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かみさまのこども
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昨日あのまま寝落ちたらしい俺は、ベッドと壁の隙間でアメくんに抱き込まれた状態で目を覚ました。
ガチガチに固まった身体を起こしアメくんの頬に口付ける。
「おはよ、アメくん」
「……ん」
アメくんからお返しの挨拶が頬に降る。
そのまま頬を擦り寄せられ、アメくんの長髪が俺の首をくすぐった。
幾度も繰り返される口付けに、もう一度お返しをした。
そして起きようと上半身を捩った時、腹部が奇妙にジリジリと痛んだ。
「いっつつ、なに……は?」
痛みの根元を確かめようとシャツを捲り上げると、腹部全体に噛み跡と鬱血が広がっていた。
アメくんに噛み癖はあるが、基本的に噛むのは俺の指、首、肩だけだったはずだ。
それもここまで広範囲に痕が残るほど噛まれたことはない。
「えと、え、これ、アメくん? なんで……あ、舌、が、痛むのか」
ほとんど習慣でアメくんの唇をなぞった。
すぐに招き入れられたアメくんの口腔はぬるくあたたかい。
薄く大人しい舌を慰めるように指先で撫でた。
アメくんはちゅ、と人差し指を深く飲み込むと、緩く吸い上げながら指を引き抜いた。
「ん……アメくん、もういいのか? 痛くない?」
アメくんは無言で俺の肩にてのひらを乗せ、ぐいと押した。俺の頭はずるずると壁を滑って下りていき、床に落ちる。
俺の足元に乗り上げたアメくんは上体を折り曲げ、脇腹に口付けた。
ややかさついた唇が皮膚を掠める感触にビクリと腰が震える。
「っひ、アメ、くんっ」
「カクレ、禁忌を犯したな」
噛み跡に柔く口付けられ、鬱血痕を唇で辿られ、身体を小さく振るわせることしかできない。
「あ、ごめ、なさ……っ」
「謝らなくていい。カクレは俺を選んだ」
「選んだ」? 言葉の意味が分からず、薄く目を開けてアメくんを見遣った。
アメくんの薄い御空色は昏く翳って底が見えなかった。じいと見据えられ目を逸らせない。
目が合ったままアメくんの舌に俺の臍を刺すように舐られて一際大きく腹が震えた。
『は』『は』と呼ばれて「ん」と小さく首を縦に振る。
そうしてしまってから、呼ばれたのだと気付いた。
アメくんは俺の腹に両腕を巻きつけて頭をそこへ寄せながら俺を“はは“と呼んだ。
それから一週間、俺とアメくんは寮室から出なかった。
正確に言えば、アメくんは俺を部屋から出さなかったし、アメくんもまた部屋から出なかった。
アメくんは俺を精霊の言語で呼ぶのを気に入ったようだった。
p、f、hの曖昧な発音はいつも揺れていて、“ぱぱ“、“ふぁふぁ“、“はは“と異なる発音で呼ばれたが、それらが俺を指しているのだということは自然と理解できた。
ここ一週間のアメくんは精霊の唄ばかり歌い、おかげで雨続きのアワヤスカ続きである。精霊縫いがはかどるはかどる。
「よし、アメくん。そろそろ学校行こうか」
「駄目だ」
玄関の前に仁王立ちするアメくん。
体格も良いし俺より力は強いし足も速い。
従ってアメくんが玄関の番をするだけで出入り不可となる。
身体を拘束されていなくてもお手軽に軟禁されてしまっているのであった。
そしてクソ治安の第五高等魔界学園、新入生が一週間無断欠席したとて連絡の一つも来ない。さすが第五。
「えと、アメくん。そろそろ食料も尽きたから買い出しだけでも」
「駄目だ」
のたれ死ねと?
