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第二章 大森林
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水場の右手には言われていた通り巨大な石碑があった。例の聖碑だ。
その根元からチロチロと水が流れているが、何の理由があってなのか、その周辺には外から見えないように囲いがしてあった。
その石碑をムラマサが観察する。ペタリ、ペタリと触り、コンコンと何かを感じ取るかのように軽くノックをしてから、困り顔で俺の方を向く。
「どうやら力が枯れてんな。ここにゃ、何の神もいついちゃいねーぞ? どうなってんでぇ」
「俺に聞かれても困るが、確かに他の場所で見かけた物に比べると、違和感があるな」
その違和感の際たるものが、ルーベルの街で見かけた潤沢な湧水と異なり、ここの湧水はチョロチョロとしか流れていない所だろう。
全体的に神聖さも失われているように思う。
ムラマサの言う通り、ここにはどの神様も居ついてはいないようだ。それでも安全地帯が生きているのはその神様の残滓がまだ働いているからだろうが、これではその安全地帯が消失するのは時間の問題ではないだろうか。
「ま、今オイラたちがそれを考えてもしゃーねーな。今はほれ、服と身体を洗うぞ」
「……、そうだな。この後村長様に会うのだし、詳しい話はその時に聞けばいいだろう」
ムラマサに手渡された中くらいの桶に、手の先からお湯を出す。温度は30度ほどとかなりぬるいが、ダミ声鳥と服と洗うならこのくらいが丁度いい。うっそうと生い茂る森の中なのに温暖な春のような気温なので、これ以上熱くしても気持ちよくはないだろうと考えての事だ。
左手で抱えたダミ声鳥をそのままに、右手を突っ込んで温度の再確認。
「もう少し熱くてもいいか。ふむ、しかし『生活魔法』は便利だな」
「鍛冶屋でも木工師でも使うからな!」
「そうか」
ムラマサの話に興味を惹かれるが、時間も押している事なので深くは聞かず、ダミ声鳥を洗う為にそっとお湯にその小さな体をおろす。
嫌がる様子も見せず、ダミ声鳥はされるがままだ。心から信用されているのが伝わってくる。
「しかし、うーむ。名前が分からないのは不便だな」
「オイラはムラマサだぞ」
「それは知っている。そうではなく、村人の名前だ」
「あー、そういやそうだったな! オイラも誰一人分からん! こいつぁどういうこってぇ?」
村人の誰一人として名前が分からない。誰が誰か分からないのであれば、役職や見た目の特徴で呼ばなければならないのだが、どうしたものか。なんとなく見た目で呼ぶのは地雷を踏みそうで怖いのだ。
名前と言えば、気持ちよさそうにお湯に浸かるこのダミ声鳥に固有名はあるのだろうか。
「お前、名前はあるのか?」
「ヂュン? ヂュヂュン」
首を横に振って、名前がないことをアピールするダミ声鳥。そして動いたついでとばかりに俺の手に顔をこすり付けてくる。
俺を追いかけてこの危険な森にまで付いてきて、危険を承知で助けてくれた。しかもここまで懐かれては、いっそ名前を付けて飼ってみようかという気持ちが沸き上がる。
「なぁお前、ウチの子になるか?」
「ヂュン!」
即答か。
「なら今日からお前は、『ダミー』だ!」
「ヂュン!」
「安直だな、オイ!」
当人、いや、当鳥が納得しているのだから外野は口出ししないでもらいたい。
バチャバチャと羽で水面を叩いてはしゃいでいる。こちらにしぶきが飛ばないようにしているし、気遣いが出来るいい子ではないか。
身内のひいき目か、心なしか毛艶も綺麗になっている気がする。いや、青や茶色が混じった毛色から、赤くなっている? 神々しささえ感じるが、我が子かわいさなのだろうな。
神々しいと言えば、俺には守護神なんてものがついていたが、あの神様がこの石碑に宿ったりは出来ないのだろうか。
それでこの石碑が元気を取り戻せば、安全地帯は一気に強化され、範囲も広がるのではないだろうか。水の心配もしなくて済むようになるだろう。
そしてそれは、神職に付く聖騎士らしい行いのような気がする。封印されし神々の遺物を復活させる、みたいな。
両腕をバッテンにして「ムリーー!!」と叫んでいるダイスの神様の幻影が脳裏に浮かんだが、きっと気のせいだろう。
