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18、歴史の破壊者
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一五九五年九月、ヌルハチは南征の檄を飛ばした。
北京から清の軍団が進発した。
満州八旗に蒙古八旗、漢人八旗を加えての大部隊だ。しかも、そのほとんどが騎兵で構成されている。
ヌルハチは馬を集めていたのだ。その結果が二十万にものぼる騎兵の大軍である。
前回の戦いの十倍の兵力が南下を開始した。日本兵、恐るるに足らずと見て、信長に決戦を挑むつもりだ。
小早川隆景も長曾我部元親も島津義弘も、神速の騎馬軍団に鉄砲を無効化されて敗れたのだ。それなのに信長はまたしても鉄砲で立ち向かおうとしている。黒田如水の策を用いれば少なくとも負けるはずはないのだと陳博士は嘆いた。李博士も漢水平野での会戦には懐疑的である。これも中原を放置した信長のミスだというのだ。
陳博士は碧海作戦の失敗を口にした。中原を無視した信長は、滅ぶべくして滅ぶのだと。海王朝は短期政権に終わり、替わって清王朝が中華帝国を制圧し、歴史は復元されるのだと。
「ついに、来たなりね。」
戸部典子にしては珍しく静かな口調だった。
国境線の守備にあたっていた上杉景勝に、信長は交戦を禁じ、詳細な状況報告のみを命じた。
その景勝から報告がもたらされた。北京を発したヌルハチは湖北から漢水に至る道に進軍するだろうとの情報である。やはり狙いは黒田如水が予想したとおり武漢である。
騎兵およそ二十万、恐るべき大軍団である。
中国人の研究者たちの狼狽ぶり比べて、戸部典子は冷静である。
おまえ、分かっているんだな。
「そうなり、信長様は勝つなり。」
信長の迎撃軍が上海を立った。
水軍が動き出す。信長は織田の全軍を軍船に乗せた。大船団が長江から、漢水を遡る。赤壁の戦いの曹操の船団もかくやと思わせるような、膨大な数の船が河を埋め尽くしている。浅井長政から全軍の補給と後方支援を任された石田三成が大船団を見送っている・
漢水平野に到達した船団は、兵を一人残らず降ろした。
武将たちは馬を曳きながら下船し、部隊ごとに整列している。日本人の武将も中国人の武将も共に轡《くつわ》を並べ意気軒高である。
鉄砲歩兵たちは指揮官の命令に従って規律正しく行進している。何という鉄砲の数だ。それに砲兵部隊もいるではないか。船からは荷車に積まれたフランキー砲が次々に降ろされている。
信長は大軍団を見晴らしのよい平原に配置し、陣を張った。
漢水平野は既に収穫を終え、民衆たちは戦の難を逃れるために姿を消していた。秋にも関わらず、漢水平野の風は湿気を含んで生暖かい。見渡す限りの大平原である。この地平線の彼方から清の騎馬軍団が攻めてくるのだ。
鉄砲歩兵は工兵に早変わりし、陣の周囲に堀を巡らし柵を立て迎撃態勢を整えていった。
信長は毎日、陣を見回り、兵を励まし続けた。皇帝自らが戦いの最前線にでているのだ、兵たちの士気が上がらないはずはない。
鉄砲歩兵が中央に布陣し、大砲がその両脇に配置された。各武将が率いる騎馬部隊は陣全体を囲む防御の構えである。
騎兵、七万。鉄砲歩兵、十五万。砲兵、五千。
この大部隊の指揮を信長自身が取る。副将は浅井長政と明智光秀、織田軍最強の布陣である。
伊達政宗の精鋭部隊が偵察に出た。伊達の騎兵は速い。政宗は満州騎兵に対抗するために、神速の騎馬部隊を編成していたのだ。具足を軽量化し、日々鍛錬に励んできた。
政宗から、清軍の襲来は三日後であるとの知らせがもたらされた。
信長は政宗に命じた。
一戦して、負けたふりをしてここに戻ってこいというのだ。
清軍を誘き出すための囮になれというわけだ。
これは命がけである。逃げ戻る際に満州騎兵が追いかけてくる。追いつかれれば踏み砕かれること必至だ。信長は踏み砕かれても敵を織田の陣地の目の前まで連れてこいと言っているのだ。これほど危険な任務は無い。
