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幼馴染の噛み癖
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地を這う底辺、悪名高い第五高等魔界学園 手芸同好会の戸を開くのはいやに緊張した。
扉の前で立ち竦む俺の隣に並ぶアメくんは、動かない俺をじっと見下ろしている。
アメくんは腰をかがめて俺の顔を覗き込んだ。
何かを探すように目を見つめられる。見つめられるので澄んだ御空色を見つめ返す。
数秒見つめ合ったのち、アメくんは一つ頷くと俺の精霊縫いのベールを深く被りなおさせた。
無表情ながらに満足げなその顔を見て俺も小さく頷き返す。
大丈夫、俺たちなら第五でもやっていける。
俺たちは手芸同好会の扉を叩いたのだった。
「すみませーん、入部希望なんですけど」
「わあ新入生? 手芸興味あるの? 珍しいねえ。あ、座って座って」
あの第五の生徒でしかも手芸同好会と来ているのだから、どんな無作法者か変人がいてもおかしくないと身構えていたのだが、予想に反しそこにいたのは人好きのする微笑を浮かべた優しげな魔族だった。
俺は内心で安堵のため息をつきながら、進められるままに椅子に腰掛けた。
アメくんが俺の隣に立ったままだったので「アメくんもほら、座りな」と声をかける。
アメくんが着席するのを横目に部室を見渡すと、奥に一人部員らしき人がいた。
ソファにふんぞりかえって深く腰掛けたまま、俺を頭のてっぺんから爪先まで眼球を上下させながら不躾な視線を送り、それを隣のアメくんにも繰り返すと小馬鹿にしたように片頬を釣り上げる。
い、いかにも第五っぽい人いる……!
内心ビビりながらもぺこりと小さく会釈してみるが、ふいとそっぽをむかれた。
先輩は後ろを振り返ると、困ったように眉を八の字にして微笑した。
「あの先輩ね、照れ屋なだけで本当は優しいから。先に自己紹介しよっか」
「そうなんですか。仲良くなりたいです!」
大きめの声で言ってみるが奥の先輩はちらりとこっちを見て、目が合うとすぐに逸らしてしまった。眉間に皺が寄っている。無害アピール失敗?
「僕は二年のネムリ。能力は『子守唄』だよ。歌って相手を眠らせちゃうの。ほらアオちゃんも自己紹介」
「俺はいい。次そこのフードな」
こわい先輩は片頬をあげたまま断ると、顎をしゃくって俺を指した。
先輩は俺をというよりも、言葉の通り俺のフードばかり見ているようだった。
「ええと、カクレです。能力は『認識阻害』」
「何か地味だなアンタ。影薄いっていうか。今も能力使ってんの?」
一瞬の間。
見下すような視線。犬歯が覗く口元。
「わはー先輩! 今俺能力使ってないですよ! 元々影が薄いだけ……って言わさないでくださいよー!」
先輩はふんと鼻を鳴らし、アメくんへ視線を移した。
「そっちのずっと黙ってるやつは? でかい図体して口きけねぇの」
「…………」
アメくんは黙って俺の方を見た。無表情ながらに少し不機嫌のようだ。答えるつもりはないらしい。
「こっちはアメくんです! ちょーっと今日は人見知りかな? 能力は『雨乞い』です!」
「『雨乞い』……あ、君かあ。精霊の言葉を話せる新入生って」
「そうなんです! アメくんてば有名人」
「へえ。喋ってみろよ」
「…………」
アメくんは無言を貫いている。先輩が眉根を寄せた。
「なに、本当は喋れねぇのかよ」
「あああ精霊の言葉は魔族が聞いたら神隠しに遭うと言いますから! ね!」
「はあ? 迷信だろそれ。大体アンタがそうやって甘やかしてるからこいつも喋らないんじゃねぇの」
「わは! 手厳しいー」
ぺしっと自分の額を手の平で叩く。おどけた調子で返すと先輩は口元を緩め、ふんと鼻を鳴らした。
「アンタ、その陰気臭いフードとってみろよ。で、俺に渡せ。影薄いのがなおるかもな」
「わあ、こればっかりはカクレのアイデンティティと言いますか、とっちゃいけない掟があると言いますか」
「良いだろ別に。てか失礼だろ先輩の前で」
「えーんごめんなさい」
へらりと笑いながら横目でアメくんを見やるとがちりと目が合った。表情は変わらないが不機嫌だ。奥歯がぎち、と微かに鳴った。
「……そんなに聞きたいなら聞かせてやろうか」
「だ、だめだよアメくん? まだ、ほら、見定めないと」
