドラマで、朝鮮出兵の戦国武将の大活躍なんか描いたら、外交問題になる。日本では韓国への気遣いで、これをタブーにしている。
「あたしは大学の研究室で文禄・慶長の役の文献を読み漁ったなり。」
そういえば、私の予算で購入した高価な書籍は、この時代の朝鮮側の資料だったような気がする。
「すっごいなりよ。文禄の役の時なんか、開戦から二十一日で首都・漢城に入ってるなりよ。まさに、連戦連勝なりぃ!」
戸部典子は刀をぶんぶん振り回す仕草をしている。
中国、朝鮮、日本。あらゆる歴史的文献を読みこなす力がありながら、あげくの果てがこれだ。
それでも戸部典子、お前は正しい。だが、そういう正しさだけが正しい歴史ではない。あー何を言っているのか自分でもわからなくなる。
そうなのだ、当時の朝鮮は武力では日本に及ばない。戦国時代を通して鍛えに鍛えぬいた日本の戦国武将と、明の冊封下にあって平和が続いた朝鮮ではあきらかに兵力が違いすぎる。鉄砲の数にしたって天と地の差だ。
それに、当時の李氏朝鮮の政治は決してよくない。官吏たちは政争に明け暮れ、民衆を顧みることはなかった。漢城に入った豊臣軍を、朝鮮の民衆が食べ物を差し出して迎えたというルイス・フロイスの記録が残っているくらいなのだ。
「ルイス君もびっくりなりよっ!」
戸部典子は大口を開けてびっくりの表情を作っている。同じ日本人として恥ずかしい。
だが、「毒を食らえば皿まで」だ。
戸部典子、おまえにも毒を食らわしてやる!
第三号作戦開始。
信長は兵を休ませることなく、大船団を組み対馬海峡を渡り朝鮮半島を蹂躙した。信長のパシリ・伊達政宗は自ら先陣を望み、部下の片倉小十郎を従えて大活躍をしていた。二人とも二十歳になるかならぬかの若武者である。この若武者どもに朝鮮の兵はなすすべもない。島津や長曾我部がでてきたら、いったいどうなることやら。
明の冊封さくほうを受けていた朝鮮の李王朝は、宗主国に救援を求めたが、もはや弱体化した明にその余力はなかった。李王朝は首都、漢城ハンジョンを放棄し、北方の平壌ピヨンヤンに逃れた。
戸部典子は大喜びだった。政宗君に黄色い声援を送ってやがる。
戦国武将教にハマりつつある人民解放軍女性兵士たちも、伊達・片倉の二人の若武者にうっとりしている。その度に、陳博士が「クサッテル、クサッテル」という謎の日本語をつぶやいている。
韓国では、反日デモが起った。やがて、デモに集まった人々のなかにひとつの希望が生まれた。救国の英雄・李舜臣イ スンシン待望論だ。
李舜臣イ スンシンは文禄・慶長の役のおり、唯一と言っていいだろう、豊臣軍に一矢報いた朝鮮水軍の武将である。この時代では下士官程度の身分だったが、碧海作戦の歴史介入により、異例の大出世を遂げて若き司令官となっていたのだ。
恐るべし中国共産党。朝鮮軍にも少しばかりいい場面を作ってやることで、韓国世論を柔げようという腹だ。
李舜臣イ スンシンは秘密兵器「亀甲船」を出動させた。朝鮮のわずかな文献に記載があるだけの歴史上謎とされていた秘密兵器だ。
これは驚いた。亀甲船は竜骨を備えている。竜骨とは、船底を船首から船尾まで一本の木材をとおすように配置された構造材のことだ。この当時では南蛮船が備えていた構造である。亀甲船は小舟ではあったが、すばらしい機動力をである。まるでガレー船のようにいく本もの櫂が動力となって、波を切って水上を自由自在に駆け巡る。甲板を鉄で覆っていたというのは俗説であったようだ。鉄で船体が重くなればせっかくの機動力が失われる。
李舜臣は海上におけるゲリラ戦を展開した。織田軍の補給を担う輸送船を焼き払っていったのだ。その勢いは凄まじかった。
韓国国民は大喜びだった。ただこの喜びは、戸部典子の大喜びと同じレヴェルのものだ。中国政府の世論操作に操られているに過ぎない。
さすがの信長も李舜臣イ スンシンのゲリラ活動に手を焼いた。信長の軍団を朝鮮半島に輸送した船のほとんどが戦艦ではなく輸送船であったからだ。この時点で信長は、水上戦闘を念頭に置いていなかったのかもしれない。
だがすでに、北九州の名護屋では九鬼水軍が動き出していた。改変前の歴史では、毛利率いる村上水軍を迎え撃った「鉄甲船」が次々にロールアウトされていた。
鉄鋼船は南蛮船の構造を採用し、竜骨を備えた巨大な船だ。その名のとおり船体を鉄板で覆っている。