早朝から伊達の部隊が出撃の準備をしている。真田信繁も部隊に加わった。兵の数は選りすぐりの精鋭二千である。一撃離脱の陽動作戦に足手まといになる者は連れていけない。
島津義弘が剽悍な薩摩武士、三百騎を率いて合力《ごうりき》を申し出た。かつて政宗に助けられたことへの、この男らしい返礼だ。
「男の友情なり! 島津義弘君が力を貸してくれるならヌルハチなんか怖くないのだー。」
合力を申し出たのは島津義弘だけではなかった。
「毘沙門天の旗が見えるなりよ。先頭にいるのは直江兼続君なり! その隣は前田慶次郎君なのだー。上杉軍の参陣なり。」
上杉景勝の軍団は迎撃軍の指揮下に組み込まれているため動くことができない。伊達政宗への合力を強く望んだ家老の直江兼続とその盟友、前田慶次郎を自らの名代としたのだ。景勝は上杉の精鋭部隊、三百騎を割き、兼続に預けた。
「また来たなり! 今度は長曾我部の旗なのだ。大将は福留隼人君なり! 元親君の仇を討つなり。」
長曾我部元親の仇討ち部隊の登場だ。福留隼人が二百騎ほどの荒武者を従えている。
「あの鮮やかな赤備えの軍団は、井伊直政君なり! 頼んだなりよ、直政君!」
主君であった徳川家康が関が原で敗北したことを知り、井伊直政は忸怩たる想いに悩まされ続けていた。そんな灰色の日々を送る中、伊達軍出撃の報に血がたぎった。今一度、戦場へ向かうことを心に決めたのだ。
「向こうにから七騎が来るなりよ。加藤清正君なのだ! それから片桐且元君、平野長泰君、脇坂安治君、福島正則君、糟屋武則君、加藤嘉明君、賤ケ岳の七本槍が揃い踏みなのだ!」
朝鮮半島の羽柴秀吉がヌルハチとの決戦に際して子飼いの武将を送ってきていたのだ。この戦いでは遊撃軍に組み入れられたため、自由に戦うことができる。
「まだ続々と来るなりよ! 無名の武将たちみたいだけどみんな強そうなのだー。日本人だけじゃないなり。中国人の武将もいるなりよ。関羽みたいな青龍偃月刀を持っている者もいるなり。みんな政宗君に協力してくれるなりか!」
腕に覚えのある者たちが、何か感ずるものがあってやってきたのだろう。それぞれの理由は知らないが、ここに命を賭ける価値があると思っているのだ。
「なんだか泣けてきたなり。涙が止まらないのだ。」
戸部典子が笑ったままポロポロ涙をこぼしているではないか。にまにま笑いに涙は似合わないぞ。せめて鼻水くらいは拭け!
「みんな、ありがとなり。ありがとなりよ…」
鼻水をすすりながら戸部典子はメイン・モニターに向かって手を合わせている。
武将たちの心意気に胸が熱くなる。私でさえ涙ぐんでしまう。
騎兵、三千余。精鋭を選りすぐったため数は少ないが、いずれも一騎当千のつわものである。
「背中がゾクゾクするようなメンバーなり。」
そうだな、これならば情けない負け方はしないだろう。それどころか奇跡を期待してしまう。
伊達政宗はひとりひとりの武将の手を取り感謝の意を伝えながらうれし泣きだ。良くも悪くも感情の振れ幅が大きいのが伊達政宗という男なのである
感極まった政宗が声を詰まらせたまま立ちすくんでいるため、直江兼続が音頭を取って武者たちが時の声をあげる。
「えい、えい、おおおおおぉぉー」
戸部典子も時の声に合わせて拳を振り上げている。
私も知らず知らずに拳を上げてしまった。
中国人の研究者たちも顔をあげて武将たちの雄姿を見守っている。陳博士も李博士も、この一戦に碧海作戦の成否を賭ける覚悟ができたようだ。
人民解放軍の諸君はメイン・モニターに映し出された戦国武将たちに敬礼している。国が違おうとも、思想がどうであれ、人は人の行為に心を動かされるものなのだ。
日が西に傾くとともに、陽動作戦開始である。太陽を背に敵に攻め込むのだ。
神速の伊達騎兵に、島津義弘をはじめとする諸将たちは遅れることなくついて行く。
陽動の戦士たちは、蹄の音を残して地平線の向こうに消えて行った。
戦場となるべき漢水平野の上空を人民解放軍のドローンが旋回している。目に染みるほどの空の碧さだ。
