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勝負のきっかけは仲良しの薬 - 2
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「ああもう! やっぱりあの男ムカつく!」
ルクレーシャは悪態を吐きながら廊下を歩いていた。
彼女の頭を占めるのは、顔を会わせる度に嫌味を言ってくるライバルの男――ダリルのことだ。
彼の意地悪な笑みが浮かんでくる。ルクレーシャは首を横に振り、ダリルの姿を無理やり消そうとした。
(あんなやつのこと、これっぽっちも考えたくないのに!)
ルクレーシャはダリルのことが苦手だった。
紳士的で、特に女性に対して優しいダリルだが、なぜか自分に「だけ」意地悪なのだ。十二歳で錬金術学校に入学してからおよそ六年。その間、自分はずっとダリルから嫌味を言われ続けてきた。
初めて顔を会わせた時のことは、よく覚えている。
十二歳のダリルは高慢ちきな貴族のお坊ちゃまで、そして今よりずっと乱暴だった。
――そこのお前! なんて名前なんだ? ルクレーシャだって? そうか、お前に聞くことがある!
さらさらとした黒髪の少年。偉そうに振る舞うダリルは赤らんだ顔で自分を呼び止め、矢継ぎ早に質問してきた。
出身はどこだ、どうして錬金術学校に入ろうと思ったんだ、どこに住んでるんだ、どうして髪も目も見たことがない色をしているんだ、どうしてそんなに体から魔力が溢れ出ているんだ……。ダリルは興味津々といった様子で、こちらの話を根掘り葉掘り聞き出そうとした。
そして彼は自分が遠い田舎村から来たと知ると、目を輝かせながらこう言い放ったのだ。
――喜べルクレーシャ。貧乏な田舎者のお前を、貴族の俺様が貰ってやろう!
――え? やだよ。ダリルくんってなんか乱暴だし、お貴族様とは話が合わないだろうし……。
その拒絶に、ダリルは目を見開いた後大声を上げた。
――こんのっ……。生意気ルクレーシャ! 俺様の誘いを断るとは何事だ!? ちんちくりんの田舎者が、身の程を知れ! 俺様を拒絶するなんて許さないぞ!!
貴族の好意を無下にするとは何て失礼な奴なのだと、ダリルは逃げる自分を怒り顔で追いかけてきた。桃色の髪を変わった色だと引っ掴んで、驚いて泣けばおろおろしながら謝ってきて。
兎にも角にも彼との出会いは友好的とは言えず、ダリルは「乱暴で怖い少年」として自分の中に刻みつけられた。
「あの時からあいつの嫌味攻撃が始まったのよね」
この六年間は、ダリルとの戦いだった。月に一度の定期試験が行われる度、ダリルは必ず「どちらの成績が上なのか競おうじゃないか」と勝負を仕掛けてくる。
負けた方は勝った方の言う事を一ヶ月間何でも聞くというルールを課し、こちらを執拗に煽り立てる。負けず嫌いのルクレーシャはその挑発に安易に乗ってしまい、たびたび彼に敗北しては悔しい思いをしてきた。
(あいつ、いいとこのお坊ちゃまなのに購買のやっすいスイカパンが大好きなのよね。毎日買ってこいなんて命令された時は悔しさで頭がおかしくなりそうだったわ!)
(一ヶ月のあいだ、食事を一緒に取るように言われて、その後は膝枕しろってせがまれて。あの時は気が休まらないし、周囲からの目が痛いしとにかく大変だったわ)
(あとは……。そうだ、この前負けた時は、なぜかパーティーに出席させられたわね。ご両親に挨拶するように言われたり、一日中ダリルの話し相手をしたこともあったっけ)
(それから錬金術の試作品だって、ネックレスや花束を受け取れって命令されたこともあったわ。クッキーと紅茶を振る舞われるだけのこともあった。一日中頭を撫でられたり、手を握られたり……。あいつのお願いごともたいてい訳が分からないわよね)
――くくっ、ルクス。随分と美味しそうに食べるじゃないか。生活苦の君はこんな高級菓子など食べたことがなかったのだろう?
ダリルの高慢ちきな笑みが脳裏に過ぎる。
――どうだ、この茶菓子は。俺の家に来れば毎日これが食べられるんだぞ? 貴族の暮らしが羨ましいなら、早く俺の専属錬金術士になるといい! 田舎者の君が退屈しないよう精々可愛がってやる。
彼が振る舞ってくれる紅茶とクッキーは確かに美味しかったが、常にあの嫌味を浴びるのは勘弁願いたい。自分は学校を卒業したら名家専属の錬金術士として働き、高給を貰って両親に恩返しをするという夢があるのだ。就職先くらいきちんと選びたい。意地悪陰険腹黒ダリルに囚われてなるものか。
あんな嫌味だらけの男には負けたくない。次の試験は絶対に勝ってやろうと、ルクレーシャは密かに決意を固めた。
(ん? あれは……)
視界の端にふと気になるものを認め、ルクレーシャは窓に近づいた。
窓の向こうにダリルの姿が見える。数人の女子生徒に囲まれた彼は、綺羅びやかな笑みを浮かべながら会話を楽しんでいるようだ。
自分に向けるものとは違った爽やかな笑み。ダリルの笑顔を見て、ルクレーシャは胸がちくりと痛むのを感じた。
(あいつって、なんで私にだけ態度を変えるんだろう?)
