ヤンデレだらけの短編集

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アジサイ

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 今日こそは断る、今日こそは断る、断る、断る、断る、怖くても断る、絶対に断る。

 放課後、僕は自分の席に座ったまま胸に両手を合わせて祈るように自分に言い聞かせていた。

 僕は、不良が怖い。いや、僕だけではない。きっと一般的な観念を持つすべての人は不良に対していい顔をしないだろう。
暴力で相手を従わせて、お金をゆすったりするの、良くない。
それを見過ごすのも、良くない。
傍観者、よくない。…つまり、不良の隣で何も言えずに座っている僕も、良くないのだ。

 だから、断る。今日は絶対に行かない。いや、金輪際二度と行かない。不良にはもう関わらない。

 今までは怖くて断れなかったけど、今日こそ断るのだ。今日が特別何かある日というわけではないけど、敢えて理由をあげるなら昨日寝る前に読んだ不良を指導する熱血先生の漫画に多少感化されているけれど。

 まさか僕ごときが不良を更生されることができるとは夢にも思っていない。

 だから、ただ僕は不良と一緒にいるのをやめる。あとはご自由にどうぞ、なのだ。少し離れたところにいる傍観者に、今日をもって、なる。

 僕以外誰もいなくなった教室に、ガラリとドアが開く音が響く。

「しょーたろーくん、お待たせ~」

 明るく間延びした声が橙色の夕日が差す教室に広がって、僕を手招いた。

 断る。断るのだ、男らしく。いや、やっぱり男らしくなくてもいいから断る。

「ぼっ、僕、きょ今日、いきませっん」

 盛大にどもった。でも言えた。僕はこれだけ言うのにめちゃくちゃ息を切らせていた。

「んん?なんでー?今日何か用事できた?」

 目の前の優男風ににこにこと人好きのする笑みを浮かべる男は、今日だけの話だと思っているらしく特に意に介している様子は見えない。

 僕が、もう二度と行かないのだと伝えたら、その張り付いた笑みを多少崩して見せたりするのだろうか。

 怒って、不良らしく、僕を屈服させようとするのだろうか。

 あ、駄目だ怖い、どうしよう。でも言わなきゃ、言うって決めたから言う、言う言う言う。

「今日、きょうきょう今日だけじゃなく、なくって、も、もっ」

「うんうん、落ち着いて、ゆっくりでいいからね」

 どもりがひどくなってしゃべれなくなる僕の背中を優しく撫でて、続きを促してくれる。

 こういう態度を見ているとまるで好青年で、とても不良だとは思えない、けれど。彼が、彼らが平気な顔をして他人を傷つけることを、僕は知っているのだ。

 この目で、何度も、毎日のように、目の前で繰り返されるのを見ていたから。

「こ、これからずっと、いかない」

 背中を撫でてもらって落ち着いたので、そこまでどもらずに言えた。声は小さくて頼りないものだったけど。

 ああ、どんな反応をされるんだろう。殴られたらどうしよう。

「そっかあ。祥太郎くん、いきたくないの?」

 殴られるかも、とぎゅっと目を瞑って俯いた僕に降ってきたのは、予想外にも優しい言葉だった。

「え…うん、うん、いきたく、ない」

 顔を上げると、にこにこ笑っているのが変わらないので、案外、僕が思っていたほど事は重要ではなかったのかもしれない。

 なんでか僕は毎日彼に連れられて不良の溜まり場?になっているお店のような、お店を改造して不良がたむろする場所になっているところに行って、「はじめさん」と呼ばれる不良のトップらしい人の隣に座らせられるのだけれど、よく考えれば、僕がいる必要なんて全くない。

 僕は何か力があるわけでもないし、はじめさんと親しいわけでもない。僕は、そこにいたっていなくたって変わらない。目の前で誰かが傷つけられていても、止めることは出来ない。
もしも、暴力が自分に向かったら怖いから、嫌だから、僕は止めない。
 
 僕がいてもいなくても、誰かが傷つくことは変わらない、僕がいることに、意味なんて、ないのだ。

「なんで行きたくないのか聞いてもいーい?」

 幼子に話しかける様に、ゆっくりのんびり尋ねられて、僕はついこっくりと頷いた。

 ありがとー、とへらりと笑われて、何でこんな風に笑う人が、人に暴力をふるえるんだろうと、少し悲しくなった。

「こわい、から。あの…殴られてる人とか、見るの」

 ぼそぼそと喋る僕の声を聞きとろうと、顔を近づけてうんうんと頷いてくれる。

「そっかぁ、怖いか。そうだよねぇ。あー、麻痺してた。そういうこと考えてあげれてなかったね」

 ごめんね、と申し訳なさそうに言われると却って自分が悪いような気分になってしまう。

 小さく首を振ってこたえた。

「じゃあ、はじめさんにお願いしてみよっか。そしたら怖くないよね?」

 だから行こうねえと両脇に手を差し入れられ、ひょいと持ち上げられた。

 そのまま軽い足取りで歩きだされたので、僕は酷く慌てた。

「え、え、待ってくださ、あのあのあの」

「んー?なにー?」

 この調子だと確実に連れていかれる。下りようともがくが、がっちりと背中に腕を回されていて自由に動けない。

 かといって、何か下ろしてもらえるいい理由が見つかるわけでもない。

 また、あの意味の分からない空間に連れていかれるのだ。

 殴られて、蹴られて、泣いて許しを請う人を黙って見下ろすだけの、何もできない、あまりにも虚無である場所に。僕の無力を、痛感しなければならないところに。

 こわい。僕もまた、いつかはそれを見ても何も思わなくなるんじゃないか。思えなく、なるんじゃないか。

「おりる。おろして。いかない、やだ、こわい」

 駄々をこねる子供のようにいかない、いかないと言って暴れるも虚しく、正門に停まっていたタクシーに乗せられる。

「大丈夫だよー、はじめさん優しいから、しょーたろーくんがお願いしたら言うこと聞いてくれるから、ね?」

 宥める様に言われるが、はじめさんだっていつも僕の隣で黙って暴力を眺めているだけだ。…いや、もういいとか、次はどこに回すとか命令してるから、僕とは黙って眺めるの意味合いが違うけれど。

