萬倶楽部のお話(仮)

きよし

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第二章 3

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 ──、話を始業式の日に戻す。
 式典が終了して、講堂を埋めていた生徒たちは、各自各々自分の教室に引き上げた。今日のこの後の予定は、ショートホームルームでクラス委員長を選ぶことであった。一年生に限ったことではあるが、はっきりきりいえば、この選任もかなり無茶な話である。たった二日顔をあわせただけで、なにを基準に選べというのであろう。思えば、生徒会庶務係も半ば強制的で、生徒の自主性などお構いなしである。開いた口がふさがらないとは、まさにこういうのをいうのであろう。それとも、生徒会は生徒によって構成されているので代議制には違いないので問題はない、とでも豪語するのであろうか。
「まあ、いいか」
 眞央は頬杖をついて、眠たそうに、大きな欠伸をした。
 クラス委員長の選任は思いの外すぐに決まった。やりたいと思う生徒がひとり手を上げたのである。その後、担任は教室の後ろに移動し、変わってクラス委員長が教卓についた。委員長は自分の名前や出身校、中学の時の部活動など個人的な紹介を済ませ、その後に、委員長としての抱負などを話した。人当たりが良く、人懐っこそうな表情、話し方や仕草は、見る者聞く者に好感を与えるのに十分すぎる。ついでに、女子のウケも良さそうである。
「それでは、書記の選任を行いたいと思います。やりたいひと、いますか?」
 書紀の選任もすぐに終わった。委員長の友人が手を上げたのである。前もって打ち合わせでもしていたのであろう。さっさと決まったことは、楽でいい。
 その後の議題が、やがて眞央を深く慨嘆させることになるのである。
「では、生徒会長が話していたことについて決を採りたいと思います」
 委員長の仕事の 為様しざまは無駄がない。
「生徒会庶務になりたい人、なってもらいたい人。意見がある者は、挙手をお願いします」
 誰も手を挙げなかった。まあ、眞央の予想通りであった。クラブ活動を優先したい人がいる。欲しい物を買うためにアルバイトをしたい人がいる。午後の授業が終われば、後は自由に時間を使いたいと思う者がいる。生徒会役員になれば、やりたいことに使う時間が制約されてしまう。それに端的に、面倒だな、と思う者もいる。眞央もそのひとりである。
「それでは、このクラスからは誰も立候補しない、それでいいしょうか?」
「異議なーし」
 顔見知りでない者がいる中で、この言葉はみごとに唱和した。
 翌朝、妹に起こされた。目覚まし時計のアラーム程度では、どうやら目が覚めないようになってしまった。夜ふかしがその原因であることはわかってはいたが、今のところ、遅刻するでもなかったので、しばらくは今のような生活が続きそうであった。問題が生じれば、その時に対応策を講じればよい。そんなふうに楽観的に考えていた。
 食事を済ませ、いつものように登校した。今日も午前中のみで、運動部、文化部、同好会の紹介と説明が行われた。
 眞央はクラブに入ろうとは思っていた。ただ、土、日曜日はファストフード店でアルバイトをするつもりでいたので、土、日曜日に活動がない文系から選ぼうと思っていた。
「新聞部」「写真部」「合唱部」「軽音楽部」「情報処理部」
 講堂の壇上で活動の内容、これまでの成果などが紹介されていた。まだ、眞央の琴線に触れるほどのものには出会わなかった。しかし、最後になって引っかかる名前の同好会の紹介があった。
「萬同好会?」
 眞央は首をひねった。
「なんでも相談、みたいなものか?」
「みなさんが不思議に思うのもわかります。不安なのもわかります。理解できないのもわかります。なので、少し補足説明をいたします」
 同好会の責任者であろう生徒が壇上で説明を始めた。他のメンバー三人も壇上にいる。責任者も含めて四人は、みんな生徒会の一員であった。
「われわれは、みな生徒会の役員を務めています。つまり、生徒会役員と萬同好会はコインの表と裏の関係にあります。生徒会は、萬同好会の表の顔。萬同好会はその逆です。この同好会の活動目的は、みなさんの悩み事や願い事など、私的なもの公的なもの、どのような相談でも受けつけます。ただ受けつけるだけではありません。解決に向けて、手助けや助言をいたします。もちろん誰にも依頼内容はもらしません。当然、お代はいただきません。完全な慈善活動です」
 会長は一度、新入生を端から端まで見回した。
「ただ、愚痴を訊いてもらいたいだけでも構わない。勉強についての相談でも構わない。恋愛相談でも構わない。人付合いに関してでも構わない。どのようなことでも構わない。なにか質問があれば、挙手をお願いしたい。この場で挙手することができない方は、目安箱に投書しても構わない」
 なんだか「構わない」が多すぎて、内容が頭に入らなかった。
「先輩、質問いいでしょうか?」
「構わない」
 手を上げた生徒にマイクを渡したのは、確か、南埼綺斗先輩、だったっけ、眞央は思った。
「萬同好会だけに入ることはできますか?」
「できない」
 会長が即座に断言した。
「先刻、生徒会と萬同好会はコインの表と裏と申し上げました。つまり、生徒会と萬同好会はイコールと考えていただきたい」
「萬同好会には、部費は出ないのでしょうか?」
「他の同好会と同様、部ではないので出ない」
 会長はきっぱりといった。
「今年卒業した先輩がいたときは、『萬倶楽部』と名乗っていましたが、今は、メンバーはここにいる四人しかいません。正式なクラブと認められるには、五人以上必要なのです。ただ、新たに君たち新入生の中から庶務を指名することになるので、その時点をもって、同好会はクラブに格上げとなります」
 質問した生徒はそれ以上は質問しなかった。
「われわれは、今日この場において、同好会の勧誘をしているのではありません。その活動と紹介を行っているだけです」
 他に質問する者はいなかった。「萬同好会」の説明は終わった。
 なにやら小骨が喉に引っかかっているような感じがした。眞央は握りしめた拳を顎にあてて考え込んだ。
「萬同好会、か」
 小さく呟いたつもりであったが、中学からつき合いのある生徒が眞央に声をかけた。
「なにやら気になることがありそうだな」
「ん? んん」
 眞央は声をかけてきた生徒に、曖昧な返事をした。逆にその生徒に尋ねた。
「お前、クラブどうする?」
「おれは、帰宅部だ」
「そうか」
 それで話は終了しそうであったが、その生徒は話したいことを補足した。
「おれは、高校を卒業したら、いろんな国に行ってみたいと思っているんだ。その旅費や滞在費を稼ぐために、目一杯バイトするつもりだ」
「そうか」
 意外としっかりしているんだな、と眞央は関心した。
「お前はないのか? 叶えたい夢、というか、やってみたいことは」
「夢、か」
 眞央は、常に心がけていることについては語らなかった、自分のことよりも優先したいことがある、ということを。ただそれは、その同級生が意図している『夢』ではないだろう。
「まあ、高校三年間、差し当たっては、何ごともなく無事に済めばいいとは思っている。その間に、お前のいう『夢』みたいなものが見つけられればいいがな」
「三年間なんてすぐだぞ。そして気づいたら社会人になっている。そうなったら、もう無理はきかなくなってくる。今やりたいことは、今やらないとね。後回しにしていたら、結局なにもできなかった、なんて後悔することにもなりかねん」
「それはそうだが、社会人になってからでもやりたいことはやれるとは思うけど」
「ある程度の自由を得るためには、悲しいかな金が必要だ」
 正論である。
「それはわかるが」
 眞央は小刻みに何度か頷いた。
「見つかるといいな、お前の夢が」
「ああ。そうだな」
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