顔を合わせる度に、こちらの作品をがさつだと貶してくる。ひとつに結んだ髪を手に取って、まるで馬の尻尾のようだとからかってくる。
手を握り込んで、こちらが逃げられないようにしながら楽しそうに嫌味を言ってくる。お気に入りの赤いスカートを揶揄して、田舎村に咲く野花のようだと笑う。
クラスメイトたちが自分を「レーシャ」と呼ぶにもかかわらず、ひとりだけ「ルクス」と呼んでくるのも引っかかる……。
(……ダリル。そんなに私が気に入らない?)
年を重ねる毎に、ダリルは乱暴な貴族の子供から、紳士的な男性へと変わっていった。十八歳になった彼はもう、嫌がるこちらをしつこく追いかけてきたり、スカートを無理やりめくろうとしてくることはない。
しかし今の彼にも、高慢ちきな子供の面影が残っている。やっていいことと悪いことの分別はついたかもしれないが、ダリルという男の本質は変わっていない。
「……やなやつ」
ダリルは馬鹿だ。いつまでも態度を改めてくれない。しつこく嫌味を言ってくるくせに、こちらが避ければ急いで追い縋ってくる。それでほとぼりが冷めたらまた嫌味を言う、ずっとその繰り返し。
他の女の子みたいに優しく接してくれたら、こちらも穏やかに話すことができるのに。
「はあ……」
ルクレーシャはとうとう大きな溜息を吐いた。
ダリルにここまで翻弄される自分が恨めしい。
嫌な男ではあるが、何だかんだ言いながらもこちらの作業を手伝ってくれる。材料を採集する際に危険な魔物を追い払ってくれたり、夜が更けるまで勉強を教えてくれたこともある。悪い男じゃないと知っているから、嫌いになりきれなくて余計悩んでしまう。
あの女の子たちみたいに、彼と仲良しになれたら良かったのに。
他の女の子と自分、一体何が違うのだろうか?
(やめやめ、こんなこと考えたって仕方ないわ。次の定期試験の課題を見に行きましょ)
もやもやする気持ちを抱きながら、ルクレーシャは掲示板がある中庭へと向かった。
*
生徒たちは月に一度、指定の品を錬金術で作り上げ、教師陣に提出しなければならない。出来の悪い品を提出すれば、担任から数日間に渡る補講と厳しい指導が与えられてしまう。月毎の定期試験は、生徒全員の悩みの種だった。
今日はちょうど課題の詳細が掲示される日だ。
さて、来月はどんな課題が出されるのだろうか……。
「これって、惚れ薬を作れってこと?」
掲示された内容を確認し、ルクレーシャは困惑に首を傾げた。
「惚れ薬ってあれだよね? 好きな相手を性的に興奮させて、肉体を昂らせて、自分を無理やり好きにさせるっていう、いわゆる禁薬。学校はなんでそんなものを……?」
ぽつぽつと呟くルクレーシャに、ひとりの教師が近づいてくる。ルクレーシャの担任である老夫は、朗らかな笑い声を上げながら掲示板を指さした。
「ほっほっほ、レーシャよ。授業の内容を覚えているのは大変結構なことじゃ。しかしレーシャ、掲示の内容はきちんと最後まで読まねばな。我々が指定したのは禁薬ほど強力なものではない。いわゆる『仲良しの薬』じゃよ」
「仲良しの薬……ですか?」
「そうじゃ。禁薬の効力を数百倍に薄めたものをそう呼んでおる。この薬はの、相手に使うのではなく、自分自身が服用するのじゃ」
長い白髭をいじりながら、教師はのんびりとした声で説明をした。
「薬効は心拍数の増加、気分の高揚。饒舌になり性格はおおらかに。そして血流を良くし、より己の肌を魅力的に見せる……。人間関係を円滑にするための薬として重宝されているのじゃよ」
「へえ……」
「この薬は古来より作成されてきた。相手と仲良くなるきっかけを得るために、あるいは恋い慕う者と接近するために。数多の人間が夢を抱きながら、仲良しの薬を買い求めてきたのじゃ」
(恋い慕う者と接近するため、か)
なぜかダリルの顔が思い浮かぶ。
あの爽やかな笑顔が自分に向けられるところを想像し、ルクレーシャはぽっと顔を赤らめた。
(えっ、なんで? なんでこんな時にダリルの顔が出てくるの?)