「あー、精霊の言葉? 話ついてくんのおせぇよ。てか最初から喋れ」
アメくんの薄い唇が小さく開く。
「だめ、アメくん!」
アメくんの口を手のひらで塞ぐが、直後にべろりとてのひらを舐められ一瞬離れる。
しかし怯んではいけないのだ。
再び唇が開き息を吸い込んだそこへ、自らの人差し指を突っ込んだ。
ぬるく湿った口腔に指の肉を包まれる。
アメくんは俺を見下ろすと微かに目を細め、舌を指に這わせた。
びくりとして引き抜こうとしたが手首をぎちりと掴まれる。
ぢゅうと指の腹に吸い付かれ顔に熱が集まる。
そのまま指をなぞりあげるように舐られて、思わず声が漏れた。
「あ、アメくん、人の前だから……な? アメく」
がり、と指の付け根を甘噛みされると痺れにも似た熱がそこから広がる。
「アメくん、いい子だから、口離して、後でお部屋でしような、ん、いい?」
アメくんは首を横に振った。その動きに引っ張られて俺の指先も揺れる。
頑固なところのあるアメくんだからこれはもうだめである。
俺は遠い目をして先輩方を見やった。
いきなり指をしゃぶり始めた奇怪な新入生にさぞやドン引かれていることだろう。
「アオちゃん、ちょっと言い過ぎちゃったんじゃない?」
「俺は悪くない!」
いつの間にか奥のソファの方に行っていたネムリさんが先輩を嗜めていた。
ネムリさんずっと静観だったけどちゃんと先輩を諭してくれているらしい。
「うんうん、全然悪くないよ。新入生がまだアオちゃんのノリを分かってないだけだもんね」
かと思いきや、全面先輩の味方になった。エグいてのひらがえしである。
え、俺たちのノリの悪さが問題だった? 先輩も結構な絡み方だったと思わんでもないのだけれども。主にアメくんへの煽りというか挑発が。
「ん、悪くない。俺に説教すんな」
「そうだね、ごめんね。ちょっと眠ろうね」
「はあ? 俺は悪くないのに、なんで、眠らなきゃ……」
ネムリさんが先輩の耳元へ口を寄せた。ここまでは聞こえないが、恐らく『子守唄』で眠らせているのだろう。
「悪い、遅くなった……ん、新入生か。歓迎するよ」
「部長おかえりなさーい」
「お、お邪魔してます」
指しゃぶり新入生、煽り先輩(入眠)~子守唄を添えて~の混沌とした空間に部長が現れた。
部室をこんな状態にして申し訳ないと肩身の狭い思いでいっぱいだ。
いまだに真顔で指を吸っているアメくんのメンタルいかつすぎる。
「なんだ、今日はケンカ騒ぎにならなかったんだな」
「アオちゃんと仲良くしてくれると思いますよ。入部してもらいましょうよ」
「だがアオリが眠っているってことは上手くいかなかったんだろう」
「そんなことないですよ! ね、カクレくん」
「えっあ、はい! 仲良くできます!」
「ケンカ騒ぎにならなかった」って何……? いつも新入部員候補が来ては煽り先輩が煽ってケンカしてお帰り頂いてるってこと? 何その物騒な部活。第五こわいよ。
正直アメくんの方はケンカも辞さないって感じだったけど俺は手芸同好会に入部したいのだ。希望的観測で仲良くできると宣言しておく。
「そうか。優しいやつだな。全面的にアオリが悪いのは分かってるし、俺からきつく言っておくから。アオリと仲良くしてくれると嬉しい」
「? は、はい」
「じゃあ入部決定だね。新入部員初めてだから嬉しいな」
「…………」
アメくんは無言でスルメでも齧るかのごとく俺の指をがじがじしている。
煽り先輩と仲良くできるかが入部条件だったのか? よく分からない部活だ。
テーブルを挟んで向かい側に座った部長は筋骨隆々の腕を差し出した。
俺は自由な方の手を出して握手に答える。部長の腕が俺の二倍くらいあってこわい。捻られたらそこで試合終了だな。
「手芸同好会にようこそ。部長のアジリだ。能力は『扇動』。で、そっちは二年のアオリ。能力は『挑発』。俺の愚弟」
「へあ、あ、弟さん……あんまり似てないですね」
「ああ。体格とか小ちゃいのにイキってて馬鹿で可愛いだろ」
「かわ……? は、はい。それで、あの、じゃあアオリ先輩は能力で俺たちを『挑発』してたんですか?」
「ううん、今日のアオちゃんは『挑発』してないんだ。素で性格悪いの、可愛いよね」
「かわ……? は、はい」
部長もネムリさんもアオリ先輩の悪口を言いながら可愛いと言っているような気がする。空耳だろうか?
