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反生徒会活動

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 今日のAランチは水トカゲの卵とじうどん、Bランチは草トカゲのオムライス、Cランチは炎トカゲのガパオライス、スペシャルランチは魔ドラゴンのカルボナーラ。

 人気はBランチのオムライスのようだが、今日の僕はお弁当を持参している。塩おにぎりと味噌汁が美味しい!
 東大陸出身の僕と幼馴染くんはこの学園では珍しい方だ。おにぎり向きの米と味噌もここ西大陸ではあまり流通していないが、幼馴染くんは特待生なので色々と融通がきいて、僕はそれにあやかっている。

 食堂の一角を陣取り、もぐもぐとおにぎりを口に詰めながら『聞き耳』を立てる。食堂なら人がたくさんいるし、生徒会の話や、運が良ければ生徒会室の鍵の話も聞けるかもしれない。
 「生徒会」と「鍵」にワードを絞り、聴覚の精度を上げる。

『生徒会に没収された家庭科室の鍵、まだ返してもらえないよー』
『調理実習室の鍵もことごとく没収されちゃった』
『パチモンユニコーンの角の粉を料理部で売ったことがバレたのが悪いとはいえ、一ヶ月の活動停止なんてあんまり!』
『パチモンだってバレたのはさあ、幻覚の精度が甘かったからだと思うんだよね』
『料理部を何だと思ってる! だって。代々合法薬草販売部としてやってきてるってのに』

 うーん。普通に料理部が悪い話しか入ってこない。パチモンドラッグを学園で売るなよ! 
 魔族は倫理バグってる奴が多いからな。
 秩序を守る生徒会としては当然の罰則ではなかろうか。むしろ甘いような。
 ていうか今まで合法薬草販売部だったの? こわいよ……。

「貴様。おい、貴様」
「にぎゃああ!」

 『聞き耳』を立てていたところに、誰だか知らない不届き者が耳元で話しかけてきたので、僕は椅子から転がり落ちた。
 能力を使用している間は聴覚が過敏になっているのだ。頭がくらくらする。

「大袈裟な奴だな。立て」

 襟元を掴んで引き上げ、再び椅子に尻を置かされた。
 見上げると、昨日の大男と同じか、それより大きいくらいの大男。同じ種族かもしれない。
 背中まで伸びた艶やかな白髪は、黒髪短髪の先輩とは対照的だ。何だか神々しい。

「急にひどい……大体どなたですか?」
「我のことを知らぬか。ふむ。生徒会の者だ」

 不幸中の幸いというか。生徒会の人と接触してしまった。

「えっあっあっじゃあ、生徒会長と仲良いですか」
「生徒会長のことは我がよく知っておる」

 これは好機だ。この人と仲良くなって鍵の情報を流してもらおう!

「貴様、この……これは握り飯というものであろう? これを我に献上せよ」
「対価は?」

 思わずノータイム「対価は?」を出してしまった。仲良くなろうと思ったのに!
 生徒会役員は、僕を見下ろすとにやりと口角を上げた。覗く犬歯。

「我に口答えするとは、珍しい奴だ。菓子をくれてやろう」

 生徒会役員はポケットからバラバラと菓子をばら撒いた。テーブルの上を跳ねて、幾つかが床に落ちる。
 僕はとびつき、床を這ってお菓子を拾い集めた。甘味は贅沢品! お菓子最高!

 次に僕が顔を上げた時、おにぎり一つとともに、生徒会役員はいなくなっていた。
 魔力の残滓は半透明にきらきらと陽光を浴びて溶けていく。
 綺麗な魔力。恐らく空間転移。
 空間転移なんてできるのはハイランク魔族だけ。さすが生徒会役員なだけある。

 





 昼休憩。おにぎりを食べ終わった僕は、生徒会役員にもらったお菓子を貪っていた。
 外は焦げていて、中は生焼けのマフィンだ。美味しい!
 そして僕は今日の『聞き耳』と生徒会役員の残したお菓子を結びつけ、ある仮説を導き出していた。

 生徒会はお菓子の特訓中なのではないか……?

