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俺たちの子
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『雨乞い』は、俺たちの時間の感覚をおおいに狂わせる。瞬きが数時間に、微睡は幾日とも、スキップしたような軽やかさで時間の上を滑っている。
眠っていたのか気絶していたのか定かではないが、顔を上げたそこはすでに日が落ちていて薄暗かった。
床を見下ろすとクモツたちはまぐわいの痕跡をそのままに複雑に絡み合ってそこに落ちていた。他者を交えるのは久しい儀式だったのでアワヤスカの量を間違えたかもしれない。
顔を上げるとアメくんはいつからそうしていたのか、じいと俺を静かに見下ろしていた。
アメくんがベッド上の精霊縫いを取ろうと上体を起こした。アメくんの左手がぐいと俺の頭を押さえつける。「わ」と小さく声がこぼれて、枕に顔が埋まる。「アメくん」ともごもご口から出る言葉は柔らかな布に吸い込まれていく。
ふと頭に加わる重みが消えて顔を上げるとすぐに精霊縫いが俺を隠すように落とされる。それは燃える夕日のように鮮やかな色なのだが、日の落ちた薄暗い部屋の中では深く昏い。
薄膜に覆われたようなぼんやりとした布越しに、触れたのか触れていないのか判断がつかないくらい微かに唇同士が合わさった。
「カクレ」
静かな、どこまでも胸の内に響く声だった。俺の名を呼ぶその声があまりにも真摯の調子に満ちていて、心臓をぎゅうと一掴みにされてしまう。
その名を呼ぶことにこんなにも誠実であるのは、この世界にたった一人だけなのだ。絶対に。
「アメ、くん」
一拍遅れて出た彼を呼ぶ声は閉じた喉をこじ開けて通ったために掠れ、語尾が震えた。
俺たちは幸福なのだ。幸福で、自由で、悲しかった。そうしてそのことを確認し合わなければならない生き物だった。
「もうずっと、ずっと前から俺が存在するために必要なのはお前だった。お前だけだった。俺はお前の所有だろう」
「うん……ね、アメくん。俺のこと、隠していいよ。お前はずっとそれを望んでた」
清らな御空色。俺の信仰がじいと俺の眼を見下ろす。どこまでも確かめるように深く見つめ合う。
アメくんの手がそうっと精霊縫いを掴んだ。
ぱさ、と前髪で擦れ乾いた音をわずかに立てて、俺たちの視界は明らかになる。
そうして見上げた眼球の色が、本当に綺麗だった。
隠さなくてはいけないのは、お前の方だ。
「お前は俺だけの神さまだろ」
「お前がそう、望むのなら」
俺たちは精霊縫いを広げて二人で被ってしまう。薄布の中は昏く深い。アメくんの精霊の唄を編み込んださらりと柔い膜の中に包まれてしまうと、世界から隠れてしまったみたいで安心できた。
世界から切り離されて二人きり、俺たちはそうあるべきだったのだ。
「俺たちは遠くへ来た」
「俺がカクレで、お前がアメくんでいられるところ」
俺がアメくんの頬にてのひらを重ねるのと、アメくんが俺の首から後頭部にかけてその手で掴むのとはほとんど同時だった。
確かめるために唇を触れ合わせる。俺が確かに俺たちであるということ。
互いに通じ合う柔らかな感触だった。それは俺たちにとって当然だった。当たり前で、それでいて確かめ合わずにはいられないこと。
「ずいぶん遠くまで来たけど、かえろう、俺たち」
「お前が望むことは、俺が望むことだ」
「俺たちは一つにかえりたいんだ」
『 』
アメくんが俺を呼ぶ精霊の言葉はもはや理解不能の言語ではなかった。アメくんはずっと前から、ただ俺のことを呼んでいたのだ。そうしてそれは、アメくんがまた自分自身を呼ぶ行為でもあったのだった。
『 』
精霊縫いの薄膜の中、俺たちは俺たちを呼び合う。柔らかな昏さが俺たちを包む限り、いつまでもいつまでも飽くことなく。
俺たちはかえるのだ。
俺たちがアメとカクレと呼び合えなかった場所に。アメとカクレの存在が許されなかった村に。
俺たちは故郷で、確かに魂と名の一致した存在に還る。
そのためには最後、一つのことを成さなければならなかった。
クモツの一人に渡した獣を型取り編み込んだ糸の結び目を解く。
アメくんの清らな色をした信仰の目を。
神さまの魔力を多量に含んだ柔らかな、雨を呼ぶ精霊の唄を。
俺の神さまの存在そのものを。
どこまでも異物である俺たちの存在を。
世界そのものから隠す。
「認識阻害」
すっかりと解けて糸に戻ってしまったそれは歪に曲がったあとが染み付いてまっすぐ新品の糸とはならなかった。
「……誰、だ。僕たちは、どうしてここに」
「信仰は、俺たちの子らに」
目を覚ましたクモツの頭に精霊縫いを被せてやり、俺たちは抱き合う。
もはや何の憂いも無かった。
俺たちの目的はこの学園で達成され、この場に留まる意味も必要も無い。