「ヂュヂュヂュン?」
「ああ、すまんな。考え事をしていた。今洗ってやるからな」
「おうよ!」
オッサン、お前は自分で洗え。脱いだ服を自然に手渡そうとするな。
体を拭い、服を魔法で洗浄した後、俺たちは身だしなみを整えて村長の家へと赴いた。
案内についてくれたのは地下遺跡で出会った少年の一人だった。
そう言えば、この子の名前も知らない。この村では名乗り合う行為はご法度なのだろうか。捨てられた者ばかりが集まった地だからか、あるいは過酷が故に人死にが多いから名乗り合わなくなったなのか。どちらもありそうだが、どちらが理由にせよ子供に聞くのは無神経にすぎるな。今の疑問はそっと心のお洒落小箱に入れ、フタをしておこう。必要となれば誰かが教えてくれるだろうからな。
「ここが村長様の家。そんじゃ俺も白い子の救出に行ってくるから!」
元気に駆け出していったが、あそこは確か安全地帯から外れている。大丈夫なのだろうか。
「あっこの周辺には少なくともモンスターの類はいやしねぇよ。あのデケー虫が追い払っちまってっからな! それに警備隊長もいるだろーし大丈夫だってなもんさ!」
「あの巨大虫に襲われても逃げ延びた子たちだから、俺が想像している以上に逞しいだろうし、信じるとするか」
そう結論を出し、俺たちは村長の家、と言う名の木の葉テントに入室した。
「あなた様方が、子供たちを助けて頂いた冒険者様でしょうか? さぁどうぞご遠慮なく、そちらにお座りください」
俺たちを待っていたのは、初老のご老人。
白髪交じりの髪ではあるが、これは一般的な人間のソレだ。
頭上で輝く『ライト』の光玉が、この老人が魔法を扱える一般人だと示していた。しかし察したからと言って、想像だけで決めつける訳にはいかない。相手が目上であれば自分よりも狡猾だと思い、見た目に騙されないようにしなければならないのだ。
立ったまま俺は問いかける。
「失礼ですが、あなたはもしかして?」
「ええ、その通りです。私はモザイクでもハーフでもございません」
先ほどの自分の言葉ではないが、百聞は一見に如かずだ。見た通り、このご老人は魔法が使える、いわゆる「普通の人」なのだろう。それと分かるように魔法を予め使い、不要な説明を省いたと思われる。
自分たちにも最低限の自衛力があるという示威行為なのか。あるいは、俺たちへのけん制なのか。雰囲気から察するに前者だと思われるが、
一つ疑問が解決すると、次の疑問が生じる。世の中あるあるだ。
それに何故まともに魔法を使える人がこんな辺境にいるのか、と言う新たな疑問も生じてしまった。
また、ソレと分かるように、敢えてこのテントの明り取り穴を塞いでいたのは何故なのか。
それを聞きたいが、このように先手を打たれた状態ではなかなか身動きがとりにくい。
「警戒させてしまったようですね。申し訳ない。しかしこの村の現状を知っていただくには手っ取り早いと思いまして、失礼をさせていただきました」
深々と頭を下げる村長様に、俺とムラマサは無意識に顔を見合わせ、それから頷き、ようやく着席した。
話の続きを促す。
「それはどういう意味でしょうか」
「ごらんの通り、この村ではお金になるようなものはありません。身を売れる娘子たちも、すでにおりません」
何やら随分と物悲しい言葉を聞いたが、そこを突っ込むのはやめよう。中世期頃の寒村、それも魔法のある世界で魔法が使えない彼ら彼女らには、それ以外に他人に差し出せるものがなかったのは容易に想像がつく。
やるせない気持ちを抱いたまま、俺は努めて平静に対応した。
「……、それで?」
「ですから、村に襲い掛かっていた厄災を取り除いて頂いたのですが、高位の冒険者様にお支払いできるものは、この村にはないのです」
それはこの村を見ていれば分かる。多少は文明を感じるものもあるが、正直言えば昔見た江戸時代の時代劇並の貧相さだ。金属器もあるにはあるが、部分でしか使われていない。そしてその金属器よりも、いかにも素人の手作りじみた石器が多く転がっていたりと、生活するに非常に不便な思いをしているのは、実際に見て知った。
「娘って、そういや外の繭玉にゃ女がいるって話だったが?」
「彼女は村の者ではありません。村の資産ではないのでお譲りする事は出来ません」
ふむふむ?