「んん、んと、アメくん。えー、ほら! 新しい精霊縫いも完成したことだし! 御空にお披露目しないと、な」
「……」
こっちはいけそう。
頭に深々と被った精霊縫いの端を掴み小さくはためかせる。
「アメくんがたくさん歌ってくれたから今までで一番良い出来だぞ。御空も喜ばれる」
「…………」
アメくんは無言で俺を抱き上げ、玄関を開いた。靴は履かせてくれなかった。別に逃げないのにな。
外に出ると一年生の男子寮だけ小雨が降っている。アメくんの『雨乞い』は消費する魔力量に応じて範囲と天候が変化するのだ。
俺とアメくんが外に出て十数秒のうちに雲は晴れ雨は止んだ。精霊縫いは御空のお気に召す出来だったらしい。
「あ……カクレ、また俺は、お前を」
「いいから、アメくん。食堂行こうか。お腹空いたろ」
アメくんは黙って玄関に戻ると俺を下ろして靴を履かせてくれた。
俺は靴を履いて立ち上がると、立ち竦んでいるアメくんの手を取る。
アメくんは手を引かれるままについてくる。
アメくんはこうしていると本当に、大人しく行儀のいい子どもみたいだ。
アメくんは『雨乞い』をすると理性が緩くなるらしい。
俺に外に出てほしくないという子どもじみた我儘は可愛い。
昔からそうだった。
村にいた頃は体格もそう違わなかったし足なら俺の方が速かったからまあ逃げ切れたのだが、最近はそうもいかない。
やや破滅的な傾向のあるアメくんは俺と二人、部屋で餓死を待ちかねない。
雨が上がれば理性が戻るようで、無表情ながらに申し訳なさそうなしゅんとした顔をする。可愛い。
十分ほどアメくんと手を繋いで歩いて食堂に着いた。アメくんが手を離す素振りはないので左手でポケットから財布を取り出す。
「アメくん、お金出せるか?」
「ん」
俺が左手で財布を支え、アメくんが右手でお金を取り出す。
「やった、Aランチ水トカゲの尻尾定食だって。アメくん好きだよな」
こっくりと頷くアメくんを視界の端に入れながら食券を二枚購入する。
お昼時を過ぎていたので人はまばらで、食堂の一番端の席に座ることができた。
「水トカゲって何でこんなぷるぷるなんだろうな。しかも無味無臭で不思議だ」
アメくんは黙々と水トカゲを口に運んでいる。大食漢なのだ。見ていて気持ちいい。
「うまいな? 俺のも食うか?」などと言っているところへ「あっ」と声が響いた。
「新入生くん。久しぶりだねえ」
「ネムリさん、アオリ先輩も! 一週間ぶりですね」
手を振りながら近づいてきたのはネムリさんだ。ネムリさんの後ろにはアオリ先輩がいて、背中からこちらをチラチラと伺っている。
「部活全然来ないからアオちゃんも心配してたよ。なんか一年の寮だけずっと雨降ってるし」
「ご心配をおかけしました。アオリ先輩も気にしてくれてたんですか?」
ネムリさんの背に隠れて気まずげにしているアオリ先輩に声をかける。きゅうと結ばれている唇。
「ぁ……俺、神隠しとか、迷信だと思ってたから、その、悪かった」
「ずっと雨降ってたのってアメくんの『雨乞い』でしょ? 部活来ないし一年の教室行ってもいなかったから。アオちゃんこの間アメくんの能力からかっちゃったのずっと気にしてたんだ」
「ええ! そんなの全然気にしなくていいのに。俺ら食あたりで休んでただけですし、アメくんも能力別に使ってないです! ただの偶然ですよ」
俺ら神隠しされたと思われてるのか? アメくんに軟禁されてただけなんだけど……。とはいえそう言うわけにもいかないから適当に誤魔化しておく。
村の外の人に『雨乞い』の儀式を行ったことを口外するのも禁忌。
「そっか。水トカゲ、消化に優しいもんね。今日は部活来れる? アオちゃんが寂しがってるから」
「別に寂しがってねぇ! しかも『雨乞い』関係ないのかよ、謝って損した!」
「ええ、そこは寂しがってくださいよ。アメくん、今日は部活行こうな」
「……ん」
じゃあまた放課後にと先輩方と別れた。
一応今授業あってる時間だけど、ナチュラルにあの人たち現れて去って行ったな。
第五の生徒だから授業なんか出ない人も多いか。
「カクレも食え」
「んえ、アメくんもう食べ終わったのか。足りた? 俺の分も食べていいからな」