ルクレーシャはダリルを無理やり頭から追い出そうとした。しかしそうすればそうするほど、彼の姿がはっきりと浮かんでくる。
仲良くなりたい。
他の女の子のように優しくされたい。
次々に込み上げてくる感情に、ルクレーシャは顔を真っ赤にした。
「え。……えっ?」
赤くなった頬を押さえるルクレーシャを見て、教師は面白そうに笑い声を上げた。
「ほっほっほっ、これはこれは青春じゃのう! レーシャ、君は恋をしているのじゃな? ならばその者を想って課題に励みなさい。さすればきっと良いものを作れる! ああ、そうそう。この機会に、君たちも仲良くしてみてはどうじゃ?」
「君たち? ……ぁ、ダリル」
ルクレーシャが後ろを振り向くと、いつの間にかダリルが立っていた。顔を赤らめるルクレーシャを不機嫌そうな顔で見据えている。
教師の姿はもうない。静まり返った掲示板の前で、ルクレーシャとダリルは暫し見つめあった。
「何よ。そうやって睨まれても困るんだけど? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「る、くす。き、きききっ、君は……きみは、好きな奴がいたのかっ? そんなの、俺は、全く知らなかったぞ……!」
ダリルは吃りながら大股でルクレーシャに近づいた。怒っているような、しかし必死な様子で手を握り込んでくる。ルクレーシャが何のことだと訊ねると、ダリルは大声を上げた。
「とぼけるな、先生の話を聞いて顔を赤くしていただろうが! 言え、君の好きな奴を! 一体どこのどいつだ!?」
「……それは」
ルクレーシャは口を噤んだ。
恋い慕う者と聞いて、咄嗟に思い浮かべたのがダリルだったとは絶対に言えない。小刻みに震える彼の肩には気が付かず、ルクレーシャはぽつりと呟いた。
「ひみつよ。あなたに知られたら面倒なことになりそうだし」
「ひっ、秘密だと!!? 許さんぞルクス! 言え、言うのだ!! 俺がそいつを潰しに行ってやる!!」
「ちょっ、大声出さないでよ、恥ずかしい! 大体、私の好きな人なんてどうでもいいでしょ? もうこの話は終わりよ」
ルクレーシャは踵を返しその場を去ろうとしたが、すぐさまダリルに回り込まれた。
「待てルクス! きっ、きみは本当に恋をしているのか? 相手はどんな奴なんだ!?」
黒曜石の瞳が困惑に揺れている。好きな相手を教えろと壊れた機械のように繰り返すダリルに、ルクレーシャはとうとう限界を迎えた。
「うぅぅ、うるっさい! あなたって本当にしつこいわね!? いいわ、私の好きな人を教えてあげる。あなたみたいに意地悪じゃなくて、いつも優しくて、絶対に私を傷つけるようなことを言わない人よ! 馬鹿ダリル、もう追いかけてこないで。さよなら!」
手が振り払われる。
駆ける女の後ろ姿を見つめ、ダリルは呆然と呟いた。
「嘘だろ……。俺のルクスに、好きな奴が……?」
*
それから数日後。
ルクレーシャはダリルにつきまとわれる生活を送っていた。
「おい待てルクス! いつまでも俺を無視するな! そこで止まれ、止まるんだ!」
「ああもう、しつっこい! もうつきまとってこないでよ、鬱陶しい!」
廊下中にふたりの声が響き渡る。ルクレーシャは追いかけてくる男を振り払おうと早足で歩いたが、ダリルは大声を上げながらしつこく後をつけてきた。
「ルクスっ、ルクレーシャ! これ以上俺を無視するのは許さんぞ! いい加減に君の好きな奴を教えろ!!」
「やっ……やめてよ。すれ違う人がこっちを見てるでしょ?」
「見ているから何だというのだ! 君が口を割るまで追いかけてやるぞ。こればかりは嫌がられても絶対に止めない! 絶対に!!」
ダリルは執念めいた視線をルクレーシャに向け、彼女には聞こえないくらいの大きさでぶつぶつと呟いた。
「くそ、群がる虫は全部潰したと思ったのに。どうして君は他の奴に心を傾けたんだ? いつ、どこで、誰に? 俺の見ていないところで一体何があった? 二十四時間三百六十五日常に君を監視してきたのに、まだ見守りが足りなかったというのか!? ルクス、ルクレーシャ。許さんぞ。何年君に恋い焦がれてきたと思ってる。他の奴なんかに渡さない! 君は決して逃げられないんだ……!」
目をかっ開きながら何やら呟く男が怖い。ルクレーシャは螺旋階段を駆け下りながら、そっとダリルを観察した。
(いつもらしくない。一体どうしたのかしら?)
ダリルという男はいつも完璧な美しさを誇っていた。少し長めの髪はさらさらとしていて、姿勢が良くて、肌も常に艷やかだった。
しかしどうだ、今のダリルはまるで徹夜明けの研究生のようだ。髪はひどくぼさぼさで、目の下にはくっきりとした隈が出来ている。黒い魔導服は皺だらけだし、顎には薄ら髭が生えていた。彼はおそらく、ずっと寝ていない……。
「ねっ、ねえ! 定期試験の準備があるんじゃないの? 私につきまとう暇があったら本のひとつでも読みなさいよ! 次の試験は絶対に勝つんでしょ!? だったら――」
「うるさいうるさいうるさい!! こちらを説得しようとしても無駄だぞルクス、俺は知りたいことを知らなければ気が済まない性質なのだ!」
「……っ、ああもう、どうしてこんなことに……!」
ダリルの追跡は続く。やっとの思いで中庭に転がり出たルクレーシャだが、そこでダリルに腕を掴まれてしまった。そのままずるずると人気のない木陰に連れて行かれてしまう。
両手首を大きな手に握り込まれ、木の幹に体を押し付けられる。足の間にダリルの膝を差し込まれてしまい、身を捩って逃げることはできない。
唇がくっついてしまうほどの近さで顔を覗き込まれ、ルクレーシャは顔を真っ赤にした。
「ちょっとダリル、近いよ!」
「君は本当に頑固だ。数日追いかけ続けても、全く口を割らなかったな」
ダリルはルクレーシャの耳元に囁きを落とした。静かなその声は、少しだけ震えが混じっている。
「顔が赤い。目がずっと潤んでいる。君の表情は、あの時見た顔とそっくりだ。やはり君は、先生の言う通り恋をしているのだろう? 意地悪じゃなくて、いつも優しくて、絶対に君を傷つけるようなことを言わない。そんな男に!」
ダリルはルクレーシャの桃色の瞳を悔しそうに見つめた。
「そうやっていつまでも言う気がないなら……。決めた。決めたぞ。無理やり言わせてしまえばいいんだ。次の試験で俺が勝ったら、君の好きな奴を何としても教えてもらう」
「へっ?」
「ついでに俺だけの専属錬金術士にもなってもらうぞ! 誰が好きでも関係ない、この俺が君を囲い込んで、逃さないようにして、一生ちょっかいをかけ続けてやる!」
「えっ……。そんなのいや」
「嫌だと!? 拒絶は許さないぞルクス。これは決定事項だ! 家の力でも何でも使って、絶対に君を俺のものにしてやるぞ……。いいか、同点でも俺の勝ちと見做すからな!!」
なにそれずるいと騒ぐルクレーシャに構わず、ダリルは言いたいことだけを言い放ち、その場を忙しなく後にした。
力が込められたダリルの視線を思い出す。ひとり残されたルクレーシャは木の幹にもたれ、その場にずるずると座り込んだ。
(まずい、まずいよ。ダリルのあんな目は見たことない。あいつってば本気だ、本気で私を負かそうとしてるんだ! 負けたら何をされるか分かったもんじゃない! きっと私は小間使いとして一生こき使われてしまうんだわ!)