伊達政宗は清軍を見て圧倒された。騎馬の群れが巨大な塊と化して進軍している。
これでは命がいくつあっても足りぬ。だが、伊達政宗の名を残すには最高の舞台である。
合力した武将たちは皆、不敵に笑っている。ここが死に場所ならば望むところだとでも言いたげである。狙うは清軍最強の満州八騎、その中央部を強行突破する作戦だ。
政宗が号令を発した。
ライブ映像では音声は実に聞き取りにくい。人民解放軍の諸君の記録によると政宗はこう叫んだらしい、
「皆の者、名こそ惜しめ!」、と。
「名こそ惜しめ」、つまり栄達や富貴ではなく、名誉こそ惜しむべきものであるという日本の武士独特の思想である。経済的成功ばかりがもてはやされる今の世界で、このような思想は儚い夢の如しである。
恥ずかしいことをするな、弱い者をいじめるな、己を強く保て。後に武士道と呼ばれる思想の源泉がこの言葉に集約している。
伊達の連合軍が清軍に突入した。
「島津流突破の陣なり!」
戸部典子が手に汗握っている。
伊達連合軍は一本の槍と化し、騎馬軍団の正面に激突し敵兵を切り裂いていく。
直江兼続が一刀のもとに満州騎兵を絶命させ、返す刀でもう一騎を叩きのめした。前田慶次郎と福留隼人は競うように槍を振り回している。二人とも笑っているではないか。井伊の赤備え部隊は押し寄せる敵を切り倒しての奮戦だ。伊達政宗と真田信繁は最前線に馬を進め満州騎兵に対する盾となっている。島津義弘は薩摩兵を率いて敵の防御を切り崩していく。賤ケ岳の七本槍は突撃を繰り返しての猛攻である。
さすが一流の戦国武将が揃うと満州八騎も簡単には防ぎきれない。敵の一角が崩れていく。
これも勢いだ。だが多勢に無勢、引き際を間違えるな。
三十分くらい混戦が続いた。
「もうよかろうなり。」
戸部典子の言葉が島津義弘に届いたのだろうか。島津義弘が合図を送る。これに応えて政宗が退却の号令を発した。
「退けぇ!」
さあ、ここからが問題だ。逃げきれるか?
真田信繁がにやりと笑った。背中に背負った馬上鉄砲を構えたのだ。伊達軍は逃げ際に馬上鉄砲をぶちかました。伊達の騎兵たちは全員、馬上鉄砲を装備していた。追撃に移った清軍の先頭を馬上鉄砲が打ち砕いた。
「よし! 信繁君、さすがなり。」
戸部典子は両手でガッツ・ポーズだ。
新兵器に満州騎兵が怯んだ隙に、伊達連合軍は駆けに駆けた。
太陽を目指して政宗は馬を走らせた。
信長の陣まであと一息だ。
やがて政宗は見た、地平線の向こうに鉄砲歩兵が整列しているのを。
地平線を埋め尽くすような、見たこともない物凄い数の鉄砲隊だ。
「やったー、やったなりぃ!」
政宗の合図で、伊達連合軍は左右に散開した。
地平線の向こうから二十万の騎兵が疾風の如く押し寄せてくる。
大地は揺れ、風が巻き起こった。
信長は目を閉じている、兵は微動だにしない。
敵をぎりぎりまで引きつけたところで、信長は何事かを叫び、叫びは轟音に掻き消された。
十数万丁の鉄砲による三段射撃が開始されたのである。信長は鉄砲隊を三つに分け、火縄銃を順番に撃たせることにより間断ない連続射撃を実現したのだ。
そのうえ左右に百五十ずつ配置された合計三百門のフランキー砲が同時に火を噴いた。右の砲撃隊は浅井長政、左は明智光秀が指揮を執っている。
三十分足らずで、勝敗は決した。
武田勝頼の騎馬軍団を一瞬にして壊滅させた日本戦国史上の白眉、長篠の合戦の再現である。
残念にも歴史介入によって雲散霧消したかと思いきや、ここに数十倍の規模をもって蘇ったわけだ。
砲煙で白く濁ったメイン・モニターは沈黙していた。
陳博士は成り行きを呆然と眺めていた。
李博士はその場にへたり込んだ。
この戦いの映像は一般にも公開され、世界中を戦慄させた。
「見たなりか! これが歴史の破壊者、信長様なりぃ!!!」
北京から清の軍団が進発した。
満州八旗に蒙古八旗、漢人八旗を加えての大部隊だ。しかも、そのほとんどが騎兵で構成されている。