これはどういう話の流れなのだろうか。
「ってなると、これ以上この村はでかく出来ねーって事じゃねーか!」
「そう言う話だったのか?」
「はい? 一体どういう話なのでしょうか?」
……、ふむ。
俺とムラマサ、更には村長との三者で考えていることが全く違っている気がするな。
「最低十万人は暮らせる都市目指すってのに、子供が増えねーんじゃヤベェぞ! オイラの里でも大昔にガキが出来ねーで年増ばっか増えたピンチがあったって伝聞もあるくれーなんだぞ! 一大事じゃねーか!」
「少子高齢化、か。ふむ、どこにもある問題なのだな」
エルフの里で少子高齢化。外見年齢が一定以上は変わらないらしいエルフ相手だと想像できない事態だが、そう言う事もあるのだろう。
「しかしここには若い世代しかいないから、少子高齢化とは違うぞ。単純に嫁がいないのであれば外からの移住者を連れてくれば解決するのではないだろうか」
「そりゃ無理だろ。それで済むならこいつらはここにゃ住んでねーよ! って、あいた!!」
「興奮してストレートに言い過ぎだ。すいません、村長様。配慮が足りないこのバカをお許しください。普段はこんな事を言わないヤツなのですが、どうにも物作りが絡むと視野が狭くなると言いますか、何と申しましょうか」
「ヂュヂュン、ヂュン」
「あ、いえ、ううむ」
言わなくて良い事を言ったムラマサの頭にゲンコツを落としつつ村長に謝罪をすれば、何故かダミーも頭を下げていた。
全くこいつは、真似っ子か。かわいいヤツめ。
そんな親バカじみた事を考えていたら、背後から迫る気配に気が付いた。
「村長様! すいません!」
「何事ですか?」
来客中ではあるが、ここは危険地帯の大森林だ。またモンスターでも出たのかと俺とムラマサ、そしてダミーは立ち上がった。
それを手で制した村長は、入ってきた男の話を聞き、渋い顔をした。
「何があったのか、教えてもらえますか?」
あの巨大虫を倒したが、この森の脅威はそれだけではない。他にも脅威が向かってきているのなら可能な限り取り除いてしまうべきだ。
「この村に支払えるものなどありません。それでも、宜しいのでしょうか?」
その答えに、俺たちは二つ返事で頷いた。
「勿論です」
「ヂュヂュン」
「あたぼうよ! 困ったときはお互い様って言うんでぇ! オイラたちに任せな!」
そして今頃気付いた。
そうか、この人は俺たちへの報酬で悩んでいたのか。
「俺たちに報酬はいりません。ここへ来たのもルーベルの街の領主からそれとなく様子を見てきて欲しいとの依頼があったからです」
「そうでぇ! アイツから報酬ふんだくってやるぜ! って、ンなケチくせー事気にしてたのかよ!」
小さな村にとっては死活問題だったであろう事を気軽に言うムラマサに再びゲンコツを叩き落す。
恐れられていたのはどうやらみかじめ料を取られたり、村を占拠されるのではないかと懸念しての事だったみたいだな。
聖碑がただの石碑に成り下がり、最低限のセーフティしか発動していない。だから悪党だって近寄ってこれる。それを考えた上での先の態度だったようだ。これで村長様の態度や行動に、ようやく納得がいった。
「それで、一体何があったのですか?」
「その、村長?」
「……、子供たちを救って下さった方々の言葉です。信じましょう」
「はい。その、それでですね、あの村の前にある繭玉はご存知ですか?」
「ああ、知っています」
「その、それがですね、あの繭玉、固すぎて俺たちでは歯が立たないのです」
なるほど、そう言う話か。
「作業中、時々「食べないで~」とか、「おいしくないから~」って声がか細く聞こえて、これは早く助けなきゃとみんな思ってるんですが、遅々として進まずに、その」
なんだそれ。
「中の嬢ちゃんは生きてんだな! そりゃ早く助けてやらねーとな! おら行くぞアル!」
「お、おう?」
「ヂュヂュン!!」
念の為に村長を見れば、頷き返してきた。お願いします、と言う意思表示なのだろう。
「分かりました。微力ながら力になりましょう」