思い描いていた名家専属錬金術士の夢が、がらがらと崩れ落ちていく。ダリルの嫌味を浴びるだけの生活は勘弁願いたい。あんな男と四六時中過ごしていたら気がおかしくなってしまう。
敗北は当然許されない。同点も許されない。
ならば自分に残された道はひとつ、ダリルに圧倒的点差をつけて勝利することだ。
奴は完璧な薬を作ってくる。
ならばこちらは魔力量で勝負だ!
「こうしちゃいられない! 何としてもあいつに勝たなければ!」
ルクレーシャは勢いよく立ち上がり、自分を鼓舞するためにわざと大声を出した。
そのまま行きつけの材料屋に駆け込み、定期試験の内容を店主に伝える。とにかく強力な仲良しの薬を作りたい、自分の魔力を大きく増幅する材料が欲しいと言えば、店主は薄紅色の果物を差し出した。
オスの実。
媚薬の作成に欠かせない材料のひとつ。
ぷりぷりとしているそれは桃によく似ていたが、割れ目の部分から立派な突起が生えていた。
全体的に豊満な尻を思わせる形、そしてやたらに逞しく、いくつもの繊維が浮き出た出っ張り。ルクレーシャは反り返った突起に勃起した男根を重ね、なんだかいかがわしい雰囲気が漂う実だと感じた。
これは危険なほど強力な魔力増幅剤だから、どうかほんの一片だけ使ってくれ。大量に使ったらどんな影響が出るか分からないから慎重に扱ってほしいという店主の注意を聞き流し、ルクレーシャはいい材料が手に入ったと笑顔で実を持ち帰った。
そして早速『仲良しの薬』の調合に取り掛かる。こぽこぽと音を立てる錬金釜の前で、ルクレーシャはにんまりと笑った。
「ふふふ。この実からは今までに触れたことのない異質な魔力を感じるわ。オスの実を使えば、きっと先生たち全員を虜にするくらいの、素晴らしすぎる薬を作れるに違いない!」
ダリルの悔しがる顔を想像してにやにやしてしまう。どうせならぶっちぎりで効力の強い薬を作りたいと思い、ルクレーシャはオスの実を丸ごと錬金釜に放り込んだ。
錬金釜が桃色に光り輝き、そして一瞬の後、部屋中に甘い匂いが立ち込める。ルクレーシャは濃厚な香りに酔いながら、そっと薬を味見した。
「うん、うん。甘くてとろっとしてて、はちみつみたいでとっても美味しい! 魔力もたっぷり込められているわ! 品質もさながら味まで美味しい薬を作っちゃうだなんて、私って本っ当に天才錬金術士ね!」
仲良しの薬とはかくも甘美なものなのか。これはついつい手が伸びる味だ……。
ルクレーシャはせっかく作った薬を平らげないよう気をつけながらも、何度も桃色の薬を味見した。
やがて、ルクレーシャの体内に異質な魔力が巡り始める。彼女は体に変化をもたらすような力の奔流に、これは絶対に成功作だという確信を抱いた。
「ふ、わぁ……? なんだか、急に眠くなってきた……」
薬の副作用だろうか、酷い眠気に襲われる。酒に酔ったような心地を味わいつつ、ルクレーシャはごろりとベッドの上に寝転がった。
(仲良しの薬かあ)
目を閉じるとライバルの顔が思い浮かぶ。
錬金術学校に入学してから六年間、ずっと自分に嫌味を言い続けてきた男の顔が。
(私の薬が成功していたら、あいつとも仲良くなれるのかな?)