 この生焼けお菓子! 美味しい! 没収された調理実習室の鍵! いなくなった僕のクラスメイトは例えば、生徒会主催のお菓子作りに勤しんでるとか……。

 いい線を行っている気がするこの仮説を、合流した反生徒会の皆さんにお伝えした。
 先輩は深く長い溜息をつき、不良くんは「バカじゃねえの」と言った。狼獣人は相変わらず何も言わないし、サキュバスお姉様達は通信機をいじっている。

「俺達は生徒会の悪行を暴くんだよ! お菓子作りってお前、アホか!」

 不良くんはまた僕の頭を叩くかと思ったが、生焼けのマフィンを覗き込むと「腹壊すぞ」とどこか同情的な目で僕を見て手を下げた。

「しかし、料理部はこちらに引き込めるだろうな。幻覚の精度を上げるならウチに適任がいるし」
 
 先輩が横目で見ると、サキュバスのお姉様方は「はぁ~い」と気だるげで色っぽい返事をした。

 貴重な女子生徒の御声を聞いてしまった! 魅惑ボイス! 

 僕の耳も喜んでいます。好みの声。
 お姉様にしては低くてハスキーだ。耳がじん、と熱を持つのが分かった。

 はわわ……と耳をおさえつつお姉様方に憧れの目線を送る。 

 お姉様方はクス、と小馬鹿にしたように眉を下げてぷるぷるの唇を引き上げ微笑む。
 笑うともっと魅力が増す! 言うこと何でも聞きたい!

 あれ、待って。先輩幻覚の精度を上げるとか言ってた?
 それ大丈夫? 生徒会の悪行を暴くっていうかこっちが悪事に加担してない……?

「よくやったな、新入り」

 先輩の手が伸びる。しょっぱい指だ。
 びり、と舌先が痺れた気がした。

「のわ!」
「ぎゃあ! 何すんだバカ!」

 咄嗟に僕は先輩の手を避け、代わりに不良くんの頭を差し出していた。
 先輩の手は、不良くんの頭の上にある。

「テメェ! 先輩に対して不敬だろ!」

 言ってる割に不良くんは頭を差し出したままだ。何か嬉しそう。
 先輩は「警戒されたな」と眉を下げて、不良くんの頭を撫でる。
 不良くんの口から「グッ」て声が漏れた。やっぱり嬉しそう。

 先輩は困っていそうで全然困っていなさそうな余裕のある微笑を浮かべた。
 細められた目が、僕の視線を強く捉える。

「もう俺に触れられたくないか?」
「え、あ、いや、その」

 あれあれ、『懐柔』の条件はその手が触れることって昨日言ってなかった?

 何で僕は目を逸らせない? 何で僕の口は「触ってほしい」と言おうとしてる?

 口を開きそうになると、ビリ、と舌先に痺れが走った、気がする。
 二回目だから、気のせいじゃないかも。幼馴染くん、何かしたのかな。

 僕が押し黙っていると、面白いものを見つけたように先輩の口角がゆるりと上がる。

「本当に理性が強いんだな」

「でも、一点集中型だ」

「口は閉じられてても、もう動けないだろう?」

 先輩の手が、不良くんの頭を離れこちらへ向かう。
 動けない。目を逸らせない。
 頭を撫でられる。力強い。なんだか安心する。緊張に強張った肩から力が抜ける。
 肩で跳ねる灰色の癖っ毛を撫で、先輩の指先が耳朶に触れた。

「んんっ?!」

 触れられた瞬間、あり得ないほどじんとした痺れが広がった。耳が熱い。
 かなりくすぐったい寄りの「気持ちいい」だ。

 上半身を捩って、不良男の方に身体を逃がす。
 不良男は先輩に撫でられたのがよほど嬉しかったのだろうか。いまだ頭を差し出した体勢のまま静止している。

 クスクスと笑い声がしてそちらに目を向けると、サキュバスのお姉様方が楽しそうに口元に手を当てて目を細めていた。
 空気の多い、秘めるような笑い声が耳まで届く。耳がぶわ、と熱くなる。

 ああ、どうやらサキュバスのお姉様の能力だったらしい。

 誘惑の香りが鉄板だと思ってたけど、声の場合もあるんだ。「はーい」って声聞いただけなのに。

「お前は耳が良いからかかりやすいんだな」
「っう?! あ、やだっそれ」

 敏感になっている耳殻をなぞられ、息を吹き込むように喋られると、指先まで痺れが広がった。
 気持ちいいのが身体をグルグルして抜けない。

 こんなのなったことないなったことない! 