もしかして手芸同好会は俺の理解の範疇を超えている部活なのではないか? アオリ先輩はある種のオタサーの姫? これはサークルをクラッシュしろという啓示なのか? カクレ、サークルクラッシャーになるの巻?
俺の脳は宇宙に飛んでいった。何も分からない。
分からないままに俺とアメくん二枚分の入部届にサインを書いた。左手で書いたのでぐちゃぐちゃのサインだった。
アメくんは終始無言で俺の指を齧っていた。部室を出る時に指を開放された。噛み跡がめちゃくちゃ残っていた。
そして、夜。
俺の脳味噌が宇宙から帰還した。オートモードで過ごしていたらしく寮に帰り食事と入浴を済ませ寝巻きに着替えていた。
今はアメくんに抱き込まれベッドに寝かせられている。
「アメくん……俺、サークルクラッシャーになれるかな」
「なれる」
アメくんは基本的に俺の言うことを何でも肯定する。馬鹿馬鹿しい妄言さえ真顔で同意されてはこちらが笑ってしまう。
「ふふ、じゃあなる」
「なれ」
アメくんは頷くと俺の手首を掴んだ。そのまま引き上げると口元へ寄せて、指先に口付けられる。
「ん、アメくん?」
「『後で部屋でしよう』とカクレが言った」
「うん。アメくんが部室で指咥えるからそう言った。でもアメくん無視して指齧ってたよな」
じと、とアメくんを見上げるも指にちゅうと吸い付かれた。
「……カクレが、撫でなかった」
尻すぼみになるアメくんの言葉に俺の心はあっさりと白旗をあげた。
表情は変わらないのにしゅんとしているのがわかってしまう。
「ごめんなアメくん。舌が痛むのか?」
あ、と招き入れるように開いたアメくんの口腔に人差し指を差し入れる。
力の抜けた平たい薄い舌をよしよしと撫でると持ち上がったので、舌の裏側もそうっと撫でてやる。
アメくんは精霊の言葉を介して天候を操る能力を持つけれど、その精霊の言葉というのが本来魔族が有し得るものではないらしく、能力を行使した後は口内が痛むらしい。
ひとしきり口内を撫で回すとアメくんの機嫌はなおったようだった。
元気を取り戻した舌が尖り、ぬる、と指に纏わりついた。舌を絡め、きゅうと締め付けられる。
「んっ、アメく、その触り方、くすぐったいから……」
思わず引き抜こうとするとがぶ、と噛みつかれた。怯んだ手は口腔にとどまる。
「い゛っ、や、噛まないで、っ」
ぎりぎりと第二関節を圧迫する力は弱まらない。まさか噛みちぎられはしないだろうが、焦る。
俺の空いた左手は機嫌をとるようにアメくんの頬、奥歯の辺りを撫でた。
「アメくん、いい子いい子。力抜いて。指、優しく噛んで、な?」
「……」
アメくんの口がゆっくり少しずつ開く。褒めるように頬の内側を撫でた。
左手はアメくんの頭に移動してぽんぽんと軽い力で触れる。
するとアメくんの舌先がちろちろと噛みついた関節のあたりに触れてきた。
「ふっ、アメくん、くすぐったいの、俺、苦手……」
指が逃げないよう努力するが、やはりくすぐったくて身を捩る。それを咎めるように背中に回った腕にぎゅうと抱き寄せられた。
指股まで舌でべろりと舐め上げられるとびくりと背中が震えた。
「ふは、アメく、それ、やだってぇ」
抗議の意をもってアメくんを睨みつける。アメくんは俺の目を覗き返した。
瞬き一つしない目にじいと見つめられたじろぐ。
「な、なに……」
「可愛い、カクレ」
「か、かわいくねぇよ」
「……」
「無言で見るな! もう、寝るからな! アメくん、おやすみの挨拶ね」
アメくんの頬に口付けて、その後に頬を差し出す。アメくんは僕の指を解放して、お返しに俺の頬に口付けた。
アメくんが指を離さない時の秘策が頬キスの挨拶である。
「おやすみ、アメくん」
「……ん」
その日の夜は、サークルを華麗にクラッシュする夢を見た。
扉の前で立ち竦む俺の隣に並ぶアメくんは、動かない俺をじっと見下ろしている。
アメくんは腰をかがめて俺の顔を覗き込んだ。
何かを探すように目を見つめられる。見つめられるので澄んだ御空色を見つめ返す。