その根元からチロチロと水が流れているが、何の理由があってなのか、その周辺には外から見えないように囲いがしてあった。
その石碑をムラマサが観察する。ペタリ、ペタリと触り、コンコンと何かを感じ取るかのように軽くノックをしてから、困り顔で俺の方を向く。
「どうやら力が枯れてんな。ここにゃ、何の神もいついちゃいねーぞ? どうなってんでぇ」
「俺に聞かれても困るが、確かに他の場所で見かけた物に比べると、違和感があるな」
その違和感の際たるものが、ルーベルの街で見かけた潤沢な湧水と異なり、ここの湧水はチョロチョロとしか流れていない所だろう。
全体的に神聖さも失われているように思う。
ムラマサの言う通り、ここにはどの神様も居ついてはいないようだ。それでも安全地帯が生きているのはその神様の残滓がまだ働いているからだろうが、これではその安全地帯が消失するのは時間の問題ではないだろうか。
「ま、今オイラたちがそれを考えてもしゃーねーな。今はほれ、服と身体を洗うぞ」
「……、そうだな。この後村長様に会うのだし、詳しい話はその時に聞けばいいだろう」
ムラマサに手渡された中くらいの桶に、手の先からお湯を出す。温度は30度ほどとかなりぬるいが、ダミ声鳥と服と洗うならこのくらいが丁度いい。うっそうと生い茂る森の中なのに温暖な春のような気温なので、これ以上熱くしても気持ちよくはないだろうと考えての事だ。
左手で抱えたダミ声鳥をそのままに、右手を突っ込んで温度の再確認。
「もう少し熱くてもいいか。ふむ、しかし『生活魔法』は便利だな」
「鍛冶屋でも木工師でも使うからな!」
「そうか」
ムラマサの話に興味を惹かれるが、時間も押している事なので深くは聞かず、ダミ声鳥を洗う為にそっとお湯にその小さな体をおろす。
嫌がる様子も見せず、ダミ声鳥はされるがままだ。心から信用されているのが伝わってくる。
「しかし、うーむ。名前が分からないのは不便だな」
「オイラはムラマサだぞ」
「それは知っている。そうではなく、村人の名前だ」
「あー、そういやそうだったな! オイラも誰一人分からん! こいつぁどういうこってぇ?」
村人の誰一人として名前が分からない。誰が誰か分からないのであれば、役職や見た目の特徴で呼ばなければならないのだが、どうしたものか。なんとなく見た目で呼ぶのは地雷を踏みそうで怖いのだ。
名前と言えば、気持ちよさそうにお湯に浸かるこのダミ声鳥に固有名はあるのだろうか。
「お前、名前はあるのか?」
「ヂュン? ヂュヂュン」
首を横に振って、名前がないことをアピールするダミ声鳥。そして動いたついでとばかりに俺の手に顔をこすり付けてくる。
俺を追いかけてこの危険な森にまで付いてきて、危険を承知で助けてくれた。しかもここまで懐かれては、いっそ名前を付けて飼ってみようかという気持ちが沸き上がる。
「なぁお前、ウチの子になるか?」
「ヂュン!」
即答か。
「なら今日からお前は、『ダミー』だ!」
「ヂュン!」
「安直だな、オイ!」
当人、いや、当鳥が納得しているのだから外野は口出ししないでもらいたい。
バチャバチャと羽で水面を叩いてはしゃいでいる。こちらにしぶきが飛ばないようにしているし、気遣いが出来るいい子ではないか。
身内のひいき目か、心なしか毛艶も綺麗になっている気がする。いや、青や茶色が混じった毛色から、赤くなっている? 神々しささえ感じるが、我が子かわいさなのだろうな。
神々しいと言えば、俺には守護神なんてものがついていたが、あの神様がこの石碑に宿ったりは出来ないのだろうか。
それでこの石碑が元気を取り戻せば、安全地帯は一気に強化され、範囲も広がるのではないだろうか。水の心配もしなくて済むようになるだろう。
そしてそれは、神職に付く聖騎士らしい行いのような気がする。封印されし神々の遺物を復活させる、みたいな。
両腕をバッテンにして「ムリーー!!」と叫んでいるダイスの神様の幻影が脳裏に浮かんだが、きっと気のせいだろう。
「ヂュヂュヂュン?」
「ああ、すまんな。考え事をしていた。今洗ってやるからな」
「おうよ!」
オッサン、お前は自分で洗え。脱いだ服を自然に手渡そうとするな。