アメくんが首を横に振るので俺は一人もそもそと水トカゲに手をつけた。
いつもなら俺の分も半分は食べるのに、一体どういうことだろうか。
「どうしたアメくん。嫌なことあったか? 部活も行きたくなかったら行かなくていいんだぞ。それとも体調でも悪いのか?」
「部活はカクレが行くなら行く。体調も悪くない。カクレはもっと食べた方がいい」
「? 俺もともとそんな食べる方じゃないの知ってるよな……今更心配になったのか?」
横に座っているアメくんの手が腰に回る。無骨なてのひらが脇腹を掴んだ。
肉の壁の向こう、内臓の配列を確かめるようにさすられる。
浮いた肋骨の下に指を押し込まれ、グッと息が漏れた。
「っちょ、アメく、なになに」
「食え。たくさん」
「わ、分かったって。食べるから」
結局アメくんにお腹をさすられながら食べるハメになった。
状況が全然理解できないしやっぱり半分くらいしか入らなくて残りはアメくんに食べてもらった。
「さて、アメくん。どうしよっか。教室行く?」
「カクレが行くなら」
「ふは、んーん、いいよ。今日は部活まで二人で外の風に当たろうか」
一週間ぶりに外に出られただけでも御の字である。
俺たちはだだっ広いキャンパスを手を繋いでぐるぐるといつまでも歩き回った。
アメくんの手を引く。アメくんは黙って俺についてくる。
行き先も知らない子どもが黙って、ただ大人の行く方が正しいと思うみたいにすんなりと。
薄く乾いた制服の下、アメくんのふくらはぎは硬く盛り上がり何度も地面を踏み固めた。
いくら俺が先導したとして、道をつくっているのはアメくんだといつも思う。
昼過ぎから夕刻まで俺たちは飽きることなくただ同じ道を同じ道程で一定の速度で歩き続けた。
「行脚みたいだな。たくさん歩いてさ、神さまに会いに行くの」
「ああ」
「たいていは西に行くんだって。俺たちの村は東にあるのに」
「そうだな」
「でも俺の神さまは、アメくんだよ。アメくんだけ」
「お前がそう望むならそうなんだろう」
「……神さまの子どもが、欲しい」
手を後ろへ引っ張られた。進み続けた脚が止まる。振り返れば、ずいぶん平行線に近づいた夕陽が燃えるように赤い。大きな陽は近かった。
炎を背にしたような赤がアメくんの輪郭をぼやけさせる。
逆光で黒々とした影の塊のようになったアメくんが俺の手首を痛むほど強く握り込み引き寄せた。
影に呑み込まれたような錯覚の中、背中まですっぽりと抱き込まれた頭上から「俺の子」とぽつり、小さな小さな声が降った。
ガチガチに固まった身体を起こしアメくんの頬に口付ける。
「おはよ、アメくん」
「……ん」
アメくんからお返しの挨拶が頬に降る。
そのまま頬を擦り寄せられ、アメくんの長髪が俺の首をくすぐった。
幾度も繰り返される口付けに、もう一度お返しをした。
そして起きようと上半身を捩った時、腹部が奇妙にジリジリと痛んだ。
「いっつつ、なに……は?」
痛みの根元を確かめようとシャツを捲り上げると、腹部全体に噛み跡と鬱血が広がっていた。
アメくんに噛み癖はあるが、基本的に噛むのは俺の指、首、肩だけだったはずだ。
それもここまで広範囲に痕が残るほど噛まれたことはない。
「えと、え、これ、アメくん? なんで……あ、舌、が、痛むのか」
ほとんど習慣でアメくんの唇をなぞった。
すぐに招き入れられたアメくんの口腔はぬるくあたたかい。
薄く大人しい舌を慰めるように指先で撫でた。
アメくんはちゅ、と人差し指を深く飲み込むと、緩く吸い上げながら指を引き抜いた。
「ん……アメくん、もういいのか? 痛くない?」
アメくんは無言で俺の肩にてのひらを乗せ、ぐいと押した。俺の頭はずるずると壁を滑って下りていき、床に落ちる。
俺の足元に乗り上げたアメくんは上体を折り曲げ、脇腹に口付けた。
ややかさついた唇が皮膚を掠める感触にビクリと腰が震える。
「っひ、アメ、くんっ」
「カクレ、禁忌を犯したな」
噛み跡に柔く口付けられ、鬱血痕を唇で辿られ、身体を小さく振るわせることしかできない。
「あ、ごめ、なさ……っ」
「謝らなくていい。カクレは俺を選んだ」
「選んだ」? 言葉の意味が分からず、薄く目を開けてアメくんを見遣った。