数秒見つめ合ったのち、アメくんは一つ頷くと俺の精霊縫いのベールを深く被りなおさせた。
無表情ながらに満足げなその顔を見て俺も小さく頷き返す。
大丈夫、俺たちなら第五でもやっていける。
俺たちは手芸同好会の扉を叩いたのだった。
「すみませーん、入部希望なんですけど」
「わあ新入生? 手芸興味あるの? 珍しいねえ。あ、座って座って」
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俺は内心で安堵のため息をつきながら、進められるままに椅子に腰掛けた。
アメくんが俺の隣に立ったままだったので「アメくんもほら、座りな」と声をかける。
アメくんが着席するのを横目に部室を見渡すと、奥に一人部員らしき人がいた。
ソファにふんぞりかえって深く腰掛けたまま、俺を頭のてっぺんから爪先まで眼球を上下させながら不躾な視線を送り、それを隣のアメくんにも繰り返すと小馬鹿にしたように片頬を釣り上げる。
い、いかにも第五っぽい人いる……!
内心ビビりながらもぺこりと小さく会釈してみるが、ふいとそっぽをむかれた。
先輩は後ろを振り返ると、困ったように眉を八の字にして微笑した。
「あの先輩ね、照れ屋なだけで本当は優しいから。先に自己紹介しよっか」
「そうなんですか。仲良くなりたいです!」
大きめの声で言ってみるが奥の先輩はちらりとこっちを見て、目が合うとすぐに逸らしてしまった。眉間に皺が寄っている。無害アピール失敗?
「僕は二年のネムリ。能力は『子守唄』だよ。歌って相手を眠らせちゃうの。ほらアオちゃんも自己紹介」
「俺はいい。次そこのフードな」
こわい先輩は片頬をあげたまま断ると、顎をしゃくって俺を指した。
先輩は俺をというよりも、言葉の通り俺のフードばかり見ているようだった。
「ええと、カクレです。能力は『認識阻害』」
「何か地味だなアンタ。影薄いっていうか。今も能力使ってんの?」
一瞬の間。
見下すような視線。犬歯が覗く口元。
「わはー先輩! 今俺能力使ってないですよ! 元々影が薄いだけ……って言わさないでくださいよー!」
先輩はふんと鼻を鳴らし、アメくんへ視線を移した。
「そっちのずっと黙ってるやつは? でかい図体して口きけねぇの」
「…………」
アメくんは黙って俺の方を見た。無表情ながらに少し不機嫌のようだ。答えるつもりはないらしい。
「こっちはアメくんです! ちょーっと今日は人見知りかな? 能力は『雨乞い』です!」
「『雨乞い』……あ、君かあ。精霊の言葉を話せる新入生って」
「そうなんです! アメくんてば有名人」
「へえ。喋ってみろよ」
「…………」
アメくんは無言を貫いている。先輩が眉根を寄せた。
「なに、本当は喋れねぇのかよ」
「あああ精霊の言葉は魔族が聞いたら神隠しに遭うと言いますから! ね!」
「はあ? 迷信だろそれ。大体アンタがそうやって甘やかしてるからこいつも喋らないんじゃねぇの」
「わは! 手厳しいー」
ぺしっと自分の額を手の平で叩く。おどけた調子で返すと先輩は口元を緩め、ふんと鼻を鳴らした。
「アンタ、その陰気臭いフードとってみろよ。で、俺に渡せ。影薄いのがなおるかもな」
「わあ、こればっかりはカクレのアイデンティティと言いますか、とっちゃいけない掟があると言いますか」
「良いだろ別に。てか失礼だろ先輩の前で」
「えーんごめんなさい」
へらりと笑いながら横目でアメくんを見やるとがちりと目が合った。表情は変わらないが不機嫌だ。奥歯がぎち、と微かに鳴った。
「……そんなに聞きたいなら聞かせてやろうか」
「だ、だめだよアメくん? まだ、ほら、見定めないと」
「あー、精霊の言葉? 話ついてくんのおせぇよ。てか最初から喋れ」
アメくんの薄い唇が小さく開く。
「だめ、アメくん!」
アメくんの口を手のひらで塞ぐが、直後にべろりとてのひらを舐められ一瞬離れる。
しかし怯んではいけないのだ。
再び唇が開き息を吸い込んだそこへ、自らの人差し指を突っ込んだ。
ぬるく湿った口腔に指の肉を包まれる。