ヌルハチは馬を集めていたのだ。その結果が二十万にものぼる騎兵の大軍である。
前回の戦いの十倍の兵力が南下を開始した。日本兵、恐るるに足らずと見て、信長に決戦を挑むつもりだ。
小早川隆景も長曾我部元親も島津義弘も、神速の騎馬軍団に鉄砲を無効化されて敗れたのだ。それなのに信長はまたしても鉄砲で立ち向かおうとしている。黒田如水の策を用いれば少なくとも負けるはずはないのだと陳博士は嘆いた。李博士も漢水平野での会戦には懐疑的である。これも中原を放置した信長のミスだというのだ。
陳博士は碧海作戦の失敗を口にした。中原を無視した信長は、滅ぶべくして滅ぶのだと。海王朝は短期政権に終わり、替わって清王朝が中華帝国を制圧し、歴史は復元されるのだと。
「ついに、来たなりね。」
戸部典子にしては珍しく静かな口調だった。
国境線の守備にあたっていた上杉景勝に、信長は交戦を禁じ、詳細な状況報告のみを命じた。
その景勝から報告がもたらされた。北京を発したヌルハチは湖北から漢水に至る道に進軍するだろうとの情報である。やはり狙いは黒田如水が予想したとおり武漢である。
騎兵およそ二十万、恐るべき大軍団である。
中国人の研究者たちの狼狽ぶり比べて、戸部典子は冷静である。
おまえ、分かっているんだな。
「そうなり、信長様は勝つなり。」
信長の迎撃軍が上海を立った。
水軍が動き出す。信長は織田の全軍を軍船に乗せた。大船団が長江から、漢水を遡る。赤壁の戦いの曹操の船団もかくやと思わせるような、膨大な数の船が河を埋め尽くしている。浅井長政から全軍の補給と後方支援を任された石田三成が大船団を見送っている・
漢水平野に到達した船団は、兵を一人残らず降ろした。
武将たちは馬を曳きながら下船し、部隊ごとに整列している。日本人の武将も中国人の武将も共に轡《くつわ》を並べ意気軒高である。
鉄砲歩兵たちは指揮官の命令に従って規律正しく行進している。何という鉄砲の数だ。それに砲兵部隊もいるではないか。船からは荷車に積まれたフランキー砲が次々に降ろされている。
信長は大軍団を見晴らしのよい平原に配置し、陣を張った。
漢水平野は既に収穫を終え、民衆たちは戦の難を逃れるために姿を消していた。秋にも関わらず、漢水平野の風は湿気を含んで生暖かい。見渡す限りの大平原である。この地平線の彼方から清の騎馬軍団が攻めてくるのだ。
鉄砲歩兵は工兵に早変わりし、陣の周囲に堀を巡らし柵を立て迎撃態勢を整えていった。
信長は毎日、陣を見回り、兵を励まし続けた。皇帝自らが戦いの最前線にでているのだ、兵たちの士気が上がらないはずはない。
鉄砲歩兵が中央に布陣し、大砲がその両脇に配置された。各武将が率いる騎馬部隊は陣全体を囲む防御の構えである。
騎兵、七万。鉄砲歩兵、十五万。砲兵、五千。
この大部隊の指揮を信長自身が取る。副将は浅井長政と明智光秀、織田軍最強の布陣である。
伊達政宗の精鋭部隊が偵察に出た。伊達の騎兵は速い。政宗は満州騎兵に対抗するために、神速の騎馬部隊を編成していたのだ。具足を軽量化し、日々鍛錬に励んできた。
政宗から、清軍の襲来は三日後であるとの知らせがもたらされた。
信長は政宗に命じた。
一戦して、負けたふりをしてここに戻ってこいというのだ。
清軍を誘き出すための囮になれというわけだ。
これは命がけである。逃げ戻る際に満州騎兵が追いかけてくる。追いつかれれば踏み砕かれること必至だ。信長は踏み砕かれても敵を織田の陣地の目の前まで連れてこいと言っているのだ。これほど危険な任務は無い。
早朝から伊達の部隊が出撃の準備をしている。真田信繁も部隊に加わった。兵の数は選りすぐりの精鋭二千である。一撃離脱の陽動作戦に足手まといになる者は連れていけない。
島津義弘が剽悍な薩摩武士、三百騎を率いて合力《ごうりき》を申し出た。かつて政宗に助けられたことへの、この男らしい返礼だ。
「男の友情なり! 島津義弘君が力を貸してくれるならヌルハチなんか怖くないのだー。」