くすくすと笑い合って頬を寄せる。
空間転移の魔法陣が足元に浮かび、ふうわりと重力が失われて身体が軽くなっていく。
「俺たちは、ここでも上手くやっていけたな」
眠っていたのか気絶していたのか定かではないが、顔を上げたそこはすでに日が落ちていて薄暗かった。
床を見下ろすとクモツたちはまぐわいの痕跡をそのままに複雑に絡み合ってそこに落ちていた。他者を交えるのは久しい儀式だったのでアワヤスカの量を間違えたかもしれない。
顔を上げるとアメくんはいつからそうしていたのか、じいと俺を静かに見下ろしていた。
アメくんがベッド上の精霊縫いを取ろうと上体を起こした。アメくんの左手がぐいと俺の頭を押さえつける。「わ」と小さく声がこぼれて、枕に顔が埋まる。「アメくん」ともごもご口から出る言葉は柔らかな布に吸い込まれていく。
ふと頭に加わる重みが消えて顔を上げるとすぐに精霊縫いが俺を隠すように落とされる。それは燃える夕日のように鮮やかな色なのだが、日の落ちた薄暗い部屋の中では深く昏い。
薄膜に覆われたようなぼんやりとした布越しに、触れたのか触れていないのか判断がつかないくらい微かに唇同士が合わさった。
「カクレ」
静かな、どこまでも胸の内に響く声だった。俺の名を呼ぶその声があまりにも真摯の調子に満ちていて、心臓をぎゅうと一掴みにされてしまう。
その名を呼ぶことにこんなにも誠実であるのは、この世界にたった一人だけなのだ。絶対に。
「アメ、くん」
一拍遅れて出た彼を呼ぶ声は閉じた喉をこじ開けて通ったために掠れ、語尾が震えた。
俺たちは幸福なのだ。幸福で、自由で、悲しかった。そうしてそのことを確認し合わなければならない生き物だった。
「もうずっと、ずっと前から俺が存在するために必要なのはお前だった。お前だけだった。俺はお前の所有だろう」
「うん……ね、アメくん。俺のこと、隠していいよ。お前はずっとそれを望んでた」
清らな御空色。俺の信仰がじいと俺の眼を見下ろす。どこまでも確かめるように深く見つめ合う。
アメくんの手がそうっと精霊縫いを掴んだ。
ぱさ、と前髪で擦れ乾いた音をわずかに立てて、俺たちの視界は明らかになる。
そうして見上げた眼球の色が、本当に綺麗だった。
隠さなくてはいけないのは、お前の方だ。
「お前は俺だけの神さまだろ」
「お前がそう、望むのなら」
俺たちは精霊縫いを広げて二人で被ってしまう。薄布の中は昏く深い。アメくんの精霊の唄を編み込んださらりと柔い膜の中に包まれてしまうと、世界から隠れてしまったみたいで安心できた。
世界から切り離されて二人きり、俺たちはそうあるべきだったのだ。
「俺たちは遠くへ来た」
「俺がカクレで、お前がアメくんでいられるところ」
俺がアメくんの頬にてのひらを重ねるのと、アメくんが俺の首から後頭部にかけてその手で掴むのとはほとんど同時だった。
確かめるために唇を触れ合わせる。俺が確かに俺たちであるということ。
互いに通じ合う柔らかな感触だった。それは俺たちにとって当然だった。当たり前で、それでいて確かめ合わずにはいられないこと。
「ずいぶん遠くまで来たけど、かえろう、俺たち」
「お前が望むことは、俺が望むことだ」
「俺たちは一つにかえりたいんだ」
『 』
アメくんが俺を呼ぶ精霊の言葉はもはや理解不能の言語ではなかった。アメくんはずっと前から、ただ俺のことを呼んでいたのだ。そうしてそれは、アメくんがまた自分自身を呼ぶ行為でもあったのだった。
『 』
精霊縫いの薄膜の中、俺たちは俺たちを呼び合う。柔らかな昏さが俺たちを包む限り、いつまでもいつまでも飽くことなく。
俺たちはかえるのだ。
俺たちがアメとカクレと呼び合えなかった場所に。アメとカクレの存在が許されなかった村に。
俺たちは故郷で、確かに魂と名の一致した存在に還る。
そのためには最後、一つのことを成さなければならなかった。
クモツの一人に渡した獣を型取り編み込んだ糸の結び目を解く。
アメくんの清らな色をした信仰の目を。
神さまの魔力を多量に含んだ柔らかな、雨を呼ぶ精霊の唄を。
俺の神さまの存在そのものを。
どこまでも異物である俺たちの存在を。
世界そのものから隠す。
「認識阻害」
すっかりと解けて糸に戻ってしまったそれは歪に曲がったあとが染み付いてまっすぐ新品の糸とはならなかった。
「……誰、だ。僕たちは、どうしてここに」
「信仰は、俺たちの子らに」
目を覚ましたクモツの頭に精霊縫いを被せてやり、俺たちは抱き合う。
もはや何の憂いも無かった。
俺たちの目的はこの学園で達成され、この場に留まる意味も必要も無い。
くすくすと笑い合って頬を寄せる。
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