アメくんは俺を見下ろすと微かに目を細め、舌を指に這わせた。
びくりとして引き抜こうとしたが手首をぎちりと掴まれる。
ぢゅうと指の腹に吸い付かれ顔に熱が集まる。
そのまま指をなぞりあげるように舐られて、思わず声が漏れた。
「あ、アメくん、人の前だから……な? アメく」
がり、と指の付け根を甘噛みされると痺れにも似た熱がそこから広がる。
「アメくん、いい子だから、口離して、後でお部屋でしような、ん、いい?」
アメくんは首を横に振った。その動きに引っ張られて俺の指先も揺れる。
頑固なところのあるアメくんだからこれはもうだめである。
俺は遠い目をして先輩方を見やった。
いきなり指をしゃぶり始めた奇怪な新入生にさぞやドン引かれていることだろう。
「アオちゃん、ちょっと言い過ぎちゃったんじゃない?」
「俺は悪くない!」
いつの間にか奥のソファの方に行っていたネムリさんが先輩を嗜めていた。
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「うんうん、全然悪くないよ。新入生がまだアオちゃんのノリを分かってないだけだもんね」
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え、俺たちのノリの悪さが問題だった? 先輩も結構な絡み方だったと思わんでもないのだけれども。主にアメくんへの煽りというか挑発が。
「ん、悪くない。俺に説教すんな」
「そうだね、ごめんね。ちょっと眠ろうね」
「はあ? 俺は悪くないのに、なんで、眠らなきゃ……」
ネムリさんが先輩の耳元へ口を寄せた。ここまでは聞こえないが、恐らく『子守唄』で眠らせているのだろう。
「悪い、遅くなった……ん、新入生か。歓迎するよ」
「部長おかえりなさーい」
「お、お邪魔してます」
指しゃぶり新入生、煽り先輩(入眠)~子守唄を添えて~の混沌とした空間に部長が現れた。
部室をこんな状態にして申し訳ないと肩身の狭い思いでいっぱいだ。
いまだに真顔で指を吸っているアメくんのメンタルいかつすぎる。
「なんだ、今日はケンカ騒ぎにならなかったんだな」
「アオちゃんと仲良くしてくれると思いますよ。入部してもらいましょうよ」
「だがアオリが眠っているってことは上手くいかなかったんだろう」
「そんなことないですよ! ね、カクレくん」
「えっあ、はい! 仲良くできます!」
「ケンカ騒ぎにならなかった」って何……? いつも新入部員候補が来ては煽り先輩が煽ってケンカしてお帰り頂いてるってこと? 何その物騒な部活。第五こわいよ。
正直アメくんの方はケンカも辞さないって感じだったけど俺は手芸同好会に入部したいのだ。希望的観測で仲良くできると宣言しておく。
「そうか。優しいやつだな。全面的にアオリが悪いのは分かってるし、俺からきつく言っておくから。アオリと仲良くしてくれると嬉しい」
「? は、はい」
「じゃあ入部決定だね。新入部員初めてだから嬉しいな」
「…………」
アメくんは無言でスルメでも齧るかのごとく俺の指をがじがじしている。
煽り先輩と仲良くできるかが入部条件だったのか? よく分からない部活だ。
テーブルを挟んで向かい側に座った部長は筋骨隆々の腕を差し出した。
俺は自由な方の手を出して握手に答える。部長の腕が俺の二倍くらいあってこわい。捻られたらそこで試合終了だな。
「手芸同好会にようこそ。部長のアジリだ。能力は『扇動』。で、そっちは二年のアオリ。能力は『挑発』。俺の愚弟」
「へあ、あ、弟さん……あんまり似てないですね」
「ああ。体格とか小ちゃいのにイキってて馬鹿で可愛いだろ」
「かわ……? は、はい。それで、あの、じゃあアオリ先輩は能力で俺たちを『挑発』してたんですか?」
「ううん、今日のアオちゃんは『挑発』してないんだ。素で性格悪いの、可愛いよね」
「かわ……? は、はい」
部長もネムリさんもアオリ先輩の悪口を言いながら可愛いと言っているような気がする。空耳だろうか?