明日顔を合わせたら、ダリルは優しく笑いかけてくれるだろうか。もしかしたら、他の女の子たちみたいに紳士的に接してくれるかもしれない。
そんな想像をする度、なぜか嬉しさが込み上げてくる。
「んふふ、だりるぅ」
彼と手を繋ぐ想像をしてみる。
ルクレーシャは微笑み、とろりとした眠気に身を任せた。
ルクレーシャは悪態を吐きながら廊下を歩いていた。
彼女の頭を占めるのは、顔を会わせる度に嫌味を言ってくるライバルの男――ダリルのことだ。
彼の意地悪な笑みが浮かんでくる。ルクレーシャは首を横に振り、ダリルの姿を無理やり消そうとした。
(あんなやつのこと、これっぽっちも考えたくないのに!)
ルクレーシャはダリルのことが苦手だった。
紳士的で、特に女性に対して優しいダリルだが、なぜか自分に「だけ」意地悪なのだ。十二歳で錬金術学校に入学してからおよそ六年。その間、自分はずっとダリルから嫌味を言われ続けてきた。
初めて顔を会わせた時のことは、よく覚えている。
十二歳のダリルは高慢ちきな貴族のお坊ちゃまで、そして今よりずっと乱暴だった。
――そこのお前! なんて名前なんだ? ルクレーシャだって? そうか、お前に聞くことがある!
さらさらとした黒髪の少年。偉そうに振る舞うダリルは赤らんだ顔で自分を呼び止め、矢継ぎ早に質問してきた。
出身はどこだ、どうして錬金術学校に入ろうと思ったんだ、どこに住んでるんだ、どうして髪も目も見たことがない色をしているんだ、どうしてそんなに体から魔力が溢れ出ているんだ……。ダリルは興味津々といった様子で、こちらの話を根掘り葉掘り聞き出そうとした。
そして彼は自分が遠い田舎村から来たと知ると、目を輝かせながらこう言い放ったのだ。
――喜べルクレーシャ。貧乏な田舎者のお前を、貴族の俺様が貰ってやろう!
――え? やだよ。ダリルくんってなんか乱暴だし、お貴族様とは話が合わないだろうし……。
その拒絶に、ダリルは目を見開いた後大声を上げた。
――こんのっ……。生意気ルクレーシャ! 俺様の誘いを断るとは何事だ!? ちんちくりんの田舎者が、身の程を知れ! 俺様を拒絶するなんて許さないぞ!!
貴族の好意を無下にするとは何て失礼な奴なのだと、ダリルは逃げる自分を怒り顔で追いかけてきた。桃色の髪を変わった色だと引っ掴んで、驚いて泣けばおろおろしながら謝ってきて。
兎にも角にも彼との出会いは友好的とは言えず、ダリルは「乱暴で怖い少年」として自分の中に刻みつけられた。
「あの時からあいつの嫌味攻撃が始まったのよね」
この六年間は、ダリルとの戦いだった。月に一度の定期試験が行われる度、ダリルは必ず「どちらの成績が上なのか競おうじゃないか」と勝負を仕掛けてくる。
負けた方は勝った方の言う事を一ヶ月間何でも聞くというルールを課し、こちらを執拗に煽り立てる。負けず嫌いのルクレーシャはその挑発に安易に乗ってしまい、たびたび彼に敗北しては悔しい思いをしてきた。
(あいつ、いいとこのお坊ちゃまなのに購買のやっすいスイカパンが大好きなのよね。毎日買ってこいなんて命令された時は悔しさで頭がおかしくなりそうだったわ!)
(一ヶ月のあいだ、食事を一緒に取るように言われて、その後は膝枕しろってせがまれて。あの時は気が休まらないし、周囲からの目が痛いしとにかく大変だったわ)
(あとは……。そうだ、この前負けた時は、なぜかパーティーに出席させられたわね。ご両親に挨拶するように言われたり、一日中ダリルの話し相手をしたこともあったっけ)
(それから錬金術の試作品だって、ネックレスや花束を受け取れって命令されたこともあったわ。クッキーと紅茶を振る舞われるだけのこともあった。一日中頭を撫でられたり、手を握られたり……。あいつのお願いごともたいてい訳が分からないわよね)
――くくっ、ルクス。随分と美味しそうに食べるじゃないか。生活苦の君はこんな高級菓子など食べたことがなかったのだろう?
ダリルの高慢ちきな笑みが脳裏に過ぎる。
――どうだ、この茶菓子は。俺の家に来れば毎日これが食べられるんだぞ? 貴族の暮らしが羨ましいなら、早く俺の専属錬金術士になるといい! 田舎者の君が退屈しないよう精々可愛がってやる。
彼が振る舞ってくれる紅茶とクッキーは確かに美味しかったが、常にあの嫌味を浴びるのは勘弁願いたい。自分は学校を卒業したら名家専属の錬金術士として働き、高給を貰って両親に恩返しをするという夢があるのだ。就職先くらいきちんと選びたい。意地悪陰険腹黒ダリルに囚われてなるものか。
あんな嫌味だらけの男には負けたくない。次の試験は絶対に勝ってやろうと、ルクレーシャは密かに決意を固めた。
(ん? あれは……)
視界の端にふと気になるものを認め、ルクレーシャは窓に近づいた。
窓の向こうにダリルの姿が見える。数人の女子生徒に囲まれた彼は、綺羅びやかな笑みを浮かべながら会話を楽しんでいるようだ。
自分に向けるものとは違った爽やかな笑み。ダリルの笑顔を見て、ルクレーシャは胸がちくりと痛むのを感じた。
(あいつって、なんで私にだけ態度を変えるんだろう?)