アメくんの薄い御空色は昏く翳って底が見えなかった。じいと見据えられ目を逸らせない。
目が合ったままアメくんの舌に俺の臍を刺すように舐られて一際大きく腹が震えた。
『は』『は』と呼ばれて「ん」と小さく首を縦に振る。
そうしてしまってから、呼ばれたのだと気付いた。
アメくんは俺の腹に両腕を巻きつけて頭をそこへ寄せながら俺を“はは“と呼んだ。
それから一週間、俺とアメくんは寮室から出なかった。
正確に言えば、アメくんは俺を部屋から出さなかったし、アメくんもまた部屋から出なかった。
アメくんは俺を精霊の言語で呼ぶのを気に入ったようだった。
p、f、hの曖昧な発音はいつも揺れていて、“ぱぱ“、“ふぁふぁ“、“はは“と異なる発音で呼ばれたが、それらが俺を指しているのだということは自然と理解できた。
ここ一週間のアメくんは精霊の唄ばかり歌い、おかげで雨続きのアワヤスカ続きである。精霊縫いがはかどるはかどる。
「よし、アメくん。そろそろ学校行こうか」
「駄目だ」
玄関の前に仁王立ちするアメくん。
体格も良いし俺より力は強いし足も速い。
従ってアメくんが玄関の番をするだけで出入り不可となる。
身体を拘束されていなくてもお手軽に軟禁されてしまっているのであった。
そしてクソ治安の第五高等魔界学園、新入生が一週間無断欠席したとて連絡の一つも来ない。さすが第五。
「えと、アメくん。そろそろ食料も尽きたから買い出しだけでも」
「駄目だ」
のたれ死ねと?
「んん、んと、アメくん。えー、ほら! 新しい精霊縫いも完成したことだし! 御空にお披露目しないと、な」
「……」
こっちはいけそう。
頭に深々と被った精霊縫いの端を掴み小さくはためかせる。
「アメくんがたくさん歌ってくれたから今までで一番良い出来だぞ。御空も喜ばれる」
「…………」
アメくんは無言で俺を抱き上げ、玄関を開いた。靴は履かせてくれなかった。別に逃げないのにな。
外に出ると一年生の男子寮だけ小雨が降っている。アメくんの『雨乞い』は消費する魔力量に応じて範囲と天候が変化するのだ。
俺とアメくんが外に出て十数秒のうちに雲は晴れ雨は止んだ。精霊縫いは御空のお気に召す出来だったらしい。
「あ……カクレ、また俺は、お前を」
「いいから、アメくん。食堂行こうか。お腹空いたろ」
アメくんは黙って玄関に戻ると俺を下ろして靴を履かせてくれた。
俺は靴を履いて立ち上がると、立ち竦んでいるアメくんの手を取る。
アメくんは手を引かれるままについてくる。
アメくんはこうしていると本当に、大人しく行儀のいい子どもみたいだ。
アメくんは『雨乞い』をすると理性が緩くなるらしい。
俺に外に出てほしくないという子どもじみた我儘は可愛い。
昔からそうだった。
村にいた頃は体格もそう違わなかったし足なら俺の方が速かったからまあ逃げ切れたのだが、最近はそうもいかない。
やや破滅的な傾向のあるアメくんは俺と二人、部屋で餓死を待ちかねない。
雨が上がれば理性が戻るようで、無表情ながらに申し訳なさそうなしゅんとした顔をする。可愛い。
十分ほどアメくんと手を繋いで歩いて食堂に着いた。アメくんが手を離す素振りはないので左手でポケットから財布を取り出す。
「アメくん、お金出せるか?」
「ん」
俺が左手で財布を支え、アメくんが右手でお金を取り出す。
「やった、Aランチ水トカゲの尻尾定食だって。アメくん好きだよな」
こっくりと頷くアメくんを視界の端に入れながら食券を二枚購入する。
お昼時を過ぎていたので人はまばらで、食堂の一番端の席に座ることができた。
「水トカゲって何でこんなぷるぷるなんだろうな。しかも無味無臭で不思議だ」
アメくんは黙々と水トカゲを口に運んでいる。大食漢なのだ。見ていて気持ちいい。
「うまいな? 俺のも食うか?」などと言っているところへ「あっ」と声が響いた。
「新入生くん。久しぶりだねえ」
「ネムリさん、アオリ先輩も! 一週間ぶりですね」
手を振りながら近づいてきたのはネムリさんだ。ネムリさんの後ろにはアオリ先輩がいて、背中からこちらをチラチラと伺っている。