もしかして手芸同好会は俺の理解の範疇を超えている部活なのではないか? アオリ先輩はある種のオタサーの姫? これはサークルをクラッシュしろという啓示なのか? カクレ、サークルクラッシャーになるの巻?
俺の脳は宇宙に飛んでいった。何も分からない。
分からないままに俺とアメくん二枚分の入部届にサインを書いた。左手で書いたのでぐちゃぐちゃのサインだった。
アメくんは終始無言で俺の指を齧っていた。部室を出る時に指を開放された。噛み跡がめちゃくちゃ残っていた。
そして、夜。
俺の脳味噌が宇宙から帰還した。オートモードで過ごしていたらしく寮に帰り食事と入浴を済ませ寝巻きに着替えていた。
今はアメくんに抱き込まれベッドに寝かせられている。
「アメくん……俺、サークルクラッシャーになれるかな」
「なれる」
アメくんは基本的に俺の言うことを何でも肯定する。馬鹿馬鹿しい妄言さえ真顔で同意されてはこちらが笑ってしまう。
「ふふ、じゃあなる」
「なれ」
アメくんは頷くと俺の手首を掴んだ。そのまま引き上げると口元へ寄せて、指先に口付けられる。
「ん、アメくん?」
「『後で部屋でしよう』とカクレが言った」
「うん。アメくんが部室で指咥えるからそう言った。でもアメくん無視して指齧ってたよな」
じと、とアメくんを見上げるも指にちゅうと吸い付かれた。
「……カクレが、撫でなかった」
尻すぼみになるアメくんの言葉に俺の心はあっさりと白旗をあげた。
表情は変わらないのにしゅんとしているのがわかってしまう。
「ごめんなアメくん。舌が痛むのか?」
あ、と招き入れるように開いたアメくんの口腔に人差し指を差し入れる。
力の抜けた平たい薄い舌をよしよしと撫でると持ち上がったので、舌の裏側もそうっと撫でてやる。
アメくんは精霊の言葉を介して天候を操る能力を持つけれど、その精霊の言葉というのが本来魔族が有し得るものではないらしく、能力を行使した後は口内が痛むらしい。
ひとしきり口内を撫で回すとアメくんの機嫌はなおったようだった。
元気を取り戻した舌が尖り、ぬる、と指に纏わりついた。舌を絡め、きゅうと締め付けられる。
「んっ、アメく、その触り方、くすぐったいから……」
思わず引き抜こうとするとがぶ、と噛みつかれた。怯んだ手は口腔にとどまる。
「い゛っ、や、噛まないで、っ」
ぎりぎりと第二関節を圧迫する力は弱まらない。まさか噛みちぎられはしないだろうが、焦る。
俺の空いた左手は機嫌をとるようにアメくんの頬、奥歯の辺りを撫でた。
「アメくん、いい子いい子。力抜いて。指、優しく噛んで、な?」
「……」
アメくんの口がゆっくり少しずつ開く。褒めるように頬の内側を撫でた。
左手はアメくんの頭に移動してぽんぽんと軽い力で触れる。
するとアメくんの舌先がちろちろと噛みついた関節のあたりに触れてきた。
「ふっ、アメくん、くすぐったいの、俺、苦手……」
指が逃げないよう努力するが、やはりくすぐったくて身を捩る。それを咎めるように背中に回った腕にぎゅうと抱き寄せられた。
指股まで舌でべろりと舐め上げられるとびくりと背中が震えた。
「ふは、アメく、それ、やだってぇ」
抗議の意をもってアメくんを睨みつける。アメくんは俺の目を覗き返した。
瞬き一つしない目にじいと見つめられたじろぐ。
「な、なに……」
「可愛い、カクレ」
「か、かわいくねぇよ」
「……」
「無言で見るな! もう、寝るからな! アメくん、おやすみの挨拶ね」
アメくんの頬に口付けて、その後に頬を差し出す。アメくんは僕の指を解放して、お返しに俺の頬に口付けた。
アメくんが指を離さない時の秘策が頬キスの挨拶である。
「おやすみ、アメくん」
「……ん」
その日の夜は、サークルを華麗にクラッシュする夢を見た。
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感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
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その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
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