鉄甲船の船団が対馬海峡を押し渡る。李舜臣は亀甲船を出動させ迎撃にあたった。火攻めを得意とする李舜臣イ スンシンの戦法は鉄甲船には無効だった。機動力を生かした亀甲船はそれでも九鬼水軍を翻弄したが、とどめは実にあっけなかった。鉄甲船の左右に備え付けられたフランキー砲が火を噴いた。水面にいくつもの水柱があがり、亀甲船はその波を受けてコントロールを失っている。その隙をついて鉄甲船の甲板から鉄砲による一斉射撃が開始されたのだ。李舜臣イ スンシンは流れ弾に当たって死んだ。改変前の歴史どおりの死に様だったが、あまりにも寂しすぎる。
韓国国民は落胆していた。
韓流ドラマや映画に出てくる李舜臣イ スンシンは亀甲船を駆使して、豊臣軍に大打撃を与えている。
私も韓流の時代劇は大好きだ。ネットのストリーミングなどで見始めると、あっという間に朝になってしまう。そのほとんどが歴史劇というよりは歴史ファンタジーだ。
しかし、本物の歴史は違う。歴史を理解するには残酷を受け入れる覚悟がいる。
再び反日デモが起ったが、デモに勢いがなく、なんとなく寂し気に見えた。
漢城に入った信長は進軍を止めた。ここで予想外のことが起こった。どういうわけか信長は北進を中止し、再び大船団を編成して黄海へ出帆、山東半島へと渡ったのだ。朝鮮半島には羽柴秀吉が残され、補給と、北方に残った李王朝へのけん制を任された。
私はほっとした。これでもう朝鮮の皆様に、ご迷惑をおかけしなくて済む。
しかし、信長様、これはいったいどういうことなのか?
この時、信長のなかにひらめきのようなものがあったのではないかと私は想像する。李舜臣イ スンシンとの戦いで、巨大な水軍を呼び寄せたことが信長の契機になったに違いない。海をこえ、日本列島から外に出たことによって信長の世界観が大きくひろがったのではないか。
それはやがて信長のユニークな構想となっていくのだ。
ここまではいい。日本と中国における歴史介入であり、碧海作戦そのものが、言ってみれば日本と中国の共同作戦であったからだ。
だが、ここからは違う。第三国を巻き込むことになる。第三国とは、李氏朝鮮である。韓国のテレビに出演した時のトラウマが蘇ってくる。それに元々の私の考えは侵略というものに否定的であり、罪悪感をもってしまう。
私は研究室に顔を出さず、自分のオフィスに引きこもっていた。
「おーい、先生。」
戸部典子だ。なにが「おーい」だ。
あらかた李博士あたりから私の様子を見てこいと指示されたのだろう。
「溺れる者は藁をもつかむ」、とはよく言ったもので、このときの私はあろうことか戸部典子に悩みを打ち明けてしまった。血迷ったとしか言いようが無い。
「なに言ってるなりか、これから戦国オールスターズが大活躍なりよ!」
相変わらず能天気な奴だ。
「こーんなの、大河ドラマじゃ、ぜーったい見られないなりー。」
確かに日本の大河ドラマで、朝鮮出兵の戦国武将の大活躍なんか描いたら、外交問題になる。日本では韓国への気遣いで、これをタブーにしている。
「あたしは大学の研究室で文禄・慶長の役の文献を読み漁ったなり。」
そういえば、私の予算で購入した高価な書籍は、この時代の朝鮮側の資料だったような気がする。
「すっごいなりよ。文禄の役の時なんか、開戦から二十一日で首都・漢城に入ってるなりよ。まさに、連戦連勝なりぃ!」
戸部典子は刀をぶんぶん振り回す仕草をしている。
中国、朝鮮、日本。あらゆる歴史的文献を読みこなす力がありながら、あげくの果てがこれだ。
それでも戸部典子、お前は正しい。だが、そういう正しさだけが正しい歴史ではない。あー何を言っているのか自分でもわからなくなる。
そうなのだ、当時の朝鮮は武力では日本に及ばない。戦国時代を通して鍛えに鍛えぬいた日本の戦国武将と、明の冊封下にあって平和が続いた朝鮮ではあきらかに兵力が違いすぎる。鉄砲の数にしたって天と地の差だ。
それに、当時の李氏朝鮮の政治は決してよくない。官吏たちは政争に明け暮れ、民衆を顧みることはなかった。漢城に入った豊臣軍を、朝鮮の民衆が食べ物を差し出して迎えたというルイス・フロイスの記録が残っているくらいなのだ。
「ルイス君もびっくりなりよっ!」
戸部典子は大口を開けてびっくりの表情を作っている。同じ日本人として恥ずかしい。
だが、「毒を食らえば皿まで」だ。
戸部典子、おまえにも毒を食らわしてやる!