合力を申し出たのは島津義弘だけではなかった。
「毘沙門天の旗が見えるなりよ。先頭にいるのは直江兼続君なり! その隣は前田慶次郎君なのだー。上杉軍の参陣なり。」
上杉景勝の軍団は迎撃軍の指揮下に組み込まれているため動くことができない。伊達政宗への合力を強く望んだ家老の直江兼続とその盟友、前田慶次郎を自らの名代としたのだ。景勝は上杉の精鋭部隊、三百騎を割き、兼続に預けた。
「また来たなり! 今度は長曾我部の旗なのだ。大将は福留隼人君なり! 元親君の仇を討つなり。」
長曾我部元親の仇討ち部隊の登場だ。福留隼人が二百騎ほどの荒武者を従えている。
「あの鮮やかな赤備えの軍団は、井伊直政君なり! 頼んだなりよ、直政君!」
主君であった徳川家康が関が原で敗北したことを知り、井伊直政は忸怩たる想いに悩まされ続けていた。そんな灰色の日々を送る中、伊達軍出撃の報に血がたぎった。今一度、戦場へ向かうことを心に決めたのだ。
「向こうにから七騎が来るなりよ。加藤清正君なのだ! それから片桐且元君、平野長泰君、脇坂安治君、福島正則君、糟屋武則君、加藤嘉明君、賤ケ岳の七本槍が揃い踏みなのだ!」
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「まだ続々と来るなりよ! 無名の武将たちみたいだけどみんな強そうなのだー。日本人だけじゃないなり。中国人の武将もいるなりよ。関羽みたいな青龍偃月刀を持っている者もいるなり。みんな政宗君に協力してくれるなりか!」
腕に覚えのある者たちが、何か感ずるものがあってやってきたのだろう。それぞれの理由は知らないが、ここに命を賭ける価値があると思っているのだ。
「なんだか泣けてきたなり。涙が止まらないのだ。」
戸部典子が笑ったままポロポロ涙をこぼしているではないか。にまにま笑いに涙は似合わないぞ。せめて鼻水くらいは拭け!
「みんな、ありがとなり。ありがとなりよ…」
鼻水をすすりながら戸部典子はメイン・モニターに向かって手を合わせている。
武将たちの心意気に胸が熱くなる。私でさえ涙ぐんでしまう。
騎兵、三千余。精鋭を選りすぐったため数は少ないが、いずれも一騎当千のつわものである。
「背中がゾクゾクするようなメンバーなり。」
そうだな、これならば情けない負け方はしないだろう。それどころか奇跡を期待してしまう。
伊達政宗はひとりひとりの武将の手を取り感謝の意を伝えながらうれし泣きだ。良くも悪くも感情の振れ幅が大きいのが伊達政宗という男なのである
感極まった政宗が声を詰まらせたまま立ちすくんでいるため、直江兼続が音頭を取って武者たちが時の声をあげる。
「えい、えい、おおおおおぉぉー」
戸部典子も時の声に合わせて拳を振り上げている。
私も知らず知らずに拳を上げてしまった。
中国人の研究者たちも顔をあげて武将たちの雄姿を見守っている。陳博士も李博士も、この一戦に碧海作戦の成否を賭ける覚悟ができたようだ。
人民解放軍の諸君はメイン・モニターに映し出された戦国武将たちに敬礼している。国が違おうとも、思想がどうであれ、人は人の行為に心を動かされるものなのだ。
日が西に傾くとともに、陽動作戦開始である。太陽を背に敵に攻め込むのだ。
神速の伊達騎兵に、島津義弘をはじめとする諸将たちは遅れることなくついて行く。
陽動の戦士たちは、蹄の音を残して地平線の向こうに消えて行った。
戦場となるべき漢水平野の上空を人民解放軍のドローンが旋回している。目に染みるほどの空の碧さだ。
伊達政宗は清軍を見て圧倒された。騎馬の群れが巨大な塊と化して進軍している。
これでは命がいくつあっても足りぬ。だが、伊達政宗の名を残すには最高の舞台である。
合力した武将たちは皆、不敵に笑っている。ここが死に場所ならば望むところだとでも言いたげである。狙うは清軍最強の満州八騎、その中央部を強行突破する作戦だ。
政宗が号令を発した。
ライブ映像では音声は実に聞き取りにくい。人民解放軍の諸君の記録によると政宗はこう叫んだらしい、