 幼馴染くんにだってこんな過剰な「気持ちいい」はされたことないのに!

 もう無理!

 ぽろ、と涙が溢れた。
 それを見て、お姉様方はいっそう麗しく口角を持ち上げた。
 先輩は相変わらずニコニコと目元だけで笑って耳を摘んで遊んでいる。
 不良くんは依然として頭を差し出して固まっている。

 魔族って人の涙とか見るの好きですよね知ってた!

「ワン!」

 絶望したところに、場違いに可愛らしい鳴き声が響いた。
 視線を向けると、銀色の毛並みの狼? もふもふが座っていた。
 気づくと同時に、フッと身体の痺れと耳の熱が冷める。
 力が抜けて、不良くんにドッともたれかかった。
 不良くんもろともソファに倒れ込む。

 え? 不良くん気絶してる……?

 不良くんを下敷きにしたまま、もふもふへ再び視線を向けると、もふもふはプイとそっぽを向いた。

「私の能力は『無効化』だ……大して役にも立たない」
「いや今すごい助かってますが!!?!」

 僕は全力で狼さんに抱きつき、拝み倒し、撫で回し、もふり倒し、感謝の意を表した。
 対価なしで助けてくれるなんて狼さん、優しい!







 そして、夜。

「うえ~ん同室の幼馴染くん~~」
「よしよし」

 僕は同室の幼馴染くんに泣きついていた。
 
「サキュバスの誘惑にまんまと引っかかったあ」
「可哀想に」

 事の顛末を、幼馴染くんはうんうんと聞いてくれる。
 時折挟まれる「可哀想に」「頑張ったね」が僕の自尊心を満たす。

「じゃあ、『回復』をかけてあげようね」
「う、あの、幼馴染くん。僕、できればやっぱり痛いのはちょっと……痛気持ちいのも、あの、あんまり」

 幼馴染くんの胸にぎゅうと抱きつき、上目遣いに表情をうかがう。

「いつもの『回復』がいい」
「痛いのが嫌なんだよね?」

 こくこくと頷く。昨日はへろへろになっちゃったし。

「昨日はちょっとコントロールに失敗しちゃったけど、今日は大丈夫だよ。僕の幼馴染くんが、大丈夫にしてくれるでしょう?」

 「大丈夫にしてくれる」という言葉に、ドキッとする。てことは、今日は僕も能力を使う日だ。

「ん、大丈夫。大丈夫にするね」
「うん」

 綺麗に幼馴染くんが笑う。笑ったら、天使みたい。ふにゃりと笑う唇がいっとう可愛い。

 僕らが「大丈夫」になる日。

 僕らは裸になって、ぎゅうぎゅうに抱き合う。肉体の境界が無くなるように強く願いながら、四肢を絡ませ、圧迫する。

 そうして僕の耳は『聞き耳』を立てる。

 幼馴染くんの呼吸を聞く。喉を通って肺に到達するまでの、息を聞く。
 幼馴染くんの肉のうごめきを聞く。呼吸に合わせて上下する胸の肉。その奥にある心臓の音。心臓から身体をめぐる血液の音。

 幼馴染くんの身体の音が僕の耳を支配して、外界の音がなくなって、僕の目は何も見えなくなって、身体の感覚がなくなって、バクバクバクバク張り詰めるような心臓の音が大きく大きく僕の耳を打って、僕は僕の身体を見失って、僕と幼馴染くんの境界がなくなって。

 音が消える。

 幼馴染くんの心の中に入るのは久しぶりだ。

 真っ暗闇の中、身体感覚を失っている僕は、進んでいるような気がすることをする。

 何も見えないけれど、悲しそうな気配へ近づく。
 それを撫でる。

 心配気な塊に進む。柔く飲み込まれる。大人しく飲み込まれてやる。感覚のない身体を愛撫される。窒息しているような気もする。

 嫉妬しているような肉塊を抱きしめてやる。強く強く抱き返されて、あまりに強くて、骨が軋んで、肉がめり込んで、身体の感覚を取り戻していく。

 音が戻る。バクバクバクバクと、心臓がうるさい。
 光が戻る。眩しさに目を閉じて、幼馴染くんに縋り付く。
 呼吸が戻る。喉は勝手に喘いで、咳を混ぜながらヒューヒューと息を通す。