体を拭い、服を魔法で洗浄した後、俺たちは身だしなみを整えて村長の家へと赴いた。
案内についてくれたのは地下遺跡で出会った少年の一人だった。
そう言えば、この子の名前も知らない。この村では名乗り合う行為はご法度なのだろうか。捨てられた者ばかりが集まった地だからか、あるいは過酷が故に人死にが多いから名乗り合わなくなったなのか。どちらもありそうだが、どちらが理由にせよ子供に聞くのは無神経にすぎるな。今の疑問はそっと心のお洒落小箱に入れ、フタをしておこう。必要となれば誰かが教えてくれるだろうからな。
「ここが村長様の家。そんじゃ俺も白い子の救出に行ってくるから!」
元気に駆け出していったが、あそこは確か安全地帯から外れている。大丈夫なのだろうか。
「あっこの周辺には少なくともモンスターの類はいやしねぇよ。あのデケー虫が追い払っちまってっからな! それに警備隊長もいるだろーし大丈夫だってなもんさ!」
「あの巨大虫に襲われても逃げ延びた子たちだから、俺が想像している以上に逞しいだろうし、信じるとするか」
そう結論を出し、俺たちは村長の家、と言う名の木の葉テントに入室した。
「あなた様方が、子供たちを助けて頂いた冒険者様でしょうか? さぁどうぞご遠慮なく、そちらにお座りください」
俺たちを待っていたのは、初老のご老人。
白髪交じりの髪ではあるが、これは一般的な人間のソレだ。
頭上で輝く『ライト』の光玉が、この老人が魔法を扱える一般人だと示していた。しかし察したからと言って、想像だけで決めつける訳にはいかない。相手が目上であれば自分よりも狡猾だと思い、見た目に騙されないようにしなければならないのだ。
立ったまま俺は問いかける。
「失礼ですが、あなたはもしかして?」
「ええ、その通りです。私はモザイクでもハーフでもございません」
先ほどの自分の言葉ではないが、百聞は一見に如かずだ。見た通り、このご老人は魔法が使える、いわゆる「普通の人」なのだろう。それと分かるように魔法を予め使い、不要な説明を省いたと思われる。
自分たちにも最低限の自衛力があるという示威行為なのか。あるいは、俺たちへのけん制なのか。雰囲気から察するに前者だと思われるが、
一つ疑問が解決すると、次の疑問が生じる。世の中あるあるだ。
それに何故まともに魔法を使える人がこんな辺境にいるのか、と言う新たな疑問も生じてしまった。
また、ソレと分かるように、敢えてこのテントの明り取り穴を塞いでいたのは何故なのか。
それを聞きたいが、このように先手を打たれた状態ではなかなか身動きがとりにくい。
「警戒させてしまったようですね。申し訳ない。しかしこの村の現状を知っていただくには手っ取り早いと思いまして、失礼をさせていただきました」
深々と頭を下げる村長様に、俺とムラマサは無意識に顔を見合わせ、それから頷き、ようやく着席した。
話の続きを促す。
「それはどういう意味でしょうか」
「ごらんの通り、この村ではお金になるようなものはありません。身を売れる娘子たちも、すでにおりません」
何やら随分と物悲しい言葉を聞いたが、そこを突っ込むのはやめよう。中世期頃の寒村、それも魔法のある世界で魔法が使えない彼ら彼女らには、それ以外に他人に差し出せるものがなかったのは容易に想像がつく。
やるせない気持ちを抱いたまま、俺は努めて平静に対応した。
「……、それで?」
「ですから、村に襲い掛かっていた厄災を取り除いて頂いたのですが、高位の冒険者様にお支払いできるものは、この村にはないのです」
それはこの村を見ていれば分かる。多少は文明を感じるものもあるが、正直言えば昔見た江戸時代の時代劇並の貧相さだ。金属器もあるにはあるが、部分でしか使われていない。そしてその金属器よりも、いかにも素人の手作りじみた石器が多く転がっていたりと、生活するに非常に不便な思いをしているのは、実際に見て知った。
「娘って、そういや外の繭玉にゃ女がいるって話だったが?」
「彼女は村の者ではありません。村の資産ではないのでお譲りする事は出来ません」
ふむふむ?