「皆の者、名こそ惜しめ!」、と。
「名こそ惜しめ」、つまり栄達や富貴ではなく、名誉こそ惜しむべきものであるという日本の武士独特の思想である。経済的成功ばかりがもてはやされる今の世界で、このような思想は儚い夢の如しである。
恥ずかしいことをするな、弱い者をいじめるな、己を強く保て。後に武士道と呼ばれる思想の源泉がこの言葉に集約している。
伊達の連合軍が清軍に突入した。
「島津流突破の陣なり!」
戸部典子が手に汗握っている。
伊達連合軍は一本の槍と化し、騎馬軍団の正面に激突し敵兵を切り裂いていく。
直江兼続が一刀のもとに満州騎兵を絶命させ、返す刀でもう一騎を叩きのめした。前田慶次郎と福留隼人は競うように槍を振り回している。二人とも笑っているではないか。井伊の赤備え部隊は押し寄せる敵を切り倒しての奮戦だ。伊達政宗と真田信繁は最前線に馬を進め満州騎兵に対する盾となっている。島津義弘は薩摩兵を率いて敵の防御を切り崩していく。賤ケ岳の七本槍は突撃を繰り返しての猛攻である。
さすが一流の戦国武将が揃うと満州八騎も簡単には防ぎきれない。敵の一角が崩れていく。
これも勢いだ。だが多勢に無勢、引き際を間違えるな。
三十分くらい混戦が続いた。
「もうよかろうなり。」
戸部典子の言葉が島津義弘に届いたのだろうか。島津義弘が合図を送る。これに応えて政宗が退却の号令を発した。
「退けぇ!」
さあ、ここからが問題だ。逃げきれるか?
真田信繁がにやりと笑った。背中に背負った馬上鉄砲を構えたのだ。伊達軍は逃げ際に馬上鉄砲をぶちかました。伊達の騎兵たちは全員、馬上鉄砲を装備していた。追撃に移った清軍の先頭を馬上鉄砲が打ち砕いた。
「よし! 信繁君、さすがなり。」
戸部典子は両手でガッツ・ポーズだ。
新兵器に満州騎兵が怯んだ隙に、伊達連合軍は駆けに駆けた。
太陽を目指して政宗は馬を走らせた。
信長の陣まであと一息だ。
やがて政宗は見た、地平線の向こうに鉄砲歩兵が整列しているのを。
地平線を埋め尽くすような、見たこともない物凄い数の鉄砲隊だ。
「やったー、やったなりぃ!」
政宗の合図で、伊達連合軍は左右に散開した。
地平線の向こうから二十万の騎兵が疾風の如く押し寄せてくる。
大地は揺れ、風が巻き起こった。
信長は目を閉じている、兵は微動だにしない。
敵をぎりぎりまで引きつけたところで、信長は何事かを叫び、叫びは轟音に掻き消された。
十数万丁の鉄砲による三段射撃が開始されたのである。信長は鉄砲隊を三つに分け、火縄銃を順番に撃たせることにより間断ない連続射撃を実現したのだ。
そのうえ左右に百五十ずつ配置された合計三百門のフランキー砲が同時に火を噴いた。右の砲撃隊は浅井長政、左は明智光秀が指揮を執っている。
三十分足らずで、勝敗は決した。
武田勝頼の騎馬軍団を一瞬にして壊滅させた日本戦国史上の白眉、長篠の合戦の再現である。
残念にも歴史介入によって雲散霧消したかと思いきや、ここに数十倍の規模をもって蘇ったわけだ。
砲煙で白く濁ったメイン・モニターは沈黙していた。
陳博士は成り行きを呆然と眺めていた。
李博士はその場にへたり込んだ。
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レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。
※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

戦国記 因幡に転移した男
山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。
カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。
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