「けほっ、んん……だいぶ深くまで潜った気がする。幼馴染くんは平気? 身体、辛くなってない?」

 僕を囲い込むように抱きしめる幼馴染君は、ぎゅうぎゅうの圧迫を少し緩めて、僕と顔を合わせた。
 頬が、薔薇が綻んだように朱に染まっている。
 蕩けるような口元が、天使みたいに無垢に笑む。

「すごおく気持ち良かった。僕の幼馴染くん。大好き」

 ふにゃふにゃの天使。幼馴染くんが綺麗。可愛い。
 僕はなんだか恥ずかしくなって、パジャマを慌てて被せた。幼馴染くんも僕にパジャマを着させてくれた。

「お返しに『回復』をかけてあげようね」
「大丈夫にしたから痛いの無しだよね?!」
「うんうん、前回の反省を踏まえて、全部「気持ちいい」に振るね。」
「うん……?」
「お返しに、いっとう気持ち良くしてあげる」
「うん……?」

 にこやかにじりじりと退路を塞ぐ幼馴染くんを不穏に感じてしまうのはなぜだろう。
 ベッドの上を後退するが、すぐにとん、と後頭部が壁にぶつかってしまう。

「痛かったね、可哀想に」

 慈愛に満ちた幼馴染くんの声が優しくするすると耳の奥へ入り込んでいく。
 優しく優しく撫でられる頭がぽかぽかして気持ちいい。
 幼馴染くんの声を聞くとすぐに安心して力が抜けてしまう。
 軽く腕を引っ張られただけで、すんなりと幼馴染くんの胸の中に抱き込まれる。

「能力をたくさん使った後は敏感だから、優しくしてあげようね」

 耳元で吹き込まれるように幼馴染くんの穏やかな声を聞いて、脱力して、緩やかに緩やかに耳が熱を持って、じんじんと熱が全身に回って、くすぐったいと気持ちいいが指先まで痺れさせる。
 幼馴染くんの白魚のような指が、慈しむようにそうっと、耳朶を撫でた。
 瞬間、耳が蕩けたかと錯覚した。
 
「ふあぁ、あ、ぅ……」

 耳だけが身体の全ての器官になったかのように、気持ちいいで支配される。

「気持ちいいね」
「ん、あっ、ぁう」

 幼馴染くんの声だけで腰がくだける。全身を幼馴染くんに預ける。勝手に腰がびくびく震える。
 耳殻をなぞられる度に、耳の感覚が研ぎ澄まされて、とろとろと気持ちいいを重ねられる。

 僕はその夜、うーうー唸りながら、幼馴染くんの宣言通り全く痛みの無い、蜂蜜に溺れるような甘い気持ちいいだけの『回復』に一晩浸ったのだった。
























 僕はサキュバスのお姉様方に何というか弄ばれたわけだが、別に純情を踏み躙られた! とかって思いはなかった。
 幼馴染くんも、僕としたことのなかった「気持ちいい」に先を越されたのが癪だったくらいだと思う。僕と幼馴染くんしかしたことのない「気持ちいい」の方が遥かに多いのだけど。
 能力で入った幼馴染くんの心中も、そこまで荒れているわけではなかった。

 東大陸の地図にも載らないような集落で、僕たちは童貞をとっくに村のお姉さんで八の歳に卒業していたし(こういうのって因習と言うらしい)、村の祭りでは少年たちは祠の前で交わわなければならなかった。僕は幼馴染くんともそうしたし、村の他の少年ともそうした。幼馴染くんも同じだ。

 僕らは奴隷狩りに見舞われた先で、偶然にも命が助かり能力が見出され、この学園に入学することになったに過ぎない。

 東大陸の蛮族であるらしい僕たちは、魔界の一般的な倫理を学び、そうあるように真似て(この学園には倫理から外れた者の方が多いようだが)いるだけだ。

 僕は幼馴染くんが例えば誰かとセックスしたって少し癪に触るくらいだし、それは幼馴染くんも同じだ。

 僕たちはただ前より自由に、僕が幼馴染くんで、幼馴染くんが僕だと認識するようになっただけなのだ。

 おやすみ、幼馴染くん。同じ夢を。
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