「部活全然来ないからアオちゃんも心配してたよ。なんか一年の寮だけずっと雨降ってるし」
「ご心配をおかけしました。アオリ先輩も気にしてくれてたんですか?」
ネムリさんの背に隠れて気まずげにしているアオリ先輩に声をかける。きゅうと結ばれている唇。
「ぁ……俺、神隠しとか、迷信だと思ってたから、その、悪かった」
「ずっと雨降ってたのってアメくんの『雨乞い』でしょ? 部活来ないし一年の教室行ってもいなかったから。アオちゃんこの間アメくんの能力からかっちゃったのずっと気にしてたんだ」
「ええ! そんなの全然気にしなくていいのに。俺ら食あたりで休んでただけですし、アメくんも能力別に使ってないです! ただの偶然ですよ」
俺ら神隠しされたと思われてるのか? アメくんに軟禁されてただけなんだけど……。とはいえそう言うわけにもいかないから適当に誤魔化しておく。
村の外の人に『雨乞い』の儀式を行ったことを口外するのも禁忌。
「そっか。水トカゲ、消化に優しいもんね。今日は部活来れる? アオちゃんが寂しがってるから」
「別に寂しがってねぇ! しかも『雨乞い』関係ないのかよ、謝って損した!」
「ええ、そこは寂しがってくださいよ。アメくん、今日は部活行こうな」
「……ん」
じゃあまた放課後にと先輩方と別れた。
一応今授業あってる時間だけど、ナチュラルにあの人たち現れて去って行ったな。
第五の生徒だから授業なんか出ない人も多いか。
「カクレも食え」
「んえ、アメくんもう食べ終わったのか。足りた? 俺の分も食べていいからな」
アメくんが首を横に振るので俺は一人もそもそと水トカゲに手をつけた。
いつもなら俺の分も半分は食べるのに、一体どういうことだろうか。
「どうしたアメくん。嫌なことあったか? 部活も行きたくなかったら行かなくていいんだぞ。それとも体調でも悪いのか?」
「部活はカクレが行くなら行く。体調も悪くない。カクレはもっと食べた方がいい」
「? 俺もともとそんな食べる方じゃないの知ってるよな……今更心配になったのか?」
横に座っているアメくんの手が腰に回る。無骨なてのひらが脇腹を掴んだ。
肉の壁の向こう、内臓の配列を確かめるようにさすられる。
浮いた肋骨の下に指を押し込まれ、グッと息が漏れた。
「っちょ、アメく、なになに」
「食え。たくさん」
「わ、分かったって。食べるから」
結局アメくんにお腹をさすられながら食べるハメになった。
状況が全然理解できないしやっぱり半分くらいしか入らなくて残りはアメくんに食べてもらった。
「さて、アメくん。どうしよっか。教室行く?」
「カクレが行くなら」
「ふは、んーん、いいよ。今日は部活まで二人で外の風に当たろうか」
一週間ぶりに外に出られただけでも御の字である。
俺たちはだだっ広いキャンパスを手を繋いでぐるぐるといつまでも歩き回った。
アメくんの手を引く。アメくんは黙って俺についてくる。
行き先も知らない子どもが黙って、ただ大人の行く方が正しいと思うみたいにすんなりと。
薄く乾いた制服の下、アメくんのふくらはぎは硬く盛り上がり何度も地面を踏み固めた。
いくら俺が先導したとして、道をつくっているのはアメくんだといつも思う。
昼過ぎから夕刻まで俺たちは飽きることなくただ同じ道を同じ道程で一定の速度で歩き続けた。
「行脚みたいだな。たくさん歩いてさ、神さまに会いに行くの」
「ああ」
「たいていは西に行くんだって。俺たちの村は東にあるのに」
「そうだな」
「でも俺の神さまは、アメくんだよ。アメくんだけ」
「お前がそう望むならそうなんだろう」
「……神さまの子どもが、欲しい」
手を後ろへ引っ張られた。進み続けた脚が止まる。振り返れば、ずいぶん平行線に近づいた夕陽が燃えるように赤い。大きな陽は近かった。
炎を背にしたような赤がアメくんの輪郭をぼやけさせる。
逆光で黒々とした影の塊のようになったアメくんが俺の手首を痛むほど強く握り込み引き寄せた。
影に呑み込まれたような錯覚の中、背中まですっぽりと抱き込まれた頭上から「俺の子」とぽつり、小さな小さな声が降った。
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