顔を合わせる度に、こちらの作品をがさつだと貶してくる。ひとつに結んだ髪を手に取って、まるで馬の尻尾のようだとからかってくる。
手を握り込んで、こちらが逃げられないようにしながら楽しそうに嫌味を言ってくる。お気に入りの赤いスカートを揶揄して、田舎村に咲く野花のようだと笑う。
クラスメイトたちが自分を「レーシャ」と呼ぶにもかかわらず、ひとりだけ「ルクス」と呼んでくるのも引っかかる……。
(……ダリル。そんなに私が気に入らない?)
年を重ねる毎に、ダリルは乱暴な貴族の子供から、紳士的な男性へと変わっていった。十八歳になった彼はもう、嫌がるこちらをしつこく追いかけてきたり、スカートを無理やりめくろうとしてくることはない。
しかし今の彼にも、高慢ちきな子供の面影が残っている。やっていいことと悪いことの分別はついたかもしれないが、ダリルという男の本質は変わっていない。
「……やなやつ」
ダリルは馬鹿だ。いつまでも態度を改めてくれない。しつこく嫌味を言ってくるくせに、こちらが避ければ急いで追い縋ってくる。それでほとぼりが冷めたらまた嫌味を言う、ずっとその繰り返し。
他の女の子みたいに優しく接してくれたら、こちらも穏やかに話すことができるのに。
「はあ……」
ルクレーシャはとうとう大きな溜息を吐いた。
ダリルにここまで翻弄される自分が恨めしい。
嫌な男ではあるが、何だかんだ言いながらもこちらの作業を手伝ってくれる。材料を採集する際に危険な魔物を追い払ってくれたり、夜が更けるまで勉強を教えてくれたこともある。悪い男じゃないと知っているから、嫌いになりきれなくて余計悩んでしまう。
あの女の子たちみたいに、彼と仲良しになれたら良かったのに。
他の女の子と自分、一体何が違うのだろうか?
(やめやめ、こんなこと考えたって仕方ないわ。次の定期試験の課題を見に行きましょ)
もやもやする気持ちを抱きながら、ルクレーシャは掲示板がある中庭へと向かった。
*
生徒たちは月に一度、指定の品を錬金術で作り上げ、教師陣に提出しなければならない。出来の悪い品を提出すれば、担任から数日間に渡る補講と厳しい指導が与えられてしまう。月毎の定期試験は、生徒全員の悩みの種だった。
今日はちょうど課題の詳細が掲示される日だ。
さて、来月はどんな課題が出されるのだろうか……。
「これって、惚れ薬を作れってこと?」
掲示された内容を確認し、ルクレーシャは困惑に首を傾げた。
「惚れ薬ってあれだよね? 好きな相手を性的に興奮させて、肉体を昂らせて、自分を無理やり好きにさせるっていう、いわゆる禁薬。学校はなんでそんなものを……?」
ぽつぽつと呟くルクレーシャに、ひとりの教師が近づいてくる。ルクレーシャの担任である老夫は、朗らかな笑い声を上げながら掲示板を指さした。
「ほっほっほ、レーシャよ。授業の内容を覚えているのは大変結構なことじゃ。しかしレーシャ、掲示の内容はきちんと最後まで読まねばな。我々が指定したのは禁薬ほど強力なものではない。いわゆる『仲良しの薬』じゃよ」
「仲良しの薬……ですか?」
「そうじゃ。禁薬の効力を数百倍に薄めたものをそう呼んでおる。この薬はの、相手に使うのではなく、自分自身が服用するのじゃ」
長い白髭をいじりながら、教師はのんびりとした声で説明をした。
「薬効は心拍数の増加、気分の高揚。饒舌になり性格はおおらかに。そして血流を良くし、より己の肌を魅力的に見せる……。人間関係を円滑にするための薬として重宝されているのじゃよ」
「へえ……」
「この薬は古来より作成されてきた。相手と仲良くなるきっかけを得るために、あるいは恋い慕う者と接近するために。数多の人間が夢を抱きながら、仲良しの薬を買い求めてきたのじゃ」
(恋い慕う者と接近するため、か)
なぜかダリルの顔が思い浮かぶ。
あの爽やかな笑顔が自分に向けられるところを想像し、ルクレーシャはぽっと顔を赤らめた。
(えっ、なんで? なんでこんな時にダリルの顔が出てくるの?)