これはどういう話の流れなのだろうか。
「ってなると、これ以上この村はでかく出来ねーって事じゃねーか!」
「そう言う話だったのか?」
「はい? 一体どういう話なのでしょうか?」
……、ふむ。
俺とムラマサ、更には村長との三者で考えていることが全く違っている気がするな。
「最低十万人は暮らせる都市目指すってのに、子供が増えねーんじゃヤベェぞ! オイラの里でも大昔にガキが出来ねーで年増ばっか増えたピンチがあったって伝聞もあるくれーなんだぞ! 一大事じゃねーか!」
「少子高齢化、か。ふむ、どこにもある問題なのだな」
エルフの里で少子高齢化。外見年齢が一定以上は変わらないらしいエルフ相手だと想像できない事態だが、そう言う事もあるのだろう。
「しかしここには若い世代しかいないから、少子高齢化とは違うぞ。単純に嫁がいないのであれば外からの移住者を連れてくれば解決するのではないだろうか」
「そりゃ無理だろ。それで済むならこいつらはここにゃ住んでねーよ! って、あいた!!」
「興奮してストレートに言い過ぎだ。すいません、村長様。配慮が足りないこのバカをお許しください。普段はこんな事を言わないヤツなのですが、どうにも物作りが絡むと視野が狭くなると言いますか、何と申しましょうか」
「ヂュヂュン、ヂュン」
「あ、いえ、ううむ」
言わなくて良い事を言ったムラマサの頭にゲンコツを落としつつ村長に謝罪をすれば、何故かダミーも頭を下げていた。
全くこいつは、真似っ子か。かわいいヤツめ。
そんな親バカじみた事を考えていたら、背後から迫る気配に気が付いた。
「村長様! すいません!」
「何事ですか?」
来客中ではあるが、ここは危険地帯の大森林だ。またモンスターでも出たのかと俺とムラマサ、そしてダミーは立ち上がった。
それを手で制した村長は、入ってきた男の話を聞き、渋い顔をした。
「何があったのか、教えてもらえますか?」
あの巨大虫を倒したが、この森の脅威はそれだけではない。他にも脅威が向かってきているのなら可能な限り取り除いてしまうべきだ。
「この村に支払えるものなどありません。それでも、宜しいのでしょうか?」
その答えに、俺たちは二つ返事で頷いた。
「勿論です」
「ヂュヂュン」
「あたぼうよ! 困ったときはお互い様って言うんでぇ! オイラたちに任せな!」
そして今頃気付いた。
そうか、この人は俺たちへの報酬で悩んでいたのか。
「俺たちに報酬はいりません。ここへ来たのもルーベルの街の領主からそれとなく様子を見てきて欲しいとの依頼があったからです」
「そうでぇ! アイツから報酬ふんだくってやるぜ! って、ンなケチくせー事気にしてたのかよ!」
小さな村にとっては死活問題だったであろう事を気軽に言うムラマサに再びゲンコツを叩き落す。
恐れられていたのはどうやらみかじめ料を取られたり、村を占拠されるのではないかと懸念しての事だったみたいだな。
聖碑がただの石碑に成り下がり、最低限のセーフティしか発動していない。だから悪党だって近寄ってこれる。それを考えた上での先の態度だったようだ。これで村長様の態度や行動に、ようやく納得がいった。
「それで、一体何があったのですか?」
「その、村長?」
「……、子供たちを救って下さった方々の言葉です。信じましょう」
「はい。その、それでですね、あの村の前にある繭玉はご存知ですか?」
「ああ、知っています」
「その、それがですね、あの繭玉、固すぎて俺たちでは歯が立たないのです」
なるほど、そう言う話か。
「作業中、時々「食べないで~」とか、「おいしくないから~」って声がか細く聞こえて、これは早く助けなきゃとみんな思ってるんですが、遅々として進まずに、その」
なんだそれ。
「中の嬢ちゃんは生きてんだな! そりゃ早く助けてやらねーとな! おら行くぞアル!」
「お、おう?」
「ヂュヂュン!!」
念の為に村長を見れば、頷き返してきた。お願いします、と言う意思表示なのだろう。
「分かりました。微力ながら力になりましょう」
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