「僕、お願いなんてしない、できない…あなたが頼んで、くださ」

 僕が黙って、傍観者でいる理由は、自己保身のためだ。自分に暴力が向けられるのが怖いから黙っているのだ。それがどうして、どんな顔をして暴力をやめましょうなんて言えるのか。

「ふっ、え?何それ?本気で言ってる?俺がはじめさんにそんなこと言ってただですむと思ってる?」

 ほら、やっぱりはじめさんはそんなお願い聞かないで、かえって怒るということじゃないか!

 何故それがわかっていて僕にお願いしろなどと言えるのだ。

「祥太郎くんが可愛くぎゅーって抱き着きながらお願いしたらきっとすぐ聞いてくれるよお」

 そんなこと恐ろしくてできるか!

 駄目だ、話が通じない。僕は昨日の夜から今日にかけての決意も空しく、また不良の巣窟にやってきてしまった。

 情けないやら怖いやらで泣けてきた。

「なんでぇ…?もう行かないって、やだって、うぇっ、言ったのにぃ」

「うわぁ、俺が泣かしたみたいじゃん、はじめさんになんて言われるか…」

 何か言ってるけど自分のしゃくりあげる声とかでよく聞こえない。

 タクシーから僕が下りようとしないのでまた抱っこされた。

 僕はひっくひっくと泣きながらはじめさんのもとに連れていかれた。



 どういうことだ、と地を這うような低い声が聞こえて僕は震えた。

 今は僕を抱っこしている人の首に顔を埋めてはじめさんの顔が見えないのでわからないが、どうやらはじめさんは何かに怒っているらしい。

「誤解だよぉ。俺が泣かしたんじゃないから。むしろ、はじめさんのせいだからねー?」

 ねー?って僕に話を振らないで欲しい。

 怖い。帰りたい。関わりたくない。

 何も言わずに黙っていたら、ふわっと浮遊感がして、気付いたらはじめさんに抱きかかえられていた。

 え、え、と焦る僕を一瞥すると、はじめさんは僕を抱えたまま部屋に入った。

 「頑張ってねー」と呑気な声が聞こえたが、何をどう頑張ればいいのか分からない。

 部屋には小さくて安っぽいベッドが一つあって、そこに向かい合って座らされた。

 急展開についていけずに、驚きで涙は引っ込んでいた。

 ぐい、と涙の跡を拭われる。

「何故、泣いていた。あいつは俺のせいだと言っていたが、そうなのか」

 はじめさんの話し方は威圧的で、怖い。人の上に立ったことしかないのだろうということがよく分かる。

 それでも、僕が怯えるせいだろうか。普段に比べれば、ずっと優しい声音だった。

 その声に少しだけ安心して、もしかしたらあの人が言っていたみたいに、お願いを聞いてくれるのかもしれない、と思った。

「お、おこ、怒りません…か」

 それでもビクビクしながら尋ねると、はじめさんは僅かに目元の鋭かったのを和らげて、促すように頷いた。

「あの、あの、僕、誰かが殴られたり、してるのとか、見るの…怖くて、だから、ええと」

 あの人はなんて言ってたっけ。『ぎゅーって抱き着きながらお願い』だったっけ。

 自分に暴力が向けられるのではないかという恐怖にグルグルと回っている頭は、思い浮かんだ記憶の通りに、何も考えずに身体を動かした。

 ベッドに膝をついて、多少前のめりになってはじめさんの首に腕を回す。ぎゅう、と密着すると、はじめさんの体温が思っていたよりずっと熱かった。

 僕の背中にはじめさんの腕が回った。

 自分のしたことに気付いてビクリと肩が跳ねて、離れようとしたけど、気にするな、とでも言うようにぽんぽんと背中を撫でられて、その手つきの優しいことが僕を落ち着かせた。

「怖かったか」

 低く、柔らかい声が僕の耳元で聞こえる。

 少しくすぐったかったけど、その声が僕を気遣っていることが分かったのでなんとなく心地よかった。

 うん、と小さく頷くと、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。

「たろうの前ではもう暴力は無しだ。見かけたときはやめるように言えばすぐやめさせる」

 だから泣かなくていいし、あいつに相談しなくていい。

 そう言ってぎゅうぎゅうに抱きしめられて、少し苦しかったけど暴力が自分に向けられないのだと分かって安心した。

 でも、もう不良に関わらないと決めたのだ。はじめさんが僕に暴力をふるわないことは分かったし、なにも恐れることはないからもうここには来ませんと言って帰らせてもらおう。

 はじめさん、と声を掛けかけた僕より先に、はじめさんが口を開いた。

「ああ、よかった。たろうがもう俺と関わらないなんて言ったら、どうしてやろうかと思った」

 そして、何か言いかけたか?と優しく僕に問うので、僕は「ナンデモナイデス」とぎゅーっとはじめさんに抱き着くのだった。






アジサイ:無情
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