ルクレーシャはダリルを無理やり頭から追い出そうとした。しかしそうすればそうするほど、彼の姿がはっきりと浮かんでくる。
仲良くなりたい。
他の女の子のように優しくされたい。
次々に込み上げてくる感情に、ルクレーシャは顔を真っ赤にした。
「え。……えっ?」
赤くなった頬を押さえるルクレーシャを見て、教師は面白そうに笑い声を上げた。
「ほっほっほっ、これはこれは青春じゃのう! レーシャ、君は恋をしているのじゃな? ならばその者を想って課題に励みなさい。さすればきっと良いものを作れる! ああ、そうそう。この機会に、君たちも仲良くしてみてはどうじゃ?」
「君たち? ……ぁ、ダリル」
ルクレーシャが後ろを振り向くと、いつの間にかダリルが立っていた。顔を赤らめるルクレーシャを不機嫌そうな顔で見据えている。
教師の姿はもうない。静まり返った掲示板の前で、ルクレーシャとダリルは暫し見つめあった。
「何よ。そうやって睨まれても困るんだけど? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「る、くす。き、きききっ、君は……きみは、好きな奴がいたのかっ? そんなの、俺は、全く知らなかったぞ……!」
ダリルは吃りながら大股でルクレーシャに近づいた。怒っているような、しかし必死な様子で手を握り込んでくる。ルクレーシャが何のことだと訊ねると、ダリルは大声を上げた。
「とぼけるな、先生の話を聞いて顔を赤くしていただろうが! 言え、君の好きな奴を! 一体どこのどいつだ!?」
「……それは」
ルクレーシャは口を噤んだ。
恋い慕う者と聞いて、咄嗟に思い浮かべたのがダリルだったとは絶対に言えない。小刻みに震える彼の肩には気が付かず、ルクレーシャはぽつりと呟いた。
「ひみつよ。あなたに知られたら面倒なことになりそうだし」
「ひっ、秘密だと!!? 許さんぞルクス! 言え、言うのだ!! 俺がそいつを潰しに行ってやる!!」
「ちょっ、大声出さないでよ、恥ずかしい! 大体、私の好きな人なんてどうでもいいでしょ? もうこの話は終わりよ」
ルクレーシャは踵を返しその場を去ろうとしたが、すぐさまダリルに回り込まれた。
「待てルクス! きっ、きみは本当に恋をしているのか? 相手はどんな奴なんだ!?」
黒曜石の瞳が困惑に揺れている。好きな相手を教えろと壊れた機械のように繰り返すダリルに、ルクレーシャはとうとう限界を迎えた。
「うぅぅ、うるっさい! あなたって本当にしつこいわね!? いいわ、私の好きな人を教えてあげる。あなたみたいに意地悪じゃなくて、いつも優しくて、絶対に私を傷つけるようなことを言わない人よ! 馬鹿ダリル、もう追いかけてこないで。さよなら!」
手が振り払われる。
駆ける女の後ろ姿を見つめ、ダリルは呆然と呟いた。
「嘘だろ……。俺のルクスに、好きな奴が……?」
*
それから数日後。
ルクレーシャはダリルにつきまとわれる生活を送っていた。
「おい待てルクス! いつまでも俺を無視するな! そこで止まれ、止まるんだ!」
「ああもう、しつっこい! もうつきまとってこないでよ、鬱陶しい!」
廊下中にふたりの声が響き渡る。ルクレーシャは追いかけてくる男を振り払おうと早足で歩いたが、ダリルは大声を上げながらしつこく後をつけてきた。
「ルクスっ、ルクレーシャ! これ以上俺を無視するのは許さんぞ! いい加減に君の好きな奴を教えろ!!」
「やっ……やめてよ。すれ違う人がこっちを見てるでしょ?」
「見ているから何だというのだ! 君が口を割るまで追いかけてやるぞ。こればかりは嫌がられても絶対に止めない! 絶対に!!」
ダリルは執念めいた視線をルクレーシャに向け、彼女には聞こえないくらいの大きさでぶつぶつと呟いた。
「くそ、群がる虫は全部潰したと思ったのに。どうして君は他の奴に心を傾けたんだ? いつ、どこで、誰に? 俺の見ていないところで一体何があった? 二十四時間三百六十五日常に君を監視してきたのに、まだ見守りが足りなかったというのか!? ルクス、ルクレーシャ。許さんぞ。何年君に恋い焦がれてきたと思ってる。他の奴なんかに渡さない! 君は決して逃げられないんだ……!」
目をかっ開きながら何やら呟く男が怖い。ルクレーシャは螺旋階段を駆け下りながら、そっとダリルを観察した。
(いつもらしくない。一体どうしたのかしら?)
ダリルという男はいつも完璧な美しさを誇っていた。少し長めの髪はさらさらとしていて、姿勢が良くて、肌も常に艷やかだった。
しかしどうだ、今のダリルはまるで徹夜明けの研究生のようだ。髪はひどくぼさぼさで、目の下にはくっきりとした隈が出来ている。黒い魔導服は皺だらけだし、顎には薄ら髭が生えていた。彼はおそらく、ずっと寝ていない……。
「ねっ、ねえ! 定期試験の準備があるんじゃないの? 私につきまとう暇があったら本のひとつでも読みなさいよ! 次の試験は絶対に勝つんでしょ!? だったら――」
「うるさいうるさいうるさい!! こちらを説得しようとしても無駄だぞルクス、俺は知りたいことを知らなければ気が済まない性質なのだ!」
「……っ、ああもう、どうしてこんなことに……!」
ダリルの追跡は続く。やっとの思いで中庭に転がり出たルクレーシャだが、そこでダリルに腕を掴まれてしまった。そのままずるずると人気のない木陰に連れて行かれてしまう。
両手首を大きな手に握り込まれ、木の幹に体を押し付けられる。足の間にダリルの膝を差し込まれてしまい、身を捩って逃げることはできない。
唇がくっついてしまうほどの近さで顔を覗き込まれ、ルクレーシャは顔を真っ赤にした。
「ちょっとダリル、近いよ!」
「君は本当に頑固だ。数日追いかけ続けても、全く口を割らなかったな」
ダリルはルクレーシャの耳元に囁きを落とした。静かなその声は、少しだけ震えが混じっている。
「顔が赤い。目がずっと潤んでいる。君の表情は、あの時見た顔とそっくりだ。やはり君は、先生の言う通り恋をしているのだろう? 意地悪じゃなくて、いつも優しくて、絶対に君を傷つけるようなことを言わない。そんな男に!」
ダリルはルクレーシャの桃色の瞳を悔しそうに見つめた。
「そうやっていつまでも言う気がないなら……。決めた。決めたぞ。無理やり言わせてしまえばいいんだ。次の試験で俺が勝ったら、君の好きな奴を何としても教えてもらう」
「へっ?」
「ついでに俺だけの専属錬金術士にもなってもらうぞ! 誰が好きでも関係ない、この俺が君を囲い込んで、逃さないようにして、一生ちょっかいをかけ続けてやる!」
「えっ……。そんなのいや」
「嫌だと!? 拒絶は許さないぞルクス。これは決定事項だ! 家の力でも何でも使って、絶対に君を俺のものにしてやるぞ……。いいか、同点でも俺の勝ちと見做すからな!!」
なにそれずるいと騒ぐルクレーシャに構わず、ダリルは言いたいことだけを言い放ち、その場を忙しなく後にした。
力が込められたダリルの視線を思い出す。ひとり残されたルクレーシャは木の幹にもたれ、その場にずるずると座り込んだ。
(まずい、まずいよ。ダリルのあんな目は見たことない。あいつってば本気だ、本気で私を負かそうとしてるんだ! 負けたら何をされるか分かったもんじゃない! きっと私は小間使いとして一生こき使われてしまうんだわ!)