第三号作戦開始。
信長は兵を休ませることなく、大船団を組み対馬海峡を渡り朝鮮半島を蹂躙した。信長のパシリ・伊達政宗は自ら先陣を望み、部下の片倉小十郎を従えて大活躍をしていた。二人とも二十歳になるかならぬかの若武者である。この若武者どもに朝鮮の兵はなすすべもない。島津や長曾我部がでてきたら、いったいどうなることやら。
明の冊封さくほうを受けていた朝鮮の李王朝は、宗主国に救援を求めたが、もはや弱体化した明にその余力はなかった。李王朝は首都、漢城ハンジョンを放棄し、北方の平壌ピヨンヤンに逃れた。
戸部典子は大喜びだった。政宗君に黄色い声援を送ってやがる。
戦国武将教にハマりつつある人民解放軍女性兵士たちも、伊達・片倉の二人の若武者にうっとりしている。その度に、陳博士が「クサッテル、クサッテル」という謎の日本語をつぶやいている。
韓国では、反日デモが起った。やがて、デモに集まった人々のなかにひとつの希望が生まれた。救国の英雄・李舜臣イ スンシン待望論だ。
李舜臣イ スンシンは文禄・慶長の役のおり、唯一と言っていいだろう、豊臣軍に一矢報いた朝鮮水軍の武将である。この時代では下士官程度の身分だったが、碧海作戦の歴史介入により、異例の大出世を遂げて若き司令官となっていたのだ。
恐るべし中国共産党。朝鮮軍にも少しばかりいい場面を作ってやることで、韓国世論を柔げようという腹だ。
李舜臣イ スンシンは秘密兵器「亀甲船」を出動させた。朝鮮のわずかな文献に記載があるだけの歴史上謎とされていた秘密兵器だ。
これは驚いた。亀甲船は竜骨を備えている。竜骨とは、船底を船首から船尾まで一本の木材をとおすように配置された構造材のことだ。この当時では南蛮船が備えていた構造である。亀甲船は小舟ではあったが、すばらしい機動力をである。まるでガレー船のようにいく本もの櫂が動力となって、波を切って水上を自由自在に駆け巡る。甲板を鉄で覆っていたというのは俗説であったようだ。鉄で船体が重くなればせっかくの機動力が失われる。
李舜臣は海上におけるゲリラ戦を展開した。織田軍の補給を担う輸送船を焼き払っていったのだ。その勢いは凄まじかった。
韓国国民は大喜びだった。ただこの喜びは、戸部典子の大喜びと同じレヴェルのものだ。中国政府の世論操作に操られているに過ぎない。
さすがの信長も李舜臣イ スンシンのゲリラ活動に手を焼いた。信長の軍団を朝鮮半島に輸送した船のほとんどが戦艦ではなく輸送船であったからだ。この時点で信長は、水上戦闘を念頭に置いていなかったのかもしれない。
だがすでに、北九州の名護屋では九鬼水軍が動き出していた。改変前の歴史では、毛利率いる村上水軍を迎え撃った「鉄甲船」が次々にロールアウトされていた。
鉄鋼船は南蛮船の構造を採用し、竜骨を備えた巨大な船だ。その名のとおり船体を鉄板で覆っている。
鉄甲船の船団が対馬海峡を押し渡る。李舜臣は亀甲船を出動させ迎撃にあたった。火攻めを得意とする李舜臣イ スンシンの戦法は鉄甲船には無効だった。機動力を生かした亀甲船はそれでも九鬼水軍を翻弄したが、とどめは実にあっけなかった。鉄甲船の左右に備え付けられたフランキー砲が火を噴いた。水面にいくつもの水柱があがり、亀甲船はその波を受けてコントロールを失っている。その隙をついて鉄甲船の甲板から鉄砲による一斉射撃が開始されたのだ。李舜臣イ スンシンは流れ弾に当たって死んだ。改変前の歴史どおりの死に様だったが、あまりにも寂しすぎる。
韓国国民は落胆していた。
韓流ドラマや映画に出てくる李舜臣イ スンシンは亀甲船を駆使して、豊臣軍に大打撃を与えている。
私も韓流の時代劇は大好きだ。ネットのストリーミングなどで見始めると、あっという間に朝になってしまう。そのほとんどが歴史劇というよりは歴史ファンタジーだ。
しかし、本物の歴史は違う。歴史を理解するには残酷を受け入れる覚悟がいる。
再び反日デモが起ったが、デモに勢いがなく、なんとなく寂し気に見えた。
漢城に入った信長は進軍を止めた。ここで予想外のことが起こった。どういうわけか信長は北進を中止し、再び大船団を編成して黄海へ出帆、山東半島へと渡ったのだ。朝鮮半島には羽柴秀吉が残され、補給と、北方に残った李王朝へのけん制を任された。
私はほっとした。これでもう朝鮮の皆様に、ご迷惑をおかけしなくて済む。
しかし、信長様、これはいったいどういうことなのか?
この時、信長のなかにひらめきのようなものがあったのではないかと私は想像する。李舜臣イ スンシンとの戦いで、巨大な水軍を呼び寄せたことが信長の契機になったに違いない。海をこえ、日本列島から外に出たことによって信長の世界観が大きくひろがったのではないか。
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