思い描いていた名家専属錬金術士の夢が、がらがらと崩れ落ちていく。ダリルの嫌味を浴びるだけの生活は勘弁願いたい。あんな男と四六時中過ごしていたら気がおかしくなってしまう。
敗北は当然許されない。同点も許されない。
ならば自分に残された道はひとつ、ダリルに圧倒的点差をつけて勝利することだ。
奴は完璧な薬を作ってくる。
ならばこちらは魔力量で勝負だ!
「こうしちゃいられない! 何としてもあいつに勝たなければ!」
ルクレーシャは勢いよく立ち上がり、自分を鼓舞するためにわざと大声を出した。
そのまま行きつけの材料屋に駆け込み、定期試験の内容を店主に伝える。とにかく強力な仲良しの薬を作りたい、自分の魔力を大きく増幅する材料が欲しいと言えば、店主は薄紅色の果物を差し出した。
オスの実。
媚薬の作成に欠かせない材料のひとつ。
ぷりぷりとしているそれは桃によく似ていたが、割れ目の部分から立派な突起が生えていた。
全体的に豊満な尻を思わせる形、そしてやたらに逞しく、いくつもの繊維が浮き出た出っ張り。ルクレーシャは反り返った突起に勃起した男根を重ね、なんだかいかがわしい雰囲気が漂う実だと感じた。
これは危険なほど強力な魔力増幅剤だから、どうかほんの一片だけ使ってくれ。大量に使ったらどんな影響が出るか分からないから慎重に扱ってほしいという店主の注意を聞き流し、ルクレーシャはいい材料が手に入ったと笑顔で実を持ち帰った。
そして早速『仲良しの薬』の調合に取り掛かる。こぽこぽと音を立てる錬金釜の前で、ルクレーシャはにんまりと笑った。
「ふふふ。この実からは今までに触れたことのない異質な魔力を感じるわ。オスの実を使えば、きっと先生たち全員を虜にするくらいの、素晴らしすぎる薬を作れるに違いない!」
ダリルの悔しがる顔を想像してにやにやしてしまう。どうせならぶっちぎりで効力の強い薬を作りたいと思い、ルクレーシャはオスの実を丸ごと錬金釜に放り込んだ。
錬金釜が桃色に光り輝き、そして一瞬の後、部屋中に甘い匂いが立ち込める。ルクレーシャは濃厚な香りに酔いながら、そっと薬を味見した。
「うん、うん。甘くてとろっとしてて、はちみつみたいでとっても美味しい! 魔力もたっぷり込められているわ! 品質もさながら味まで美味しい薬を作っちゃうだなんて、私って本っ当に天才錬金術士ね!」
仲良しの薬とはかくも甘美なものなのか。これはついつい手が伸びる味だ……。
ルクレーシャはせっかく作った薬を平らげないよう気をつけながらも、何度も桃色の薬を味見した。
やがて、ルクレーシャの体内に異質な魔力が巡り始める。彼女は体に変化をもたらすような力の奔流に、これは絶対に成功作だという確信を抱いた。
「ふ、わぁ……? なんだか、急に眠くなってきた……」
薬の副作用だろうか、酷い眠気に襲われる。酒に酔ったような心地を味わいつつ、ルクレーシャはごろりとベッドの上に寝転がった。
(仲良しの薬かあ)
目を閉じるとライバルの顔が思い浮かぶ。
錬金術学校に入学してから六年間、ずっと自分に嫌味を言い続けてきた男の顔が。
(私の薬が成功していたら、あいつとも仲良くなれるのかな?)
明日顔を合わせたら、ダリルは優しく笑いかけてくれるだろうか。もしかしたら、他の女の子たちみたいに紳士的に接してくれるかもしれない。
そんな想像をする度、なぜか嬉しさが込み上げてくる。
「んふふ、だりるぅ」
彼と手を繋ぐ想像をしてみる。
ルクレーシャは微笑み、とろりとした眠気に身を任せた。
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